記者発表

COVID-19ワクチン接種時の免疫獲得に関わる遺伝子の発見 ―生まれつきのゲノム変異と後天的なゲノム変異の関与が明らかに―

投稿日:2025/03/05 更新日:2025/03/05
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東京大学 
慶應義塾大学 
大阪大学
理化学研究所 

発表のポイント 

◆ワクチン接種による免疫獲得能は接種者によって個人差があることが知られていますが、その背景因子の理解は依然として不十分です。
◆COVID-19ワクチン接種者を対象に生まれつきのゲノム配列を解析することで、抗体価およびT細胞の免疫反応の獲得能に関わる遺伝子(IGHG1遺伝子、HLA遺伝子)を同定しました。さらにこれらの遺伝子領域および性染色体に後天的に体細胞変異が生じることで抗体獲得能が低下する一方で、感染症や免疫疾患へのかかりやすさが上昇することを明らかにしました。
◆将来のパンデミックへの対抗策となるワクチン開発・接種戦略策定に貢献するだけでなく、加齢に伴って生じる免疫機能低下のより詳細な理解につながることが期待されます。

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日本人・英国人データを用いたワクチン接種時の免疫獲得能のヒトゲノム解析

     

発表概要

東京大学大学院医学系研究科遺伝情報学の曽根原究人助教(研究当時、現:ウェルカム・サンガー研究所Postdoctoral Fellow)、岡田随象教授(兼:大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学 教授、理化学研究所生命医科学研究センター チームリーダー)、慶應義塾大学医学部臨床検査医学教室の上蓑義典専任講師、同大学医学部感染症学教室の南宮湖専任講師、東京大学大学院新領域創成科学研究科の松田浩一教授(兼:同大学医科学研究所 シークエンス技術開発分野 特任教授)らによる研究グループは、COVID-19ワクチン接種者2,096名の検体を用いた免疫原性(注1)の網羅的な解析により、ワクチン接種による免疫獲得能の個人差に寄与するヒトゲノム配列を同定しました。生殖細胞系列変異(注2)のみならず、加齢に伴って獲得する体細胞変異(注3)も免疫獲得能に影響することを明らかにしました。
本成果は、将来のパンデミックへの対抗策となるワクチン開発・接種戦略策定に役立つことが期待されるだけでなく、加齢に伴って生じる免疫機能変化のより詳細な理解につながることが期待されます。

本研究は2025年3月4日午前11時(米国東部標準時)に国際科学誌Cell Genomicsに掲載されました。

     

発表内容 

<研究の背景>
ワクチン接種による免疫獲得は感染症に対する効果的な予防策ですが、その効能は接種者によって個人差があることが知られています。この個人差に寄与する因子の解明は、効果的なワクチン開発といった創薬の観点からも、効果的なワクチン接種戦略の策定といった公衆衛生の観点からも重要な課題となります。

<研究の内容>
今回、研究グループはCOVID-19ワクチン接種者の免疫反応(液性免疫  (注4)として新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)特異的抗体価、細胞性免疫(注5)としてインターフェロンγ遊離試験により評価したT細胞反応)と生殖細胞系列変異との関連を網羅的に調査するゲノムワイド関連解析(注6)を実施しました。慶應義塾大学で実施したCOVID-19ワクチン接種者2,096名を対象に、ゲノム上に存在する約900万箇所の遺伝子多型(注7)を解析したところ、IgG抗体をコードするIGHG1遺伝子および白血球の血液型であるHLA遺伝子における遺伝子多型が免疫反応の個人差と関連することを示しました(図1)。

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図1:ワクチン接種者の免疫獲得能のゲノムワイド関連解析
各点は遺伝子多型の染色体上での位置(x軸)と関連の強さ(y軸)を示す。ピンクの破線はゲノムワイド有意水準(P値 = 5.0×10-8)を示す。


特に抗体価と強い関連を示したIGHG1遺伝子上のミスセンス変異rs1043109は東アジア人集団以外ではほぼ存在しない、集団特異的に存在する遺伝子変異でした。また、HLA遺伝子について詳細な関連多型の解析(ファインマッピング)を実施したところ、抗体価の獲得能においてはHLA-DRβ1の96番目のアミノ酸残基が影響するのに対して、T細胞の免疫反応の獲得能においてはHLA-DRβ1の13番および47番アミノ酸残基、HLA-DPB1*03:01といった複数のHLA多型が影響することが明らかになりました(図2)。

