新型コロナウイルス感染症患者における 腸内細菌叢変化と炎症性サイトカイン反応の相関解析
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東京大学医科学研究所
東京大学大学院新領域創成科学研究科
発表のポイント
◆2020年3月から7月にかけて新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染により入院した22名の患者の腸内細菌叢(注1)を同定し、血中の炎症マーカーと比較解析しました。
◆新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の腸内細菌叢の組成は経過中に変化しました。特に免疫の維持に重要とされる一部の細菌(ファーミキューティス門など)に顕著な減少が見られました。これらの細菌の変化はIL-6関連分子など、重症化と関連するとされる血中の炎症マーカー(注2)の上昇と相関していました。
◆この結果は、COVID-19患者の腸内細菌叢が著しく変動し、体内で生じる炎症に何らかの役割を果たしている可能性を示唆するものです。これは軽症患者の体内でも観察され、COVID-19の発症・病態の理解と、重症化の予測と予防への基盤情報としての貢献が期待されます。
発表概要
人の腸内に共生する細菌(腸内細菌叢)は人の免疫の維持に関与し、健康にとって不可欠な存在であることが知られています。さらに腸内細菌叢を構成する細菌の種類とバランスの変化は、がんや、糖尿病といった多くの病気の発症に関与することがわかりつつあります。ウイルス感染症においても、SARS-CoV-2感染と病気の発症には人の体内に共生するさまざまな微生物の影響を受けていることが報告されており、感染によって腸内細菌叢の種類とバランスが崩れることも知られています。それは腸肺軸という概念で、生理学的に消化管と呼吸器(肺)は密接に関係していることが理由です。COVID-19は主に呼吸器に症状が見られますが、下痢や吐き気などの消化器症状がしばしば認められ、ウイルスが腸内で検出されることも知られています。しかしながらSARS-CoV-2の感染に腸内細菌叢がどのように影響するのか、またCOVID-19感染症の発症にどのように関与するのかは不明な点が多くあります。
今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の水谷壮利特任准教授と東京大学医科学研究所 附属先端医療センター感染症分野の四柳宏教授らの研究チームは、主に軽症のSARS-CoV-2感染患者の22名を対象に、新型コロナウイルス罹患後の感染者の腸内細菌叢と血中の炎症状態の相関について解析を行いました。その結果、健常者と比較すると、感染者では入院直後から腸内細菌叢の著しい変化が観察されるとともに、一部の細菌の動きは病態の重症化と関係が知られるIL-6関連分子などの複数の血中の炎症性サイトカインの上昇と相関していることが明らかとなりました。この報告は、感染による腸内細菌叢の変化が免疫の活性化(炎症)に関与していることを示唆するとともに、COVID-19感染症の発症・病態に腸内細菌叢が果たす役割の理解に貢献するものです。
本研究成果は、2022年3月7日、米国科学雑誌「Microbiology Spectrum」にオンライン速報版で公開されました。
なお本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、および日本学術振興会、基盤研究Cの一環として行われました。
発表内容
COVID-19患者コホートと健常者
本研究は2020年2月から8月にかけてRT-qPCRでCOVID-19罹患を確認し、研究協力の意思を示した入院患者22名の血液と便のサンプルを入院初期と退院前、退院から一ヶ月後に採取しました。本研究に登録された患者はすべて武漢株および武漢/D614G株に感染していました。非COVID-19対照コホートは、COVID-19パンデミック前の2017年に東京大学医科学研究所で募集した40名の健常成人の便検体を用いました。COVID-19患者は女性3名と男性19名からなり、年齢中央値は42歳(範囲、18-67歳)でした。重症度分類では,軽症7例,中等症12例,重症3例(13%)であり,酸素吸入を必要とした症例はありませんでした。
COVID-19患者における腸内細菌叢の門レベルでの変化の解析
まず、COVID-19発症から回復までの腸内細菌叢の変化を調べるため,患者から得られた便サンプルを採取日により発症7日以内(10サンプル)、8〜14日(17サンプル)、15〜21日(7サンプル)、21日以降(6サンプル)の4群に分類し,細菌叢のもつ16S rRNAシークエンス解析(注3)を実施しました。発症直後から腸内細菌叢は徐々に変化し、症状発現後8〜14日目に最も大きな変化が観察されました。人間の腸内で存在する4つの主要な門(細菌グループ)であるファーミキューテス、プロテオバクテリア、バクテロイデテス、アクチノバクテリアの中で、COVID-19患者ではファーミキューテス門の存在量が、発症から8-21日目に減少のピークが見られ、その後に回復していました。その他の3門に関しては、発症2週から3週にかけて徐々に増加が観察されました。すなわち感染後、患者体内(腸内)では門レベルの大きなグループでの動きが起きていることが明らかになりました。
COVID-19患者における腸内細菌叢と血漿サイトカインレベル変化との関連性
腸内細菌叢の変化が免疫反応に寄与している可能性があることから、患者の血漿中サイトカイン濃度と腸内細菌叢の変化との相関解析を行いました。その結果、ファーミキューテス門に属するフィーカリバクテリウム属とクロストリディア網の存在量が患者腸内で減少した際、IL-8およびIFN -γが上昇するという逆相関の関係を示しました(図2AとB)。またアクチノバクテリア門の上昇は、IL-6と関連するgp130/sIL-6Rbレベルと正の相関が観察されました(図2C)。以上の観察は、感染後に観察される一部の細菌の動きは患者体内で感染に伴って引き起こる炎症と関連があることが示唆されました。
COVID-19患者の腸内細菌叢の組成は入院中に経時的に変化し、ファーミキューテス門に属する細菌群(腸管の恒常性の維持に関わるとされる)が減少する一方、フソバクテリア、大腸菌など悪環境を示唆する一部の細菌の上昇も観察されました。このような腸内細菌叢の変化は、Leaky gutと呼ばれる腸管透過性の上昇を誘発し、細菌や毒素が循環系に入り込み、全身性の炎症反応へとさらに悪化させる可能性があります。今回観察された一部の腸内細菌叢の変化は炎症性サイトカインのレベルと相関していることから、この知見は、COVID-19患者で観察された特定の腸内細菌叢の時間的変化を含め、病態と腸内環境の関連性を理解することの重要性、およびその必要性を強調するものです。
発表雑誌
雑誌名:「Microbiology Spectrum」(3月7日オンライン版)
論文タイトル: Correlation Analysis between Gut Microbiota Alterations and the Cytokine Response in Patients with Coronavirus Disease during Hospitalization
著者:
Taketoshi Mizutani, Aya Ishizaka, Michiko Koga, Kazuhiko Ikeuchi, Makoto Saito, Eisuke Adachi, Seiya Yamayoshi, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Atsuhiro Yasuhara, Hiroshi Kiyono, Tetsuro Matano, Yutaka Suzuki, Takeya Tsutsumi, Yoshihiro Kawaoka, Hiroshi Yotsuyanagi
DOI: 10.1128/spectrum.01689-21
URL: https://journals.asm.org/doi/10.1128/spectrum.01689-21