構造デザインで磁性材料の横型熱電変換性能を大幅に向上~磁性材料を用いた熱電応用に新たな光~
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NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)
国立大学法人東京大学
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
発表概要
1.NIMSと東京大学からなる研究チームは、磁性金属と半導体を交互に多数積層・接合し、斜めに切断した複合材料において、磁性材料特有の"横型"熱電効果を従来よりもはるかに高い性能で利用できることを提案・実証しました。
2.磁性材料の磁化と垂直な方向に温度差を付けた際に、磁化と熱の流れの両者に直交した方向に電流が生成される現象「異常ネルンスト効果」は、汎用性や耐久性が高く低コストの熱電変換を可能にする駆動原理として注目を集めています。現在、異常ネルンスト効果のさらなる性能の向上を目指し、物質の特殊な電子構造に着目した新しい磁性材料探索が活発に取り組まれていますが、2018年に報告されたコバルト基トポロジカル磁性体の性能を超える物質は室温下では報告されておらず、異常ネルンスト効果の性能の向上は頭打ちの状況になっています。加えて、この現最高性能ですら実用レベルには達しておらず、性能指数を100倍以上向上させる必要があります。
3.今回、研究チームは、磁性金属と半導体から構成される人工傾斜型多層積層体(下図)を作製し、磁場や磁性には依らず、その傾斜構造由来で発現する横型熱電効果「非対角ゼーベック効果」を異常ネルンスト効果と同時に発現させ、2つの現象の相乗効果によって、同じ磁性材料を単体で用いたときよりも1桁以上大きい性能指数で異常ネルンスト効果を利用できることを実証しました。この相乗作用は、異常ネルンスト効果自体の性能に加え、組み合わせる非対角ゼーベック効果の性能にも依存して増大します。これは、これまでの異常ネルンスト効果の研究では注目されていなかった物性値や複合材料構造といった要素が横型熱電変換の性能向上に重要であることを示すものです。
4.今回の成果は、従来の磁性材料における熱電効果の研究とは全く異なる着眼点によって、異常ネルンスト効果の新たな利用法と共に、構造デザインに立脚した新たな熱電変換材料の設計指針を提供するものです。本指針に基づきさらに高い熱電性能を示す複合材料を開発することで、排熱を利用した発電技術や電子冷却技術、熱センシング技術などへの応用展開を目指していきます。
5.本研究は、NIMS磁性・スピントロニクス材料研究センターの平井孝昌研究員、安藤冬希特別研究員、世伯理那仁グループリーダー、内田健一上席グループリーダー(兼 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)によって、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「内田磁性熱動体プロジェクト」(研究総括:内田健一、課題番号:JPMJER2201)の一環として行われました。
6.本研究成果は、日本時間2024年11月14日19時にNature Communications誌にオンライン掲載されました。
図 今回開発した横型熱電複合材料の模式図
発表内容
<研究の背景>
熱電効果とは、固体中の電子を媒介として熱エネルギーと電気エネルギーを相互に変換できる現象を指し、環境負荷の小さい次世代のエネルギー利用素子に有望な基盤原理の1つとして期待されています。最も広く用いられている熱電効果はゼーベック効果と呼ばれる現象です。ゼーベック効果を用いると、固体に温度差をつけることで生じる熱の流れ(熱流)に平行な方向に電気の流れ(電流)を生成できるため、未利用のまま捨てられていた排熱から発電することが可能になります。一方その逆過程として、固体に電流を流して電流と平行な方向に熱流を発生させる効果はペルチェ効果と呼ばれ、ワインセラーやパソコンのCPUクーラーなど、小型で静音性に優れた冷却技術として利用されています。ゼーベック効果やペルチェ効果は熱流と電流が互いに平行な方向に変換される"縦型"の熱電効果であり、実用に値する性能を得るためには、熱電能(1)の符号が異なる2種類の導体を、電極を介して多数直列に接続した構造を作る必要があります(図1(a))。このような複雑な3次元構造によって、機械的耐久性の低下や高温熱源に近い電極接合部分の特性劣化、製造コストの増大など、深刻でありながら原理的に避けがたい課題が生じます。
このような課題を打破する1つのアプローチとして、熱流と電流を互いに直交する方向に変換できる"横型"の熱電変換に注目が集まっています。横型熱電効果の出力は、複雑な3次元構造を作ることなく、材料の面積を電流の方向に沿って増やすだけで増強できます。素子構造の単純化が与えるメリットは大きく、接合や電極の数を大幅に減らせることによる熱電素子の耐久性・汎用性の向上や低コスト化などが期待されています。
