一度壊れて復活する電子の秩序配列―元素置換による量子性の出現―
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東京大学
電気通信大学
発表のポイント
◆外部磁場により一度壊れた反強磁性が、さらに強い外部磁場で復活するという、通常とは異なる磁性体の開発に成功しました。
◆この振る舞いは、元素置換により出現した量子性に起因していることを示しました。
◆この現象は、古典的な磁石では起こりえず、新たな量子技術の開発につながることが期待されます。
磁場で一度壊れて更に強い磁場で復活する電子秩序
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の渡辺義人大学院生、有馬孝尚教授、徳永祐介准教授、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授らは、東京大学物性研究所、電気通信大学と共同で、通常とは異なる性質を持つ磁性体の開発に成功しました。
通常、反強磁性秩序(注1)を持つ磁性体に外部磁場を印加すると、磁場強度がある値を超えたところで反強磁性秩序が壊れます。しかし、今回開発したコバルトを含む複合酸化物では、外部磁場によって一度壊れた反強磁性秩序が、さらに強い磁場で復活しました。さらに、この直観に反する磁性体の振る舞いが、コバルト原子の持つ微小な磁石が私たちの身の回りにある磁石とは異なる量子性という性質を持つことに起因していることを示しました。
現在、量子性に基づくさまざまな物質機能が新しい情報処理素子などの観点から注目されています。本研究成果は、新たな量子技術の開発につながることが期待できます。
本研究成果は2023年3月10日付けで、英国科学誌『Nature Communications』にオンライン掲載されました。
発表内容
〈研究の背景〉
磁性材料を構成する原子は微小な磁石としての性質を持っており、多くの場合、私たちの身の回りにある通常の古典的(注2)な磁石の性質と同じように振る舞います。例えば、N極が互いに逆を向いた原子が交互に並んだ反強磁性という秩序状態に強い外部磁場を印加すると、反強磁性秩序が壊れます。これはすべての微小磁石のN極が強制的に印加磁場方向を向くことで反強磁性秩序が保てなくなったためです。
一方で、古典的な原理では説明ができない磁性体も存在します。例えばいくつかの磁性体では外部磁場を印加することで初めて反強磁性秩序状態が現れることが報告されています。これは原子のもつ微小な磁石が普通の磁石とは異なる量子性(注3)と呼ばれる性質を持つからです。量子性が顕著に現れると非自明な物理が現れるため、学術的な興味だけでなく、新たな制御性を持つ次世代デバイスの候補としても注目が集まっています。しかし、物質の量子性は他の競合する効果によって隠されてしまうことが多く、量子性が顕著に現れる物質をどのように開発するのかが問題となっています。
〈研究の内容〉
本研究グループは、バリウム(Ba)、コバルト(Co)、ゲルマニウム(Ge)、酸素(O)からなる磁性体Ba2CoGe2O7に着目しました。この物質中では小さな磁石としての性質を持つコバルト原子が碁盤の目のように並んでいます。隣り合うコバルト原子の間にはN極が互いに逆を向くような相互作用が働いていて、実際、Ba2CoGe2O7は反強磁性秩序を示すことがわかっていました。この相互作用が強すぎるため、外部から磁場を印加しても微小磁石がなかなかその方向にそろわず、量子性は隠れていました。
そこで、本研究グループは、コバルト原子の一部を亜鉛原子(Zn)で置き換えることを考えました。亜鉛原子は磁石としての性質を持たないことが知られています。したがって、亜鉛原子の隣にあるコバルト原子に働く相互作用は弱くなります(図1)。その結果、外部磁場の効果が相対的に強くなり、量子性が現れる可能性が増えます。
図1:磁性イオン希釈概念図
(a、 b) 磁性イオンのコバルト(青)の一部を非磁性イオンの亜鉛(黄)で置き換えることにより、磁気秩序を安定化させている相互作用をしているボンド(赤色)が減少し、系全体としての平均的な相互作用の大きさが減少する。
(c)どの温度と磁場で反強磁性状態が実現するかは微小磁石間に働く相互作用の大きさによって変化する。相互作用が弱くなることで磁性体の量子性が顕在化し、磁場に対して非単調な変化を示すようになる。
さまざまな亜鉛置換率の結晶を作製し、0.3ケルビンまでの低温環境や、50テスラ(注4)までの高磁場環境における物理的性質を調べました。すると、コバルトの25%を亜鉛で置き換えた場合に、15テスラ付近の磁場領域で磁化が磁場に依存しない磁化プラトーという振る舞いが見られました(図2)。さらに、同じ磁場領域で、結晶の伸び縮みや、電気的な性質にも異常な外部磁場応答が見られることが明らかになりました。数値シミュレーションを行い、これらの実験結果と比較することで、観測された磁化プラトー領域はすべてのコバルトの微小磁石がN極の向きをそろえつつ、弱くなった状態であることが分かりました。言い換えると、反強磁性秩序は壊れていることになります。ところが、さらに印加磁場を強くすると、再び反強磁性状態が現れることが観測されました。
