必須遺伝子が染色体に無くても生物は絶滅しない ― 数億年前からプラスミドだけでリボソームRNA遺伝子を 維持するバクテリアの発見 ―
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東京大学
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
理化学研究所
発表のポイント
◆多様なバクテリアが、生存に必須なリボソームRNA遺伝子を小型のDNA分子であるプラスミドだけに持ち、そのバクテリアの一部は数億年にわたって絶滅しなかったことを発見しました。
◆生物学では、生存に必須な遺伝子を長期間にわたって子孫に伝えるためには最大のDNA分子である染色体上で受け渡す必要があるとされてきましたが、その定説を否定しました。
◆物質生産といった工業応用や薬剤耐性菌の出現などで重要な役割を果たすプラスミドの新たな基本的性質の解明や、プラスミドを安定的に維持する技術開発への貢献が期待されます。
本研究で発見したプラスミドだけにrRNA遺伝子が存在するバクテリア
発表概要
東京大学の按田瑞恵特任助教、山内駿大学院生、コセンティーノ サルヴァトーレ特任助教、岩崎渉教授と、理化学研究所の坂本光央専任研究員、大熊盛也室長、高島昌子ユニットリーダー(研究当時)、国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授の共同研究チームは、多様な環境に生息する2門2科4属5種のバクテリア(細菌、注1)が、生物の基本構成要素の一つであるタンパク質の合成に必須なリボソームRNA(rRNA)遺伝子(注2)をプラスミド(注3)だけに持つことを発見しました。また、今回解析したバクテリアのうちPersicobacteraceae科に属するバクテリアは、染色体(注4)からrRNA遺伝子を失った状態でも数億年にわたって絶滅しなかったことを明らかにしました。
本研究の発見は、「生存に必須な遺伝子を長期間にわたって安定して子孫に伝えるためには染色体上で受け渡す必要がある」とする生物学における定説を否定するものです。今後、物質生産といった工業応用や薬剤耐性菌の出現などで重要な役割を果たすプラスミドの新たな基本的性質の解明や、プラスミドを安定的に維持する技術開発への貢献が期待されます。
本研究成果は、2023年11月14日に英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
発表内容
〈研究の背景〉
目に見えない小さい微生物であるバクテリア(細菌)は、遺伝情報を伝えるDNA分子として、主たる染色体に加えて小さなプラスミドを持ちます。プラスミドは物質生産といった工業応用や薬剤耐性菌の出現などで重要な役割を果たしますが、染色体に比べて子孫に安定に伝わりにくいことから、原則として、生存に必須な遺伝子は染色体上に存在します。とりわけ、生物の基本構成要素の一つであるタンパク質の合成に必須なリボソームRNA(rRNA)遺伝子は、染色体とプラスミドを区別する定義の一部として使われてきたこともあるほど、必ず染色体上に存在するとされてきました(図1)。これまでの研究で、シュードモナドータ門(旧名称:プロテオバクテリア門)に属するAureimonas属のバクテリアは染色体上にrRNA遺伝子を持たないことが明らかになっていましたが、こうした現象が特定のバクテリアに限られるものなのか、また、こうした現象が一時的なものなのか(すなわち、染色体からrRNA遺伝子を失った状態で生物が絶滅を長期間逃れることができるのか)は分かっていませんでした。
図1:バクテリアの染色体とプラスミドと、rRNA遺伝子
染色体は子孫に安定に継承されるが、プラスミドは分配の失敗等により子孫に受けつがれない場合がある。
〈研究の内容〉
本研究では、染色体に由来するDNA配列とプラスミドに由来するDNA配列の見分けがつかない状態で混ざったゲノム(注5)データから、rRNA遺伝子がプラスミドに存在するバクテリアを発見するための情報処理方法を新たに開発し、公共データベース(NCBI RefSeq)の約9万個のゲノムデータを解析しました。そうして見つかったバクテリアについて、実際にrRNA遺伝子がプラスミドだけに存在するのかを実験的に確かめるために、得られた候補とその近縁種のバクテリアを理化学研究所バイオリソース研究センター微生物材料開発室(JCM)や製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター(NBRC)などの微生物保存機関(バイオリソースセンター、注6)のコレクションから培養し、強力なDNA配列決定技術であるロングリードシークエンサー(注7)を用いて、ほぼ完全なゲノム配列を決定しました。その結果、バクテロイデス門、スピロヘータ門、シュードモナドータ門の多様な環境に生息するバクテリアで少なくとも4回、それぞれ独立に染色体からrRNA遺伝子が失われたことが明らかになりました(図2)。さらに、Persicobacteraceae科の3属4種は全て染色体にrRNA遺伝子を持たず、4.9億年前からそうしたゲノム構成を持ちつつも絶滅せずに生き残ってきたことが、分岐年代推定と呼ばれる進化解析手法によって推定されました。
