記者発表

アスタキサンチンの日焼け止め ~ハイパースペクトルカメラと電顕で見えてきたヘマトコッカス藻の強光回避戦略?

投稿日:2018/04/05
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発表者

大田 修平(研究当時:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻
      特任助教/現:国立研究開発法人 国立環境研究所)
森田  彩(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 修士課程2年)
大貫 慎輔(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 特任研究員)
平田 愛子(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 バイオイメージングセンター)
大矢 禎一(東京大学大学院 新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 教授)
河野 重行(研究当時:東京大学大学院 新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 教授
     /現:東京大学フューチャーセンター推進機構 特任研究員)
関田 諭子(高知大学大学院 黒潮圏総合科学専攻 准教授)
奥田 一雄(高知大学大学院 黒潮圏総合科学専攻 教授)

発表のポイント

◆化粧品や健康食品に広く使われるアスタキサンチン(注1)の生産でよく知られるヘマトコッカス藻は、強い光に当たると5~10分という短い時間で、アスタキサンチンを細胞膜の直下に集めて日焼け止めのシェード(日よけ)にして、強い光から葉緑体と細胞を守ることを明らかにしました。
◆ヘマトコッカス藻がもっているカロテノイド(天然色素、注2)のなかで、細胞膜の直下に移動してシェードになるのはアスタキサンチンだけであることを、画像を分光できるハイパースペクトルカメラを使って初めて明らかにしました。
◆今後は、光に反応する油滴の制御メカニズムや強光を避けて暮らす藻類の生きざま(強光回避戦略)を明らかにすることが期待されます。

発表概要

 ヘマトコッカス藻はアスタキサンチンを産生することで有名な淡水産の単細胞微細藻類です。アスタキサンチンは養殖魚などの「色揚げ」に使われているほか、強い抗酸化活性をもつことから化粧品、健康食品産業でも注目されています。
東京大学大学院新領域創成科学研究科の河野重行教授と大矢禎一教授らの研究グループは高知大学の奥田一雄教授と関田諭子准教授と共同で、光学顕微鏡と ハイパースペクトルカメラ(注3)を使って、カロテノイドやクロロフィル(葉緑素)の分布を可視化することに成功しました。ヘマトコッカス藻を強光に曝露すると、カロテノイドのうちアスタキサンチンだけが5?10分という短い時間で細胞中心部から細胞膜直下に移動し、葉緑体を日焼けから守るシェードのようにアスタキサンチンが覆い、ヘマトコッカス藻の全体が赤い細胞になることを発見しました(図1上)。また、全体が赤くなった細胞を弱光下に置くとアスタキサンチンは細胞の中心部にゆっくりと戻っていきます(図1下)。
 カロテノイドのなかで、細胞膜の直下に移動して日焼け止めのシェードになるのがアスタキサンチンだけであることは、画像を分光できるハイパースペクトルカメラを使って明らかにしました。アスタキサンチンは水には溶けないので、アスタキサンチンが細胞膜の直下に移動するということは油滴が細胞膜の直下で葉緑体全体を覆うことを示しています。細胞を押しつぶして葉緑体を外に飛び出させて観察すると、アスタキサンチンが溶け込むことで赤くなった大小の油滴が葉緑体を取り囲んでいることがわかりました。葉緑体内部にはアスタキサンチンを含む赤い油滴が流れる隙間がたくさんあり「火星の運河」のように見えることもわかりました(図2)。
 細胞を急速に凍らせて割って中身を見るフリーズフラクチャー法(注4)で電子顕微鏡(電顕)観察すると、アスタキサンチンが溶け込んだ油滴が葉緑体の間を通って細胞膜の直下に集まることが確かめられました(図3)。