これまでの研究で様々な横型熱電効果が報告されていますが、中でも近年、磁性材料における磁化と熱流の両方向に直交する方向に電流を生成する「異常ネルンスト効果」(図1(b))を利用した新しい熱電素子が数多く提案されており、基礎・応用研究が活発に行われています。しかしながら、異常ネルンスト効果による熱電変換性能(無次元性能指数(2))はゼーベック効果の性能よりもはるかに小さいため、実用化の大きな障壁となっています。現在、異常ネルンスト効果のさらなる性能向上のため、物質の電子状態に着目した物質探索が精力的に取り組まれていますが、室温付近の温度域では2018年に報告されたコバルト基トポロジカル磁性金属(コバルト-マンガン-ガリウム合金:Co2MnGa)の性能を超える物質は報告されておらず、新物質探索による異常ネルンスト効果の熱電変換性能の向上は頭打ちの状態になっています。さらに、この現最高の熱電変換性能でも実用レベルからは2-3桁不足しており、実用化までは程遠い状況にあります。
図1 (a) ゼーベック効果に基づく縦型熱電素子と、(b) 異常ネルンスト効果、(c) 非対角ゼーベック効果に基づく横型熱電素子の模式図
<研究内容と成果>
今回、研究チームは、従来の異常ネルンスト効果のための物質探索指針とは一線を画す「構造デザインに立脚した複合材料を作製する」観点から、異常ネルンスト効果を従来報告されていた性能よりもはるかに高い性能で横型熱電変換に利用する手法を提案・実証しました。本研究で作製した複合材料は、磁性金属と半導体を交互に積層・接合させ、積層方向に対して斜めに切断した傾斜構造体(人工傾斜型多層積層体;(図1(c)))です。このような複合材料では、異常ネルンスト効果の他にも、その傾斜構造に起因する別の横型熱電効果「非対角ゼーベック効果(3)」が発現します。これまでに同研究チームは、外部磁場に依存して熱電変換性能が変化する非磁性体を用いて作製した人工傾斜型多層積層体の特性評価を行ってきましたが、異常ネルンスト効果を示す人工傾斜型多層積層体に関する研究はこれまで報告されていませんでした。本研究では、室温付近で最高性能の異常ネルンスト効果を示すCo2MnGa合金を磁性金属部、大きなゼーベック係数(1)を有するp型半導体のビスマス-アンチモン-テルル(Bi0.2Sb1.8Te3)合金を半導体部として用いて、人工傾斜型多層積層体を作製しました。1つの複合材料で複数の横型熱電効果が同時発現していることを確認するために、ロックインサーモグラフィ法(4)と呼ばれる熱イメージング計測技術を用いました。ロックインサーモグラフィ法では、試料に周期的に変動する電流を流しながら赤外線カメラを用いて素子表面の温度分布を測定し、電流と同じ周期で変動する温度変化だけを選択的に抽出することで、熱電効果に由来する応答信号のみを可視化できます(図2(a))。さらに、外部磁場の強度や方向を変えながら同様のロックインサーモグラフィ計測を行うことにより、磁性体の磁化に依存しない熱電効果(非対角ペルチェ効果:非対角ゼーベック効果の逆過程)と依存する熱電効果(異常エッチングスハウゼン効果:異常ネルンスト効果の逆過程)を分離することができます。図2(b)は、今回作製した人工傾斜型多層積層体におけるロックインサーモグラフィ像です。磁化に依存しない成分と依存する成分の双方に傾斜角度に依存したジグザグ型の温度応答が観測され、それぞれ試料内部の温度分布形状が異なることが分かります。これは、Co2MnGa合金を含む人工傾斜型多層積層体において、非対角ペルチェ効果と異常エッチングスハウゼン効果が異なる空間分布で発現していることを示しており、両者の寄与を分離して観測・評価したのは本研究が初めてです。重要な点は、積層体の長手方向(誌面横方向)に電流を流しているにもかかわらず、両成分共に短手方向(誌面縦方向)に沿って吸熱から発熱、または発熱から吸熱と変化していることにあります。これは、非対角ペルチェ効果と異常エッチングスハウゼン効果が、1つの複合材料中で共に横型熱電変換として機能している直接的な証拠であり、磁化の大きさや方向を制御して異常エッチングスハウゼン効果による熱流方向を選択することで、積層体全体の横型熱電変換出力を増強できることを明らかにしました(図2(c))。
図2 熱電複合材料における横型熱電効果のイメージング。磁化方向を反転させることで、異常エッチングスハウゼン効果による吸熱および発熱応答((b)下画像)を反転させることができる((c)参照)
次に、Co2MnGa合金を含む人工傾斜型多層積層体における横型熱電変換性能を定量的に評価するため、試料に温度勾配を印加して熱起電力を測定しました。その結果、磁化方向によって変調される熱電能の大きさは、既報の単体の磁性材料やCo2MnGa合金で報告されている異常ネルンスト係数(1)と同等(数マイクロボルト(μV)/ケルビン(K))でありながら、無次元性能指数の変調量はこれまでCo2MnGa合金で報告されていた異常ネルンスト効果の無次元性能指数(概要で用いた性能指数と同義)より1桁高い性能に相当することを実証しました。本結果の重要な点は、異常ネルンスト効果と非対角ゼーベック効果は全く異なる原理で駆動する熱電効果でありながら、いずれも横型熱電変換として機能していることにあります。図3(a)のように、2つの熱電効果を独立に用いた際は、熱エネルギーと電気エネルギーの変換効率を表す無次元性能指数は材料固有の熱電能の2乗に比例する形で表される一方で、1つの材料中で複数の横型熱電効果をハイブリッドさせた際は、その無次元性能指数は、単純な足し合わせではなく、2つの熱電能の積(相乗作用項;図3(a)の赤枠内参照)が加わる形で表されます。今回、報告した無次元性能指数の変調量を異常ネルンスト効果のみで達成するためには、20μV/K程度(Co2MnGa合金の約3倍)の異常ネルンスト係数を有する磁性材料を開発する必要がありますが(図3(b)の灰色のデータ参照)、非対角ゼーベック効果が存在すると、数μV/Kの異常ネルンスト係数で充分到達できる値となります(図3(b);紫のプロット参照)。加えて、非対角ゼーベック効果の寄与を増大させるほど異常ネルンスト効果をさらに高性能化できます。
