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遷移元素を含む物質の「隠れた秩序」の観測に成功 ―重い元素の示す奇妙な振る舞いの理解に向けて―

投稿日:2020/06/04
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発表のポイント

◆重い遷移元素レニウムを含む物質において、放射光X線を用いた高精度の測定により、「隠れた秩序」として知られる多極子の整列パターンを世界で初めて観測することに成功しました。

◆多極子の整列パターンは、理論予測通りの整列と、予測されていなかった新たな整列の2種類あることを発見、より複雑なものであることを明らかにしました。

◆多極子の整列パターンを説明する理論を精密化することで、原子番号の大きな遷移元素の特殊な性質の理解が進みます。スピントロニクスなどの分野で、動作原理の理解や素子の高効率化などに寄与すると考えられます。

発表概要

東京大学物性研究所の平井大悟郎助教、廣井善二教授、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の佐賀山基准教授、理化学研究所創発物性科学研究センターのGao Shang研究員、放射光科学研究センターの大隅寛幸専任研究員、東京大学大学院新領域創成科学研究科の有馬孝尚教授(理化学研究所創発物性科学研究センターチームリーダー)らの研究グループは中国のグループと協力して、遷移元素(注1)を含む物質の中に出現することが予測されていた多極子(注2)の秩序を世界で初めて観測しました。

白金などの原子番号の大きな遷移元素の中では、相対論的効果によって電子は特殊な性質を示すことが近年認識されるようになってきました。多極子の秩序は、この特殊な性質によって現れる特徴的な現象として予測されていました。しかし、これまでは多極子の観測に適した研究対象物質が見つかっていなかったこと、および、その観測が難しいことから、明確な実験的証拠が得られていませんでした。

本研究では、レニウムという重い遷移元素を含む物質に目を付け、純良な結晶に放射光X線(注3)を照射することで、原子の位置を1兆分の1メートル(1ピコメートル)という超高精度で測定しました。その結果、予測されていたクローバー型の多極子の整列を観測することに成功、加えて予測されていなかったダンベル型の多極子の整列を発見しました。

原子番号の大きな遷移元素中の電子の特殊な性質は、スピントロニクス(注4)などの分野で利用されています。本研究によってこの性質の理解が深まると、よりよい材料の設計指針を立てたり、新しい動作原理を提案したりすることが可能になると期待されます。

本研究成果は、米国物理学会学術誌「Physical Review Research」の2020年6月5日付けオンライン版に速報記事として公開される予定です。

発表内容

研究の背景

孤立した原子では、電子は自転運動(スピン)しながら原子核の周りの軌道を回転運動しています。このスピンと軌道は相対論的効果によって互いに影響しあっています。これをスピン軌道相互作用(注5)と呼びます。しかし、物質中では、周りの原子から影響を受けるため、電子は自由に軌道回転運動できなくなります。遷移元素の電子も周りからの影響を受けて、スピンの性質しか持たないと考えられてきました。しかし近年、原子番号の大きな白金などの遷移元素では、軌道回転運動がスピンと強く相互作用することで、部分的に復活することが分かってきました。そのような特殊な状況では、電流を流すことで磁気的な性質を生み出したり、実効的な質量を持たない電子が物体の表面を流れる状態が実現したりしています。

スピンは磁石のN極とS極のように2つの極を持つため双極子と呼ばれます。スピンと軌道が影響しあうと、さらに多くの極を持つ多極子が可能になります。多極子はスピンと軌道が影響しあっている状態に特有の現象といえます。本研究の共同研究者であるGang Chen教授は2010年に多極子が整列する可能性を理論的に予想しました。しかし、その後、多くの実験研究が行われたにもかかわらず、多極子の整列はこれまで観測されていませんでした。大きな問題点は、多極子の観測に適した物質が見つかっていなかったことと、観測が難しいことにありました。双極子が整列すると、物質が磁石になるのでさまざまな方法で観測することができます。しかし、より複雑な多極子が整列しても、物質全体としては磁石としての性質を示さないため、測定手段が限られてしまいます。このような理由から、多極子秩序は「隠れた秩序」と呼ばれることもあります。

研究の内容

本研究で多極子の観測に成功したカギは2つあります。1つは、多極子の観測に適した重い遷移元素の一種であるレニウムを含む物質に目を付け、非常に純良な結晶を作製することに成功したこと、2つ目は放射光X線を使って非常に高精度の測定を行ったことです。

まず、さまざまな物質に対して予備測定を行い、多極子の整列が起こっている可能性が高い物質を絞り込みました。その結果、レニウム(Re)を含むBa2MgReO6という物質(図1)において、多極子の整列が起きている状況証拠をつかみました。この物質の純良な結晶を育成し、大型放射光施設SPring-8と放射光実験施設フォトンファクトリーで放射光X線を使って結晶構造を詳しく調べました。

測定の結果、多極子が整列していると思われる温度で、レニウムの周りにある酸素が1兆分の1メートル(1ピコメートル)程度動いていることが分かりました(図2)。これは、レニウム原子上の電子の分布の偏り(多極子)が、周りの酸素をわずかに押しのけたことを示しています。より詳細に酸素の動きを解析すると、2種類(クローバー型とダンベル型)の4つの極を持つ多極子が生じ、共存していることが分かりました(図3)。クローバー型の多極子は、同じ方向を向いて並んでいる層と逆を向いて並んでいる層が交互に積み重なっています。ダンベル型の多極子はすべて同じ方向にそろって整列していました。クローバー型の多極子の整列は、理論研究で予想されていた通りで、理論のモデルが現実の物質の特徴をよくとらえていることが明らかになりました。一方、ダンベル型の多極子が共存していることは、予想されておらず、理論を超える知見が得られました。

