1.NIMSは東京大学、広島大学と共同で、太陽光発電と蓄電池を組み合わせた水素製造システムの技術経済性評価を実施し、国際的に価格競争力を持った安価な水素製造に必要な技術レベルを明らかにしました。本成果は、再生可能エネルギーの主力電源化に向けた技術開発の重要な指針となります。
2.2014年9月の再生可能エネルギーの新規申し込み保留問題や、2018年10月に九州電力管内で実施された太陽光発電の出力制御など、再生可能エネルギーの不安定な出力や低い年間稼働率が課題となっています。その対策として、再生可能エネルギーの電力から水素を製造し、貯蔵・利用する「P2G(Power to Gas)システム」や、余剰電力を蓄電池にためるシステムが検討されてきました。しかし、そのほとんどはコスト高につながると結論され、国内の再生可能エネルギーをさらに活用し、将来の主力電源化を目指すための技術開発の方向性が不透明でした。
3.今回、研究チームは、太陽光発電の発電量に応じて、蓄電池の充放電量や水電解装置での水素の製造量を調整する統合システム(下図)を設計し、その技術経済性を評価しました。将来的な技術向上を織り込み、蓄電池や水電解装置の容量など網羅的に検討することで、安価な水素製造に必要な技術レベルを明らかにしました。例えば、2030年ごろには十分実用化可能と考えられる、放電特性は遅いが安価な蓄電池を開発することで、1m3あたり17~27円という、国際的にも価格競争力の高い水素製造が国内においても実現できる可能性を示すことができました。
4.今後、提案するシステムに求められる要素技術のレベルを、研究開発の目標値としてフィードバックするとともに、大規模な出力制御を受けたり電力網に接続できなかったりしても成立する太陽光発電システムの可能性を検討するなど、社会実装に向けた取り組みを加速したいと考えています。
5.本研究は、NIMSエネルギー・環境材料研究拠点 古山通久ユニット長、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構 菊池康紀准教授(研究の大部の推進時NIMSエネルギー・環境材料研究拠点)、東京大学先端科学技術研究センター 杉山正和教授、広島大学大学院工学研究科 市川貴之教授からなる研究チームによって行われました。また本研究は、文部科学省の統合型材料開発プロジェクト(拠点長:NIMS 魚崎浩平)の一環として行われました。
6.本研究成果は、International Journal of Hydrogen Energy誌にて英国時間2018年12月13日に掲載されます。
2012年7月より施行された再生可能エネルギー固定価格買取制度により、国内における再生可能エネルギー、特に太陽光発電の導入が大きく加速されました。2014年9月には九州電力が、続く10月には北海道電力、東北電力、四国電力、沖縄電力の各社も再生可能エネルギーの接続保留を公表し、大きな話題となりました。それから4年が過ぎた2018年10月、離島を除いて初めての太陽光発電の出力制御が九州電力管内にて実施され、11月からは風力発電も出力制御の対象となりました。日本はこれまで再生可能エネルギーの普及を目指してきましたが、設備が普及しても発電の一部を活かせないことになります。この先、出力制御の頻度がますます増加し、また他の地域でも実施されるようになることが予想され、既存および新規の再生可能エネルギー発電事業者の事業計画に大きく影響するであろうことから、再生可能エネルギーの導入の大きな減速要因となると考えられています。また、新規の太陽光発電を電力網へ接続できなくなっている地域も顕在化してきています。
安定して電力を供給するためには、発電量が大きく電力需要の少ない時期に出力制御を実施することは現在の技術レベルではやむを得ないと理解することができます。しかし、再生可能エネルギーをさらに導入し、将来の主力電源化を進めるためには、現状を打破する必要があることは自明です。電力会社に買い取ってもらえない余剰電力の活用方法としては、蓄電池にためたり、水素の製造に使用したりすることがよく提案されます。しかし、たとえ余剰の電力をタダで利用できたとしても、蓄電池や水素製造装置を設置するための費用は必要となり、運用益でそれらの設備投資費用を回収することが求められます。余剰電力は年間の総時間数に対して限定的な時間帯しか発生せず、そのため蓄電池や水素製造装置の年間稼働時間は限定的となり、設備投資をして余剰電力を活用するよりもそのまま廃棄する方が経済的であると結論付けられることが常でした。
このような現状において、将来の再生可能エネルギーの主力電源化に向けた姿と進む方向性を示すことが急務であり、今回、技術の統合システム化の観点から研究に取り組みました。
今回、物質・材料研究機構、東京大学、広島大学の共同研究により、太陽光発電、蓄電池、水電解を最適にシステム化することで国内の再生可能エネルギーからの安価な水素製造の可能性を示しました。再生可能エネルギーの出力変動の対策として、再生可能エネルギーの電力から水素を製造し、貯蔵・利用する「P2G(Power to Gas)システム」が検討されています。これまでにも蓄電池の援用自体は多くの提案や報告がなされてきましたが、コスト高になると結論づけられていました。本研究チームは、現在の常識や技術レベルを踏まえつつも、それらに縛られない将来におけるあるべき姿や今後の性能・特性の向上を織り込んだ技術レベルを想定し、システムの最適解を網羅的に探索することにより、蓄電池を援用することでシステムの経済性を向上させることができることを明らかにしました。得られた結果から、例えば海外からの水素製造に比肩する水素製造コストを実現するためのそれぞれの技術のコストレベルや蓄電池の充放電速度など、システムを構成する要素技術に求められる特性レベル、すなわち要素技術の研究開発の目標値を明らかにすることもできました。
