70万人のゲノムによるリスク予測で、 高血圧・肥満が現代人の寿命を最も縮めていることを特定~生まれつきの遺伝情報を使って、誰でも治療可能な健康要因を解明する~
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研究成果のポイント
◆個人のゲノム情報を用いて将来の健康リスクやバイオマーカー※1値を予測するポリジェニック・リスク・スコア(PRS)と寿命の長さとの関連を調べることで、高血圧・肥満が特に現代人の寿命を縮めていることを導き出した。
◆世界中から集められた70万人のゲノム情報を活用することで、これまでの観察研究では困難だった、因果関係が明らかな健康リスク因子の特定に成功した。
◆今回開発した手法を更に多様なバイオマーカーや電子カルテデータ、人種集団に当てはめることで、個人の健康リスクを正確に予測し、医療が改善できる要素を見つけ介入する、個別化医療・予防医療に貢献することが期待される。
概要
大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学教室 坂上沙央里 大学院生(東京大学大学院医学系研究科 博士課程)、金井仁弘 特別研究生(ハーバード大学医学部 博士課程)、岡田随象 教授らの研究グループは、日本・イギリス・フィンランドの大規模バイオバンク※2が保有する合計70万人のゲノム情報・バイオマーカー・寿命情報を解析する手法を開発し、健康バイオマーカーの値をゲノム情報から予測するとともに、人種横断的に高血圧・肥満が現代人の寿命を縮める原因になっていることを明らかにしました。日本人では高血圧が、欧米人では肥満が寿命への影響が大きく、糖尿病罹患患者・男性など特にリスクが大きいサブグループの特定にも成功しました。
医学研究分野では、個人の健康状態の最終結果である「健康アウトカム※3」、すなわち寿命や健康寿命が、どのような原因によって短くなったり長くなったりするのかを特定することが一つの目標です。これまでの大規模なゲノム研究によって、集めた遺伝情報からゲノムと病気の発症との関連について「ポリジェニック・リスク・スコア (PRS)※4」という数値が導き出され、個人のゲノム情報から将来の病気の発症の予測ができるようになりました。しかし、PRSは生まれつきの遺伝要因しか考慮されていないため、PRSを集団レベルで寿命や健康の改善に結び付ける方法に課題がありました。
今回、岡田教授らの研究グループは、健康の指標かつ治療可能なバイオマーカーのPRSと寿命(死亡年齢)との関連を人種横断的に調べる手法を開発し、世界70万人のゲノムデータに適用することで、現在の世界の人々の寿命を縮める最も強い原因が高血圧と肥満であることを特定しました(図1)。この手法を更に多様な健康マーカーや人種集団に当てはめることで、個人の健康リスクを正確に予測し、どのバイオマーカーをモニターし医学的に介入すれば健康アウトカムの改善が期待できるかを推定することができます。すなわち、ゲノム情報を用いた個別化医療・予防医療の実現が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Nature Medicine」に、3月24日(火)午前1時(日本時間)に公開されました。
発表内容
研究の背景
この20年間の大規模なヒトゲノム研究により、ゲノム上の多様性がどのように病気や個人の特徴(形質)に影響を与えているかについて全体像が明らかになりました。一般的な病気や形質に与える遺伝要因の影響は「ポリジェニック※5」、すなわち個々では非常に小さな一つの遺伝的変異の影響の数十?数千個にわたる組み合わせと足し合わせにより形成されていることが分かりました。
これまで、世界中の研究機関や国家的なバイオバンクの協力により、ヒトの個性を形作る多様な形質に関する数万人?数百万人を対象とした研究が行われ、一つずつの遺伝的変異がヒトの形質に与える効果量が概ね推定できるようになりました。この結果を利用して、個人ごとの遺伝的変異の組み合わせとそれらの効果量を掛け合わせて和をとった「ポリジェニック・リスク・スコア(PRS)」を計算することで、将来の疾患リスクが高い人たちを特定できるようになりました。しかし当然、生まれたときに与えられた遺伝要因は変えることができないため、このスコアを健康アウトカムの改善に役立てる方法論に課題がありました。
一方で、人間の健康は遺伝的なリスクだけではなく環境因子や生活習慣の影響も強く受けます。寿命などの健康アウトカムの違いの原因となるリスク因子を見つけることは、医学研究の最大の目的の一つです。これらのリスク因子に医学的な観察・介入を行えば、集団レベルで健康アウトカムを改善させることが期待できるからです。従来リスク因子の特定には、観察研究※6やランダム化比較試験※7の手法が用いられてきました。しかし、観察研究からは因果関係の証明ができず、ランダム化比較試験は費用や倫理面の問題から非常に限られた検査値にしか応用できないという問題点がありました。
今回、岡田教授らのグループは、近年、臨床的有用性が注目されているPRSを、大規模なゲノム情報と臨床情報に適用し、さまざまな健康のリスク因子と寿命との関わりを調べました。
図1: 70万人のゲノム情報を活用して寿命の長短の原因となるバイオマーカーを特定
本研究の成果
