記者発表

非磁性カゴメ金属に隠された「磁性」―原子スケールでループを描く新奇電流状態―

投稿日:2024/01/05 更新日:2024/01/05
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発表概要

京都大学大学院理学研究科の浅場智也 特定准教授、清末俊紀 同修士課程学生(2023年3月卒業)、末次祥大 同助教、笠原裕一 同准教授、幸坂祐生 同教授、松田祐司 同教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の大西朝登 博士課程学生、影山遥一 同博士課程学生、橋本顕一郎 同准教授、芝内孝禎 同教授、名古屋大学大学院理学研究科の田財里奈 特任助教(現京都大学)、紺谷浩 同教授らの研究グループは、中国・南京大学および米国・カリフォルニア大学サンタバーバラ校と共同で、カゴメ(籠目)状の格子をもつ金属においてループ電流状態が実現している熱力学的証拠を発見しました。ループ電流状態は、物質中に自発的に原子スケールで渦状の電流が流れる特異な状態ですが、その熱力学的な証拠はこれまで見つかっていませんでした。

本研究成果は、2024年1月4日(現地時間)に英国科学誌「Nature Physics」に掲載されました。

     

カゴメ格子のループ電流状態.jpg
カゴメ格子のループ電流状態

     

発表内容

<研究の背景>
磁石の存在は紀元前から知られていましたが、その起源は20世紀に量子力学が登場するまで長い間、謎に包まれていました。現代物理学によれば、物質中の電子は電荷をもち電流を運ぶだけでなく、スピンと呼ばれる角運動量を持ち磁石の性質も持っています。ばらばらの方向を向いていたスピンが、整列し同じ方向を向くと、鉄などの磁石になります。現在に知られている磁石はスピンに起源を持ちます。しかし、磁石にならない非磁性の物質でも、原子スケールでループ状の電流が流れることで極小の電磁石を形成し、磁性を持つ可能性があることが長らく理論的に予測されてきました。この特異な状態はループ電流状態と呼ばれ、探索が続けられてきました。特に銅酸化物高温超伝導体において、ループ電流の存在が指摘され盛んに研究が行われましたが、未だに確証は得られておりません。

このような状況のもと、2019年にAV3Sb(Aはカリウム、ルビジウム、セシウムなどのアルカリ金属)という物質が発見されました。この物質はカゴメ格子という結晶構造(注1)を持ち、スピンによる磁性の寄与がほとんどありません。さらに、電子密度が周期的に濃淡の分布を持った電荷密度波(注2)や、結晶の回転対称性が低下した量子液晶状態(注3)、結晶中に自発的に磁場が現れる時間反転対称性(注4)の破れといった特異な物理現象も観測され、ループ電流を実現する候補として注目されました。しかし、ループ電流状態で起こる物理現象は信号が小さいため実験的検証が難しく、その確証はこれまで得られていませんでした。

     

<研究手法・成果>
今回研究グループは、カゴメ格子超伝導体CsV3Sb5に着目し、2種類の超高感度実験を組み合わせることでループ電流状態の検出を行いました。

まず研究グループは、超高精度で物質の磁気的性質を調べることができる磁気トルク測定(注5)を行いました(図1左)。その結果、電荷密度波転移温度 (TCDW= 94 K)よりも高い温度(T*=130 K)から結晶の回転対称性が低下し、本来は非磁性である結晶がわずかながら磁性を示す新しい相が出現することを発見しました。さらに、この新しい相はゼロ磁場でも出現していることを明らかにしました。これはスピンによる磁性がない物質で磁性が自発的に現れることを示しており、ループ電流状態の強い熱力学的証拠となります。

次に研究グループは、物質を伸び縮みさせた際に変化する電気抵抗の量を調べる弾性抵抗測定(注6)を行いました(図1右)。通常、弾性抵抗測定では、回転対称性の低下に際して異常な振る舞いが見られますが、本実験ではT*での異常は全く観測されませんでした。これは、T*以下で出現する相が奇パリティ量子液晶状態と呼ばれる特異な状態であることを示します。ループ電流状態の多くは奇パリティ量子液晶状態であり、磁気トルク測定と弾性抵抗測定の結果の組み合わせは、この系でループ電流状態が出現していることを示します。

