記者発表

厚さわずか数分子、2次元有機単結晶ナノシートの大面積成膜に成功 ―印刷できる高速有機集積回路基板―

投稿日:2018/02/03
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発表者

竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授
      /マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務
      /産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベー
      ションラボラトリ 客員研究員 兼務
      /物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 (WPI-MANA)
      超分子グループ 主席招聘研究員)
岡本 敏宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授
      /JSTさきがけ研究員 兼任
      /産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベー
      ションラボラトリ 客員研究員 兼務)
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任准教授
      /JSTさきがけ研究員 兼任
      /産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベー
      ションラボラトリ 客員研究員 兼務)
山村 祥史(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程1年)

発表のポイント

◆有機半導体は、簡便な印刷プロセスにより低コストで製造でき、次世代電子材料として注目されているが、シリコンなどの無機半導体と比べて、
 良質な単結晶の大面積作製が困難であり、かつ非常に大きな接触抵抗を持つため、高速な動作が難しいという問題があった。
◆有機半導体インクを用いた簡便な印刷技術によって、わずか数分子層の厚みからなる大面積2次元有機単結晶ナノシートを製膜するプロセスを開発し、
 同ナノシートを用いた有機電界効果トランジスタ(注1)において、世界最高レベルの応答周波数を達成。高移動度と低接触抵抗を両立できる高性能の
 有機半導体を実現した。
◆有機半導体による高速演算可能な大規模集積回路応用の可能性を拓くものであり、IoT社会を担う低コストのフィルムデバイスを実現する基盤技術となる
 ことが期待される。

発表概要

 東京大学大学院新領域創成科学研究科(産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務 および 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 超分子グループ 主席招聘研究員)の竹谷純一教授らは、有機半導体インクを用いた簡便な印刷手法によって、分子スケールで膜厚が制御された厚さ15nm以下の2次元有機単結晶ナノシートを10cm角以上の大面積にわたって作製することに成功しました。近年の材料開発の進歩によって実用化の指標となる10 cm2/Vsを超える高い電荷移動度(注2)を示す有機電界効果トランジスタの報告が次第に増えており、無線タグなどの高速応答が求められる論理素子への応用が期待されています。しかしながら、有機半導体はシリコンなどの無機半導体に比べ非常に大きな接触抵抗(注3)を持つため、短チャネルのトランジスタの電荷移動度は単結晶本来の値よりも大幅に低下し、応答速度が制限されてしまうという問題がありました。今回、本研究グループで開発されたわずか数分子層の厚みからなる2次元有機単結晶ナノシートは、電極から電荷輸送層へのスムーズな電荷注入が可能になったため、13 cm2/Vsの高い電荷移動度に加え、有機電界効果トランジスタとしては最小の47 Ωcmの接触抵抗を示すことがわかりました。また、短チャネルのデバイスにおいて世界最高レベルの20 MHzの遮断周波数(注4)を実現し、さらには無線タグの商用周波数の13.56 MHzを大きく上回る29 MHzで応答可能な整流素子を作製することに成功しました。 本研究成果は、米国科学雑誌「Science Advances」平成30年2月2日版に掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究事業(さきがけ)研究領域「分子技術と新機能創出」(研究総括:加藤 隆史)研究課題「革新的有機半導体分子システムの創出」(研究者:岡本 敏宏 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)の一環として行われました。

発表内容

[背景]
 有機半導体は機械的な柔軟性に優れ、簡便な印刷プロセスによって低コストで製膜できるという特長から、IoT(Internet of Things)社会を担う次世代電子材料として注目されています。
 近年、材料開発が急速に進歩し、10 cm2/Vsを超える高移動度の有機電界効果トランジスタの報告が次第に増加してきたことに伴って、無線タグの論理回路など高速動作が求められるデバイスへの応用が期待されるようになってきました。一方で、有機半導体はシリコンなどの無機半導体と比べて非常に大きな接触抵抗を持つため、短チャネルでは接触抵抗の影響によって電荷移動度が大幅に低下してしまうという問題がありました。
有機半導体が大きな接触抵抗を示す要因として、半導体の膜厚に由来するアクセス抵抗(注5)の存在が挙げられます。本研究ではアクセス抵抗を最小化するためのアプローチとして、有機半導体インクを用いた印刷プロセスによって有機半導体の膜厚を分子層スケールで制御し、わずか数分子層の厚みからなる2次元有機単結晶ナノシートの開発に取り組みました。

[手法と成果]
(1) 簡便な印刷プロセスを用いた大面積2次元有機単結晶ナノシートの製膜
 本研究グループで合成した新規有機半導体材料のC8?DNBDT?NWを有機溶媒に溶かしたインクを用いて、簡便な印刷手法によって分子層数が制御された2次元有機単結晶ナノシートを大面積にわたって製膜することに成功しました。従来は層数制御された有機半導体結晶を得るために、グラフェンや窒化ホウ素などの層状物質を用いた特殊な基板や、量産プロセスに組み込むことが困難な塗布技術を用いる必要がありました。これに対して本研究では、溶液塗布によって大面積にわたって単結晶を製膜する独自の手法(図1)を用いて、数分子層に相当する15 nm以下の膜厚のC8?DNBDT?NW単結晶薄膜を作製しました。溶媒の蒸発によって有機半導体分子が析出する速度や基板の移動速度を精緻にコントロールすることで、分子層数が制御された2次元有機単結晶膜を得ることができます。また、本手法は有機半導体を溶かしたインクを一軸方向に乾燥させるというシンプルなメカニズムを利用しており、あらゆる基板に適用可能であり、スケールアップも容易であるため、将来印刷手法を用いた低コストのデバイスを実現する上で基盤技術となることが期待されます。