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図2:本研究で発見された免疫獲得能に関わる遺伝子多型
(左):IgGのタンパク質立体構造のうち、本研究で発見されたミスセンス変異(rs1043109)の位置をオレンジにハイライトしている。(右):HLA-DRのタンパク質立体構造のうち、本研究で発見されたアミノ酸残基(HLA-DRβ1の13番、47番、および96番)の位置を赤くハイライトしている。


さらに研究グループは、バイオバンク・ジャパン(注8)およびコロナ制圧タスクフォース(注9)が収集した血液のプロテオームデータ  を用いることで、これらの免疫獲得能に関わる遺伝子多型が血中の免疫制御タンパク質にどのような影響を及ぼすのか検討しました。抗体価を増加させるHLA遺伝子多型は、LILRB4やFCRL6といった免疫反応に関連するものを含む、15の血中タンパク質量を変化させることが分かりました。
一般にワクチン接種による免疫獲得能は加齢に伴い低下します。加齢に伴い免疫細胞に生じる変化として、体細胞変異を獲得した白血球がクローン性に増殖する「クローン性造血」が知られています。研究グループはクローン性造血の中でも、大規模な染色体領域の変異を獲得した造血系体細胞モザイク(mCA)が免疫反応に及ぼす影響を、英国のUKバイオバンク(注10)におけるCOVID-19ワクチン接種者15万人のデータを用いて解析しました。その結果、先述の2遺伝子領域(IGHG1・HLA)を含むような染色体変異を10%以上の白血球に有するワクチン接種者では、免疫獲得能が低下していることが分かりました。
さらに、バイオバンク・ジャパンやUKバイオバンクの解析を通じ、これらの遺伝子領域を含む造血系体細胞モザイクが、敗血症を含む感染症やバセドウ病を含む免疫疾患の罹患リスクを上昇させることを示しました(図3)。

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図3:造血系体細胞モザイクと免疫獲得能および感染症・免疫疾患との関連
(左):造血系体細胞モザイクの有無とSARS-CoV-2特異的抗体獲得との関連。ダガー(†)は造血系体細胞保因者の中に抗体陽性者が存在しなかったことを示す。(右):造血系体細胞モザイクの有無と敗血症およびバセドウ病罹患との関連。エラーバーは95%信頼区間を示す。青いマーカーは有意な関連(P値 < 0.05)を示す。"+"はコピー数増加を、"-"はコピー数欠失を、"="はcopy-neutral loss of heterozygosity(注11)  を示す。"MHC"はHLA遺伝子をコードしている主要組織適合遺伝子複合体遺伝子領域を示す。"IGH"はIGHG1遺伝子をコードしている免疫グロブリン重鎖遺伝子領域を示す。

     

また、男女の性別特異的に見られる造血系体細胞モザイクとして、女性におけるX染色体喪失(mLOX)、男性におけるY染色体喪失(mLOY)が知られています。研究グループが同様に、mLOX・mLOYが免疫応答に及ぼす影響について解析したところ、mLOYを有する男性では免疫獲得能の低下が見られることが分かりました。疾患との関連では、mLOXは関節リウマチおよび呼吸器感染症、mLOYは関節リウマチおよび気管支喘息の罹患リスクを上昇させることを示しました(図4)。

図4XY染色体喪失と免疫獲得能および感染症・免疫疾患との関連.jpg
図4:X・Y染色体喪失と免疫獲得能および感染症・免疫疾患との関連
(左):X・Y染色体喪失の有無とSARS-CoV-2特異的抗体獲得との関連。(右):X・Y染色体喪失の有無と呼吸器感染症、気管支喘息、および関節リウマチ罹患との関連。エラーバーは95%信頼区間を示す。青いマーカーは有意な関連(P値 < 0.05)を示す。

     

