新物質を見つけるための地図を機械学習で開発して公開 ――3元素の反応可能性をまとめた「元素反応性マップ」80枚から、有望な元素の組3,000種類を提案――
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NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)
国立大学法人東京大学大学院新領域創成科学研究科
国立研究開発法人産業技術総合研究所
国立大学法人東北大学
国立大学法人京都工芸繊維大学
NIMSは、東京大学、産業技術総合研究所、東北大学、京都工芸繊維大学との共同研究により、新物質を見つけるための「元素反応性マップ」を開発・公開しました。実験室で利用可能な80元素について3種類以内の組み合わせ計85,320組の中から、機械学習を用いて、新物質の可能性がある3,000組以上の元素の組み合わせをしめす地図を提案しました。この研究成果は、2月21日にChemistry of Materials誌に掲載されました。
研究成果の概要
■従来の課題
無機物質は複数元素を反応させることで合成します。過去に合成されていない新物質の合成に成功し、その物質が特殊な物性や役立つ機能を持っていれば、新材料として実用化が期待できる「宝」となる可能性もあります。しかし結晶構造データベースにない組み合わせの中には、過去に試してただ反応しなかっただけのものも多く含まれており、合成の可能性をあらかじめ予想することが効率的な新物質探索のために求められていました。
■成果のポイント
今回、3種類以内の元素の組における物質の生成可能性を、既知物質の有無とともに表示した80×80のグリッド状の「元素反応性マップ」80枚を開発しました。このマップは、3万以上の無機化合物の結晶構造データの機械学習によって作成しています。インタラクティブなWebシステムとして公開しており、誰でもアクセスが可能です。
複雑な結晶や固溶体を含む、実験系の結晶構造データベースを使ってマップの予測結果を検証したところ、高い反応性スコア(0.95以上)の組み合わせは、低い反応性(0.05未満)の組に比べて17倍の確率で既存の化合物が見つかり、反応性スコアの妥当性が示されました。そして高い反応性スコアを示しながら、実験系データベースに未収録の元素の組も3,000組以上見つかり、これらは新物質の眠る「宝のありか」であると期待できます。実際にこのマップをつかって、磁気スキルミオンや熱電材料として注目されているB20構造合金であるCo(Al,Ge)など、ここから、数十種類の新物質の発見にも成功しました。
図. 元素反応性マップに基づく新物質探索実験によって発見した2種類の新物質
■将来展望
この元素反応性マップを参考に、さまざまな新物質が発見され、その中から役に立つ新材料が見つかると期待できます。また、この元素反応性マップからは、反応しにくい元素の組み合わせも読み取ることができるため、不活性であることが求められる容器や電極などの候補を探すのにも役立つと期待できます。
■その他
本研究は、NIMS マテリアル基盤研究センター 材料設計分野 材料モデリンググループの桂ゆかり主任研究員(筑波大学准教授および理化学研究所客員研究員を兼務)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の稲田祐樹(2024年3月に博士課程修了)、産業技術総合研究所の藤岡正弥主任研究員、東北大学金属材料研究所の森戸春彦准教授、京都工芸繊維大学材料化学系の菅原徹教授からなる研究チームによって、科学技術振興機構(JST)のCREST「新規結晶の大規模探索に基づく革新的機能材料の開発」(JPMJCR19J1)の一環として行われました。
本研究成果は、2025年2月21日に、Chemistry of Materials(オンライン版)に掲載され、3月25日に同誌37巻6号2097-2105ページに、本号の表紙となる形で掲載されました。
研究の背景
周期表の複数の元素をともに加熱するなどして反応させると化合物1が形成し、その多くは原子が規則正しく整列した何らかの結晶構造2をとります。実験室で取り扱える約80種類の元素から2つもしくは3つを選ぶと85,320通りの組み合わせが可能で、未試行の組み合わせも多数存在します。これらの中には未発見の新物質3や従来の機能材料4を超える新規材料5が眠っている可能性があります。
