記者発表

新材料「熱電永久磁石」で世界最高電力密度の横型熱電発電に成功 ~磁石を用いた革新的省エネ・創エネ技術へと前進~

投稿日:2025/03/18 更新日:2025/03/19
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NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)
国立大学法人東京大学/
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST

NIMSは、東京大学・名古屋大学との共同研究により、横型熱電変換性能の極めて高い新材料「熱電永久磁石」を開発し、熱電モジュールにおいて室温付近で電力密度56.7 mW/cm2の横型熱電発電を達成しました。これは、印加温度勾配あたりの値に換算すると、横型モジュールとして世界最高の電力密度であるだけでなく、市販の縦型モジュールにすら匹敵する性能です。本成果は、磁石が使用されるあらゆる環境下で利用できる熱エネルギーハーベスティング・マネジメント技術に繋がることが期待されます。この研究成果は、3月18日にEnergy & Environmental Science誌に掲載されました。

研究成果の概要

従来の課題

従来の熱電モジュールでは、ゼーベック効果と呼ばれる熱流と同じ向きに電流が発生する"縦型"熱電効果が採用されており、材料性能指数zTが高い一方、熱流と電流の経路を分けるためにモジュール構造が複雑化してしまうという課題があります。そこで近年、モジュール構造を大幅に簡略化できるため、熱流と直交方向に電流が発生する"横型"熱電効果が注目を集めています。しかし、これまで知られていた横型熱電材料のzTは縦型熱電材料に比べて非常に低いという問題がありました。

■成果のポイント

当研究グループは、サマリウム・コバルト(SmCo5)磁石とビスマス・アンチモン・テルル(Bi0.2Sb1.8Te3)化合物を交互に積層して焼結接合し、斜めに切断した人工傾斜積層体「熱電永久磁石」を開発しました(図1)。この傾斜積層構造の最適設計および接合界面における電気・熱抵抗率の最小化を実現し、これまでに報告されてきた横型熱電変換を示す磁性材料よりも2桁高いzT(室温においてzT = 0.2)が得られました。さらに、今回開発した熱電永久磁石から構成される熱電モジュールについて発電試験を行ったところ、温度差152℃で56.7 mW/cm2の電力密度を達成しました。これは、印加温度勾配あたりの値に換算すると、横型モジュールとして世界最高値であるだけでなく、市販の縦型モジュールにすら匹敵する性能となります。

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図1:熱電永久磁石による熱電発電の概念図、およびSmCo5磁石とBi0.2Sb1.8Te3からなる人工傾斜積層体の写真。
熱電永久磁石は磁性熱源に対して磁力で簡便に設置でき、横型熱電発電による電力生成が可能。
今回開発した人工傾斜積層体は磁性壁面(写真背景)に貼り付けたりクリップを吊り下げたりできる磁力を有する。

■将来展望

今後は、本成果をもとに、さらに高性能な熱電永久磁石材料および熱電発電・電子冷却デバイスの開発を目指します。磁石という人類の生活に不可欠な材料において市販品に匹敵する熱電発電性能を実証した本研究は、これまでにないコンセプトの省エネ・創エネ技術へと繋がることが期待されます。

 

■その他

  • 本研究は、NIMS 磁性・スピントロニクス材料研究センター スピンエネルギーグループの安藤冬希特別研究員、平井孝昌研究員、内田健一上席グループリーダー(兼 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)、同センター グリーン磁性材料グループの世伯理那仁グループリーダー、ナノアーキテクトニクス材料研究センター 熱エネルギー変換材料グループの岩﨑祐昂研究員、名古屋大学大学院工学研究科 機械システム工学専攻 熱制御工学研究グループのAlasli Abdulkareem(アルアスリ アブドゥルカリーム)特任講師、長野方星教授からなる研究チームによって、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「内田磁性熱動体プロジェクト」(研究総括:内田健一、課題番号:JPMJER2201)の一環として行われました。
  • 本研究成果は、2025318日にEnergy & Environmental Science誌にオンライン掲載されます。

研究の背景

熱電変換は熱エネルギーと電気エネルギーを相互に変換する現象であり、未利用熱の一部を電力として回収したり、電力を投入して温度制御したりすることが可能です。特に熱電発電は、熱源の規模を問わないスケーラブルな環境発電技術として脱炭素社会への貢献が期待されています。従来の熱電モジュール[1]では、ゼーベック効果と呼ばれる熱流と電流が同じ向きに変換される"縦型"熱電効果が採用されています。縦型熱電材料は材料性能指数zT[2]が高い一方で、原理的にモジュール構造を複雑化せざるを得ないため(図2の縦型モジュールを参照)、性能損失・製造コスト・耐久性などの面で課題が指摘されています。

