謎の古生物「タリーモンスター」、 3D形態解析で脊椎動物説に反証
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京都産業大学
発表のポイント
◆近年、3億年前の謎の古生物「タリーモンスター」が脊椎動物であるという説が提唱され、脊椎動物の形態的多様性について見直しが迫られていた。
◆3DレーザースキャナーとX線マイクロCTにより、150点以上のタリーモンスター化石の3D形状データを得ることで、タリーモンスターの形態学的特徴の解明を進めた。
◆形態学的特徴を詳細に調べた結果、タリーモンスターは脊椎動物ではなく、脊椎動物以外の脊索動物か、なんらかの旧口動物であることが示唆された。
本研究に基づいて描かれたタリーモンスターの復元画(絵:迫野貴大氏)
発表概要
タリーモンスター(トゥリモンストゥルムTullimonstrum gregarium)は、約3億年前の海に生息していた奇妙な姿の動物です。他の動物からかけ離れた姿をしていることから、タリーモンスターがどの分類群に属するのかはいまだに謎に包まれています。こうした中、近年、タリーモンスターは脊椎動物(注1)だという説が提唱され、注目されています。
東京大学大学院理学系研究科の三上智之大学院生(研究当時、現在:国立科学博物館地学研究部 特別研究員)と東京大学大学院理学系研究科(兼担)/同大学院新領域創成科学研究科の岩崎渉教授らは、3Dレーザースキャナー(注2)により、タリーモンスターの化石計153点の表面形状の3Dデータを収集し、同じ地層から産出するさまざまな動物化石との比較解析を行いました。また、タリーモンスターの吻部にある歯のような構造をX線マイクロCT(注3)で撮影し、その3D形状を詳細に明らかにしました。タリーモンスターの形態学的特徴を詳細に調べた結果、先行研究でタリーモンスターが脊椎動物である根拠として使われた筋節・脳・鰓孔(さいこう、またはえらあな)・鰭を支持する構造と同定された構造が脊椎動物のそれらとは明確に異なる特徴を持っていることから、タリーモンスターは脊椎動物ではないことが示唆されました。本研究の結果からは、タリーモンスターは脊椎動物以外の脊索動物か、特殊化したなんらかの旧口動物であると考えられます。
発表内容
タリーモンスターは、アメリカ・イリノイ州の石炭紀の地層から産出するメゾンクリーク生物群(注4)のみに見られる奇妙な姿の古生物(動物)です(図1)。長い眼柄と、歯のような構造を持つ顎状の器官が特徴的なタリーモンスターは、他のどの動物にも似ていない不思議な形態をしています。そのため、1966年に最初に報告されて以来、タリーモンスターはさまざまな動物と比較されており、軟体動物、環形動物、紐形動物、オパビニア(注5)などと近縁である可能性が指摘されてきました。しかし、いずれの説も決定的な証拠に欠け、タリーモンスターの正体はいまだ謎に包まれています。
図1:タリーモンスターの化石と復元
タリーモンスターの化石と、本研究の結果に基づき描かれた復元画
近年、タリーモンスターがヤツメウナギ(注6)に近い脊椎動物だという説が提唱され、注目を浴びています。この説の根拠として、タリーモンスターが脊索・鰓孔・筋節・他の脊椎動物に類似した脳・鰭を支持する構造・ヤツメウナギやヌタウナギ(注6)に類似した角質歯など、脊椎動物を特徴づける解剖学的構造を持っているように見えることが挙げられていました。この説が正しければ、脊椎動物の形態的多様性についての私たちの理解は見直しを迫られるものとなります。一方、タリーモンスターの化石に残されたさまざまな解剖学的構造の解釈を巡っては議論が続いており、タリーモンスターが本当に脊椎動物かどうかは結論が出ていませんでした。
そこで本研究では、タリーモンスターの正体に迫ることを目的として、日本国内の7つの博物館に収蔵されているタリーモンスターの化石計153点およびメゾンクリーク生物群の多様な動物化石計75点を詳細に調べました。3Dレーザースキャナーでこれらの化石の3Dデータを網羅的に計測し、特に化石の面に残されている微細な凹凸構造に注目し分析を行ったところ、先行研究において筋節、脳、鰓孔、鰭を支える構造と同定されていた構造が、脊椎動物のそれらとは異なる特徴を持つことから、タリーモンスターは脊椎動物ではないことが示唆されました。例えば、脊椎動物は頭部に明瞭な分節構造を持たないという特徴を持ちますが、タリーモンスターの頭部には体幹部から連続して分節構造が存在しており、脊椎動物の頭部とは形態学的に大きく異なっています(図2)。
図2:タリーモンスターの頭部の分節構造
タリーモンスターの化石標本(左図)と、同じ標本の表面の起伏を色で表現した図(右図)。タリーモンスターの分節構造は、体幹部(白かっこ)だけでなく頭部(赤かっこ)にも立体構造として明瞭に保存されていた。