     

図1磁化トルク測定および弾性抵抗測定のセットアップ.png
図1 磁化トルク測定(左)および弾性抵抗測定(右)のセットアップ

     

     

図2温度によるCsV3Sb5の状態変化.png
図2 温度によるCsV3Sb5の状態変化

     

さらに、これらの結果は、カゴメ格子面内で微小なループ電流状態が生じていると考えるとうまく説明されることが理論的にも明らかになりました。

     

<波及効果、今後の予定>
今回の成果は、物質中でループ電流状態が実現している初めての熱力学的証拠を提供するものです。ループ電流状態は、スピンに依存せずに磁性が発現する新奇メカニズムとして長らく考えられてきた特異な状態が現実に存在することを解明したものであり、新奇物性を探索する非常に興味深い可能性が広がっています。さらに、今回の発見は、超高感度の磁気トルク測定および弾性抵抗測定により、ループ電流状態のような非常に小さな磁性をもつ状態が検出できることを示しています。この実験手法を異なる種類の物質に適用することで、物性物理学の未解決問題に対する新たなアプローチが開かれることが期待されます。

     

<研究者のコメント>
本研究で測定したCsV3Sb5は世界的に注目されている物質で、さまざまな実験や理論提案がなされています。今回発見されたループ電流は、理論的には存在が予測されていたものの見つかっていなかった新しい状態で、従来の磁石とは異なり原子スケールの電流が極小の磁石を形成する、奇妙な状態です。こういった新現象の発見に立ち会う瞬間は、研究をしていてもっとも興奮する時間の一つといえるでしょう。

     

<研究プロジェクトについて>
本研究はJST CREST(課題番号:JPMJCR19T5)、JSPS科学研究費補助金(18H05227, 18H03680, 18H01180, 21K13881)、新学術領域研究「量子液晶」の支援を受けて行われました。

     

論文情報

タイトル:Evidence for an odd-parity nematic phase above the charge density wave transition in a kagome metal(カゴメ金属の電荷密度波転移より高温での奇パリティネマティック相の証拠)

著  者:Tomoya Asaba,  Asato Onishi ,  Yoichi Kageyama,  Toshiki Kiyosue,  Kenichi Ohtsuka,  Shota Suetsugu, Yuhki Kohsaka,  Tobi Gaggl, Yuichi Kasahara,  Hinako Murayama, Kenichiro Hashimoto,  Rina Tazai,  Hiroshi Kontani, Brenden Ortiz,  Stephen Wilson,  Qing Li,  Hai-Hu Wen, Takasada Shibauchi and Yuji Matsuda

掲 載 誌:Nature Physics

DOI:10.1038/s41567-023-02272-4

URL:https://doi.org/10.1038/s41567-023-02272-4

     

用語解説

1. 結晶構造
物質を構成する原子が周期的に並んだ構造。例えば塩(塩化ナトリウム)は立方体的な結晶構造をもつ。

2. 電荷密度波
物質中の電子の分布に濃淡が生じて、結晶構造よりも大きな周期の構造を形成した状態。

3. 量子液晶状態
量子力学的な性質により、本来等方的な物質の性質が方向性をもつようになる状態。

4. 時間反転対称性
時間の流れを逆方向にしても、状態が変化しないこと。鉄のような磁石では、時間反転対称性が破れている。

5. 磁気トルク測定
磁石が磁場中で磁場と同じ向きに揃おうとする性質を利用した測定方法。物質の磁気異方性に敏感で、特に回転対称性の破れを高精度で検出できる。

6. 弾性抵抗測定
物質の伸び縮みによる抵抗値の変化を測定する方法。 偶パリティの秩序変数にのみ敏感であり、秩序変数のパリティを判別できる。

     

関連研究室

芝内・橋本研究室

     

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

     

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