<今後の展望>
本研究により、ワクチン接種に対する免疫獲得能を規定する遺伝子が解明されました。この知見は、将来のパンデミックへの対抗策となるワクチン開発・接種戦略策定への貢献が期待されます。特に本研究で発見された抗体価に強く影響するIGHG1のミスセンス変異は東アジア人集団に特異的に見られるものであり、ワクチン効能の評価において対象集団の遺伝的背景を考慮する重要性を示すものです。また、加齢に伴って生じるクローン性造血と免疫機能変化との関係を明らかにしたことで、免疫老化の背景メカニズムのより詳細な理解につながることが期待されます。

     

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院医学系研究科 遺伝情報学
  曽根原 究人 助教(研究当時)
            現職:ウェルカム・サンガー研究所 Postdoctoral Fellow
  岡田 随象  教授
            兼:大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学 教授
            兼:理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー
 大学院新領域創成科学研究科 クリニカルシークエンス分野
  松田 浩一  教授
            兼:東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター シークエンス技術開発分野 特任教授
            兼:バイオバンク・ジャパン 代表

慶應義塾大学
 医学部
  臨床検査医学教室
    上蓑 義典 専任講師
  感染症学教室
     南宮 湖 専任講師

     

論文情報

雑誌名 Cell Genomics
題 名 :Germline variants and mosaic chromosomal alterations affect COVID-19 vaccine immunogenicity
著者名 : Kyuto Sonehara*, Yoshifumi Uwamino*#, Ryunosuke Saiki, Masaru Takeshita, Shinichi Namba, Shunsuke Uno, Tomoko Nakanishi, Tomoyasu Nishimura, Tatsuhiko Naito, Go Sato, Masahiro Kanai, Aoxing Liu, Sho Uchida, Toshinobu Kurafuji, Akiko Tanabe, Tomoko Arai, Akemi Ohno, Ayako Shibata, Shiho Tanaka, Masatoshi Wakui, Shoko Kashimura, Chiharu Tomi, Akemi Hara, Shiori Yoshikawa, Keiko Gotanda, Kana Misawa, Hiromu Tanaka, Shuhei Azekawa, Qingbo S. Wang, Ryuya Edahiro, Yuya Shirai, Kenichi Yamamoto, Genta Nagao, Takuo Suzuki, Masato Kiyoshi, Akiko Ishii-Watabe, Shinichi Higashiue, Shuzo Kobayashi, Hiroki Yamaguchi, Yasushi Okazaki, Naoyuki Matsumoto, Akihide Masumoto, Hidenobu Koga, Akinori Kanai, Japan COVID-19 Task Force, Biobank Japan Project, Yoshiya Oda, Yutaka Suzuki, Koichi Matsuda, Yuko Kitagawa, Ryuji Koike, Akinori Kimura, Atsushi Kumanogoh, Akihiko Yoshimura, Seiya Imoto, Satoru Miyano, Takanori Kanai, Koichi Fukunaga, Naoki Hasegawa, Mitsuru Murata, Hiromichi Matsushita, Seishi Ogawa, Yukinori Okada#, Ho Namkoong#
*共同筆頭著者、#責任著者
DOI : 10.1016/j.xgen.2025.100783
URL : https://doi.org/10.1016/j.xgen.2025.100783

     

