植村 卓史(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)
Benjamin Le Ouay(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 特任助教)
北尾 岳史(東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻 助教)
末端だけが異なる高分子の精密分離に成功 ―医療、電池ほか幅広い材料開発への応用に期待―
- 記者発表
発表のポイント
◆高分子化合物の分離において、高分子全体における末端基の影響は極めて小さいことから、末端基のみが異なる混合物の分離は非常に困難であった。
◆分子レベルの細孔を有する多孔性金属錯体(MOF)(注1)を用いることで、その細孔内に末端基の異なる高分子化合物を取り込む挙動の違いを利用し、高分子混合物を高純度に分離できる手法を開発した。
◆様々な機能性分子材料を高純度で安価に提供することが可能になることから、化学・高分子産業や医療材料開発への大きな波及が期待される。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の植村教授らは、名古屋大学、滋賀大学の研究グループと協力し、分子でつくったナノサイズの空間を利用することで、高分子化合物のほんのわずかな構造の違いを識別し、高効率で分離できる手法を開発しました。
多数のモノマー(注2)がつながった高分子化合物では、全体における末端基の影響は極めて小さいことから、末端基だけが異なる高分子の違いを識別し、その混合物を分離することは非常に困難でした。植村教授らの研究グループは、分子レベルの細孔を有する多孔性金属錯体(MOF)を用いると、その細孔内に高分子を取り込む挙動が末端基の違いにより異なることを発見し、構造の違いがほとんどない高分子混合物でさえ、高純度に分離できる手法を開発しました。
本手法は、プラスチックをはじめとした多くの高分子材料、油脂、機能性巨大分子などの分離に適用できます。様々な機能性分子を高純度で安価に提供できるようになることから、化学・高分子産業や医療材料開発への幅広い応用が期待されます。
本研究成果は、2018年9月7日(英国時間)に国際科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。
本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「超空間制御に基づく高度な特性を有する革新的機能素材等の創製」研究領域(研究総括:瀬戸山亨)における研究課題「テーラーメイドナノ空間設計による高機能高分子材料の創製」(研究代表者:植村卓史)によって行われました。
発表内容
�@ 研究背景
多数のモノマーが鎖状で繰り返し連なった高分子は、繊維や樹脂として自動車、医療など幅広い分野で用いられ、私たちの生活に欠かせない材料となっています。しかし、日常的に使用されている高分子材料はその鎖の長さ(分子量)や周期構造(シークエンスや立体規則性)などの制御があまりできておらず、様々な高分子の鎖が混じった混合物となっています。そのため、望みの高分子を分離精製することが必要になっています。しかし、末端構造のみ異なる高分子の分離は、高分子の鎖長が長くなればなるほど、末端の影響が薄れていくため、既存の技術では非常に困難でした。高分子材料のさらなる物性改善や新しい機能開発のために、末端基の改変・修飾をすることはますます重要になってきており、信頼性の高い高分子分離技術の開発が長年望まれてきました。
代表的な高分子材料の一つであるポリエチレングリコール(PEG)(注3)は水への溶解性が高く、毒性や変異原性がないことから、様々なタンパク質や糖鎖に結合させたり、体内で薬を運ぶ(ドラッグデリバリー)媒体に用いたりと、バイオ分野で多く応用されています。また、固体状態で非常に高いリチウムイオン伝導性を示すことから、全固体二次電池にも活発に利用されています。これらの応用には、PEGの末端基(OH基)を様々な官能基で修飾した修飾PEG試薬が必要になりますが、修飾反応の煩雑さや分離技術が未発達であることから、高純度の修飾PEGの価格は1gで数十万円以上するものも多く、90%程度の純度で市販されている場合もあります。今後、医療や電池など新技術を支える材料として、末端修飾PEGを識別・分離する技術の開発が特に課題となっていました。