図2:染色体からrRNA遺伝子を失った4系統のバクテリア
4つの系統のうち、Persicobacteraceae科の祖先が4.9-6.5億年前にゲノムからrRNA遺伝子を失ったと推定。rRNA遺伝子が存在するプラスミドはコピー数が多様であり、プラスミド型複製開始タンパク質Rep_3の遺伝子を共通して持つ。
続いて、染色体からrRNA遺伝子が失われた時期にゲノムにどのような変化が起こったかを調べるために、過去のバクテリアのゲノム上にどのような遺伝子が存在していたかを、ゲノム進化モデルを用いて推定しました。その結果、Rep_3(注8)と呼ばれるタンパク質をコードする遺伝子の獲得だけが、rRNA遺伝子が染色体から失われた4回のイベントに共通して観察され、偶然とは言えない関連性があることがわかりました。Rep_3はプラスミドのDNA複製を開始するために必要なタンパク質であり、rRNA遺伝子の存在するプラスミド上に共通して存在していました(図2)。一方で、Rep_3をコードする遺伝子は近縁種のゲノムからはほとんど見つかりませんでした。したがって、染色体からのrRNA遺伝子の喪失という大きなイベントには、進化的に遠く離れた生物種からRep_3をコードする遺伝子を獲得したことが鍵を握っていることを強く示唆します。
さらに、これらのバクテリアに細胞あたり何分子のプラスミドが存在するか(コピー数)を調べたところ、染色体からrRNA遺伝子が失われることに伴って、細胞あたりのrRNA遺伝子の量が大幅に増加したことが推定されました。rRNA遺伝子はタンパク質の合成の根幹を担う遺伝子であり、そのコピー数の増加は、ともにタンパク質合成を担う転移RNA(tRNA)遺伝子の増加や、細胞の増殖速度の増加と相関することが知られています。そこでこれらについて詳細に調べたところ、アリの腸内で急速にゲノムを縮小しつつあるOecophillibacter属を除いて、確かにそのような傾向を持つことが観察されました。
以上より、染色体からrRNA遺伝子を失ったバクテリアにおいて、どのような変化が長期間にわたって起こるか、その進化モデルを提示しました(図3)。
図3:染色体からrRNA遺伝子が失われる前後でバクテリアに起こる変化のモデル図
〈今後の展望〉
本研究の成果は、生存に必須な遺伝子を長期間にわたって安定して子孫に伝えるためには染色体上で受け渡す必要があるとする、生物学におけるこれまでの定説を否定するものです。今後は、私たちの生命の設計図であるゲノムがどのようなルールに従って構築されているのか、といったゲノムに関する教科書レベルの理解を、さらにアップデートしていく必要があると考えられます。また、染色体上にrRNA遺伝子を持たないバクテリアをさらに多く発見するとともに、その性質をさらに深く調べていくことで、こうしたバクテリアの進化に必要な条件やその後のゲノムの変化を解明していくことが期待されます。応用面からは、プラスミドは物質生産といった工業応用や薬剤耐性菌の出現などで重要な役割を果たしますが、そうした局面におけるプラスミドの性質の解明や、プラスミドを安定的に維持する技術開発への貢献が期待されます。
発表者
東京大学
大学院新領域創成科学研究科
岩崎 渉(教授)〈兼務:大学院理学系研究科 教授〉
按田 瑞恵(特任助教)
コセンティーノ サルヴァトーレ(特任助教)
大学院理学系研究科
山内 駿(博士課程学生)
理化学研究所 バイオリソース研究センター 微生物材料開発室(JCM)
大熊 盛也(室長)
坂本 光央(専任研究員)
高島 昌子(事業推進ユニットリーダー、研究当時)
国立遺伝学研究所
豊田 敦(特任教授)
論文情報
〈雑誌〉 Nature Communications
〈題名〉 Bacteria can maintain rRNA operons solely on plasmids for hundreds of millions of years.