研究グループは、身長、体重や血液検査値など多数のリスク因子の候補(バイオマーカー)に対して、それぞれのPRSを作成して寿命との関連を調べることで、どのバイオマーカーが現代人の寿命を伸ばしたり縮めたりする原因となっているかを特定する手法を開発しました。これまでの観察研究では、たとえバイオマーカー自体と寿命に相関があっても、バイオマーカーが寿命の長さを規定する原因なのか、それともその他の健康状態が影響してバイオマーカーの値が変化しているのかの因果関係が分かりません。生まれつきのゲノム情報によるバイオマーカーの予測値(原因)であるPRSと寿命(結果)との関連を調べることにより、因果関係を担保した状態で寿命を規定する因子を見つけることができます(図1)。この手法を、日本(バイオバンク・ジャパン※8・18万人)、イギリス(UKバイオバンク※9・36万人)、フィンランド(フィンジェン※10・14万人)の国家的なバイオバンクで保有する遺伝子情報と臨床情報に適用し、世界で初めて、人種横断的に高血圧が現代人の寿命を最も縮めていることを示しました。特に、糖尿病・脳梗塞・脂質異常症を合併した人でその影響は強く、心血管病による死亡と最も強く関連していました。肥満も寿命を最も縮める強い要因でしたが、その影響の強さは欧米人の方が日本人よりも大きいことも分かりました。特に、不安定狭心症※11を合併した人でその影響は強く、脳血管病による死亡と最も強く関連していました。血圧・肥満に続き、高コレステロール、高身長、低血小板も寿命を縮めるバイオマーカーとして特定されました。
図2: 日本、イギリス、フィンランドのバイオバンクで33バイオマーカーのPRSが寿命に与える影響をコックス比例ハザードモデルで解析し、人種横断的メタ解析を行った。人種ごとの結果はバイオバンク・ジャパンの効果量を基準に、メタ解析結果はメタ解析結果の効果量を基準に、バイオマーカー値が高いほど寿命が短くなる形質からバイオマーカー値が高いほど寿命が長くなる形質へと順に並べて表示している。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究では、これまで行われてきた観察研究やランダム化比較試験の課題点を克服し、遺伝情報を用いることで高血圧や肥満が現代人の寿命を縮めていることを初めて示しました。今回関連が同定されたバイオマーカーは寿命を決定する原因となっている可能性が高く、医学的に観察・介入することで集団レベルでの健康アウトカムを改善することが期待されます。現在、全世界で大規模なバイオバンクによるゲノム情報・臨床情報・電子カルテ情報の収集が盛んに行われ、いまだかつて無いほど膨大に蓄積されつつあります。この手法を更に多様なバイオマーカーや電子カルテデータ、人種集団に当てはめることで、個人の健康リスクを正確に予測し、医療が改善できる課題を見つけ介入する、個別化医療・予防医療に貢献することが期待されます。
発表雑誌
【タイトル】 “Trans-biobank analysis with 676,000 individuals elucidates the association of polygenic risk scores of complex traits with human lifespan.”
【雑誌名】「Nature Medicine」(オンライン:3月23日付け)
【著者名】 Saori Sakaue1-3, Masahiro Kanai1,2,4-8, Juha Karjalainen4-6,8, Masato Akiyama1,9, Mitja Kurki4-6,8, Nana Matoba1, Atsushi Takahashi1,10, Makoto Hirata11, Michiaki Kubo12, Koichi Matsuda13, Yoshinori Murakami14, FinnGen, Mark J. Daly4-6,8,
Yoichiro Kamatani1,15, Yukinori Okada2,16,17
【所属】
1. 理化学研究所 生命医科学研究センター 統計解析研究チーム(研究当時)
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
3. 東京大学 大学院医学系研究科 アレルギー・リウマチ学
4. マサチューセッツ総合病院 Analytic and Translational Genetics Unit
5. ブロード研究所 Program in Medical and Population Genetics
6. ブロード研究所 Stanley Center for Psychiatric Research
7. ハーバード大学医学部 Department of Biomedical Informatics
8. ヘルシンキ大学 Institute for Molecular Medicine Finland (FIMM)
9. 九州大学 医学部 眼科
10. 国立循環器病研究センター研究所 病態ゲノム医学部
11. 東京大学 医科学研究所 ヒトゲノム解析センター シークエンス技術開発分野
12. 理化学研究所 生命医科学研究センター
13. 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野
14. 東京大学 医科学研究所 癌・細胞増殖部門 人癌病因遺伝子分野
15. 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 複雑形質ゲノム解析分野
16. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 免疫統計学
17.大阪大学 先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
【DOI】10.1038/s41591-020-0785-8