�A 研究内容
本研究では、金属イオンとそれをつなぐ有機物からなり、規則的なナノサイズの空間を有する多孔性金属錯体(MOF)に着目しました。MOFは以前からガスや低分子化合物の吸着・分離に用いられており、今回はその有効性を高分子材料にも広げる目的で研究を行いました。
実験では、細孔のサイズが直径0.57 nmのMOFを吸着剤として、液体状態にしたPEGが細孔内に導入されるかどうかを調べました。その結果、未修飾(末端基はOH)のPEGは細孔内に効率よく取り込まれるのに対し、末端をトリチル基(サイズ = 0.72 nm)で修飾したPEGは全く吸着されないことが分かってきました。興味深いことに、モノマーの繰り返しが数百個以上もある巨大なPEGを用いても同じ結果が得られ、修飾・未修飾PEGの混合物から欲しいPEGを99%以上の純度で分離できることも実験的に明らかにしました。
そこで、名古屋大の長岡正隆教授、滋賀大の高柳昌芳助教と協力して、分子動力学法(注4)によるシミュレーションを行うと、二つのPEGの吸着挙動の違いが再現されました。このことから、高分子中のわずか数百分の1の違いであっても、MOFによるPEGの精密分離が可能であることが示されました。
今回の研究では、末端基の構造がよく似ている系(ヒドロキシ基、メトキシ基、エトキシ基、ブトキシ基)でも、MOFを用いるとその違いを確実に識別できることが分かりました。動的で柔軟な細孔を有するMOFを利用することで、従来はあり得なかった高性能分離も可能にしました。これらの結果から、MOFの空間を合目的に設計すれば、様々な末端官能基化PEGを高効率に分離、提供できることが示されました。
�B 社会的意義・今後の予定
本研究により、目的に合わせてMOFを設計し細孔のサイズを制御すれば、末端修飾PEGを高純度に分離できることが分かりました。学術的のみならず産業的にも波及効果が非常に大きい成果と言えます。今後、MOFをカラムに充填したクロマトグラフィー(注5)による分離システムを検討し、産業界への応用も視野に入れた研究を展開します。
また、本手法はPEGの分離のみにとどまらず、多くの高分子材料(ポリシロキサン、ポリエステル、ポリアミド)や油脂(脂肪酸、ワックス)、機能性巨大分子への展開が可能です。これら機能性化合物の精密分離に向けた共同研究を様々な企業と行うことで、多彩な有用物質が高純度で安価に提供可能になることから、医療材料ほか化学・高分子材料開発への幅広い応用が期待できます。
発表雑誌
著者: Benjamin Le Ouay, Chikara Watanabe, Shuto Mochizuki, Masayoshi Takayanagi, Masataka Nagaoka, Takashi Kitao, Takashi Uemura*
DOI番号:10.1038/s41467-018-06099-z
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
教授 植村 卓史(うえむら たかし)
TEL:04-7136-3786
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TEL:04-7136-5578 / E-MAIL: sato.yumiko@mail.u-tokyo.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 / E-MAIL: jstkoho@jst.go.jp
用語解説
(注1)多孔性金属錯体(MOF):金属イオンと有機化合物とが結合することで構成され、無数の規則的な細孔を骨格中に有する物質群。吸着材や触媒などへの応用が幅広く検討されている。
(注2)モノマー:高分子の構成単位に相当する分子。モノマーが多数結合することで高分子になる。
(注3)ポリエチレングリコール(PEG):酸化エチレンが繰り返しつながった高分子化合物。体に無害で水によく溶ける性質を持つことから、様々なヘルスケア製品にも配合されている。
(注4)分子動力学法:原子や分子の運動をコンピューターによりシミュレーションする手法のひとつ。
(注5)クロマトグラフィー:化合物を精製する手法のひとつ。筒状容器に充填剤を詰め、混合物の溶液を流すことで、充填剤との親和性や分子の大きさの違いを利用して分離する。
添付資料
図 末端だけが異なる高分子の精密分離手法