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昆虫の嗅覚器である「触角」の形が進化するメカニズムの解明

投稿日:2018/03/21
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昆虫の嗅覚器である「触角」の形が進化するメカニズムの解明

 

発表者

安藤 俊哉(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 博士研究員/現 自然科学研究機構基礎生物学研究所 助教)

藤原 晴彦(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 教授)

小嶋 徹也(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 准教授)

 

 生命が誕生してから40億年の間、周囲の環境を生き抜くのに適した様々な体づくりの戦略を発達させてきました。例えば、イルカや魚の流線型の体や物を扱うのに適した象の鼻などのように、祖先にはなかったと考えられる生存に適した体の特徴を生物はどのように獲得してきたのでしょうか。これまで、このような生物の適応的な体の特徴づけを行う遺伝子の実体や、どのように遺伝子の機能が変化することで形態が進化してきたかについては大きな謎に包まれていました。

 東京大学大学院新領域創成科学研究科の安藤俊哉・元研究員(現・自然科学研究機構・基礎生物学研究所・助教),藤原晴彦教授,小嶋徹也准教授は、この謎を解明するために蛾の嗅覚器である触角に着目しました。通常の昆虫の触角は直線的で単純な棒状もしくは鞭上の形をしていますが、蛾の触角は櫛状に並んだ突起構造を備えることで、高い感度で性フェロモンを感じ取ることができます。研究グループは、櫛状の触角の形成に関わる遺伝子の探索及びその突起形成能が獲得されてきた進化的な背景について研究を行いました。

 昆虫の触角は、数珠つなぎの分節状の繰り返し構造からなり、蛾の一種であるカイコガの触角ではそれぞれの分節から2本の突起が生えています。突起が形成される蛹の時期の遺伝子発現を調べたところ、ホメオボックス遺伝子aristalessがそれぞれの分節内の突起形成部位に発現し、櫛状の突起の伸長を促すことがわかりました。

 コオロギやハエ、甲虫など、触角に櫛状の突起を持たない昆虫では、aristaless遺伝子は触角の先端の1つの分節のみで発現し、触角先端部の成長と分化を促すことが知られています。したがってカイコガでは、触角の先端の1つの分節だけでなく、数珠つなぎにつながる触角の全ての分節でaristaless遺伝子が発現するようになり、それぞれの分節から突起を伸長させるカイコガ特有の体づくりをするようになったことが推測されました。

 そこで、どのようにしてこのカイコガ特有のaristaless遺伝子の発現パターンが進化の過程で出現したのかをさらに調べることにしました。カイコガと近縁で触角の形態が異なる蛾や蝶を用いた比較解析を行った結果、枝分かれ構造の有る無しに関わらず、調べたすべての蛾や蝶で、触角の根元から先端までaristaless遺伝子の分節状の発現が観察されました。一方で、それぞれの分節内での発現に注目してみると、突起を形成する種では突起形成に先立って突起形成部分に限局された強い発現を示し、突起を形成しない種では分節内で広く発現していることが明らかとなりました。

 以上の結果から、高感度にフェロモンを感じ取ることができる蛾の櫛状の触角構造の獲得には、aristaless遺伝子がそれぞれの分節内で突起が伸長する部分に限局して発現するようになったことが重要であると考えられます。さらに、その過程では、まず蛾と蝶の共通祖先において、他の昆虫とは異なり、aristaless遺伝子がそれぞれの分節で発現するようになり(この時点では突起は形成されていない)、その後、突起を形成するようになった種では突起形成部位に遺伝子発現を限局させて、それぞれの種ごとの様々な形の触角の形を作るようになったと推察されます。

 本研究は、生物の機能的な体の構造が獲得される際に、その構造の獲得にさきがけて、将来の体づくりを可能にする遺伝子の発現パターンが既に変遷していることを示唆しており、地球上の生物が体の形を進化させる上で、遺伝子発現を予め変化させておくことの重要性が明らかになりました。

 

発表雑誌

雑誌名:BMC Evolutionary Biology

論文タイトル:The pivotal role of aristaless in development and evolution of diverse antennal morphologies in moths and butterflies

著者:Toshiya Ando, Haruhiko Fujiwara and Tetsuya Kojima

DOI番号: 10.1186/s12862-018-1124-2

論文のリンク:https://bmcevolbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12862-018-1124-2

 

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻

准教授 小嶋 徹也

Tel: 04-7136-3659 or -3661

E-mail: tkojima@k.u-tokyo.ac.jp