ジャイロイド金属有機構造体における圧電転移を発見 ―仲間外れの点群から新たな機能を創出―
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東京大学
高輝度光科学研究センター
発表のポイント
◆ジャイロイド構造を持つ金属有機構造体において、これまでに報告例のない対称性の変化を伴う相転移を発見しました。
◆ひずんだ硫酸分子イオンが持つ電気双極子モーメントが三次元的な螺旋構造を形成し、それと同時に圧電性が発現することを明らかにしました。
◆応力と電場によって制御可能な、高耐久メモリデバイスの開発につながることが期待されます。
圧電転移を示すジャイロイド金属有機構造体
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の鬼頭俊介助教、徳永祐介准教授、有馬孝尚教授、同大学物性研究所の石川孟助教らの研究グループは、名古屋大学、高輝度光科学研究センター、名古屋工業大学、理化学研究所と共同で、ジャイロイド(注1)構造を持つ金属有機構造体(MOF、注2)において、新しいタイプの圧電転移(注3)を発見しました。
応力を加えると電気分極(注4)を示す圧電体は、私たちの日常生活において欠かせない電子材料の一つとして広く利用されています。しかし、従来の圧電材料は応力によらず強い外部電場によって電気分極が変化してしまうことがあります。本研究では、ジャイロイドと呼ばれる三次元的なネットワーク構造を持つMOFに着目し、応力を加えている間だけ電気分極が制御できる物質を発見しました。この圧電応答は、電気双極子モーメント(注5)を持つひずんだ硫酸イオン(SO42-)が、ジャイロイドネットワーク上に規則的に並ぶこと生じる三次元的な螺旋構造に起因することが分かりました。本研究成果は、応力と電場によって制御可能な耐久性の高い双安定性メモリデバイスの開発につながることが期待されます。
本研究成果は、米国化学会『Journal of the American Chemical Society』オンライン版に、2025年3月24日付で掲載されました。また、本研究成果は同誌のSupplementary Coverに選出されました。
発表内容
私たちの日常生活はさまざまな機能性材料によって支えられています。これらの材料の特性を理解する上で、結晶構造は非常に重要な情報です。材料の性質は結晶の対称性に依存しており、結晶は32種類の点群(注6)に分類されます。身近な例として、2010年と2014年のFIFAワールドカップにおいて使用された公式サッカーボールは、それぞれ点群23(にさん)と点群432(よんさんに)の対称性を持っています(図1b、1c)。
図1:結晶点群の一覧とその特徴
(a) 回転操作(数字)や鏡映操作(m)によって分類される32種類の結晶点群。
(b)(c) 2010年と2014年のFIFAワールドカップの公式サッカーボールの模様。ボール上の各点に付された数字(n = 2, 3, 4)は、その点の周りに(360)/(n)回転させると元の模様と重なる回転対称操作を意味する。
(d) 焦電群は自発的に電気分極を出現する。
(e) 圧電群に属さない点群は電気分極を生じない。
(f) 焦電群に属さない圧電群は、応力を加えている間だけ電気分極を生じる。
(g) ジャイロイドと呼ばれる三次元周期極小曲面。点群432と同じ対称性を有する。
点群には、対称心(注7)を持つ11種類と持たない21種類があり、後者は圧電群や焦電群に分かれます(図1a)。焦電群に属する結晶は、物質内部で電荷の分布が不均一になることで自発的に電気分極を生じ(図1d)、その中でも、外部電場により電気分極の向きを制御できる物質は強誘電体と呼ばれます。一方、圧電群に属さない物質は電気分極を示しません(図1e)。図1aを見ると、焦電群に含まれない圧電群が10種類存在することが分かります。これらの物質は、応力を加えることで初めて物質内部に電気分極が発生します(図1f)。このような圧電性を持つ物質は圧電体と呼ばれ、センサーやモーターなどさまざまな電子機器に応用されています。しかし、従来の圧電材料のほとんどは、圧電性と同時に焦電性も示すため、強い電場の下では、応力がなくても電気分極に影響が及んでしまいます。図1aに改めて注目すると、対称心を持たない点群の中で唯一、圧電群に属さない仲間はずれの点群432が存在することが確認できます。432に属する物質は、温度低下に伴い対称性が変化して圧電性を示す可能性がありますが、これまでその圧電特性を調べた研究はほとんどありませんでした。
図2:ジャイロイドMOFの結晶構造
(a) 点群432に属する高温構造。CoとSのネットワークに注目するとそれぞれ逆向きのジャイロイド構造を形成している。
(b) 硫酸イオン(SO42-)の周りに6つのジメチルアンモニウム(Me2NH2)が存在。高温では上向きと下向きのSO42-が等確率で存在する。
(c) 低温ではSO42-が秩序化し、電気双極子モーメント(p)が出現。
(d) ジャイロイドネットワーク上で電気双極子モーメントが三次元的な螺旋構造を形成。
