鉄系超伝導体における「第4の超伝導状態」の特異な超伝導特性とその不安定性を解明
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東北大学
発表のポイント
◆第4の超伝導状態が期待されている鉄系超伝導体FeSe1-xSxの磁場侵入長を精密に測定することにより、非常に特異な超伝導特性を明らかにしました。
◆試料に系統的に欠陥を導入していくと、第4の超伝導状態が徐々に壊されていくことを明らかにしました。
◆本研究により、超伝導状態の基礎的理解を進展させるとともに、新奇な超伝導状態に関するさらなる理論的・実験的研究を促進することが期待されます。
第4の超伝導状態と特異な磁気特性のイメージ図
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の永島拓也大学院生、石原滉大助教、松浦康平大学院生(研究当時、現在東京大学大学院工学系研究科助教)、水上雄太助教(研究当時、現在東北大学大学院理学研究科准教授)、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授らの研究グループは、仏エコールポリテクニークと共同で、鉄系超伝導体(注1)の一種であるFeSe1-xSxにおける第4の超伝導状態の特異な超伝導特性とその不安定性を明らかにしました。
一般に金属中では、電子系の最低エネルギー状態として波数空間にフェルミ面(注2)が現れます。一方で、超伝導状態ではフェルミ面が不安定になり、このフェルミ面が完全に消失する場合(第1の超伝導体)や点(第2の超伝導体)もしくは線(第3の超伝導体)状の部分のみを残して消失する場合が知られていました。しかし、近年鉄系超伝導体の一種であるFeSe1-xSxでは、超伝導状態においてフェルミ面が面状に残る「第4の超伝導状態」の可能性が指摘されており、大きな注目を集めています。そこで研究グループは、超伝導体の磁気的な性質を反映する磁場侵入長(注3)を精密に測定することにより、FeSe1-xSxにおける超伝導特性の解明を試みました。その結果、得られた磁場侵入長の温度依存性は、フェルミ面が面状に残る理論モデルで定性的に説明ができることがわかりました。さらに、試料に欠陥を系統的に導入していくと、第4の超伝導状態が徐々に壊され、最終的に面状のフェルミ面が消失することを明らかにしました。
本研究結果は、近年提案された第4の超伝導状態における特異な磁気的性質や欠陥に対する不安定性を明らかにしたものであり、超伝導状態の基礎的理解に大きく貢献するとともに、第4の超伝導状態に関するさらなる理論的・実験的研究を促進することが期待されます。
本研究成果は2024年10月10日付け(現地時間)で、米国科学誌『Physical Review Letters』にオンライン掲載されました。
発表内容
<研究の背景と経緯>
一般に金属中では波数空間にフェルミ面(図1a)が現れますが、超伝導状態では電子がペア状態を形成することによりフェルミ面が消失します。多くの超伝導体ではフェルミ面が完全に消失した第1の超伝導状態(図1b)が実現しますが、一部の超伝導体ではフェルミ面が部分的に残った超伝導状態が実現します。この残った部分はノードと呼ばれ、ノードが点状に存在するときはポイントノード、線状に存在する場合はラインノードと呼ばれます。これらの超伝導状態はそれぞれ第2(図1c)、第3(図1d)の超伝導状態と呼ぶことができ、従来これら3種類の超伝導状態が研究対象となっていました。近年ではこれらの分類を超えて、ボゴリューボフフェルミ面と呼ばれる面状のノードが存在する「第4の超伝導状態」(図1e)が注目を集めており、新奇超伝導状態として現在精力的に研究が進められています。
この「第4の超伝導状態」の有力な候補物質と考えられているのが、鉄系超伝導体FeSe1-xSxです。この物質では第4の超伝導状態を示唆する理論計算が報告されており、本研究グループはこれまでにもFeSe1-xSxにおける第4の超伝導状態を示唆する実験結果を報告してきました。一方で、この第4の超伝導状態に起因する特異な超伝導特性はほとんど調べられていませんでした。
図1:波数空間での金属のフェルミ面と超伝導状態の分類
(a)金属状態では、基底状態における波数空間での占有状態と非占有状態の境界線として、フェルミ面が現れる。(b-e)一方で超伝導状態ではフェルミ面が不安定になり、ノードの構造によってノードの存在しない第1の超伝導状態(b)、ポイントノードが存在する第2の超伝導状態(c)、ラインノードが存在する第3の超伝導状態(d)、ボゴリューボフフェルミ面が存在する第4の超伝導状態(e)に分類できる。
<研究の内容>
超伝導体に磁場を印加すると、超伝導電流が試料端を流れることにより試料内部の正味の磁束密度はゼロとなります。この現象はマイスナー効果として知られており、超伝導の特徴的な性質の一つです。ただし、試料内部では磁場が排除されているものの、試料表面から数十~数千ナノメートルのごく限られた領域では磁場がわずかに侵入しており、この長さスケールを磁場侵入長と呼びます。この磁場侵入長は超伝導電子密度と密接に関係しており、極低温下での温度依存性を測ることにより超伝導状態のノード構造を議論することができます。本研究では、鉄系超伝導体FeSe1-xSxの磁場侵入長を精密に測定することにより、第4の超伝導状態における超伝導特性を調べました。
測定した磁場侵入長の温度依存性は図2aに示されています。この図からわかる通り、ノードの存在しない第1の超伝導状態や、ラインノードを持つ第3の超伝導状態で期待される振る舞いとは異なることがわかります。さらに、図の黒い実線は第4の超伝導状態を仮定したモデルによるフィッティング(近似)曲線(注4)であり、実験結果をよく再現していることがわかります。この結果は、第4の超伝導体で期待される特異な超伝導特性が実際にFeSe1-xSxで実現していることを示しています。
