記者発表

火星大気に存在する塩化水素の全球分布取得に成功

投稿日:2024/07/19 更新日:2024/07/19
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東京大学

発表のポイント

◆火星大気にわずかに存在する塩化水素の全球分布取得に初めて成功し、火星全球の塩化水素の空間分布が非一様であることを明らかにしました。
◆塩化水素の空間分布は水蒸気の分布と非常に似ており、水蒸気が塩化水素の生成消滅に重要な役割を果たしていることを示唆しています。
◆反応性が強く、生命に有害な火星地表面に存在する塩素を伴う塩の生成過程を明らかにする手がかりになると期待されます。


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ハワイ・マウナケア山頂の天文台群にあるNASA・IRTF望遠鏡

     

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻アストロバイオロジーモジュールの青木翔平講師を中心とする研究チームは、ハワイ・マウナケア山頂の天文台群にあるNASA・IRTF望遠鏡を用いた観測により、火星大気にわずかに存在する塩化水素の全球分布取得に初めて成功しました。塩化水素は、火星における塩素循環の鍵となる大気分子です。本研究では、塩化水素が火星全球に広く存在することを示すとともに、空間分布が非一様であることを明らかにしました。塩化水素の空間分布は水蒸気の分布と非常に似ており、水蒸気が塩化水素の生成消滅に重要な役割を果たしていることを示唆しています。本研究をもとに推測される火星大気中の塩素の循環は、火星地表面に存在する塩素を伴う塩の生成過程を明らかする手がかりになると期待されます。

今回の研究成果は、2024年7月16日付けで「The Planetary Science Journal」のオンライン版に掲載されました。

     

発表内容

火星大気に塩化水素がわずかに存在することは、近年の欧州火星探査機エグゾマーズ・トレースガスオービター(注1)の観測によって発見されました。この発見は、塩素を伴う分子が火星大気に存在することを初めて示したものでした。火星の地表面には、塩素を伴う塩や鉱物が広く存在することが知られているため、大気中における塩化水素の発見は、火星で何らかの塩素の循環が存在することを示唆しています。しかし、塩化水素の生成消滅過程はこれまでまだよくわかっていません。塩化水素が火星全球でどのような分布をしているか調べることがその生成消滅過程を理解する手がかりになりますが、これまでのエグゾマーズによる調査は、太陽掩蔽観測(注2)であるため、一度に火星全球を広く観測することができず、また低緯度域や地表面付近の大気を調べることが困難でした。

本研究では、ハワイ・マウナケア山頂の天文台群にあるNASA・IRTF望遠鏡の赤外線分光装置を用いて、2020年9月7日と2020年11月1日に火星観測を行い、衛星観測では困難な地表面付近の大気における塩化水素の全球分布取得を試みました。その結果、塩化水素の検出に成功し、低緯度域を含む火星全球に塩化水素が広く存在することを明らかにしました。また、塩化水素が南半球の高緯度域で多く存在し、大気中の水蒸気の量と強い相関があることを示しました(図1)。

     

図1本研究で得られた塩化水素と水蒸気の火星全球分布.png
図1:本研究で得られた塩化水素(上)と水蒸気(下)の火星全球分布
色はそれぞれの大気中の組成比を示す。観測を2020年9月7日(左)と11月1日(右)に行い、火星上の異なる場所を調査した。

     

観測された塩化水素の非一様な空間分布は、塩化水素の生成消滅や大気循環の結果によって生じるものであると考えられ、水蒸気量との相関は、水蒸気が塩化水素の生成消滅過程で重要な役割を果たしていることを示唆しています(図2)。

     

図2火星南半球夏の時期における塩化水素の生成消滅や輸送過程.png
図2:本研究の観測をもとに推測された火星南半球夏の時期における塩化水素の生成消滅や輸送過程

     

今回観測を行ったのは、火星南半球夏の時期に相当し、南極域に存在する氷が昇華して水蒸気が大気中に供給される季節です。塩素は、それらの水蒸気が太陽光で分解されて生成する分子によって、大気中に浮遊するダスト粒子が酸化されることで生成される可能性が考えらます。同じく塩化水素も、水蒸気の太陽光分解で生成されるヒドロペルオキシルラジカルと塩素の光化学反応によって生成されます。生成した塩化水素は南半球から北半球へ大気循環によって輸送され、水蒸気が凝結し雲が生成される際に塩化水素が吸収消失する可能性も示唆されました。
火星の地表面に存在する塩素を伴う塩(過塩素酸塩)は反応性が強く、生命に有害な物質とも言えます。本研究で明らかになった大気中の塩素循環は、地表面に存在する塩がどのように生成されたかを明らかにする手がかりとなります。

     

<研究助成>
本研究は、科研費「探査機・望遠鏡観測による火星の鉛直水輸送過程解明(課題番号:22K03709)」、「CO環境の生命惑星化学(課題番号:22H05151)」、「火星大気における炭素・窒素の進化と生命関連分子生成環境の研究(課題番号:22H00164)」、「新たな同位体観測による火星大気進化の解明:日欧火星探査ミッションの国際協力(課題番号:22KK0044)」、「欧米探査機との協働で追う火星大気環境の変動と進化(課題番号:19H00707)」の支援により実施されました。

     

発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻
青木 翔平 講師

     

論文情報

雑誌名The Planetary Science Journal
題 名:Global mapping of HCl on Mars by IRTF/iSHELL
著者名: S. Aoki*, S. Faggi, G. L. Villanueva, G. Liuzzi, H. Sagawa, F. Daerden, S. Viscardy, S. Koyama, A. C. Vandaele
DOI: 10.3847/PSJ/ad58dc
URL: https://doi.org/10.3847/PSJ/ad58dc

     

用語解説

(注1)エグゾマーズ・トレースガスオービター
ESA(欧州宇宙機関)による火星探査機。生命や地学活動の痕跡となる気体の探索や火星大気の鉛直高度分布を調べるため、2018年から観測を行う。

(注2)太陽掩蔽観測
太陽を光源に大気を観測する手法。明るい太陽を用いることで精度の高い大気スペクトルを取得でき、微量大気成分の観測に適している。

     

関連研究室

今村・青木研究室

     

お問合せ

新領域創成科学研究科 広報室

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