研究助成

本研究は、JSPS 科研費JP23K14451, JP23K08850, JP22H00476、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(次世代ゲノミクス研究による乾癬の疾患病態解明・個別化医療・創薬)、難治性疾患実用化研究事業(シングルセル解析を活用した肺胞蛋白症の自己抗原特異性解明による治療標的同定)、免疫アレルギー疾患実用化研究事業(全ゲノム・一細胞シークエンス統合解析による関節リウマチの病態層別化と個別化医療実装)、ゲノム創薬基盤推進研究事業(大規模集団ゲノムデータを利用した遺伝子発現制御文法の機械学習による、VUS病原性の網羅的評価と実験検証)(既存大規模コホートを用いたラジオゲノミクスによるLong COVID/COVID-19の創薬ターゲット創出)、新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(多様な前向きコホートを用いたCOVID-19ワクチンの多角的解析)(新型インフルエンザ感染症に対するPoint of Care Testing型免疫動向把握・予測ツールに関する研究開発)、SCARDAワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業「(大規模疾患コホート・アカデミア連携を基盤とするオミックス解析・サーベイランス体制の整備による新興感染症重症化リスク因子の探索)、(ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 大阪府シナジーキャンパス(大阪大学ワクチン開発拠点))、(遺伝的多様性と機能に関するマルチオミックスを中心としたヒト免疫評価法の確立と支援の為のサポート機関)」、ムーンショット型研究開発等事業(細胞運命転換を用いた若返りによるがんリスク0の世界)、 ゲノム研究を創薬等出口に繋げる研究開発プログラム(ブレインアトラス創生による精神神経疾患のシングルセル・ゲノム創薬), 脳神経科学統合プログラム(生殖細胞・体細胞変異とウイルス配列の多層シークエンス解析による自己免疫性神経疾患のシーズ開発)  、JP24gm1810011、革新的先端研究開発支援事業「免疫記憶の理解とその制御に資する医療シーズの創出」研究開発領域「集団・個体・一細胞解像度オミクス解析による免疫記憶の「導入・蓄積・消失」ダイナミクス解明」、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業 JPMJMS2021, JPMJMS2024、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)さきがけ JPMJPR21R7, JPMJPR22R2、慶應義塾学事振興資金(共同研究)、平成記念研究助成、公益財団法人予防接種リサーチセンター、武田科学振興財団、小野薬品がん・免疫・神経研究財団、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブ、大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)、大阪大学ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS 研究センター(CAMaD)、理化学研究所科学研究基盤モデル開発プログラム(TRIP-AGIS)の支援を受けて行われました。

     

用語解説

(注1)免疫原性
 生体に取り込まれた抗原(本研究ではCOVID-19ワクチン)が、抗体産生や細胞性免疫といった免疫応答を誘導する性質を指す。

(注2)生殖細胞系列変異
 生得的に有している遺伝子変異であり、個体の全細胞に共通して見られる。遺伝情報として子孫に受け継がれる。

(注3)体細胞変異
 後天的に獲得する遺伝子変異であり、多くの場合変異を起こした一部の体細胞においてのみ見られる。原則として子孫には受け継がれない。

(注4)液性免疫
 体液中に存在する抗体が中心的な役割を果たすことで異物を無力化・排除する免疫システム。

(注5)細胞性免疫
 抗体を介さず、T細胞を中心とした種々の免疫細胞の働きによって異物を無力化・排除する免疫システム。

(注6)ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study: GWAS)
 遺伝子多型と形質(疾患の有無などを含む、個々人の性質や特徴)との関連を、ゲノム全域にわたって網羅的に探索する解析。現在の一般的なGWASでは、ゲノム全域で数百~数千万に及ぶ遺伝子多型が解析に用いられる。

(注7)遺伝子多型
 ゲノムを構成するDNAの塩基配列のうち、個体間で異なる部位。

(注8)バイオバンク・ジャパン
 日本人 約27 万人を対象とした生体試料バイオバンクで、東京大学医科学研究所内に設置されている(https://biobankjp.org/)。ゲノム DNA や血清サンプルを臨床情報とともに収集・管理しており、研究者への試料・情報の提供を行っている。

(注9)コロナ制圧タスクフォース
 COVID-19の科学的解明と克服を目指し、2020年に異分野の専門家が横断的に集まり、立ち上げられた共同研究グループ(https://www.covid19-taskforce.jp/)。コロナ対応の最前線に立つ医療従事者からも大きな賛同を得て日本全国100以上の病院が参加し、COVID-19に関するアジア最大の生体試料数を保有する研究グループとなっている(代表:慶應義塾大学、福永興壱 教授)。

(注10)UKバイオバンク
 英国全域の40~69歳のボランティア約50万人から遺伝情報と表現型の情報が集められた世界最大規模の国家的な生体試料バイオバンク。世界中の研究者にリソースを提供している。

(注11)copy-neutral loss of heterozygosity
 両親から受け継ぎ、本来なら相同染色体2本の間に差のあるゲノム領域において、遺伝子変異が生じた結果、全体としてのコピー数は変化しないものの2本の相同染色体がいずれも片親由来のものとなる(=ヘテロ接合性を喪失する)現象。

     

関連研究室

クリニカルシークエンス分野 松田・谷川研究室

     

お問合せ

新領域創成科学研究科 広報室

     

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