シールのようにピタッと貼れる高品質な有機半導体の超薄膜を開発
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発表者
牧田 龍幸(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程2年生)
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任准教授/産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノ
ベーションラボラトリ 客員研究員 兼務)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/
産業技術総合研究所 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務/
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)MANA主任研究者(クロスアポイントメント))
発表のポイント
◆ 印刷法によって製膜した厚さわずか10ナノメートルの有機半導体単結晶超薄膜をシールのように貼付する手法の開発に成功しました。
◆ 従来は印刷法の適用が困難であった撥水性基板上や熱耐久性・溶剤耐性の低い基板上での有機トランジスタ作製が可能であり、実用化の指標となる移動度約10 cm2/Vsを示すことが分かりました。
◆ 有機トランジスタ集積回路作製時の制約を大幅に低減させ、ウエハースケールでの貼付プロセスも可能であることから、大量生産および社会実装への貢献が期待されます。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科、同マテリアルイノベーション研究センター、産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ(注1)、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)の共同研究グループは、高性能な有機トランジスタに利用可能な有機半導体超薄膜をさまざまな表面にシールのように貼付する手法を開発しました。
有機半導体は印刷法での製膜が可能であることから、低コストでの大量生産が可能な次世代の電子材料として期待されてきました。しかしながら、有機半導体薄膜を印刷法により製膜する際には、塗布下地の層として溶剤耐性や熱耐久性等、多くの性能が要求されていたため、実デバイスの作製にあたり制約が少なからず存在しました。
今回、本研究グループは、印刷法により製膜した有機半導体単結晶膜を、水を用いて結晶性を維持したまま基板から剥離させ、厚さわずか分子数層分程度の厚みを有する超薄膜を作製することに成功しました。この原理を用いることで、これまでの手法では印刷法と適合しなかった基板上に半導体膜を貼り付けることが可能となりました。転写された半導体膜により作製された電界効果トランジスタは、平均の電荷の移動度(注2)として、実用化の指標となる10 cm2/Vs以上を示すことを明らかにしました。
今回の手法では、従来では有機半導体塗布プロセスとの適合性の観点から実現が難しかった素子構造を簡便に作製可能となり、将来の産業応用に向けた高性能な有機半導体膜製造プロセスとしての利用が見込まれます。
本研究成果は、米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」2019年12月19日版に掲載されます。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「単結晶有機半導体中電子伝導の巨大応力歪効果とフレキシブルメカノエレクトロニクス」「有機単結晶半導体を用いたスピントランジスタの実現」(研究者代表者:竹谷 純一)及び、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)研究領域「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」(研究総括:谷口 研二、副研究総括:秋永 広幸)研究課題「有機半導体の構造制御技術による革新的熱電材料の創製」(研究者:岡本 敏宏 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)の一環として行われました。
発表内容
[背景]
有機半導体は、現在広く用いられているシリコン半導体と比較して100°C付近の低温での印刷法によって低コストでのデバイス作製が可能であるため、さまざまな電子デバイスの基盤となる半導体材料として近年盛んに研究がなされています。有機半導体分子を溶かした溶液を塗って乾かすだけで、大きさわずか数ナノメートル程度の分子同士が自然に集合し、数センチメートル角の大面積結晶性薄膜を得ることができます。
しかしながら、従来、印刷法により半導体膜を製膜するためには塗布下地として利用可能な材料に多くの制約がありました。例えば、半導体を溶かしている溶媒によって溶解・膨潤してしまう材料の上では、有機半導体膜の結晶成長や電気的な特性に悪影響を与える可能性があります。また、一般にテフロン加工として用いられるようなフッ素樹脂の上では溶媒が弾かれてしまうため、適していません。さらに、塗布時には基板を100°C程度に加熱するため、熱耐久性の観点から一般的なフィルム材料を基板として用いることも困難です。
このような制約を低減し、デバイス作製の自由度を上げることで、有機半導体デバイスの幅広い応用が期待できます。そのための解決策の一つとして、半導体膜をあらかじめ別基板に印刷し、目的の基板に貼り付けるというアプローチが考えられます。この手法の場合、有機半導体材料の高性能な電気特性を維持しつつ大面積化が可能であり、将来の工業生産プロセスへの適合が期待されます。