〈著者〉 Mizue Anda*, Shun Yamanouchi, Salvatore Cosentino, Mitsuo Sakamoto, Moriya Ohkuma, Masako Takashima, Atsushi Toyoda, and Wataru Iwasaki*
〈DOI〉10.1038/s41467-023-42681-w
〈URL〉https://doi.org/10.1038/s41467-023-42681-w
研究助成
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:18J00444)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)『学術研究支援基盤形成』先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(課題番号:16H06279(PAGS))」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:19H05688)」、「学術変革領域研究(学術研究支援基盤形成)先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(課題番号:22H04925(PAGS))」、科学技術振興機構(JST)「戦略的創造研究推進事業CREST(課題番号:JPMJCR19S2)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)バクテリア(細菌):
生物は大きく真核生物と原核生物に分かれ、原核生物は大きくバクテリア(細菌)とアーキア(古細菌)に分類される。バクテリアは基本的には目に見えない単細胞の微生物であり、環境中や生物体内等に広く存在する。
(注2)リボソームRNA(rRNA)遺伝子:
リボソームは全ての生物のタンパク質の合成の場となっている巨大分子複合体であり、RNAとタンパク質から構成される。このうちRNAをリボソームRNA(rRNA)と呼び、タンパク質合成反応において主要な役割を果たしている。バクテリアのrRNAをコードするrRNA遺伝子には16S、23S、5Sの3種があり、通常はまとめて転写される(rRNAオペロンと呼ばれる)。
(注3)プラスミド:
染色体以外の小さいDNA分子のこと。通常は環状DNAであり、増殖には必ずしも必要ないが特定の環境への適応に役立つ遺伝子を担っていることが多い。
(注4)染色体:
バクテリアの多くは細胞内に複数のDNA分子を持ち、このうち最大の大きさを持つDNA分子のことを一般に染色体と呼ぶ。染色体は増殖などの生命活動に必要な遺伝子を保持しており、その複製と細胞分裂に伴う分配が厳密に調整されている。
(注5)ゲノム:
ある生物がもつDNA全体、あるいは、その中に書かれた遺伝情報全てのこと。バクテリアの場合は、ゲノムは染色体とプラスミドから構成される。文脈によって、染色体のことをゲノムと呼ぶこともある。
(注6)微生物保存機関(バイオリソースセンター):
研究に使われる実験微生物を集め、保存し、研究者に提供する、多くの研究者にとって微生物を対象とした研究を行う上で不可欠な機関。
(注7)ロングリードシークエンサー:
長いDNA配列を一度に決定できるDNA配列決定技術。短いDNA配列しか決めることができないDNA配列決定技術を用いた場合は、特にrRNA遺伝子周辺の配列を決定できなかったり、染色体に由来するDNA配列とプラスミドに由来するDNA配列が混ざった状態になったりすることがある。ロングリードシークエンサーを用いると、これらの問題を克服できる。
(注8)Rep_3:
プラスミドのDNA複製を開始するために必要なタンパク質。通常、Rep_3をコードするプラスミドの複製起点にはイテロンと呼ばれる繰り返し配列が存在する。
関連研究室