身近にいた新種の微細藻類―最小サイズの緑藻・メダカモを発見―
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科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
◆メダカや金魚を飼育していた水槽の藻類を固形培地に線画培養を繰り返すことによって、新種の淡水性緑藻・メダカモを発見しました。メダカモは直径わずか1マイクロメートルの微細藻類であり、光により同調培養が可能です。
◆ゲノム解析の結果、メダカモは遺伝子を7629個しか持っていないことが判明し、淡水性緑藻の中で最も少ない遺伝子数を持つ緑藻であることがわかりました。
◆14種類の微細藻類とメダカモのゲノムを比較した結果、光合成を行う真核細胞に必須な最少遺伝子群1263個を同定しました。
発表概要
微細藻類は、淡水、海水、底質などに存在する単細胞の微細な植物プランクトンで、肉眼では見ることができない非常に小さな藻類です。微細藻類は、光合成による二酸化炭素の回収と固定に重要な役割を担っており、地球の生態系を支える重要な生物です。しかし、いまだに地球上に存在する微細藻類の多くは未同定、もしくは培養方法が確立されていません。
微細藻類は、真核細胞として進化系統的に最も早く光合成機能を獲得したことから、光合成機能を担う最少遺伝子セット(注1)の同定にも役立つと考えられています。また、微細藻類は、高機能食品、バイオ燃料、化粧品の材料を生み出す次世代のバイオマスとしても注目されています。そのため、現在の藻類培養システムの生産効率と収益性を向上させるため、特に高密度で培養できる小型の微細藻類への需要が高まっており、新種の微細藻類の発見が期待されていました。
東京大学大学院新領域創成科学研究科の松永幸大教授、黒岩常祥名誉教授、東京理科大学大学院理工学研究科の加藤翔一大学院生(研究当時)らの共同研究グループは、金魚やメダカを飼育していた水槽の水から、微細藻類を単離・培養することに成功し、全ゲノム配列を同定しました。その結果、その中の一つが新種の緑藻であることが判明し、「Medakamo hakoo (メダカモ)」と命名して新種登録を行いました。
メダカモ細胞のサイズは直径1マイクロメートルしかなく、藻類として最小クラスです。光により高度な同調培養(注2)ができることから、細胞生物学の研究にも有用です。また、メダカモは光合成生物にも関わらず7629個の遺伝子しか持っておらず、今まで報告された淡水性緑藻の中で最少の遺伝子数であることがわかりました。この特徴を生かして、14種類の微細藻類ゲノムと比較した結果、藻類の必須遺伝子1263個を同定することができました。このメダカモの発見は、我々の身近な環境に新種の微細藻類がまだ多く存在することを示唆しています。メダカモは、細胞生物学・進化系統学・合成生物学などの基礎研究に役立つほか、高密度かつ高度な同調培養が可能であるため、有用物質生産への応用研究にも貢献することが期待されます。
本研究成果は、2023年1月23日付で国際科学雑誌『Communications Biology』のオンライン版に掲載されました。
本研究は、JST-CREST「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」(JPMJCR20S6)、JST-OPERA「低CO2と低環境負荷を実現する微細藻バイオリファイナリーの創出」(JPMJOP1832)、文部科学省科学研究費・学術変革領域A「不均一環境変動に対する植物のレジリエンスを支える多層的情報統御の分子機構」(20H05911)、基盤研究B「オルガネラ分裂/増殖機構を基盤にした真核植物細胞の基のゲノム形態学的解明」(19H03260)、基盤研究B「微細藻類のオルガネラ分裂機構を基盤に植物細胞の基を解く」(22H02657)などのもとで実施されました。
発表内容
微細藻類は光合成を行うことで二酸化炭素を固定しており、地球環境を維持する上で重要な生態的地位を占めています。進化系統的には、真核細胞として最初に光合成機能を獲得した生物です。そのため、光合成機能を担う最少の遺伝子セットを持っていると考えられています。また、大量に培養できることから、高機能食品、バイオ燃料、化粧品などの有用材料を生み出すバイオマス資源としても注目を集めています。しかし、地球上にはいまだに単離・培養されていない、未同定の有用な藻類が生育している可能性があります。新種の藻類や進化的に早い段階で分岐した原始的な藻類は、極地、火口、深海などに生息していると考えられるため、極限環境下にある地域から採取が試みられてきました。