これらの課題を解決し得る手段の一つが、"横型"熱電効果です。横型熱電効果では、熱流と直交方向に電流が発生するため、モジュール構造を大幅に簡略化することができます(図2の横型モジュールを参照)。横型熱電効果の特徴の一つとして、ネルンスト効果[3]や非対角ゼーベック効果[4]といった複数の変換原理が存在します。これまでNIMSでは、磁性体を活用し、単一材料中で複数の横型熱電変換原理を発現させ、それらの相乗効果による性能改善に取り組んできました。特に、無磁場下でも横型熱電変換が発現し、永久磁石の機能を併せ持つ新材料群を、「熱電永久磁石」と定義しています。しかし、これまで知られていた横型熱電変換を示す磁性材料のzTは縦型材料に比べて遥かに低いため、応用にはほど遠いと考えられてきました。

 

研究内容と成果

 NIMS・東京大学・名古屋大学の研究グループは、横型熱電材料としてzTの極めて高い「熱電永久磁石」を開発し、この材料から構成される熱電モジュールにおいて世界最高電力密度[5]の横型熱電発電に成功しました。

  • SmCo5Bi2Sb1.8Te3を交互に積層して焼結接合し、
    斜めに切断した人工傾斜積層体[6]を開発しました。この傾斜構造に起因する非対角ゼーベック効果について、zTを最大化する解析的構造設計を行いました。
  • NIMS独自の測定解析手法を駆使して接合界面における
    電気・熱抵抗率を見える化し、これらが複合材料全体に対して1%程度の影響しか及ぼさないことを明らかにしました。
  • 上記の結果として、これまで報告されてきた磁性材料よりも
    2
    桁高いzT(室温においてzT = 0.2)が得られました。
  • この材料から構成される熱電モジュールにおいて、温度差152℃(温度勾配7/mmに相当)のときに最大電力密度56.7 mW/cm2の横型熱電発電を実証しました(図2中の左上☆印を参照)。これを印加温度勾配あたりの電力密度に換算すると、横型モジュールとして世界最高であるだけでなく、市販の縦型モジュールにすら匹敵する性能となります。すなわち、今回開発した熱電モジュールは小さい温度勾配からも極めて高い電力を得ることができます。
  • 熱電永久磁石は磁力で磁性熱源に簡便に設置できるのみならず、熱源との良好な熱接触が得られるため、従来の非磁性熱電モジュールよりも高効率に熱エネルギーを回収できます。

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図2:縦型・横型熱電モジュールに印加した温度勾配に対して得られた電力密度の比較。

今後の展開

本研究では人工傾斜積層体の構造設計に着目し、非対角ゼーベック効果を利用して横型熱電変換として世界最高の電力密度を実証しました。一方で、ネルンスト効果などSmCo5磁石の磁性に起因する横型熱電効果は、今回実証した横型熱電性能に含まれていません。今後は、本研究によって得られた材料設計指針をもとに、異なる熱電変換原理を同時に発現させることで熱電永久磁石材料のさらなる高性能化を目指します。

また、熱電発電により得られる電力は受熱面積に比例して増大します。今回開発した熱電モジュールは1~2 cmサイズですが、さらなる大判化によって世界初のワットオーダー横型熱電発電を目指します。磁石という産業社会に欠かせない材料で有用なスケールの発電量が得られれば、これまでにないコンセプトの省エネ・創エネ技術へと発展することが期待されます。

掲載論文

題目:Multifunctional composite magnet realizing record-high transverse thermoelectric generation

著者:Fuyuki Ando, Takamasa Hirai, Abdulkareem Alasli, Hossein Sepehri-Amin, Yutaka Iwasaki, Hosei Nagano, and Ken-ichi Uchida

雑誌:Energy & Environmental Science

DOI:10.1039/D4EE04845H

掲載日時:2025年3月18日

用語解説

[1]熱電モジュール: 熱電効果を利用して発電あるいは温度調節するデバイスの総称であり、発電デバイスとしては産業機器や自動車、航空宇宙分野など幅広い用途での応用が期待されています。特にゼーベック効果を利用する場合は、p型・n型半導体を交互に配置し、電気的に直列かつ熱的に並列に接続したモジュール構造が一般的です。

[2]材料性能指数zT 熱電材料が熱エネルギーを電気エネルギーに変換する効率を示す指標。zTの値が大きいほど熱電発電性能が高くなります。

[3]ネルンスト効果: 導体中に互いに垂直な磁場と温度勾配が印加されたとき、その外積方向に電場が発生する現象。磁場に起因する現象は正常ネルンスト効果、導体中の自発磁化に起因する現象は異常ネルンスト効果と呼ばれます。

[4]非対角ゼーベック効果: 材料のゼーベック係数が方向によって異なる場合に、その斜め方向に温度勾配を印加することで直交方向に正味の電場が発生する現象。非対角熱電効果と呼ばれることもあります。

[5]電力密度: 発電モジュールから得られた電力量をエネルギー回収面積(熱電モジュールの場合は受熱面積)で割った値。太陽電池や熱電変換などスケーラブルな環境発電技術の性能指標として利用されます。

[6]人工傾斜積層体: 2種類の構成材料を交互かつ傾斜させて積層した材料。構成材料のゼーベック係数・電気伝導率・熱伝導率の差が大きいほど、非対角ゼーベック効果によるzTも大きくなります。構成材料の厚さ比と傾斜角度を最適化することにより、zTを最大化することができます。

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