記者発表

有機半導体の電子ドーピングを飛躍的に安定化 ―大気下における寿命を100倍向上―

投稿日:2024/05/21 更新日:2024/05/21
  • ヘッドライン
  • 記者発表

東京大学
科学技術振興機構(JST)

発表のポイント

◆還元剤と分子性カチオンが協奏的に作用する有機半導体の電子ドーピング(添加)技術を開発しました。

◆本手法により様々な分子性カチオンの導入が可能になり、大気下におけるドーピング状態の寿命を100倍程度も向上させる材料を発見しました。

◆これまで安定性に懸念のあった電子ドーピングを様々な光・電子デバイスにおいて活用する取り組みが進展すると期待されます。

2405fig0.jpg

開発した電子ドーピング手法。
還元剤からの電子とともに、様々な分子性カチオンを導入する。

                    

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科、物質・材料研究機構(NIMS)、ジョージア工科大学、コロラド大学ボルダー校からなる国際共同研究グループは、還元剤と分子性カチオン(注1)が協奏的に作用する独自の電子ドーピング(注2)技術を開発しました。これにより、電子と様々な分子性カチオンを有機半導体(注3)に導入することが可能になり、安定性が非常に高いドーピングを実現しました。さらに、導入する分子性カチオンを自在に探索できるようになったことで、ドーピング状態の寿命を従来の手法より100倍程度向上させる材料を発見しました。

本手法によりドーピングの安定性が飛躍的に向上したことで、電子ドーピングのデバイス活用が容易になります。今後、有機半導体を用いた低コスト、フレキシブルな光・電子機能デバイスの高性能化の取り組みが加速すると期待できます。

本研究成果は、国際科学雑誌「Communications Materials2024521日版に掲載されました。

発表内容

有機半導体はインクジェットなどの低コスト印刷によって、フレキシブルなセンサー、電子回路、太陽電池などの光・電子デバイスを製造できる次世代のエレクトロニクス材料として注目されています。高度なデバイスの作製には、半導体に負電荷である電子を導入するn型、正電荷であるホールを導入するp型のドーピング制御が求められます。しかしながら、有機半導体のドーピング、特に電子ドーピングでは安定性が低いことが課題でした。本研究グループは、これまでにイオン交換を用いたp型ホールドーピングの安定化を報告していますが(Y. Yamashita, et al., Nature 2019、プレスリリース)、このアプローチが電子ドーピングに有効であるかは不明瞭でした。

今回、還元剤と分子性カチオンが協奏的に作用する独自の電子ドーピング手法の開発に成功しました(図1a)。

2405fig1.jpg

1. 開発した安定性に優れる電子ドーピング手法

(a) 開発した有機半導体のn型ドーピング手法の模式図、および、用いた有機半導体、コバルトセン、様々な分子性カチオンの分子構造。コバルトセンから有機半導体へ電子が移動し、これにより生じたコバルトセン由来のカチオンは他の分子性カチオンX+に交換される。
(b)ドーピングによる光吸収の変化が大気下20 ℃・湿度80 %においてどの程度保持されるかを検証した。従来手法よりもdMesIM+を導入した場合には100倍程度も寿命が長くなった。
(c) dMesIM+を導入した薄膜におけるX線散乱像。

              

従来の手法では、還元剤であるコバルトセンなどを有機半導体薄膜に導入することで電子ドーピングします。しかしながら、材料の不安定性に由来してコバルトセンの場合には大気下では1分程度で失活してしまいます。今回開発した手法では還元剤として作用するコバルトセンに加えて、安定な分子性カチオンを含む塩を溶かした溶液を用いてドーピング処理を行いました。有機半導体としてはπ共役(注4)を有する高分子を用いました。本手法では、まず、コバルトセンから有機半導体に電子が移動する還元反応が生じ、負に帯電した有機半導体とコバルトセンに由来するカチオンがイオン対を形成します。続いて、コバルトセン由来のカチオンは添加した他の安定な分子性カチオンに自発的に交換されます。これにより、安定な分子性カチオンを有機半導体薄膜に導入する電子ドーピングを実現しました。