今回、そのような極限環境ではなく、身近な環境に未発見の藻類が存在している可能性を探ることにしました。そこで、研究グループは金魚やメダカを飼育していた水槽の水が藻類の繁殖によって緑色に変化することに注目しました。その緑色の水を固形の寒天培地に展開し、線画培養(注3)を繰り返すことで、複数の藻類を単離しました。その藻類のDNAを蛍光色素で染色して、細胞当たりのDNAの総量(ゲノムサイズ)が判明している単細胞生物と比較することで、ゲノムサイズが小さい藻類を探索しました。
その結果、直径が1マイクロメートルと極めて小さく、蛍光顕微鏡により予測されたゲノムサイズが、出芽酵母よりも小さい緑藻を見出し、「メダカモ」と命名しました(図1)。そして、メダカモからDNAを抽出して、その塩基配列を決定するゲノム解析を行いました。そのゲノム解析の結果、メダカモは新種であることが明らかになり、学名を「Medakamo hakoo」と名付け、新種登録を行いました。1マイクロメートルと極めて小さい藻類であったため、今まで解析から見逃されていたと考えられます。
図1 メダカモの電子顕微鏡写真(左)と模式図(右)
メダカモは非常に単純な細胞内構造を示す。細胞内小器官として、核(n)、核小体(no)、液胞(v)、ミトコンドリア(mt)、葉緑体(cp)、ゴルジ体(g)を1個ずつ持つ。また、葉緑体内にはデンプン(s)を貯蔵する。スケールバーは500 nmを示す。
メダカモのゲノムサイズは15.8 Mbp(メガベースペア、百万塩基対)であり、遺伝子を7629個しか持たないことがわかりました。この遺伝子数は淡水性緑藻の中で最少です。また、塩基配列の中に占めるグリシンとシトシンの割合(GC含量)が73%でした。通常の生物では、GC含量は50~60%であることから、極めて高いGC含量のDNAを持つ新奇な緑藻であることがわかりました。そのため、遺伝子発現制御に関与するGカルテットと呼ばれるDNAの立体構造が他の生物に比較して、多く含まれることが予測されました。Gカルテットによる新たな遺伝子発現制御を解明する上でも貴重な生物であると考えられます。
7629個の遺伝子の内訳を調べると、生命活動の基本メカニズムに関する因子の数が少なく、特に、基本転写因子、RNA輸送関連遺伝子、核膜関連遺伝子数(注4)は緑藻の中で最少でした。また、光合成を行う多くの真核生物が持つ、光捕集複合体様タンパク質であるLHCSR、光変換タンパク質であるフィトクロム、RNAi関連タンパク質、クロマチン構成タンパク質・ヒストンH1などの遺伝子が存在していませんでした。これらの特徴は、メダカモが光合成を行う真核生物として、必要最小限の遺伝子しか保持していないことを示唆しています。また、他の14種類の微細藻類のゲノムと比較解析した結果、藻類に必須な遺伝子1263個を同定することができました。この遺伝子の中には光合成を行うための必須な遺伝子群も含まれていました。
さらに、メダカモは光により明暗同調培養が可能であり、80%を超える高い同調率を示しました。この性質によって同一の細胞周期になる細胞を集めることができるため、細胞生物学的な基礎研究に有用です。また、光により増殖を制御できる利点は、メダカモを大量培養して物質生産を行わせる際にも、人為的に細胞増殖を管理できることを示しています。
以上のように、研究グループが新種として同定した最小の淡水性緑藻・メダカモは、基礎研究および応用研究にも役立つ藻類として期待されます。今回、同定できた藻類に必要な最少の遺伝子セットは、光合成機能を他の生物に付与する合成生物学的研究の重要な基盤情報となります。また、最小サイズのメダカモは高密度の大量培養を可能にすることから、高機能食品、バイオ燃料、化粧品などの有用材料を低コストかつカーボンフリーで生み出す生物資源としても有用な藻類として活用されることが期待されます。
発表雑誌
雑誌名:Communications Biology(オンライン版:1月23日)
論文タイトル:Genomic analysis of an ultrasmall freshwater green alga, Medakamo hakoo
著者: Shoichi Kato, Osami Misumi, Shinichiro Maruyama, Hisayoshi Nozaki, Yayoi Tsujimoto-Inui, Mari Takusagawa, Shigekatsu Suzuki, Keiko Kuwata, Saki Noda, Nanami Ito, Yoji Okabe, Takuya Sakamoto, Fumi Yagisawa, Tomoko M. Matsunaga, Yoshikatsu Matsubayashi, Haruyo Yamaguchi, Masanobu Kawachi, Haruko Kuroiwa, Tsuneyoshi Kuroiwa* & Sachihiro Matsunaga*
