機械学習アルゴリズムが発見した初めての準結晶
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情報・システム研究機構 統計数理研究所
東京理科大学
東京大学
発表概要
準結晶は、通常の結晶のような並進対称性(周期性)を持たないが、原子配列に高度な秩序がある物質です。1984年に最初の準結晶が発見されて以来、これまでに約100個の熱的に安定な準結晶が発見されてきました。新しい準結晶の発見は、準周期構造に特有の物性の発見とその謎を解き明かすための科学の新展開を生み出してきました。しかしながら、準結晶の形成や安定化のメカニズムがほとんど分かっておらず、新しい準結晶の探索は困難を極めています。
そこで統計数理研究所、東京理科大学、東京大学の共同研究グループは、これまでに合成されてきた準結晶や関連物質のパターンを読み解き、熱的に安定な準結晶を形成する化学組成を予測する機械学習技術を開発しました。同グループは、機械学習の予測に基づき、新たに三つの準結晶(Al65Ni20Os15、 Al78Ir17Mn5、 Al78Ir17Fe5)を発見しました。これらは、約40年の準結晶研究の歴史において機械学習のアルゴリズムが発見した初めての準結晶です。
本研究成果は、2023年9月25日(日本時間26日)に国際学術誌「Physical Review Materials」にオンライン掲載されました。
発表内容
背景
1984年にイスラエル工科大学のダン・シェヒトマン博士(Dan Shechtman、 2011年ノーベル化学賞受賞)らが最初の準結晶1)の発見を報告して以来、これまでにおよそ100個の熱的に安定な準結晶が発見されてきました。シェヒトマン博士が発見したAl-Mn正20面体準結晶は急速溶融冷却で合成された準安定相の合金であったため、構造規則性が低く、準周期秩序の存在についての論争が起こりました。その後まもなく、当時東北大学金属材料研究所の博士課程の学生であり、後に東北大学多元物質科学研究所で教授を務められた蔡安邦博士(Tsai、 An-Pang、 1958-2019)が安定且つ高品質な準結晶の合成に成功したことで、この論争に終止符が打たれました。その後も蔡博士らは次々と安定な準結晶を発見し、構造や物性の解析が飛躍的に進んだことで、現在の準結晶研究の礎を築いてきました。現在地球上に存在する準結晶の約9割は、蔡博士らが発見した一連の物質群から派生したものと言われています。
新しい準結晶の発見は、電子物性の異常、絶縁体的な振る舞い、価数揺らぎ、量子臨界性、超伝導、強磁性などの新しい物理現象の発見をもたらしてきました。これらの物理現象の解析から、物質の長距離準周期秩序に由来する機構が明らかにされつつあります。一方、物質空間には依然として広大な未踏領域が残されており、研究者らはそこにはいまだ未発見の半導体準結晶や反強磁性秩序を持つ準結晶が存在していると予想しています。蔡博士も物質科学の発展における新物質探索の重要性を説いてきました。しかしながら、準結晶の形成や安定化のメカニズムがほとんど分かっておらず、新物質探索の設計指針が確立していないことが準結晶研究の進展を著しく阻害しています。
研究成果の概要
そこで同グループは、機械学習を導入して準結晶の発見過程の加速化を図りました(図1)。予測モデルの入力は化学組成、出力はその物質が準結晶を形成するか否かを表すクラスラベルです。学習データとして、これまでに合成されてきた準結晶や関連物質、通常の周期結晶の化学組成を用いました。このモデルは準結晶か否かという二値分類タスクを95%以上の精度で予測できることが明らかになりました。
図1:機械学習による準結晶を形成する化学組成の予測
興味深いことに、このモデルは蔡博士が物質探索の指針としていたヒューム=ロザリーの電子濃度則という経験則を自律的に学習していたことが明らかになりました。準結晶が熱的に安定する化学組成の多くは、1 原子当りの平均遍歴電子数2)e/aが特定の値をとることが知られています。例えば、モデルが予測した準結晶相の位置は、ほとんどのアルミニウム合金においてe/a = 1。8の領域と重なっていることが分かりました。つまり、機械学習のアルゴリズムは、蔡博士らが発見してきた準結晶の組成のパターンから、蔡博士のセレンディピティの源泉となった経験則を学習していたわけです。蔡博士は2019年5月25日に60歳という若さでお亡くなりになり、世界の準結晶コミュニティーは深い悲しみに包まれました。同グループは、蔡博士のセレンディピティを模倣した人工知能(AI)を創るという願いを込めて、このモデルをTSAIと名付けました。また同グループは、機械学習のブラックボックスモデルに内在する入出力のルールを抽出することで、準結晶形成に関する五つの法則を明らかにしました。この生成則は、原子のファンデルワールス半径3)や電気陰性度4)などの拘束条件を五つの単純な数式で表します。このTSAIの生成則は準結晶探索のための新たな指針になるかもしれません。
