導電性高分子に熱起電力が生成する機構を解明 -高性能熱電変換素子の実現に向けた大きな一歩-
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発表者
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任准教授/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
岡本 博(東京大学 大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ ラボチーム長)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/
マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務/
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント))
発表のポイント
◆ 電気を流すプラスチック(導電性高分子)は、熱を電力に変換する熱電変換素子(注1)への応用が期待されていましたが、熱起電力(注2)が生成するメカニズムには未解明な部分が多くありました。
◆ 数十ナノメートル程度の薄膜試料における温度勾配・熱起電力の精密計測の結果から、導電性高分子中に存在する金属的な電子状態が熱起電力を生成することが明らかとなりました。
◆ 今後、導電性高分子においてキャリアドーピングを用いて金属的な電子状態を制御することで、さらなる高効率の熱電変換素子の開発が期待されます。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科、同マテリアルイノベーション研究センター、産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注3)、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)は、電気を流すプラスチック(導電性高分子)材料において、温度勾配から起電力が発生する詳細なメカニズムを明らかにすることに成功しました。数十ナノメートル厚さの薄膜試料において、室温から25 K程度の低温領域に渡り、電気伝導測定・熱起電力測定・低エネルギー領域の光学反射率測定(室温のみ)を実施した結果、導電性高分子においても金属のように縮退した電子状態(注4)が実現していることが明らかになりました。また、このように縮退した電子状態が熱起電力を生成していることも明らかにしました。本研究により、導電性高分子において縮退した電子状態が実現することが初めて実証されました。今後、より結晶性を向上させた上で高効率に化学ドーピングを行うことで、金属的な電子状態を制御することができ、さらなる高効率の熱電変換素子の開発が期待されます。
本研究成果は、米国科学雑誌「Physical Review B:rapid communications」2019年12月18日版に掲載されました。本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)研究領域「超空間制御と革新的機能創成」(研究総括:黒田 一幸)研究課題「分子インプランテーションによる超分子エレクトロニクスの創成」(研究者:渡邉 峻一郎 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任准教授)の一環として行われました。
発表内容
[背景]
プラスチックやゴムなどに代表される有機高分子は、柔軟性を有するだけでなく電気的絶縁体として、現代社会に欠かすことのできない基盤材料です。一方で、パイ共役系と呼ばれる特別な骨格を持つ有機化合物が半導体的な性質を有することが1954年に東京大学の赤松・井口・松永博士らによって発見されました。この研究を契機に白川博士らによって電気を流すプラスチック(導電性高分子)が発見され、導電性高分子は基礎からデバイス応用まで幅広く研究開発が展開されてきました。近年、導電性高分子に電荷キャリアを導入するドーピング手法の開発が進展し(S. Watanabe, et al., Nature 2019, 東大・産総研プレスリリース/info/entry/22_entry760/)、導電性高分子を熱電変換素子へと応用する研究も盛んに行われています。熱電変換素子とは熱を電力に変換する電子デバイスです。
金属や無機半導体中で電気が流れる仕組みは固体物理学の黎明期から研究が発展しており、周期性を持つ原子の中で電子が波のように振る舞うことを根幹として、固体中の電子伝導性は矛盾なく説明できました。また、この電子伝導性と温度勾配によって生じる電圧(熱起電力)の発生機構についても、固体物理の標準理論で説明することができました。
しかしながら、導電性高分子における電子伝導性を説明する上で、固体物理学の大前提は成り立ちません。高分子は一次元の鎖であり、茹でたスパゲッティのように鎖同士が複雑に絡まっているため、固体物理学の根幹である原子の周期性を適用することができないためです。このような複雑性のため、どのような物質設計で電気伝導性・熱電変換性能が向上するか、未解明な部分が多く存在していました。
[手法]