*責任著者
DOI番号:10.1038/s42003-022-04367-9
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s42003-022-04367-9
発表者
加藤 翔一(東京理科大学大学院理工学研究科応用生物学専攻 博士課程学生 研究当時)
三角 修己(山口大学大学院創成科学研究科理学系学域生物学分野 教授)
丸山 真一朗(東北大学大学院生命科学研究科 助教 研究当時)
野崎 久義(東京大学大学院理学系研究科 准教授 研究当時)
乾 弥生(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 特任研究員)
田草川 真理(京都大学大学院理学研究科生物科学専攻 特定研究員)
鈴木 重勝(国立環境研究所生物多様性領域 高度技能専門員)
桑田 啓子(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任講師 研究当時)
野田 沙希(名古屋大学大学院理学研究科 技術補佐員)
伊藤 ななみ(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 博士課程学生)
岡部 耀二(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 修士課程学生)
坂本 卓也(東京理科大学理工学部応用生物科学科 講師)
八木沢 芙美(琉球大学研究基盤センター 准教授)
松永 朋子(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 特任助教)
松林 嘉克(名古屋大学大学院理学研究科 教授)
山口 晴代(国立環境研究所生物多様性領域 主任研究員)
河地 正伸(国立環境研究所生物多様性領域 室長)
黒岩 晴子(日本女子大学 学術研究員)
黒岩 常祥(日本学士院 会員、東京大学 名誉教授、日本女子大学 客員研究員)
松永 幸大(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 教授)
用語解説
(注1)最少遺伝子セット 戻る
生命活動を行うために必要な最も少ない数の遺伝子群を指す。ミニマム・ゲノムと表現されることもある。細胞分裂・細胞伸長・呼吸・光合成など、様々な生命活動を行うため必要なタンパク質をコードする最少遺伝子セットが存在する。新種の細胞を創製するための遺伝子設計や、別の細胞に新たな代謝回路を導入する合成生物学の研究に、最少遺伝子セットの情報は必要である。
(注2)同調培養、明暗同調培養 戻る
多数の細胞が分裂する際に、分裂段階が同時に進行することを同調分裂とよぶ。通常、同調培養は、細胞内外からの刺激や生物時計によって引き起こされる。光合成を行う藻類の中には、光に反応して一斉に細胞分裂を開始し、暗期には分裂を停止する種類がいる。この性質を利用して、培養環境の明期と暗期の時間を定めて繰り返すことで、細胞分裂をほぼ同時に進行させる培養が可能になる。同調培養することで、細胞数や細胞の大きさの増減を人工的に制御できるようになり、藻類を利用した物質生産を計画的に進めることが可能になる。
(注3)線画培養 戻る
画線培養ともいう。混じりあった生物群(細胞群)の中から、1種類の生物種、もしくは1種類の遺伝子型を持つ細胞系統を単離する方法。代表的な方法として、寒天培地上に混合液を波線を書くように塗り付けて培養し、形成されたコロニーを採取する方法がある。
(注4)基本転写因子、RNA輸送関連遺伝子、核膜関連遺伝子 戻る
基本転写因子は、遺伝子をコードしているDNAから転写産物であるRNAを生成する際に必要とされるDNA結合タンパク質である。RNA輸送関連遺伝子は、細胞核内で転写されたRNAを細胞外に輸送することを担うタンパク質をコードした遺伝子のことである。核膜関連遺伝子は、細胞核を構成する二重膜に存在する、もしくは結合しているタンパク質をコードする遺伝子である。いずれの遺伝子も生命活動に必須な遺伝子である。
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