本手法により多様な分子性カチオンを導入することが可能になり、この特徴を活かしてドーピング状態の安定性を向上させる材料を探索しました。その結果、安定性を著しく向上させる分子性カチオンdMesIM+を発見しました。ドーピングされた薄膜の光吸収を大気下で繰り返し測定したところ、従来の手法よりもドーピング状態の寿命が100倍程度も長くなることが分かりました(図1b)。この長い寿命はdMesIM+が安定な分子性カチオンであることに加え、失活を促進する水がdMesIM+を導入した薄膜には吸着しにくいことに由来すると考えられます。この要因には、dMesIM+が疎水性の高い分子であること、dMesIM+を導入した薄膜がX線散乱測定(図1c、注5)から示される特徴的なパッキング構造(注6)を有することが寄与していると考えられます。

本手法によって、n型電子ドーピング状態を著しく安定化させる分子性カチオンを簡単に探索、活用できるようになりました。ドーピングされた薄膜では仕事関数(注7)が3.9 eV程度と小さいことも分かっています。このことは、本手法が強力なドーピングであり、多くの有機半導体に適用可能であることを示しています。今後、本手法による高性能な有機半導体デバイスの開発が進展すると期待できます。

〇関連情報:

プレスリリース「イオンで電子を制御して金属性プラスチックを実現世界初、半導体プラスチック材料でイオン交換現象を発見 」(2019/8/29
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8187.html

             

発表者・研究者等情報                                        

東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
竹谷 純一 教授
 物質・材料研究機構(NIMS)ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)NIMS招聘研究員(クロスアポイントメント)

渡邉 峻一郎 准教授

物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)
山下 侑 主任研究員
 兼:東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 客員連携研究員

論文情報                                          

雑誌名: Communications Materials
題 名:N-type molecular doping of a semicrystalline conjugated polymer through cation exchange
著者名: Yu Yamashita*, Shinya Kohno, Elena Longhi, Samik Jhulki, Shohei Kumagai, Stephen Barlow, Seth Marder, Jun Takeya, Shun Watanabe*
DOI: 10.1038/s43246-024-00507-2
URL: https://doi.org/10.1038/s43246-024-00507-2

研究助成

本研究の日本における取り組みは、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST研究領域「未踏探索空間における革新的物質の開発(課題番号:JPMJCR21O3)」ならびに日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(課題番号:22H02160)の一環として行われました。

用語解説

(注1)分子性カチオン:
正電荷を持つカチオンとして振る舞う分子材料。電気化学、バッテリーなどの研究においても多様な分子構造を有する分子性カチオンが開発されている。

(注2)ドーピング:
半導体中の伝導性を担う電子やホールの密度を制御するためのプロセス。有機半導体の場合には、酸化還元試薬との電子移動反応を生じる化学ドーピングとして実施されている。

(注3)有機半導体:
半導体としての機能を持つ軽量、柔軟な有機分子材料。インク状態にすることでインクジェットなどの低コスト印刷プロセスを用いて製膜可能な特徴がある。

(注4)π共役:
単結合と二重結合が交互に連なった構造に見られる、非局在化した電子が存在する状態。例として、ベンゼンもπ共役を有する分子に該当する。電気が流れる有機分子を実現するにはπ共役構造がよく用いられる。

(注5)X線散乱測定:
薄膜における周期的な構造を明らかにするために、薄膜に照射されたX線がどのように散乱されるかを測定する手法。面内方向および面外方向、それぞれにおける特徴的な分子のパッキング構造などを明らかにすることができる。

(注6)パッキング構造:
薄膜中などにおいて、分子がどのように周囲の分子と重なり合うかを示す。例として、π共役構造の平面的な部位どうしが積み重なった構造がよく見られる。電気の流しやすさ、水やガスなどの吸着しやすさなど、薄膜の様々な特性に影響を与える。

(注7)仕事関数:
物質の表面から1個の電子を取り出すために必要な最小エネルギー。光・電子デバイスにおける電子移動を制御する上で重要なパラメータとなる。

関連研究室

竹谷・渡邉・玉井研究室

     

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

  • X
  • Facebook