発表内容

 植物や藻類は光と二酸化炭素を利用して光合成を行います。光は光合成に不可欠な要素ですが、強い光は過剰な活性酸素を発生させ細胞にダメージを与えます。このため植物は強光に対する適応戦略を発達させており、一般に陸上植物では葉緑体定位運動(注5)による強光回避現象が知られています。また鞭毛で遊泳する単細胞藻類は、強い光から逃避する負の光走性を示すグループが知られています。今回の研究対象であるヘマトコッカス藻は、生活環のほとんどを自力で動くことができない球状細胞として生息しています。ヘマトコッカス藻は陸上植物のように細胞内で葉緑体が自由に動き回るスペースがなく、葉緑体定位運動による強光回避もできません。このような藻類はどのように強い光から身を守るのでしょうか。
 本研究では、強光曝露したヘマトコッカス細胞を生細胞タイムラプスイメージング(注6)により観察しました。観察の結果、強光曝露した細胞内で赤色素が5?10分という短い時間に中心部から外側に向かって移動することがわかりました(図1上)。細胞がすでに蓄積しているアスタキサンチンを日焼け止めのシェードのように使って強光から身を守っているようです。細胞を弱光条件に戻すと、外側にあったアスタキサンチンは細胞中心部に戻ることが観察されました(図1下)。アスタキサンチンの日よけ効果が強すぎるため、弱光のときはシェードを撤収しているようです。
 ヘマトコッカス藻には、アスタキサンチンのほかにも色々なカロテノイドやクロロフィルなどの光合成色素が含まれています。ハイパースペクトルカメラを用いて、アスタキサンチン、βカロテンやルテインなどカロテノイド色素ごとに細胞内での移動の有無を調べました。その結果、細胞質を移動して細胞膜直下に集まるのはアスタキサンチンのみで、βカロテンやルテインはクロロフィルと同様、強光によって分布を変えることはありませんでした。アスタキサンチンは水には溶けないので、油滴に溶けた状態で細胞質中を浮遊していると考えられます。アスタキサンチンが移動するというのは、アスタキサンチンが溶け込んだ油滴が細胞の内側から葉緑体の中を潜り抜けて、葉緑体を覆うように細胞膜直下に集まることを意味しています。細胞を適度に押しつぶして、葉緑体を細胞の外へ飛び出させて観察すると、葉緑体を覆うようにアスタキサンチンを溶け込ませた赤い大小の油滴とともに、葉緑体内部にはたくさんの間隙があってそこを赤い油滴が流れているように見えます(図2)。
 油滴は細胞の構造の中でも電顕では見えにくいものの一つです。電顕観察用の試料は普通プラスチック樹脂に埋め込んでそれを薄く切り出して観察します。プラスチック樹脂に埋め込むときに有機溶媒を使うので油類はなかなか固定できないのです。そこで、細胞を急速に凍らせ、凍った細胞を真空中で割断し、割断された表面に金属を吹き付けてその型を取り、割断面の表面にある油滴を電顕観察しました。油滴は細胞を取り囲む葉緑体の複雑に折りたたまれたひだの間隙を潜り抜けて中心部から細胞膜直下に流れ出ているように見えました(図3)。小さな油滴が融合して大きくなっているようにも見えます。光が弱い条件ではこの油滴はこの葉緑体の間隙を通り細胞の中心部へ戻ることもわかりました。
 光学顕微鏡による観察はもとより、ハイパースペクトルカメラとフリーズフラクチャーによる電顕観察から、ヘマトコッカス藻はアスタキサンチンを用いて光の強弱に対する巧妙な適応戦略を発達させ、強光回避をしていることが明らかになりました。今後は、光の強弱で反応する油滴の運動の力の源とその制御メカニズムを明らかにする必要があります。そうすることで強光を避けて暮らす小さな細胞の生きざま(強光回避戦略)を明らかにできます。
謝辞
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)および大学発新産業創出プログラム(START)の一環として実施されました。

発表雑誌

雑誌名: Scientific Reports (オンライン版2018年4月4日掲載)
論文タイトル: Carotenoid dynamics and lipid droplet containing astaxanthin in response to light in the green alga Haematococcus pluvialis
著者: Shuhei Ota1,*, Aya Morita1, Shinsuke Ohnuki1, Aiko Hirata1,2, Satoko Sekida3, Kazuo Okuda3, Yoshikazu Ohya1, Shigeyuki Kawano1,4* (*Corresponding authors: S. Ota and S. Kawano)
1東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻、 2東京大学大学院新領域創成科学研究科バイオイメージングセンター、3高知大学大学院黒潮圏総合科学専攻、 4東京大学フューチャーセンター推進機構
DOI番号:10.1038/s41598-018-23854-w
URL:www.nature.com/articles/s41598-018-23854-w

問い合わせ先

◆全体の研究内容、取材対応
河野 重行(かわの しげゆき)
東京大学フューチャーセンター推進機構
TEL:04-7135-5605
E-mail:kawanoedu.k.u-tokyo.ac.jp
◆東大・新領域、広報関係
大矢 禎一(おおや よしかず)
東京大学大学院新領域創成科学研究科
TEL:04-7136-3650 E-mail:ohyaedu.k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)アスタキサンチン
カロテノイドの一種で抗酸化活性をもつ赤色の色素。本研究で対象としたヘマトコッカス藻は、βカロテンを前駆体としてアスタキサンチンを産生する。植物・藻類の中で、アスタキサンチンはヘマトコッカスを含む一部の緑藻類のみしか作ることにできない色素で、光保護作用や強い抗酸化活性があり、商業的にも広範に利用されている。