[手法と成果]
(1)水に浮かぶ、有機半導体単結晶超薄膜の作製に成功
本研究グループではこれまでに、厚さわずか数分子層(10 nm程度)からなる有機半導体単結晶超薄膜を大面積で塗布可能な印刷手法について報告していました(J. Takeya, et al., Scientific Reports 2019 /info/entry/22_entry777/)。本研究では、この手法を用いて、天然マイカ(雲母)上に有機半導体超薄膜の製膜を行いました。天然マイカは原子レベルに平坦で、表面が非常に水に塗れやすい(超親水性)ことで知られています。製膜後、図1左のようにマイカ基板ごと水に浸漬させることで、基板から剥離して水に浮かぶ半導体超薄膜を得ることに成功しました。これを透過型電子顕微鏡で観察したところ、この超薄膜が元の単結晶性を維持していることが明らかとなりました(図1右)。さらに、半導体の性能を示す移動度の値として、実用化の指標である10 cm2/Vsを超える高品質な単結晶性の膜を得ることが分かりました。これは、高性能な電気伝導特性を示すために重要であり、本手法で得られる超薄膜が電子デバイスに有用であることが期待されます。
(2)有機半導体超薄膜をさまざまな基板上にシールのように貼り付ける手法を開発
(1)のような水に浮かぶ超薄膜は、超親水性を示す天然マイカ表面と高撥水性を示す有機半導体膜表面との水との親和性の差によって、天然マイカ/有機半導体膜界面に水が入るというメカニズムにより起こっていると考えられます。ここで、超親水基板としては、天然マイカの他にも、超親水性処理を施したガラス基板等を用いることができます。本研究では、このメカニズムを利用して、超親水性基板に印刷した半導体膜を別基板に貼り付ける手法を開発しました。図2上のように、別の基板に対して半導体膜が接するように設置し、水を滴下することで、わずか数秒のうちに半導体膜/超親水性基板界面に水が浸入します。この間、半導体膜は基板から剥離すると同時に別基板に貼り付いていきます。これにより、半導体を溶かす溶媒が触れたり熱をかけたりすることなく、別基板上に有機半導体超薄膜を貼り付けることに成功しました。
本手法は水のみを用いた簡便なプロセスであるため、これまで印刷法との適合性がなかったさまざまな材料の表面に対して有機半導体超薄膜を貼り付けることが可能となりました。図2左下では、葉の上のように塗布に適さない表面に高撥水性の半導体膜が転写され、水を弾いている様子が確認できます。本研究ではその超薄膜の利用例として、従来では利用が困難だったフッ素樹脂表面上や食品用ラップ上で有機薄膜トランジスタ(OTFT)を作製しました(図2右下)。デバイスはいずれも10 cm2/Vsを超える高い移動度を示したことから、貼り付けた超薄膜が単結晶本来の高性能な電気伝導特性を維持していることが確認できました。このように多様な下地を選択できることは、今後の有機半導体デバイスの応用可能性を大幅に広げることができるといえます。
(3)大面積での転写に成功
本手法の大面積生産プロセスへの適合性を調べるため、3 cm角の半導体膜を転写し、100個のOTFTを作製しました。代表的なOTFT特性および100個全ての特性を重ねたグラフを図3に示します。作製したOTFTは全て動作し、平均移動度として10 cm2/Vsを示しました。さらに、現在製膜可能な最大級の面積である8 cm角の有機半導体超薄膜の転写にも成功しています(図3下)。このことから、本手法は実用的な量産プロセスに適合できるといえます。
[今後の展望]
n型有機半導体材料で同様の手法を用いることで、IoT社会に不可欠な論理素子への応用が期待されます。また、従来の技術では困難であった高性能な積層デバイスへの展開も考えられます。
発表雑誌
雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」
(オンライン版:12月19日)
論文タイトル:High performance,semiconducting membrane composed of ultrathin,single-crystal organic semiconductors
著者:Tatsuyuki Makita, Shohei Kumagai, Akihito Kumamoto, Masato Mitani, Junto Tsurumi, Ryohei Hakamatani, Mari Sasaki, Toshihiro Okamoto, Yuichi Ikuhara, Shun Watanabe*, and Jun Takeya*
用語解説
(注1) 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ:平成28年6月1日、東大柏キャンパス内に設置した産総研と東大の研究拠点。相互のシーズ技術を合わせ、産学官ネットワークの構築による「橋渡し」につながる目的基礎研究の強化や、先端オペランド計測技術を活用した生体機能性材料、新素材、革新デバイスなどの産業化・実用化のための研究開発を行っている。
(注2) 移動度:電場により電荷が移動する際の移動しやすさを表す量。IoTデバイスの動作には10cm2/Vs以上の移動度が望ましい。
添付資料
図1 左)天然マイカ基板上に製膜した半導体膜を水に浸漬する模式図。
右)基板から剥離した有機半導体超薄膜の電子回折図形。
図2 上)有機半導体超薄膜の転写法模式図
左下)葉の上に転写された有機半導体超薄膜により水が弾かれている様子
右下)りんご上に貼り付けられた食品用ラップ上のOTFTアレイ
図3 左上)作製したOTFTの代表的な飽和領域の伝達特性
上中央)作製したOTFTの代表的な出力特性
右上)作製した100個のOTFTの飽和領域の伝達特性
下)8 cm角で転写された有機半導体超薄膜