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED) オーダーメイド医療の実現プログラム、ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業先端ゲノム研究開発「遺伝統計学に基づく日本人集団のゲノム個別化医療の実装」の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。本研究で使用したサンプルは、「オーダーメイド医療の実現プログラム」において収集されたものです。
用語解説
※1 バイオマーカー
※2 バイオバンク
疾患疫学や病態研究などを目的に、多数のヒトのDNA、血清、尿、組織などの検体を収集、蓄積、管理する施設のこと。近年では国家レベルで数十万人を対象とするバイオバンクが構築され、個人の検体とともに電子カルテ上の臨床情報やその後の予後などの追跡情報も蓄積される例が多い。
※3 健康アウトカム (health outcome)
健康状態の結果を表す指標のこと。医療介入の評価の一指標として用いられる。寿命、健康寿命、薬剤治療への反応性、生活の質(Quality of life ; QOL)などが含まれる。
※4 ポリジェニック・リスク・スコア (polygenic risk score; PRS)
大規模なゲノムワイド関連解析研究(GWAS; ヒトゲノム配列上に存在する数千万カ所の遺伝子変異とヒト疾患との発症の関係を網羅的に検討する、遺伝統計解析手法)により疾患や形質との関連が示唆された数十?数千の遺伝的変異の重み付きの和を個人ごとに計算したスコア。このスコアは実際の疾患発症リスクと相関することが示されており、集団内でスコアの分布を調べることで、特にその疾患のリスクが高い個人を特定することができる。
※5 ポリジェニック(polygenic)
糖尿病、高血圧など頻度の高い疾患や、身長、体重などの形質では、多数の(ポリ)遺伝的変異の影響(ジェニック)が組み合わされ足し合わされて全体の遺伝的な影響が説明されるということ。
※6 観察研究 (observational study)
研究のための治療などの介入を行わず、血液検査値などのある時点での観察値とアウトカムとの関連を調べる研究のこと。値とアウトカムに相関を認めても、どちらが原因でどちらが結果かの判断が困難な場合がある。(例: 体重が少ない方が寿命が短い相関が出たとき、痩せているせいで死亡率が高いのか、もともと持病があり痩せてしまったのか、判断できない。)
※7 ランダム化比較試験 (randomized controlled trial; RCT)
ある要因がアウトカムに与える影響を示すために、要因に対して投薬などの医学的な介入で変えてアウトカムへの影響を調べる方法の一つ。集団をランダムに介入群と非介入群に割り付け、アウトカムへの影響を比較することで、未知の交絡因子のない因果関係を明らかにすることができる。(例:LDLコレステロールの値が高いことが心筋梗塞のリスクを高めることを示すために、LDLコレステロールを下げる薬を与える群と与えない群での心筋梗塞の発生を追跡比較する。)
※8 バイオバンク・ジャパン (BioBank Japan)
日本人集団27万人を対象とした生体試料バイオバンクで、ゲノム解析が終了した人数は約20万人とアジア最大である。オーダーメイド医療の実現プログラムを通じて、ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報と共に収集し、研究者へのデータ提供や分譲を行っている。
※9 UKバイオバンク (UK Biobank)
英国で実施されている国家的バイオバンク機構。中高年のボランティア約50万人を対象に、ゲノム情報や2千以上の多彩な臨床情報、追跡情報を収集し、ほぼ無償で世界の研究者にデータの公開や分譲を行っている。
※10 フィンジェン (FinnGen)
フィンランドで実施されている国家的バイオバンク機構。フィンランドの大学、既存のバイオバンク、病院、国際的な製薬会社が手を取り、50万人を目標にゲノムデータの収集を行っている。更にフィンランド政府のhealth registryとの紐付けにより豊富な臨床情報の入手が可能である。
※11 不安定狭心症
心臓に血液を送る冠動脈の流れが悪くなり、心筋に送り込まれる血液が不足し心筋が酸素不足に陥る病気を「狭心症」という。このうち、完全に血流が途絶えて閉塞した状態となるのが急性心筋梗塞で、その一歩手前で閉塞が不完全な状態でとどまっているのが、不安定狭心症。急性心筋梗塞に移行する可能性が高く、安静時にも胸痛などの症状を認める。
研究者のコメント
<大学院生 坂上沙央里>
社会的にゲノム医療への期待は高まっており、中でもPRSを使った疾患発症リスクの予測は、臨床現場に導入される未来も近いかもしれません。一方で一人の臨床医としては、生まれつき変えることのできない遺伝的なリスクだけでなく、どんな人でも介入・治療可能な健康リスクを見出す重要性を感じていました。もし自分のゲノムを調べて、高血圧の遺伝的リスクが高いと分かったら少し怖い気がしてしまいますが、血圧も寿命も遺伝的リスクは全体の一部を説明するに過ぎません。適切な食生活・運動や治療で血圧や体重をコントロールする根拠について、この研究で提供できたら嬉しく思います。 この研究の基盤には世界70万人ものバイオバンク参加者の多大な貢献があります。ゲノム研究に参加していただいた方々の期待に応えられるよう、これからも臨床に還元できるような研究を続けていきたいと思います。