本研究では、TSAIを用いてアルミニウム3元系合金の全空間に相当する1、080種類の合金系を対象に網羅的なスクリーニングを実施しました。その結果、185種類の合金系に準結晶相が存在すると予測されました。この中から過去の研究で相図が報告されているものを除外し、最終的に30種類の候補に絞り込みました。その最初の試みとして、Al-Ni-Os、Al-Ir-Mn、Al-Ir-Feを選定し、合成実験を行った結果、全ての系において準結晶相(Al65Ni20Os15、 Al78Ir17Mn5、 Al78Ir17Fe5)が存在することが明らかになりました。図2に示すように、Al-Ni-Os、Al-Ir-Mn、Al-Ir-Feの予測相図は、発見された三つの準結晶を見事に的中しています。
図2:機械学習の予測相図と発見されたアルミニウム合金準結晶
紺が予測された準結晶相で、水色が近似結晶相を表す。緑の点が合成された準結晶。上段のパネルはヒューム=ロザリー則e/a=1。8を満たす直線を表す。中段のパネルは人工知能TSAIが発見した五つの生成則を表す。
また、これらの準結晶は、ヒューム=ロザリー則やTSAIの五つの生成則を表す直線の合流点付近に存在することが分かりました。三つの準結晶はいずれも、長時間のアニーリング(熱処理)プロセスの後に観察されたため、熱力学的に安定な物質であると考えられます。また、透過型電子顕微鏡を用いて撮影された電子線回折パターンから、三つの物質はいずれも正10回対称の準結晶構造を持つことが明らかになりました(図3)。
図3:発見された三つの準結晶(Al65Ni20Os15、 Al78Ir17Mn5、 Al78Ir17Fe5)の電子線回折パターン
今後の展開
本研究は、機械学習が新しい準結晶を予測できることを実証したマイルストーンとなる研究です。合成された三つの準結晶は、40年に渡る準結晶研究の歴史において、機械学習のアルゴリズムが予測・発見した初めての物質です。現在、多くの研究者がTSAIを用いて新しい準結晶の合成に取り組んでおり、今後も多くの新物質が発見されていくことが期待されます。とりわけ研究者らは、半導体準結晶や反強磁性準結晶など、人類の未踏物質の発見に機械学習が貢献することを期待しています。また同グループは、実証研究を通じたモデルの検証や準結晶研究における機械学習技術のさらなる発展を促進するために、開発したコードと学習データを公開しました。
論文情報
〈題名〉Quasicrystals predicted and discovered by machine learning
〈著者〉 Chang Liu, Koichi Kitahara, Asuka Ishikawa, Takanobu Hiroto, Alok Singh, Erina Fujita, Yukari Katsura, Yuki Inada, Ryuji Tamura, Kaoru Kimura, Ryo Yoshida
〈雑誌〉Physical Review Materials
〈DOI〉 10.1103/PhysRevMaterials.7.093805
〈掲載日〉 2023年9月26日(電子版)
用語解説
1)準結晶
結晶、アモルファスと並ぶ固体の存在形態の一つです。二百数十年前から1984年までは、原子が周期的に配列した結晶と不規則に並んだアモルファスの二分類しかありませんでした。ところが、原子が規則的ではあるが周期を持たずに並んだ構造が発見され、準結晶と名付けられました。周期性の制約がないために、周期結晶では許されない5回対称性や、正20面体対称性などの回転対称性を持ち得ます。その後、主に金属間化合物で多く見つかってきましたが、最近は高分子や酸化物でも見つかり、固体構造の普遍的な概念になりました。
2)平均遍歴電子数
s軌道やp軌道の価電子は、広がった波動関数を持ち伝導に大きく寄与します。一方、d軌道の価電子は波動関数が局在的で伝導に寄与し難く、しかも最外殻のd軌道に空きがあるとs軌道やp軌道の価電子が落ち込み伝導に寄与できる遍歴電子数が減ってしまうため、遷移金属元素の遍歴電子数は空いている軌道に収容できる電子数にマイナスを付けたものとして考えます。典型元素の価電子数に等しい遍歴電子数と、遷移金属元素のマイナスの遍歴電子数を平均したものが平均遍歴電子数です。
3)ファンデルワールス半径
二つの非結合原子間の静電力のバランスが取れている場合、それらの間の距離の半分に等しくなります。提唱者ファン・デル・ワールス (Van der Waals) の名前からこの名が付きました。
4)電気陰性度
原子が電子を引き寄せる力の強さを表します。
研究助成
本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学」(19H05817、 19H05818、 19H05820)、基盤研究A「機械学習の先進技術による革新的機能性物質の発掘」(19H01132)、JST-CREST未踏物質探索領域「フェイゾンエンジニアリング:構造タイル組み換えに基づく新物質創製」(JPMJCR22O3)の助成を受けました。