単純になるのは何のため? ~植物病原細菌誘導性細胞死における新たな液胞膜動態を発見~
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発表者
馳澤 盛一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 教授)
桧垣 匠(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 特任助教)
平川 由美(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 大学院生)
発表内容
液胞は植物に特徴的なオルガネラで,細胞体積の大部分を占めるほど巨大です.液胞には様々な役割がありますが,その中でも細胞自らの死を引き起こす役割があります.病原体に感染した植物細胞はさらなる感染拡大を防ぐために病原体を巻き込んで自ら細胞死を引き起こす免疫応答の仕組みを持っています.この細胞死の最終段階には液胞が壊れ,液胞内に隔離されていた様々な加水分解酵素が漏出することで細胞内容物は分解されると考えられています.これまでの研究により,液胞崩壊に至る過程において,液胞を形作る液胞膜が液胞内部に陥入するなど非常に複雑な形をしていた液胞が膨れた袋のような単純な形へと変化することがわかっていました.この液胞構造の単純化の意義は,液胞が破裂によって崩壊するための準備段階だと予想されていたものの,その真偽は不明でした.
東京大学大学院新領域創成科学研究科の平川由美大学院生,馳澤盛一郎教授,桧垣匠特任助教らの研究グループは,タバコ培養細胞BY-2と野菜類軟腐細菌Erwinia carotovoraの培養濾過液の組み合わせによる免疫応答に関連した細胞死誘導のモデル実験系を新たに確立しました.このモデル系を用いて液胞膜の構造変化と液胞崩壊の詳細な観察を行ったところ,細胞死過程で液胞形状の単純化は起こるものの(図1),液胞の崩壊は細胞死の後に起こること(図2)を新たに見出しました.
このことから,細胞死過程における液胞形状の単純化は,従来考えられていたように細胞死を引き起こす液胞破裂の準備ではなく,別の意義を持つ可能性が示唆されました.本研究成果により植物の免疫応答における液胞の役割が見直されるきっかけになることが期待されます.この成果は2015年1月8日に科学雑誌「Journal of Integrative Plant Biology」誌に掲載されました.
発表雑誌
雑誌名:「Journal of Integrative Plant Biology」
論文タイトル:「Simplification of vacuole structure during plant cell death triggered by culture filtrates of Erwinia carotovora」
著者:Y. Hirakawa, T. Nomura, S. Hasezawa, T. Higaki*
DOI番号: 10.1111/jipb.12304.
論文のリンク:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jipb.12304/full
問い合わせ先
東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻
特任助教 桧垣 匠
Tel: 04-7136-3708
E-mail: higaki@k.u-tokyo.ac.jp
図1.Erwinia carotovora培養濾過液処理により引き起こされる液胞構造の単純化.液胞膜に局在するタンパク質と蛍光タンパク質の融合タンパク質の三次元観察により,はじめ複雑な形状をしていた液胞が徐々に単純化することが示された.
図2.細胞死と液胞崩壊の時間関係を示す経時観察像.(右)細胞死の指標である染色試薬Evans blue.Evans blueは死細胞特異的に細胞内に流入する.矢印は細胞内への流入を示す.(左)液胞を染色する蛍光試薬BCECF.液胞が壊れると蛍光は消失する.液胞崩壊よりも先に細胞死が起こることが判明した.