核融合エネルギーの実現に必要な 水素プラズマの超高温領域を瞬時に拡大することに成功 ―ゼロエミッションエネルギー実現に向けて前進―
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発表者
釼持 尚輝(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端エネルギー工学専攻 助教)
南 貴司(京都大学エネルギー理工学研究所 准教授)
水内 亨(研究当時:京都大学エネルギー理工学研究所 教授)
高橋 千尋(京都大学エネルギー理工学研究所 協力研究員)
Gavin McCabe Weir(マックス・プランク物理学研究所 研究員)
西岡 賢二(研究当時:名古屋大学大学院理学研究科 特任助教)
小林 進二(京都大学エネルギー理工学研究所 准教授)
中村 祐司(京都大学大学院エネルギー科学研究科 教授)
岡田 浩之(京都大学エネルギー理工学研究所 准教授)
門 信一郎(京都大学エネルギー理工学研究所 准教授)
山本 聡(研究当時:京都大学エネルギー理工学研究所 助教)
大島 慎介(京都大学エネルギー理工学研究所 助教)
木島 滋(京都大学エネルギー理工学研究所 協力研究員)
大谷 芳明(研究当時:京都大学大学院エネルギー科学研究科 大学院生)
長_ 百伸(京都大学エネルギー理工学研究所 教授)
発表のポイント
◆超高温プラズマを閉じ込める断熱層の位置を自在に制御できる方法を発見しました。
◆水素プラズマの中心部分の断熱層で閉じ込められた約2000万度の狭い超高温領域を、1万分の1秒で瞬時に拡大し、プラズマ全体に広げることに世界で初めて成功しました。
◆次世代のクリーンエネルギーとして注目される核融合エネルギーの実現に必要な超高温プラズマの制御手法として期待されます。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の釼持尚輝助教、京都大学エネルギー理工学研究所の南貴司准教授、長_百伸教授らのグループは、超高温プラズマを閉じ込める断熱層の位置を自在に制御する手法を発見しました(図1)。
核融合エネルギーは太陽と同じ原理を用いて、海水中に豊富に存在する水素からエネルギーを生成する手法です。核融合エネルギーの実現には超高温の水素プラズマを生成する必要があります。プラズマの中にも温度を閉じ込めておく「魔法瓶」のような断熱層を作ることができますが、これまでの研究では中心に近いところに断熱層があったため高温の領域が狭いという問題がありました。
今回研究グループは、京都大学にあるヘリオトロンJ装置(注1、図2)を用いて、水素プラズマの中心部分の断熱層で閉じ込められた約2000万度の狭い超高温領域を、1万分の1秒で瞬時に拡大させ、プラズマ全体に広げることに世界で初めて成功しました。
今回発見した方法は、現在フランスで建設中の核融合実験炉ITER(注2)や将来の核融合発電炉において重要な運転制御の手法として期待されます。
本研究成果は、2020年1月8日に英国ネイチャー・リサーチが提供するオープンアクセスのオンライン科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されました。
発表内容
研究の背景
核融合エネルギーは太陽と同じ原理を用いて、海水中に豊富に存在する水素からエネルギーを生成する手法です。CO2ガスを排出しないゼロエミッションエネルギーであるので地球温暖化問題の解決のために注目されています。核融合発電炉の実現を目指して、1億度以上の高温高密度プラズマを磁場で閉じ込める研究が世界中で行われています。現在国際協力で建設が進められている国際熱核融合炉(ITER)などが代表的な例です。
核融合炉を実現するためには、高温の炉心プラズマにより定常的な燃焼プラズマを維持すると同時に、プラズマの閉じ込め容器への熱負荷を低減することが重要な課題となっています。したがって、プラズマ中心領域では高温であるとともに、周辺領域の閉じ込め容器付近では温度を下げたプラズマを生成することが求められます。これにはプラズマ内部に温度の高い領域と低い領域を仕切る、内部輸送障壁(注3)と呼ばれる断熱層を形成することが有効です。定常的な内部輸送障壁の形成と、内部輸送障壁を有するプラズマの形状を高速で制御することが重要かつ効果的です。
輸送障壁の形成条件や位置の決定機構には新古典拡散や磁気島(注4)または有理面(注5)の存在が重要であることがこれまでの実験・理論研究により分かっていましたが、それらの影響が同時に発生したときに何が優先されるのかは分かっていません。更に、高速なプラズマ形状の制御のためには、輸送障壁の場所がどのような時間スケールで決定されるかを知る必要がありますが、これまでは十分に理解されていませんでした。
研究内容
東京大学大学院新領域創成科学研究科の釼持尚輝助教、京都大学エネルギー理工学研究所の南貴司准教授、長_百伸教授らのグループは、プラズマに電流を流して磁気島を出現させると、出現した磁気島の位置へ輸送障壁が約1万分1秒という短時間で移動することを世界で初めて発見しました(図1)。さらに、磁気島の位置を制御することで輸送障壁の位置を自在に制御する手法を開発し、水素プラズマの中心部分の輸送障壁で閉じ込められた約2000万度の超高温領域を、プラズマの広い領域に拡大させることに成功しました。