また先行研究では、タリーモンスターの鰭には、円口類(注6)と同様に、鰭を支持する構造があるとされていましたが、メゾンクリークの他の動物化石と比較した結果、この構造は支持構造を持たない鰭が波打つことでできるひだのようなものであり、タリーモンスターは鰭を支持する構造を持たないことが分かりました(図3)。
図3:タリーモンスターの尾鰭には鰭を支持する構造がない
同じ地層から産出した他の動物化石と比較した結果、タリーモンスターの尾鰭は鰭を支持する構造を欠いていたことが示された。
さらに本研究では、X線マイクロCTを用いて、タリーモンスターが持つ歯のような構造の精密観察も行いました。その結果、タリーモンスターの「歯」の構造は、これまで知られていた「傘型」と今回新たに発見した「基部隆起型」の2タイプに分けられ、それぞれ顎状構造の下側と上側だけに生えていることを明らかにしました(図4)。
図4:タリーモンスターの「歯」
左図において顎状構造の上側に分布する基部隆起型と、下側に分布する傘型の、2タイプの「歯」が存在する。
先行研究では、タリーモンスターの脊椎動物との類似性として、タリーモンスターの傘型の「歯」がヤツメウナギやヌタウナギの角質歯(注7)に似ていることを挙げていました。しかし、今回新たに発見した基部隆起型の「歯」は、ヤツメウナギやヌタウナギの角質歯には見られない形状です。そのため、この器官に関しても、タリーモンスターが脊椎動物である可能性に疑問を投げかけることとなりました。
本研究は、タリーモンスターが脊椎動物以外の脊索動物か、形態的に特殊化したなんらかの旧口動物であることを示唆しています。この結果は、60年近く続いているタリーモンスターの正体を巡る論争に大きな進展をもたらすものです。より詳細な分類学的位置については、今後の更なる検証が必要です。
発表者
東京大学大学院理学系研究科
生物科学専攻
三上 智之(研究当時:博士課程/現在:国立科学博物館 地学研究部 特別研究員)
池田 貴史(研究当時:博士課程/現在:京都産業大学 タンパク質動態研究所 研究員)
岩崎 渉(教授)(兼担/大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻)
地球惑星科学専攻
平沢 達矢(准教授)
公益財団法人深田地質研究所 研究部
村宮 悠介(研究員)
論文情報
〈雑誌〉 Palaeontology
〈題名〉 Three-dimensional anatomy of the Tully monster casts doubt on its presumed vertebrate affinities
〈著者〉 Tomoyuki Mikami, Takafumi Ikeda, Yusuke Muramiya, Tatsuya Hirasawa, Wataru Iwasaki
〈DOI〉 10.1111/pala.12646
〈URL〉 https://doi.org/10.1111/pala.12646
研究助成
本研究は、孫正義育英財団、藤原ナチュラルヒストリー振興財団、文部科学省科学研究費補助金、科研費(課題番号:18J21859、22J01214)、生命科学技術国際卓越大学院プログラムの支援を受けて実施されました。
用語解説
(注1)脊椎動物
脳や感覚器を収めた頭部、その腹側に位置する鰓孔、V 字状の繰り返し構造をとる筋節などの形態的特徴を持つ分類群。現生では、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、顎を持つ魚(シーラカンス、マグロ、サメなど)、円口類(ヤツメウナギ、ヌタウナギ)が含まれる。
(注2)3Dレーザースキャナー
測定したい物体にレーザーを照射することで、その物体の3D形状を測定する装置。物体の表面形状は測定できるが、内部の様子を調べることはできない。
(注3)X線マイクロCT
X線を照射することで、物体の微細な内部構造を三次元的に撮影する装置。X線を使うため、3Dレーザースキャナーより扱いが難しいが、物体の内部を調べることができる。
(注4)メゾンクリーク生物群
アメリカ・イリノイ州のフランシスクリーク頁岩から産出する石炭紀の生物群。メゾンクリーク生物群では、クラゲのように硬組織を持たず通常は化石に残らない生物であっても、化石として保存される。さまざまな分類群の動植物化石が報告されている。
(注5)オパビニア
頭にハサミ状の構造がついた吻と5つの眼を持つカンブリア紀の奇妙な古生物。アノマロカリスなどと共に、カナダのバージェス動物群から知られている。節足動物に近い生物であることがわかっている。
(注6)ヤツメウナギ、ヌタウナギ、円口類
現生の脊椎動物の系統は、およそ5億年前に私たちを含む顎口類と円口類に分岐した。現生の円口類には、ヤツメウナギ類とヌタウナギ類が含まれる。
(注7)角質歯
円口類が持つ歯状の構造。顎のある脊椎動物(顎口類)の歯とは進化的起源が異なる。