しかし、新物質発見を目指す研究では、以下のような課題がありました:
- 生成した物質が既知のものだった
- 試した元素の組み合わせが全く反応しない
こうした状況で、新物質が発見できる可能性が高い未報告の元素の組み合わせを機械学習で特定できれば、効率的な新物質探索が可能になります。
研究内容と成果
今回、NIMSマテリアル基盤センターの桂ゆかり主任研究員が率いる共同研究チームは「元素反応性マップ」を開発しました。このマップは80種類の元素について、第2元素と第3元素の組み合わせを格子状に配置し、既知化合物の有無と未知化合物の存在可能性を視覚的に表示したものです。マップはインターネット上で公開されており、各格子にマウスを乗せると詳細情報が表示されます。
URL: https://erm.starrydata.org/
図1に示す例では:
- 既知化合物が存在する元素の組み合わせを複数の結晶構造データベースから抽出し、赤系の色と記号で表示
- 化合物が存在しない元素の組み合わせは機械学習によって予測し、青の濃さで表現(濃い青ほど新物質発見の可能性が高い)
また、黄色く表示されている領域は物質の存在が報告されているものの、機械学習による予測値が低かった組み合わせを示しています。これらの多くは、実験データとしてのクオリティが低いとデータベース上で分類されている物質でした。
図1: 元素反応性マップ(https://erm.starrydata.org/)の一部。
Ge,Co,Alの3元系のマスにマウスを置いた状態。
この例では第1元素をゲルマニウム(Ge)としたマップの一部を示しており、横方向が第2元素、縦方向が第3元素となっています。青色が濃い領域の一つであるコバルト(Co)とアルミニウム(Al)の組み合わせでは、データベースに登録がなかったにもかかわらず、機械学習からは高い反応性スコア0.9866が予測され、実験により複数の新物質の合成に成功しました。
今後の展開
元素反応性マップの主な用途は新物質探索です。未報告かつ物質生成の可能性が高い元素の組み合わせを即座に特定できるため、効率的な実験計画が可能になります。本技術では物質の反応性のみを予測し詳細な結晶構造までは予測していませんが、予想外の構造から思いがけない物性を持つ物質が発見されることも少なくありません。このマップは「どんな宝が得られるか」を示すものではなく「宝がありそうな場所」を示す地図であり、新たな発見を望む研究者にとって価値あるツールとなるでしょう。
また、このマップは薄い水色の領域に着目することで反応しにくい元素組の予測にも活用でき、合成容器や電極材料の開発にも役立ちます。
さらに、このようなマップ型表示は元素反応性以外にも様々な物性の機械学習予測の可視化に応用可能です。2〜3元素の組み合わせに対して「特性が実用レベルに達するかどうか」などの二値的な教師データを用意できれば、未調査でも条件を満たす可能性の高い元素組を青色で示すことができます。教師データの質と量が向上すれば予測の信頼性も高まり、材料科学の幅広い分野で新物質探索の加速に貢献すると期待されます。
掲載論文
題目 Elemental Reactivity Maps for Materials Discovery
著者 Yuki Inada*, Masaya Fujioka*, Haruhiko Morito, Tohru Sugahara, Hisanori Yamane, Yukari Katsura*
雑誌 Chemistry of Materials
DOI 10.1021/acs.chemmater.4c02259
掲載日時 2025/2/21
用語解説
- 化合物:2種類以上の元素が化学結合によって結びつき形成される物質。元素単体とは異なる特性を持つ。
- 結晶構造:物質内で原子・分子が規則的に配列した3次元的な幾何学パターン。この規則的な配列が空間的に繰り返されることで結晶が形成される。多くの無機化合物は、この結晶構造の周期的繰り返しとして特徴づけられる。
- 新物質:本研究においては、元素の組み合わせと結晶構造の組み合わせが既存のデータベースに未収録であるものを新物質と定義する。
- 機能材料:特定の機能や性質(電気的、磁気的、光学的、触媒的性質など)を発現することを主目的として利用される物質。構造材料との対比で用いられる。
- 新規材料:既存の機能材料と比較して、構成元素または結晶構造のいずれか(あるいは両方)が異なる物質。これにより、従来の材料とは異なる特性や優れた機能の発現が期待される。