今後の展望

今回観測に成功した多極子の整列は、スピンと軌道が影響しあう電子の示すもっとも基本的な現象の1つです。現実の物質中で実際に整列パターンが観測されたことで、スピンと軌道がどのように影響しあっているのかが、より正確に理解できるようになります。大きなスピン軌道相互作用は、原子番号の大きな遷移元素を含む物質に普遍的な性質であり、スピントロニクスなどの分野で利用されています。本研究で得られた知見は、スピン軌道相互作用に関連する新奇物理現象の発見だけでなく、よりよい材料の設計指針を立てたり、新しい動作原理を提案したりすることに寄与すると期待されます。

 

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域「J- Physics:多極子伝導系の物理」における公募研究「スピン軌道相互作用による不安定性で形成される遍歴多極子秩序」課題番号 18H04308(研究代表者:平井 大悟郎)、新学術領域「量子液晶の物性科学」における計画研究「量子液晶の制御と機能」課題番号 19H05826(研究代表者:小林 研介)、若手研究「5d電子系における多極子物性の開拓」課題番号 18K13491(研究代表者:平井 大悟郎)、日本学術振興会(Core-to-Core Program for Advanced Research Networks)の支援を受けて行われました。放射光X線実験は、理化学研究所放射光科学研究センターの研究課題(20180095)と高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 フォトンファクトリーの研究課題(2019G145)に基づいて行われました。

発表雑誌

雑誌名:「Physical Review Research

論文タイトル:Detection of Multipolar Orders in the Spin?Orbit-Entangled 5d Mott Insulator Ba2MgReO6

著者:Daigorou Hirai*, Hajime Sagayama, Shang Gao, Hiroyuki Ohsumi, Gang Chen, Taka-hisa Arima, and Zenji Hiroi

発表者

平井 大悟郎 (東京大学物性研究所 物質設計評価施設 助教)

佐賀山   基 (高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 准教授)

Gao Shang(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関量子構造研究チーム 研究員(研究当時))

大隅   寛幸 (理化学研究所 放射光科学研究センター 放射光イメージング利用システム開発チーム 専任研究員)

有馬   孝尚 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関量子構造研究チーム チームリーダー 併任)

廣井   善二 (東京大学物性研究所 物質設計評価施設 教授)

用語解説

注1) 遷移元素

周期表で第3族元素から第11族元素の間に存在する元素を総称して遷移元素といいます。これらの元素では、最外殻にある電子はd軌道という電子軌道に入り、鉄、コバルト、ニッケルのようにいくつかの元素は磁石の性質を持ちます。本研究で扱ったレニウムや、触媒などとして使われる白金は第6 周期の元素で、鉄などと比べて原子番号が大きいという特徴を持っています。

 

注2)多極子

電子の自転(スピン)や軌道回転運動は磁石のもとになっています。磁石はN極とS極のように2つの極をもつことから双極子と呼ばれます。また、電池も正極と負極の2つの極を持つことから双極子と呼ばれます。電気的もしくは磁気的な極の対が2つ以上あれば、四極子や八極子というように表現することができます。双極子よりも多くの極をもつ状態を総称して多極子といいます。多極子が現れると、原子の回りの電子の分布が球形からずれることになります。

 

注3)放射光X線

加速器 を用いて、光速に近い速度まで加速させた電子の進行方向を、強力な電磁石等で曲げることで発生するX線のことです。さまざまな特長を持っており、最先端の科学研究や先端技術に用いることができることから、「夢の光」と呼ばれることもあります。

 

注4)スピントロニクス

現代社会を支える従来のエレクトロニクスは電子の電気的性質を利用しています。電子は磁石としての性質も持つため、両者を併せて利用することでより高機能の素子ができる可能性があります。このような素子、およびそれらを利用した通信・計測などの開発に関連する学問・技術分野をスピントロニクスと呼びます。

 

注5)スピン軌道相互作用

電子は自転運動と原子核の周りの軌道回転運動によって、スピンと軌道という磁気的な性質を示します。このスピンと軌道は相対論的効果によって互いに影響しあっています。この効果は、原子番号が大きくなるほど強くなることが知られています。

 

添付資料

図1. 研究に用いたレニウムを含む化合物Ba2MgReO6の純良な結晶の写真(左)と結晶の構造(右)。正八面体をつくるようにレニウム(紫色)の周りに6つの酸素(黄色)が取り囲んでいます。非常に質の高い結晶を作製することで初めて多極子の観測が可能となりました。

 

図2. 放射光X線を使って明らかにした結晶構造の変化。多極子が整列する温度から、結晶の構造が変化を始めます(右)。構造の変化を解析すると、レニウムの周りの酸素が1兆分の1メートル(1ピコメートル)程度動いていることが分かりました。

 

図3. 実験で観測された多極子の整列パターン。多極子によって金属の周りの酸素がわずかに動きます。酸素の位置から、4つの極を持つ四極子が整列していることを明らかにしました。クローバー型の四極子(左)は、同じ方向を向いて並んでいる層と逆を向いて並んでいる層が交互に積み重なっています。一方、ダンベル型の四極子はすべて同じ方向にそろっています。