海×陸×社会学 新領域で始まる「地域創生学」 自然環境学専攻 北川貴士教授(研究者インタビュー)
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2023年度、東京大学大気海洋研究所から新領域創成科学研究科に着任した北川貴士教授。
北川教授の専門は、クロマグロやサケといった広範囲で回遊する魚類(高度回遊性魚類)の行動・生理生態学です。また、2018年から5年間、大気海洋研究所大槌センターを拠点とし、東日本大震災により大きな被害を受けた三陸地域において、「海と希望の学校in三陸」プロジェクトに携わってきました。今回は、これまで取り組まれてきた活動と本研究科での今後の展開についてお伺いしました。
京都大学農学部農業工学科(現:地域環境工学科)に入学した北川教授は、「どうしても子供の頃から好きだった魚の研究がしたい!」という理由から、3年次に水産学科(資源生物科学科)に転学科し、卒業後は、本学の大学院農業生命科学研究科で修士課程、博士課程を修了しました。その後、本学大気海洋研究所にてフィールドワークを中心にマグロやサケの生態についての研究に取り組んできました。2012年には、東日本大震災により大きな被害を受けた三陸地方の海洋生態系の回復を図るとともに、沿岸地域の産業を復興させることをテーマに文科省が立ち上げたプロジェクト「東北マリンサイエンス拠点形成事業(TEAMS)」に、大気海洋研究所のメンバーとして関わることになり、震災後の東北の海の状態を調べるというミッションに従事しました。
(写真は北上川でのフィールドワーク中に撮影したもの。足元にはたくさんのサケ。)
「海と希望の学校in三陸」での取り組み
2018年、震災復興のその先の未来を考える「海と希望の学校in三陸※1」が発足し、このプロジェクトのメンバーのひとりとして活動スタートしました。このプロジェクトのテーマは「海をベースに三陸各地の地域アイデンティティを再構築し、地域に希望を育む人材を育成する」というもの。次世代を担う子供たちに地元の良さを知って誇りにしてもらいたい、という想いがありました。
2023年度までの5年間で実施した企画は200件以上。地元の中学生や高校生を対象とした授業は、大槌湾を中心とした三陸の海の生き物の調査や、サケと地域文化の関わりや磯ラーメンの研究など、多岐に渡ります。また、三陸鉄道とのコラボ企画や岩手県との共催企画など、自治体や企業を巻き込み、地域との交流を積み重ねてきました。
このプロジェクトを振り返って北川教授は、大学に求められているのは最新の研究成果だけではないことを強く感じたと言います。少子高齢化や若者の都市流出などにより、地方の産業やコミュニティの存続が危ぶまれる中、そういった地域社会に大学組織が積極的に関わり、地域と協働した取り組みを継続して行うことで、地域が活性化し存続していけるようなプラットフォームを構築していく。今回の活動が、大学が地域社会のインフラの一部として活動するモデルケースになればと北川教授は考えています。
※1 「海と希望の学校in三陸」
本学の大気海洋研究所、社会科学研究所が共同で取り組む地域連携プロジェクト。
https://www.icrc.aori.u-tokyo.ac.jp/umitokibou.html
海から陸へ。「地域創成学」の展開を目指して
2023年、北川教授は本研究科の自然環境学専攻へ着任。「海と希望の学校in三陸」では、ご自身の専門の「海」をテーマに三陸の地域社会に関わってきましたが、現在の所属の自然環境学専攻は「陸」を専門とする研究室が多くあります。
北川教授は、「こういった活動は、海よりも陸の方がさらに親和性が高いはず。地域の文化や伝統は、その土地の歴史や環境、生物の生態に関わりがあることが多い。地域の住民にとって当たり前になってしまっている事柄や風景をもう一度洗いなおして、先人たちの偉大さを学ぶ機会を増やしたいと思っています。また、地域間の教育格差や漁村に関する将来など社会学にも強い関心を持つようになりました。新領域には社会学を専門とする先生もいらっしゃるので、ぜひご一緒できたらと考えています。柏や他の地域での展開も想定しています。さらに、これまでの活動を「地域創生学」としての学問領域に高めていけたらと思います。」と今後の展望について語ってくれました。
北川先生が運んできた新たな「学融合」の種。どのような広がりをみせるのか、これからの活動に期待が高まります。
これまでの取り組みの一部をご紹介
「海と希望の学校in三陸」の活動はこちらからご覧いただけます。
東京大学学内広報
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/society/aid/sanriku.html
手書きのトンネル名板
「海と希望の学校in三陸」の宮城県宮古市の重茂中学校で行った「地元探検」の授業では、地元のいろんな場所の写真を撮ってきて重茂地図を作りました。生徒が撮影してきたものの中に手書き文字のトンネル名板の写真がありました。どう見てもプロが書いたものではない名板。調べたところ、トンネルを掘るときに地元の小学生に書かせた文字をプレートにしたということがわかったそうです。子供たちや地域の将来のために、先人が想いを込めたプレートだったんですね。「こういった活動を通して地元愛が育まれ、それがきっと誇りにつながる。身近にありすぎて気がついていないことの価値を見つけて欲しい。」と北川教授は言います。
缶に詰めた「希望」
震災時に大活躍し再注目を浴びた保存食としての缶詰。学生時代に缶詰を作った経験から、それをみんなで作れたら面白い!と考え、缶詰の機械をネットで探して購入した北川教授。買ったはいいが、周りから「何を詰めるんだ?」言われて、とっさに出た言葉が「希望」でした。缶詰は、詰める中身以外に、ラベルも重要だし、普段見ることのないフタを閉じる工程も面白い。とても奥が深いんです。」とキラキラとした目で北川教授は語ります。
センター一般公開(ひょうたん島祭り2019と同時開催)でプレゼントした缶詰の中身。ラベルは来場したみなさんに書いてもらいました。
北川 貴士
東京大学大学院新領域創成科学研究科 自然環境学専攻 教授
京都大学農学部卒業、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了、同大学大気海洋研究所を経て、現職。
北川教授の専門は、マグロやサケなどの高度回遊性魚類の生態調査。行動記録用の電子端末を魚に取り付け、魚の回遊・行動や生態を調査する「バイオロギング」の手法を用いて、クロマグロをはじめとする回遊魚の回遊ルートや行動範囲は何によって決まるのか、回遊はどのように始まり規則的な回遊に発展してきたのか、どのようにして海や川、温度などの環境の変化に適応してきたのか、などについて調査し、それに基づく将来の生息分布の予測を行っています。
好きな作業:クロマグロや近縁種のカツオやキハダなど魚類の体温に関するデータ解析。
趣味:フットサルや水泳で体を動かすこと。たまに、柏キャンパスのバトミントン部にも寄らせてもらっています。
研究をするうえで大切にしていること:「拙速」。拙いけど速いという意味です。とりあえず結果(皆で議論する材料)を出してみる、ということが大事だと思っています。
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