本研究グループは、厚さが数十ナノメートルほどの薄膜試料において、熱電変換効率の決定する材料物性値である電気伝導度・キャリア数・ゼーベック係数(注5)を同時に計測可能なオンチップサーモメータデバイスを作製しました。オンチップサーモメータには、抵抗加熱を用いたヒーター・校正済みの温度センサー・熱起電力を計測するためのプローブ電極がパターニングされています(図1左)。このデバイスに厚さが数十ナノメートルほどの高分子薄膜を成膜・パターニングすることで、長さ100 マイクロメートルの微小な領域に温度勾配を形成することが可能です(図1右)。また、クライオスタット内にデバイスを挿入し、室温から25 K程度の低温まで上記の物性値を系統的に決定しました。
[成果]
今回、高い電気伝導度が得られ、熱電変換材料として期待されている高結晶性の導電性高分子薄膜を対象に熱物性計測を実施しました。その結果、ゼーベック係数は温度に対して線形に増大して行く傾向が観測されました(図2左)。このゼーベック係数の温度依存性は、金属や縮退半導体の振る舞いと一致します。高結晶性の導電性高分子では、金属的なゼーベック係数の温度依存性に加えて、ホール効果やパウリ磁化率、そして、ドルーデ反射率の観測など、金属や縮退半導体が示す電子物性を満たすことが明らかとなりました。従って、金属のような電子状態が熱起電力の生成する起源であることが裏付けられました。従来の低結晶性の導電性高分子ではこのような振る舞いは観測されておらず、本研究は導電性高分子材料が縮退した電子状態を有することを明らかにした最初の事例です。
高結晶性を有する高分子は、ねじれや絡まりの少ない剛直な高分子骨格を有しています。これは、茹でる前のスパゲッティのような状態であると言えます。このような高い結晶性は、X線構造解析や電子顕微鏡(図2中央と右)から実際に確認できました。このような高い結晶性・高いキャリア密度が実現された系において、電子は周期的な結晶ポテンシャルの中で波となって振る舞うことができ、固体物理学の標準理論で電子状態を説明可能な金属高分子を実現できたと言えます。今後、高効率の熱電変換性能を有する導電性高分子材料を探索する上で、金属的な電子状態の評価が必要不可欠となります。産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 有機デバイス分光チーム(ラボチーム長 岡本博)では、このような金属性を有する電子が低エネルギー領域の電磁波を反射すること(ドルーデ応答:図3)を利用して、簡易的に材料をスクリーニングできることも実証しました。今後、このような分光計測手法を用いて、さらに材料開発が進展することが期待できます。
[今後の展望]
本研究により、導電性高分子において縮退した電子状態が実現することが初めて実証されました。また、この縮退した電子状態が熱起電力の起源であることが曖昧さなく実証できました。今後、より結晶性を向上させた上で高効率に化学ドーピングを行うことで、金属的な電子状態を制御することができ、さらなる高効率の熱電変換素子の開発が期待されます。
発表雑誌
雑誌名:「Physical Review B: rapid communications」(オンライン版:12月18日)
論文タイトル:Validity of the Mott formula and the origin of thermopower in p-conjugated semicrystalline polymers
著者:Shun Watanabe*, Masao Ohno, Yu Yamashita, Tsubasa Terashige, Hiroshi Okamoto, and Jun Takeya
DOI番号:10.1103/physrevb.100.241201
用語解説
(注1)熱電変換素子:
熱を電力に変換する素子。金属や半導体に温度差をつけると、電圧が生じるゼーベック効果を利用する。
(注2)熱起電力:ゼーベック効果によって発生する電圧 (起電力)。
(注3)産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ:
平成28年6月1日、東大柏キャンパス内に設置した産総研と東大の研究拠点。相互のシーズ技術を合わせ、産学官ネットワークの構築による「橋渡 し」につながる目的基礎研究の強化や、先端オペランド計測技術を活用した生体機能性材料、新素材、革新デバイスなどの産業化・実用化のための 研究開発を行っている。
(注4)縮退した電子状態:
室温程度の金属中の自由電子で生じる電子の状態。フェルミ粒子である電子は、同一の量子状態を2個以上が占めることはできない。従って、電子 はエネルギーの低い状態から順に占有される。このような状態をフェルミ縮退と呼ぶ。電子の密度が高ければ、電子数の限界に達しやすくなるので 縮退電子系が実現しやすくなる。
(注5)ゼーベック係数:単位温度差あたりの熱起電力として定義される物理量。
添付資料
図1 左)本研究で用いたオンチップサーモメータの顕微鏡像。厚さ数十ナノメートルの薄膜試料において、温度勾配と熱起電力を精密に計測可能であり、 同一チップ状で電気伝導度・ホール効果の計測も実施した。
右)オンチップサーモメータ上の熱勾配の様子。サーモカメラを用いて計測した。
図2 左)熱起電力(ゼーベック係数)の温度依存性。ゼーベック係数が温度の上昇に伴い線形に増大することがわかった。
これは金属などの縮退した電子系で観測される振る舞いと一致する。
中央・右)導電性高分子の電子顕微鏡像。今回使用した導電性高分子は、高分子鎖が束になった結晶性領域を有し、
このような領域から熱起電力が生成することが明らかとなった。
図3 20 meV程度の低エネルギーに渡る光学反射率測定の結果。金属が示す光学反射率と同様の傾向が見られた。