さらに、欠陥を系統的に導入した試料での磁場侵入長の温度依存性を温度の二乗に対してプロットしたものが図2bです。この図から、欠陥を導入する前には直線を表す点線に比べて実験結果が上凸な振る舞いを示している一方で、欠陥を導入すると点線よりも下凸な振る舞いに変化していることがわかります。この結果は、図2cのように欠陥によりボゴリューボフフェルミ面が収縮し、最終的には消失するという描像で定性的に理解することができます。
図2:FeSe1-xSxにおける磁場侵入長測定結果と欠陥の導入によるノード構造の変化
(a)FeSe1-xSxにおける磁場侵入長の測定結果と、第4の超伝導状態モデルを用いた測定結果のフィッティング曲線(黒の実線)。灰色の実線と点線はそれぞれ第1、第3の超伝導状態で期待される磁場侵入長の温度依存性。(b)欠陥を導入した試料における磁場侵入長の温度依存性を規格化した温度の二乗に対してプロットした図。点線は直線を表している。(c)欠陥の導入によってボゴリューボフフェルミ面が消失する様子を表した模式図。灰色の線は波数空間での金属状態のフェルミ面、青の実線はボゴリューボフフェルミ面を表している。赤い点線は時間反転対称性を破る成分が無い場合の超伝導ギャップの大きさを表しており、赤い点はギャップの大きさがゼロとなるノードを示している。
<今後の展望>
本研究結果は、鉄系超伝導体FeSe1-xSxにおける特異な超伝導特性やその欠陥に対する不安定性を明らかにしたものであり、近年提案された第4の超伝導状態の基礎的理解に大きく貢献すると考えられます。本研究結果を契機として、第4の超伝導状態に関するさらなる理論的・実験的研究の進展が期待されます。
〇関連情報:
プレスリリース「第4の超伝導状態『フェルミ面を持つ超伝導』の発見」(2023/5/18)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/10203.html
発表者・研究者等情報
東京大学大学院新領域創成科学研究科
永島 拓也 修士課程
石原 滉大 助教
松浦 康平 研究当時:博士課程
現:同大学大学院工学系研究科 助教
水上 雄太 研究当時:助教
現:東北大学大学院理学研究科 准教授
橋本 顕一郎 准教授
芝内 孝禎 教授
共同研究グループ
本研究は、東京大学と東北大学、仏エコールポリテクニークの共同研究による成果です。東京大学と東北大学は、極低温における磁場侵入長や電気抵抗、比熱の測定・解析及び物理的解釈を行い、仏エコールポリテクニークは電子線照射を用いた欠陥の導入を行いました。
論文情報
雑誌名: Physical Review Letters
題 名: Lifting of gap nodes by disorder in tetragonal FeSe1-xSx superconductors
著者名: Takuya Nagashima, Kota Ishihara*, Kumpei Imamura, Masayuki Kobayashi, Masaki Roppongi, Kohei Matsuura, Yuta Mizukami, Romain Grasset, Marcin Konczykowski, Kenichiro Hashimoto, and Takasada Shibauchi* (*責任著者)
DOI: 10.1103/PhysRevLett.133.156506
URL: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.133.156506
研究助成
本研究は、科学研究費基盤研究(A)「時間反転対称性の破れた新奇超伝導状態の解明」(研究代表者:芝内孝禎教授)[課題番号:JP22H00105]、新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表者:芝内孝禎教授)[課題番号:JP19H05824]、学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学」(領域代表者:関修平教授)[課題番号:JP20H05869]等の助成を受けて行われました。
用語解説
(注1)鉄系超伝導体
鉄系超伝導体とは、2008年に東京工業大学の細野秀雄教授(当時)の研究グループによって初めて発見された、鉄原子を含む超伝導物質群を指します。通常、超伝導は磁場によって破壊されることから、磁性元素である鉄との相性が悪いと考えられていたためこの物質群の発見は大きなインパクトをもたらしました。この物質群の超伝導の発現メカニズムは非常に複雑であることや銅酸化物高温超伝導体に次いで高い温度で超伝導を示すことから、超伝導現象を理解する上で重要な物質群となっています。
(注2)フェルミ面
フェルミ面とは、運動量空間における絶対零度での占有状態と非占有状態の境界に対応します。金属では、この境界をまたいで占有された状態から占有されていない状態へほんの少しのエネルギーで電子が移動できるため、高い電気伝導性を示します。金属の物理特性の多くはフェルミ面の形状によって決まっていることから、物性を調べる上で非常に重要な概念であると考えられています。
(注3)磁場侵入長
超伝導体では、弱い磁場を試料に印加するとその磁場は試料内部から排斥されます(マイスナー効果)。このとき、超伝導体試料表面近傍では数十~数千ナノメートル程度のわずかな領域にのみ磁場が侵入しており、この磁場が侵入する長さを「磁場侵入長」と呼びます。磁場侵入長は超伝導電子密度と呼ばれる超伝導電子対を形成している電子の単位体積当たりの数(電子数密度)を反映し、超伝導発現機構と結びついているため超伝導発現機構を理解する上で重要な物理量の一つです。
(注4)フィッティング(近似)曲線
ある制約条件を満たす関数を、実験データをなるべく再現するように最適化したときに得られる曲線のことを指します。本研究では、第4の超伝導状態が実現している場合に満たすべき制約条件を考慮して関数の最適化を行っています。