<今後の展開>
今回の研究では、これまでの研究で用いられていた磁性金属と半導体の組み合わせで構造デザインを工夫するだけで、単体の磁性材料を凌駕する異常ネルンスト効果による熱電変換性能を実現できることを明らかにしました。これは、すでに輸送物性は調べ尽くされたと思われた物質からでもさらなる熱電変換機能を創発できる可能性を示すものです。特に本研究では、異常ネルンスト効果に組み合わせる他の横型熱電効果(今回の場合は非対角ゼーベック効果)の性能向上が異常ネルンスト効果の高性能化に重要であることを実証しました。非対角ゼーベック効果の大きさは従来のゼーベック係数に依存するため、ゼーベック係数が大きな磁性材料を開発することで相乗作用をさらに向上できます。今回の研究では非対角ゼーベック効果と異常ネルンスト効果に着目しましたが、横型熱電効果には磁性体中のスピンゆらぎ(マグノン)に関連したスピンゼーベック効果など様々な原理で駆動する効果が複数存在します。今回提案した相乗作用によるハイブリッド横型熱電変換のアイデアを基に、横型熱電変換を高性能化させることができれば、汎用性が高い低コストの発電・冷却・熱センサ素子などへの展開が期待できます。
図3 (a) 横型熱電効果のハイブリッド化による相乗作用と(b) 異常ネルンスト効果の性能向上
論文情報
題目:Hybridizing anomalous Nernst effect in artificially tilted multilayer based on magnetic topological material
著者:Takamasa Hirai, Fuyuki Ando, Hossein Sepehri-Amin, Ken-ichi Uchida
雑誌:Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-024-53723-2
掲載日時:2024年11月14日
用語解説
(1) 熱電能: 熱電変換材料に単位温度勾配を与えた際に生成される電界強度であり、単位はV/Kです。熱電能は、各効果の名称に基づいて固有の名が付けられる慣習があり、ゼーベック効果の場合はゼーベック係数、異常ネルンスト効果の場合は異常ネルンスト係数と呼ばれます。
(2) 無次元性能指数: 熱電変換材料の熱エネルギーと電気エネルギーの変換性能を示す指標です。温度Tを乗じることで無次元量(単位がないこと)となり、zTで表されます。zは熱電能の2乗と電気伝導率の積を熱伝導率で割った値で表され、一般に、熱電能と電気伝導率が高く、熱伝導率が小さい材料が優れた熱電変換材料となります。ゼーベック効果に基づいた縦型熱電変換素子の場合はzT > 1が実用化の指標と言われています。
(3) 非対角ゼーベック効果: 熱電材料の多くは様々な方位を向いた多数の小さな結晶粒から成る多結晶体であり、そのゼーベック係数は方向依存性が無く等方的です。一方で、層状構造を有する材料や特殊な単結晶体においては、輸送特性に方向依存性が生じます。この特性は異方性と呼ばれ、電気伝導や熱伝導に異方性がある際にはゼーベック係数も異方的になり、結果として横型の熱電変換が発生します。この横型熱電変換の熱電能はテンソル表式で表した際の非対角項に相当するため、非対角ゼーベック効果と呼ばれます。本研究で用いた2種の物質を接合させた人工傾斜型多層積層体においては、その構成材料の輸送物性に異方性がなくとも、構造の非対称性によって電気伝導や熱伝導に異方性が生じ、非対角ゼーベック効果が発生します。一般に、2種の構成材料のゼーベック係数、熱伝導率、電気伝導率の差が大きいほど非対角ゼーベック効果による無次元性能指数が大きくなります。
(4) ロックインサーモグラフィ法:物質表面から放射される赤外線の空間分布を画像として検出する技術をサーモグラフィと呼びます。赤外線のエネルギーは物質の温度に依存するため、適切な校正を行うと物質の温度分布をイメージング計測できます。ロックインサーモグラフィ法は、物質に周期変動する負荷(今回の実験においては電流)を与えながら物質表面の温度分布を測定し、入力負荷と同周期で変動する温度変化のみをフーリエ解析によって選択的に抽出してイメージングする技術です。ロックインサーモグラフィの測定結果は図2(b)のように、温度変化の大きさを示す振幅像と、温度変化の符号や熱拡散による時間遅れを表す位相像に分離されます。
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