本研究では、立方晶(注8)点群432に属するジャイロイド構造を持つMOFに着目しました。ジャイロイドは三次元空間において三方向に周期的なネットワーク構造を持ち(図1g)、MOF、ポリマー、昆虫のナノ構造などの多様な化学・生物系に現れます。本研究チームが調べたジャイロイドMOFの構造では、コバルト(Co)と硫黄(S)が互いに逆向きのジャイロイドネットワークを形成しています(図2a)。Coに着目すると、物理学者たちが長年探求してきた「キタエフ量子スピン液体」と呼ばれる魅力的な現象の研究にも適しています(※)。一方、本研究ではSが形成するひずんだ四面体型の硫酸イオン(SO42-)に注目しました。室温では、SO42-は6つのジメチルアンモニウム(Me2NH2)分子に囲まれており(図2b)、二種類の逆向きの分子が等確率で存在するため、電気双極子モーメント(p)は打ち消され、全体として存在しません。このような無秩序な分子は、温度低下に伴い規則的に秩序化し、結晶の対称性が低下する可能性があります。
実際に、大型放射光施設SPring-8(注9)BL02B1で単結晶を用いたX線回折実験(注10)を行った結果、低温でSO42-分子が秩序化し(図2c)、立方晶格子を維持したまま点群432が23に変化することを世界で初めて観測しました。さらに、SO42-分子が持つ電気双極子モーメントが珍しい三次元的な螺旋構造を形成することも確認しました(図2d)。通常、温度低下による構造変化では結晶格子がひずむことが一般的ですが、本研究で注目したMOFでは格子のひずみを最小限に抑えながら秩序化が起こりました。この構造変化は、繰り返し動作時の耐久性向上に寄与すると考えられます。さらに、電気分極測定を行った結果、非圧電群432から焦電群ではない圧電群23への変化に対応する圧電応答の観測に成功しました。本研究で発見した対称性の変化は、応力と電場によって制御可能な耐久性の高い双安定性メモリデバイスの開発につながると期待されます。
〇関連情報:
※プレスリリース「MOFのハイパーオクタゴン格子でゆらぐスピン ―量子計算の舞台となる物質の開発を次の次元へ―」(2024/4/11)
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=22448
発表者・研究者等情報
◆発表者
東京大学
大学院新領域創成科学研究科
鬼頭 俊介 助教
徳永 祐介 准教授
有馬 孝尚 教授
物性研究所
石川 孟 助教
◆共同研究グループ
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 |
鬼頭 俊介 助教 |
東京大学 物性研究所 |
石川 孟 助教 |
名古屋大学 | 澤 博 教授 |
高輝度光科学研究センター | 中村 唯我 研究員 |
名古屋工業大学 | 宮本 辰也 准教授 |
論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
題 名:Piezoelectric Transition in a Nonpyroelectric Gyroidal Metal-Organic Framework
著者名:Shunsuke Kitou*, Hajime Ishikawa*, Yusuke Tokunaga, Masato Ueno, Hiroshi Sawa, Yuiga Nakamura, Yuto Kinoshita, Tatsuya Miyamoto, Hiroshi Okamoto, Koichi Kindo, and Taka-hisa Arima
DOI: doi.org/10.1021/jacs.5c00886
URL: https://doi.org/10.1021/jacs.5c00886
研究助成
本研究は、科研費「課題番号:21H04988、22K14010、23H01120、24H01644、24H01650」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)ジャイロイド
ジャイロイドは三次元空間において三方向に周期性を有する極小曲面の一種である。表面は連続的かつ複雑なネットワーク構造を形成しており、その幾何学的特性から材料設計分野で注目されている。自然界では、細胞内の膜構造や蝶の羽の表面構造などに見られることがある。
(注2)金属有機構造体(MOF)
金属イオンが有機分子によって結合されたネットワーク構造を持つ物質。ガス吸蔵や触媒としての応用が注目されている。
(注3)圧電転移
結晶構造が外部の温度や圧力によって変化し、圧電特性が大きく変わる現象。
(注4)電気分極
物質内部で正と負の電荷の重心位置が一致せず、偏りが生じる現象。
(注5)電気双極子モーメント
正と負の電荷の大きさとそれらの間の距離の積によって定義される、電気分極の大きさを表すベクトル量。今回の場合、四面体型の硫酸イオン(SO42-)がひずみ、潰れた正三角錐状の構造をとることにより、SO42-イオンに電気双極子モーメントが存在すると見なすことができる。
(注6)点群
結晶や分子の構造がどの程度対称であるかを示す概念。すべての結晶は、回転操作や鏡映操作を行った際に元の構造と一致するかを調べることで、32種類の点群に分類することができる。
(注7)対称心
結晶内部に存在する特定の点であり、対称心が存在する構造では、対称心を中心に反転操作を行うと、必ず同一の対応点が存在する。
(注8)立方晶
結晶の周期性を考慮すると、基本骨格は三斜晶、単斜晶、直方晶、正方晶、三方晶、六方晶、立方晶の7種類に分類される。その中で、最も対称性が高い晶系が立方晶である。
(注9)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
(注10)X線回折実験
X線を用いて結晶構造を調べる実験手法の一つ。X線を試料に照射し、どの方向にどのような強さでX線が散乱されたかを測ることで、試料の中の原子の並び方や原子間の距離を決定する。