次々と入れ替わるメンバーがシンクロするには?―新陳代謝と相互作用の非自明な相乗効果―
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東京大学
発表のポイント
◆周期的なリズムを自発的に刻むシステム(振動子)の集団は、振動子間の相互作用によりシンクロし、集団的な振動を生み出すことがあります。振動子の入れ替わり(新陳代謝)が起こっていても、この集団的な振動が保たれる条件を調べるための数理モデルを構築し詳しく解析しました。
◆振動子の集団が新陳代謝をしつつ集団的な振動を保つためには、振動子間の相互作用が強すぎず弱すぎず、ほどよい強さであることが重要であると分かりました。
◆自らの構成要素を新しいものに置き換えつつ、全体の秩序を保ち続けるようなシステムの設計原理や制御方法の解明への貢献が期待されます。
メンバーの入れ替わり(新陳代謝)が生じていても集団的なリズムを保つには?
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の小澤歩学振特別研究員(研究当時、現海洋研究開発機構)、郡宏教授らの研究グループは、多数の振動子(注1)から構成されるシステムにおいて、振動子の入れ替わり(新陳代謝)がシステムの振る舞いをどのように変えるのかを明らかにしました。
多数の振動子が互いにリズムを揃えることで生み出される集団的な振動は、様々なシステムで重要な役割を果たします。集団的な振動を生み出すためには、振動子間の相互作用が十分強く、また振動子の新陳代謝が十分遅い必要があることが知られていました。しかし、相互作用と新陳代謝の相乗効果が集団的な振動に与える影響についてはよく分かっていませんでした。
本研究では、相互作用と新陳代謝の両方の効果を解析しやすい振動子集団の数理モデルを構築して詳しく解析することで、相互作用と新陳代謝の相乗効果が集団振動を消失させうることを明らかにしました。この結果は、新陳代謝する振動子集団において集団的な振動を実現するには、相互作用が強すぎても弱すぎてもいけないことを意味します。本研究は、生物のように、自らの構成要素を入れ替えつつも、全体の秩序を保ち続けるようなシステムの設計原理や制御方法の原理の解明に役立つことが期待されます。
発表内容
【研究の背景】
私たちの身体では、日々新しい細胞が生み出され、古い細胞と置き換わります。細胞の中ではタンパク質が壊されたり、新たに合成されたりします。このように構成要素が置き換わっても、身体は元通りの機能を発揮し続けます。構成要素の入れ替わり(ここでは「新陳代謝」と呼びます)に乱されることなく機能し続けるというのは、多くの生命システムが共通してもつ有用な性質の一つです。この性質が実現するためにはどのような条件が必要でしょうか。本研究は、振動子のシンクロ(注2)という観点からこの問いに取り組みました。
たくさんの振動子が相互作用によりシンクロすると、集団的な振動が生じます。この振動は、様々なシステムで重要な役割を果たします。例えば、私たちの心拍のリズムや、毎晩眠気をもたらす約一日周期のリズムは、多数の細胞がシンクロすることで生み出されます。振動子間の相互作用は、シンクロによる集団的な振動の生成に不可欠です(図1)。
図1:振動子のシンクロと集団的なリズム
振動子(a)がたくさん集まるだけでは、集団的なリズムは生じない(b)。
それらが相互作用してシンクロすると、集団的なリズムが生じる(c)。
振動子の新陳代謝が速すぎると集団的な振動が消失することがあります。しかし、新陳代謝がリズムを消失させるメカニズムや、相互作用と新陳代謝の相乗効果についての解析は、十分になされていませんでした。
【研究の成果】
本研究では、数理モデルを用いて、これらの問題に取り組みました。数理モデルを構築する際には、相互作用と新陳代謝の両方の効果を反映しつつ、モデルの解析が難しくなりすぎないように、ある工夫をしました。それは、新陳代謝を、振動子の状態のリセットで表現するというものです。具体的には、「古い振動子Aを1つ取り除き、新しい振動子Bを1つ追加する」という操作を「古い振動子Aの状態を、追加予定だった新しい振動子Bの状態へとリセットする」操作とみなして数理モデルを構築しました。この工夫により解析が容易になり、相互作用と新陳代謝の相乗効果を詳しく調べることができました。
数理モデルの解析の結果、集団的な振動は2つの異なるシナリオで消失することが分かりました。1つ目のシナリオは、元々存在していた振動子とは異なる状態の振動子が追加されることにより非同期転移(注3)が生じる、というものです。2つ目は、振動子間の相互作用と新陳代謝との相乗効果によるものです。このシナリオで生じる集団状態の変化は本研究により新たに報告され、Stochastic Oscillation Quenchingと名付けられました。【研究の背景】で述べた通り、そもそも集団的な振動が生じるためには、振動子が十分強く相互作用する必要があります。相互作用を弱くしすぎると、非同期転移が起きてしまいます。しかし、相互作用が強すぎても、新陳代謝との相乗効果により集団的な振動が消えてしまいます(図2)。
図2:相互作用と新陳代謝の相乗効果による集団的な振動の消失
つまり、新陳代謝をしながら集団的な振動を維持するためには、振動子間の相互作用が強すぎても弱すぎてもいけません。
【研究の意義・今後の展望】
シネココッカス(Synechococcus)というシアノバクテリア(注4)の細胞内では、たくさんのタンパク質分子が状態をシンクロさせることで、細胞単位の約1日周期のリズムを生み出しています。本研究は、これらのタンパク質の合成・分解の速さが細胞の振る舞いに与える影響を理解する手助けになると考えられます。より一般には、自らの構成要素を入れ替えつつも、全体の秩序を保ち続けるようなシステムの設計原理や制御方法の原理の解明に役立つことが期待されます。
【研究助成】
本研究は、科研費「高機能な振動子ネットワークのデザイン:ロバスト性とエネルギー効率研究課題(課題番号:JP22KJ0899)」、「振動子ネットワークの機能的構造の解明(課題番号:JP21K12056)」の支援により実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院新領域創成科学研究科
小澤 歩 研究当時:東京大学特別研究員/日本学術振興会特別研究員
現:海洋研究開発機構 Young Research Fellow
郡 宏 教授
論文情報
雑誌名:Physical Review Letters
題 名:Two distinct transitions in a population of coupled oscillators with turnover: Desynchronization and stochastic oscillation quenching
著者名:Ayumi Ozawa* and Hiroshi Kori
DOI: 10.1103/PhysRevLett.133.047201
URL: https://www.doi.org/10.1103/PhysRevLett.133.047201
用語解説
(注1)振動子
周期的なリズムを自発的に刻むシステムは、振動子と呼ばれます。振動子の数理モデルには様々な種類がありますが、本研究では、位相振動子と呼ばれる種類の振動子を考えました。
(注2)シンクロ
振動子が相互作用などによりリズムを揃える現象を同期現象といいます。本稿では、より身近な表現を用いたいと考え、振動子がリズムを揃えることをシンクロと表現しています。
(注3)非同期転移
振動子集団において、相互作用が弱まったり同期を妨げる外力が加わったりすると、振動のリズムがバラバラになって集団的な振動が消えてしまいます。このような集団状態の変化は非同期転移と呼ばれます。
(注4)シアノバクテリア
植物のように光合成をすることのできる原核生物はシアノバクテリア、あるいは藍藻と呼ばれます。本文で言及したシネココッカス(Synechococcus)はシアノバクテリアの一種で、体内時計の研究によく用いられます。
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