(2) 2分子層有機単結晶トランジスタにおける高移動度と低接触抵抗の両立
2次元有機単結晶ナノシートは、電極からチャネルとなる半導体/絶縁層界面にダイレクトに電荷注入することが原理的に可能であるため、有機電界効果トランジスタの応答速度を低下させる要因となっている接触抵抗の低減が期待されます。しかしながら、数分子層からなる有機半導体単結晶薄膜を用いた電界効果トランジスタにおける電荷移動度や接触抵抗に関しては、これまで十分な調査がなされていませんでした。今回、分子層数の異なる有機単結晶ナノシートを活性層として用いた電界効果トランジスタの電荷移動度および接触抵抗を評価したところ、2分子層有機単結晶トランジスタにおいて13 cm2/Vsの高い移動度と、有機半導体としては世界最小レベルの47 Ωcmの接触抵抗が実現されていることがわかりました(図2)。高移動度と低接触抵抗を両立した2分子層有機単結晶は、トランジスタの高速化に極めて有望な材料であるといえます。

(3) 2分子層有機単結晶トランジスタにおける高速応答の実現
 高移動度と低接触抵抗を両立可能な2分子層有機単結晶ナノシートを用いた電界効果トランジスタにおいて、有機半導体としては世界最高クラスの20 MHzの遮断周波数を実現しました(図3左)。また、同デバイスのゲート・ドレイン電極をつなげたダイオードは、最大で29 MHzの交流信号を直流電圧に変換できる整流素子として動作することを確認しました(図3右)。これは物流管理などに広く用いられているRFIDタグの通信周波数である13.56 MHzより2倍以上大きな値であることから、今回作製したデバイスは、無線タグの給電に十分応用可能なレベルに達しているといえます。

[今後の展望]
 今回開発した大面積2次元有機単結晶ナノシートは単結晶本来の高い電荷移動度を損なうことなく、有機電界効果トランジスタ高速化のボトルネックとなっている接触抵抗を大幅に低減できるため、これまでは有機半導体の応用が困難と考えられていた高速演算処理が必要な論理素子などへの応用が期待されます。また、簡便な印刷プロセスで量産することができることから、今後のIoT社会を担う物流管理に用いられる低コストの無線タグや、生体信号をモニターするヘルスケアデバイスなどへの幅広い展開が考えられます。さらに、電荷伝導層が表面に露出しており外部刺激に対して敏感に応答すると予想されるため、ガスや生体細胞の吸着を高感度で検知するセンサーへ適用することも期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Science Advances」(2月2日付オンライン版)
論文タイトル: Wafer-scale, layer-controlled organic single crystals for high-speed circuit operation
著者:Akifumi Yamamura, Shun Watanabe, Mayumi Uno, Masato Mitani, Chikahiko Mitsui, Junto Tsurumi, Nobuaki Isahaya, Yusuke Kanaoka, Toshihiro Okamoto and Jun Takeya

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
教授 竹谷 純一(たけや じゅんいち)
TEL:04-7136-3790 / E-MAIL:takeyak.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
准教授 岡本 敏宏(おかもと としひろ)
TEL:04-7136-3765 / E-MAIL:tokamotok.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
特任准教授 渡邉 峻一郎(わたなべ しゅんいちろう)
TEL:04-7136-3788 / E-MAIL:swatanabeedu.k.u-tokyo.ac.jp

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
中村 幹(なかむら つよし)
TEL:03-3512-3525 / E-MAIL:prestojst.go.jp

<報道に関すること>
東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室
TEL:04-7136-5578 / E-MAIL:infok.u-tokyo.ac.jp

産業技術総合研究所 報道室
TEL: 029-862-6216 / E-MAIL: hodo-mlaist.go.jp

物質・材料研究機構 広報室
TEL: 029-859-2026 / E-MAIL: pressreleaseml.nims.go.jp

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 / E-MAIL:jstkohojst.go.jp

用語解説

(注1)有機電界効果トランジスタ:有機半導体を活性層として用いたトランジスタ。電圧をかけると電極から注入された電荷が有機半導体層と絶縁層の界面に蓄積され、電流が流れるようになる。トランジスタはデジタル演算素子や信号増幅回路における最も基本的な素子の一つである。

(注2)電荷移動度:半導体中の電荷キャリアの動きやすさを表しており、トランジスタのスイッチング性能を示す指標となる。一般に電荷移動度が高いトランジスタほど高速動作が可能となる。

(注3)接触抵抗: 電極から半導体に電荷が注入され、チャネルに至るまでの抵抗。チャネル抵抗と接触抵抗の和がトランジスタの抵抗となる。チャネル長を短くするとチャネル抵抗はそれに比例して小さくなるが、接触抵抗は不変であるため、短チャネルでは接触抵抗の影響が無視できなくなり電荷移動度の低下を招く。

(注4)遮断周波数:トランジスタはスイッチング素子としてだけでなく、増幅器としての機能も持っている。ゲート電極に入力する交流電圧の周波数を増加させたときに、増幅特性を示す上限の周波数。

(注5)アクセス抵抗:接触抵抗の要因は、電極と有機半導体の異種接合界面のキャリア注入障壁に起因する抵抗と、半導体に注入された電荷がチャネルに至るまでのアクセス抵抗に大きく分けられる。高移動度有機電界効果トランジスタで頻繁に用いられるトップコンタクト・ボトムゲート構造では、ソース・ドレイン電極と接触している界面とは逆側にチャネルが形成されるため、半導体の膜厚に由来するアクセス抵抗が生じる。

添付資料