本研究チームが検討した蓄電池を援用することの効果は図1に模式的に示されます。蓄電池がない時には、水電解装置の容量は太陽光発電の容量に合わせた大きさとなり、夜間や日照がよくないときには装置の稼働を停止したり、部分的な負荷で運用したりすることとなります。太陽光発電の年間稼働率はおよそ12%であるため、水電解装置の年間の稼働率もおよそ12%となります。一方、十分な容量の蓄電池が導入された時、太陽光発電からの電気を昼間にため、夜間に放出することで一日の電力を平準化することができます。蓄電池を適切に援用した時、昼夜を問わず一定の出力を得ることができます。この時、水電解装置の容量は平準化された出力に合わせた大きさとなり、太陽光発電の容量よりずっと小さくなります。加えて、常に一定の出力で稼働させることができるため、稼働率は100%となります。水電解の容量を小さくすることにより削減できる設備コストと稼働率を高めることにより得られる便益が蓄電池を設置するための設備投資を上回る時、太陽光発電、蓄電池、水電解の統合システムが成立することとなります。
これまで、現在市場に存在する技術の組み合わせやそれらの改良を想定した検討がなされてきており、現状の技術レベルで成立するシステムを見出すことは困難でした。各技術の組み合わせ方は無数に存在し、かつ単純に増減するのではない非線形な解を探索する問題を解く必要があるため、これまでは技術のコストや性能などを固定した最適化がなされているのみであり、真の最適化ができているとは言えませんでした。本研究チームは、太陽光、蓄電池、水素に関連するそれぞれの技術分野の専門知識を有する研究者とシステム工学を専門とする研究者から構成されており、それぞれの技術分野の将来の進展を踏まえつつ理想的な姿を議論するところから研究に着手しました。膨大な最適化空間を網羅的に探索するため、単純な関数を仮定した極値探索法を用い、誤差0.1%で最適近似解を求めることで、無数に存在する各技術の組み合わせ方に関する解析が可能となり、最適なシステム化の姿を示すことができました。
図1 蓄電池の援用効果の模式図。日照により変動する太陽光発電の出力を蓄電池により平準化することで、水電解装置の設備容量を抑えるとともに稼働率を高めることができる。
固定価格買取制度のもとで推進されてきた再生可能エネルギーの普及拡大は、電力網の安定化のための出力制御などによる事業性の低下によって、先行きの不透明性がますます増していくと考えられます。今回の成果は、これからの国内の再生可能エネルギーの利用拡大に向けた重要な方向性の一つを示すものであり、再生可能エネルギーの主力電源化に向けた重要な選択肢を示すものです。
今後、電力網に接続できなかったり大規模な出力制御により事業性が低くなったりしている太陽光発電などを具体的対象として、今回提案した統合システムのプロトタイプとしての成立可能性を検討することで、再生可能エネルギーの主力電源化に向けた第一歩となる社会実装に向けた取り組みを加速していきたいと考えています。同時に、定置用の蓄電技術として将来に求められる特性レベルや、国内の再生可能エネルギーからの水素製造を経済的に成立させるために求められる太陽光発電および水電解装置のコスト目標などを精査し、研究開発目標としてフィードバックしていきたいと考えています。
題目:Battery-assisted low-cost hydrogen production from solar energy: Rational target setting for future technology systems
著者:Yasunori Kikuchi, Takayuki Ichikawa, Masakazu Sugiyama, Michihisa Koyama
雑誌:International Journal of Hydrogen Energy
掲載日時: 2018年12月13日
注1) グラフェン
炭素原子のみからなるシート状物質。高い導電性を示し、光学、磁気材料としても期待されている。炭素同素体であるグラファイトはグラフェンが層状に重なった物質である。英マンチェスター大の二博士がグラファイトの表面からテープで引き剥がすことでグラフェンを得る方法を見いだし「二次元物質グラフェンに関する革新的実験」として2010年にノーベル物理学賞が授与された。
注2) 自己組織化
自然に集まって、高度な形態や構造を作り出すこと。自律的に秩序を持つ構造を作り出す現象を指す。雪の結晶成長や、DNAを設計図として機能を持った組織を作り出す現象なども自己組織化によるものである。
注3) カーボンナノリング
カーボンナノチューブの部分構造で、ベンゼン環が輪状につながったシクロパラフェニレンなどがある。2017年、ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトの伊丹 健一郎 研究総括によって、ベンゼン環同士が互いに辺を共有した筒状の炭素分子であるカーボンナノベルトの合成が報告され、構造が制御されたカーボンナノチューブの合成が期待されている。
夢の筒状炭素分子「カーボンナノベルト」の合成に成功 ~単一構造のカーボンナノチューブの実現に道を拓く~ https://www.jst.go.jp/pr/announce/20170414/index.html 注4) メソポーラス
直径が2ナノメートルから50ナノメートルの細孔を指す。多孔性の材料であれば比表面積が大きくなり、触媒、分離材料、電子材料としての機能が期待されることから、研究や開発が盛んに行われている。
注5) X線光電子分光法(XPS)
サンプル表面にX線を照射し、生じる光電子のエネルギーを測定することで、サンプルが構成する元素の定性・定量分析、さらには化学結合状態を分析できる手法。非接触・非破壊で測定するため、美術品に含まれる顔料の特定などにも使用されている。