(注2)カロテノイドハイパースペクトルカメラ 紫外線?可視光?近赤外域の波長毎のバンド情報を分光イメージングできるカメラ。本研究では波長420?720 nmの間を2nm毎に取得した分光情報を用いた。従来のRGBを基本とするカメラでは識別できない対象も可視化することができる。本研究では液晶チューナブルフィルターを光電子増倍管CCDに組み合わせることで光学顕微鏡によるハイパースペクトルイメージングを可能にしている。一般に、顕微鏡観察で目的物質等を可視化する場合は、蛍光タンパク質ラベルをつけるが、ラベルの色は多くても3種類が限度であった。ハイパースペクトルでは対象物質の分光情報をピクセル毎に取得できる。このため複数の色素(本研究では5種類の色素)の動態を同時に、かつ高分解能でイメージングすることが可能になる。 生物に見られる水不溶性色素の一群で、天然カロテノイドには400種類程度が知られている。前述のアスタキサンチンのほか、よく知られているカロテノイドには緑黄色野菜に含まれるβカロテンやルテインなどがある。カロテノイド自体に光を吸収する光保護作用や活性酸素を除去する能力があり、植物はこれを利用して光ダメージを回避する。

(注3)ハイパースペクトルカメラ
紫外線?可視光?近赤外域の波長毎のバンド情報を分光イメージングできるカメラ。本研究では波長420?720 nmの間を2nm毎に取得した分光情報を用いた。従来のRGBを基本とするカメラでは識別できない対象も可視化することができる。本研究では液晶チューナブルフィルターを光電子増倍管CCDに組み合わせることで光学顕微鏡によるハイパースペクトルイメージングを可能にしている。一般に、顕微鏡観察で目的物質等を可視化する場合は、蛍光タンパク質ラベルをつけるが、ラベルの色は多くても3種類が限度であった。ハイパースペクトルでは対象物質の分光情報をピクセル毎に取得できる。このため複数の色素(本研究では5種類の色素)の動態を同時に、かつ高分解能でイメージングすることが可能になる。

(注4)フリーズフラクチャー
急速凍結した細胞や組織を真空中で割断する方法。割断した試料は電子顕微鏡で観察する。超薄切片法でよく用いられる化学的固定では見えない油滴も、フリーズフラクチャー法では生細胞に近い状態で立体的に観察できる。

(注5)葉緑体定位運動
光の強さや波長などによって葉緑体が細胞内での配置や存在場所を変える現象。強光曝露下では、細胞内の葉緑体は光を避けて光と平行な細胞壁面に逃避する強光回避現象が知られる。

(注6)生細胞タイムラプスイメージング
顕微鏡下で細胞を生かしたまま微速度撮影して細胞内の動態をイメージングする手法
 

添付資料

※関連する動画(ムービー)を用意してあります。必要な場合は、問い合わせ先までご連絡下さい。

図1 強光下に置かれたヘマトコッカス藻のアスタキサンチンによるシェード
細胞中央にアスタキサンチンを溜めたヘマトコッカス藻に強光をあてると、中央にあったアスタキサンチンは5分ほどで葉緑体を通過して細胞膜の直下に集まり日焼け止めのシェードになります(上図)。強光をあてて赤くしたヘマトコッカス藻を弱光に置くと20分ほどで細胞中央にアスタキサンチンが集まって元に戻ります(下図)。各写真の左上の数字は分と秒を表します。

 

 

図2 ヘマトコッカス藻を押しつぶして細胞から葉緑体を出したところ
スライドグラスとカバーガラスの間のヘマトコッカス藻の細胞を押しつぶすことで細胞の中身を外に出して、アスタキサンチンが溶け込んだ油滴(Ld)と葉緑体の関係をわかりやすく示しました。透明に見える細胞は細胞壁(Cw)だけの抜け殻を示します。大きく発達した葉緑体(Cp)にはピレノイド (Py) やデンプン (St)も含まれています。葉緑体(Cp)の周りを大小の油滴 (Ld) が取り囲み葉緑体内部には赤い油滴が流れる細胞の間隙(Gn)があって「火星の運河」のように見えます。

 

 

図3 フリーズフラクチャー法で電顕観察した細胞膜直下の油滴
細胞膜 (Pm) の直下と葉緑体 (Cp) の間に油滴(Ld)が並んでいるのが見えます。これらは葉緑体の間隙を通ってここに流れ込んできました。矢印はその隙間を示しています。細胞の最外層には細胞壁(Cw)がありその下には細胞膜 (Pm) があります。細胞膜は原形質膜とも呼ばれる生きた細胞質の境界でもあります。