また、輸送障壁の形成や形状の決定には磁気島と有理面のどちらが影響しているのかという重要な未解決問題があります。本研究では、京都大学が有するヘリオトロンJ装置を用いて同装置がプラズマを閉じ込める磁場容器の構造を自在に制御できる特徴を活かし、さまざまな形状のプラズマに対し輸送障壁の移動と磁気島・有理面の関係を調べることで、以下の3つの実験結果を得ています。
1.磁気島が存在しているプラズマの特徴である電子温度の平坦構造を、詳細な観測から明らかにした。
2.詳細な理論シミュレーションで再現された有理面の位置が、実験で観測された輸送障壁の位置よりわずかに外側であるため、有理面それ自体ではなくその周辺に形成される磁気島が影響していることが示唆された。
3.有理面が形成されていても、磁気島が形成されるプラズマ以外では輸送障壁が瞬間的に移動する現象は発生しない。
これらの結果は、今回発見した輸送障壁の位置決定には磁気島の影響が大きく、有理面が影響していると考えると矛盾することを示しています。上記の未解決問題に重要な知見を与え、構造形成の理解に向け学術的前進となります。
本研究は、独立行政法人日本学術振興会の「研究拠点形成事業(A. 先端拠点形成型)」、文部科学省 科学研究費補助金(15J09177、18K13525)、および核融合科学研究所双方向型共同研究費(NIFS09KUHL028、 NIFS10KUHL030、 NIFS10KUHL037、 NIFS12KUHL052、 NIFS15KLEH047、 NIFS15KUHL066、 NIFS17KUHL074)の支援を受けて実施いたしました。
社会的意義・今後の予定
今回発見した輸送障壁の位置の制御手法は、将来の核融合発電炉の運転において重要となるプラズマ圧力分布の制御手段として活用されることが期待されます。また、磁気島を生成することで輸送障壁の位置を瞬時に移動させることができるため、プラズマの放電状態によってリアルタイムにプラズマ圧力形状を制御(フィードバック制御)できる可能性があります。
今後は、今回開発された輸送障壁の位置制御により、内部輸送障壁をプラズマのより外側に移動させることでこれまで以上にエネルギーの高いプラズマを実現するとともに、外部からの磁場を加えることで磁気島を制御する、積極的な輸送障壁の位置制御手法の開発を進めていきます。
発表雑誌
雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版:1月8日付け)
論文タイトル:Reformation of the Electron Internal Transport Barrier with the Appearance of a Magnetic Island
著者:Naoki Kenmochi*, Takashi Minami, Tohru Mizuuchi, Chihiro Takahashi, Gavin McCabe Weir, Kenji Nishioka, Shinji Kobayashi, Yuji Nakamura, Hiroyuki Okada, Shinichiro Kado, Satoshi Yamamoto, Shinsuke Ohshima, Shigeru Konoshima, Yoshiaki Ohtani, and Kazunobu Nagasaki
DOI番号:10.1038/s41598-019-56492-x
用語解説
(注1)ヘリオトロンJ装置:
京都大学が有する日本独自のアイデアに基づくヘリオトロン磁場を用いたプラズマ閉じ込め実験装置です。5種類のコイルに流す電流を変えることで、さまざまな磁場構造のプラズマを生成することができます。
(注2)国際熱核融合炉(ITER):
核融合エネルギーが科学・技術的に実現可能であることを実証するための実験装置です。2025年の運転開始を目指し、日本・欧州連合(EU)・ロシア・米国・韓国・中国・インドの国際協力で現在フランスに建設中です。
(注3)輸送障壁:
プラズマ中の熱は温度の低い方向に伝達し、粒子は密度の低い方向に移動していく性質があります(熱および粒子の輸送と呼びます)。プラズマ中のどこかに、熱や粒子の伝わりにくい場所(= 輸送障壁)を作ると、そこで熱や粒子の伝達がくい止められて、プラズマの閉じ込め性能が向上します。輸送障壁には大きく分けて二種類あります。ひとつはプラズマの内部にできるもの、もうひとつはプラズマの外側(表面近く)にできるものです。前者を内部輸送障壁、後者を周辺輸送障壁と呼びます。
(注4)磁気島:
プラズマを閉じ込めるためには、磁場でできた入れ子状のかごを形成する必要があります。磁場のかごの断面の形状は、木の年輪のような同心円状です。今回の実験では、プラズマ中に電流を流して磁場のかごの状態を変え、木目のような三日月状の構造を作っています。この構造は、川の中の島のように見えることから磁気島と呼んでいます。磁気島の内部は温度勾配がゼロに近いプラズマが存在する特殊な領域となっています。
(注5)有理面:
磁場容器を構成している磁力線の中には、ドーナツ状のプラズマを何周かすると出発点と同じ場所に戻ってきてしまうものがあります。このような閉じた磁力線の無数の集まりで構成されている面を特に有理面と呼んでいます。
添付資料