図2:Ba2Co0.75Zn0.25Ge2O7に磁場を印加した際の磁化の値
赤い矢印は磁気モーメント(微小磁石)が磁場方向にそろえられている様子を模式的に示している。15テスラ付近で一度磁場方向に磁気モーメントがそろい磁気秩序が消失した後さらに強い磁場で再び反強磁性秩序が現れ、磁気モーメントが磁場からずれた方向を向く。30テスラ以上では再び磁気秩序が消失し、磁気モーメントは磁場方向を向く。
このような外部磁場依存性は、古典的な微小磁石の振る舞いから完全に逸脱しています。この振る舞いはコバルト原子に働く磁気相互作用が亜鉛の部分置換によって小さくなり、抑制されていた量子性が現れた結果であるといえます。亜鉛が含まれていないBa2CoGe2O7では、ドーム状の単一の反強磁性状態が広い温度磁場領域で実現することが先行研究により知られていました(図1(c))。反強磁性状態は古典的な微小磁石の集団系で予想されるように磁場を印加することで破壊されます。一方で、相互作用の大きさが弱くなると、元のドーム状の反強磁性秩序が二つに分裂することがわかります。この場合、本研究で観測されたように、磁場を印加すると一度秩序状態が壊れさらに強い磁場で磁気秩序が復活します。
元素の部分置換を行うと、置換される原子が規則的に配列する場合、不規則に配列する場合の両方がありますが、今回は、コバルトと亜鉛の配置には規則性は見られませんでした。このような場合、理論的な計算が困難になります。しかし、本研究では新たに導き出したモデルを用いることで、コバルト原子の減少によりどの程度相互作用が弱まるかなど、コバルトと亜鉛の不規則な配列の効果まで含めて定量的に議論することが可能です。
〈今後の展望〉
近年の高温超伝導や量子コンピュータへの高い関心からも分かるように量子的な性質が強く表れた物質は新奇な物性発現の宝庫です。本研究で用いた相互作用を弱める方法は他の量子的な物質の性質を探索するうえでの応用が可能であるため、量子的な物性の基本的な理解の進展や量子技術の発展への貢献が期待できます。また、本物質は理論的な合意が得られていない不規則性のある物質における量子的な現象の貴重な実験的検証の場を提供しています。
今後、数値計算結果や、応力などの不規則性を伴わない制御方法で得られる実験結果などと比較していくことにより、量子的な現象の理解が深化することが期待できます。
〈研究助成〉
本研究は科学研究費補助金基盤研究[19H01835]、および新学術領域研究「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎教授)[JP19H05824、 JP19H05826]などの助成を受けて行われました。
発表者
東京大学
大学院新領域創成科学研究科
渡辺 義人(博士課程)
徳永 祐介(准教授)
有馬 孝尚(教授)
橋本 顕一郎(准教授)
芝内 孝禎(教授)
物性研究所
徳永 将史(准教授)
電気通信大学大学院情報理工学研究科
池田 暁彦(助教)
論文情報
〈雑誌〉 Nature Communications
〈題名〉 Double dome structure of the Bose-Einstein Condensation in Diluted S=3/2 Quantum Magnet
〈著者〉 Y. Watanabe, A. Miyake, M. Gen, Y. Mizukami, K. Hashimoto, T. Shibauchi, A. Ikeda, M. Tokunaga, T. Kurumaji, Y. Tokunaga, T. Arima
〈DOI〉 10.1038/s41467-023-36725-4
〈URL〉 https://www.nature.com/articles/s41467-023-36725-4
用語解説
(注1)反強磁性
物質中の原子が持つ微小な磁石の間には相互作用が働いており、温度を下げるとN極の向きが特定の配列を示すことがある。隣り合う微小磁石のN極の向きを互いに反平行にするような相互作用が働いている場合、反平行に向いた微小磁石が交互に整列した状態を形成する。このような状態を反強磁性と呼ぶ。
(注2)古典的
量子的な振る舞いが隠れて、通常の身の回りのものと同じような性質を示すこと。
(注3)量子性
電子などのごく小さな粒子は、そのエネルギーが連続的に変わらないなどの、通常の身の回りのものにはない性質を示す。このような微小な世界に特有の性質を量子性という。今回の場合、微小磁石のエネルギーが連続的でないことに由来し、微小磁石の強さや向きが磁場印加で非単調に変化する現象が見られた。
(注4)テスラ
磁場の強さの単位。普通の鉄磁石では0.2テスラ、ネオジム磁石では1.3テスラほどの磁場が表面に発生している。本研究では東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設にて0.036秒という瞬間的な時間だけ50テスラまでの非常に強い磁場を発生させ、磁化や物質の長さの変化、誘電率などの各種の精密な測定に成功している。
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