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ウナギやワカサギの減少の一因として殺虫剤が浮上 -島根県の宍道湖でネオニコチノイド使用開始と同時にウナギ漁獲量が激減 -

投稿日:2019/11/01 更新日:2023/01/04
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国立研究開発法人 産業技術総合研究所
国立大学法人 東京大学
島根県保健環境科学研究所
名古屋市環境科学調査センター
千葉工業大学

 

発表のポイント

◆島根県宍道湖におけるウナギやワカサギの漁獲量激減の原因を調査
◆水田から流出するネオニコチノイド系殺虫剤が川や湖の生態系に与える影響を世界で初めて検証
◆淡水と海水が混合した汽水域での毒性物質の影響評価の重要性を指摘

 

概 要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】山室 真澄 特定フェロー(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)と、東京大学、島根県保健環境科学研究所、名古屋市環境科学調査センター、千葉工業大学は、島根県の宍道湖を対象とした調査により、水田などで利用されるネオニコチノイド系殺虫剤(注1)が、ウナギやワカサギの餌となる生物を殺傷することで、間接的にウナギやワカサギを激減させていた可能性を指摘した。

ネオニコチノイド系殺虫剤はミツバチの大量失踪を招いた可能性が報告されており、欧米では規制を強化する傾向にあるが、漁業に与える影響については世界的に未解明であった。農地の大部分を占める主食は、欧米では小麦であるが、日本では米である。ネオニコチノイド系殺虫剤は水溶性なので、水田で使用されると流出して、河川や湖沼の環境に影響を与える可能性を指摘した。

この成果の詳細は、2019年11月1日(米国東部夏時間)にScience誌に掲載された。

島根県宍道湖の年間漁獲量の推移

縦の点線で示した1993年にネオニコチノイド系殺虫剤が初めて使用された。

 

研究の社会的背景

日本の湖沼での漁獲量は長らく減少傾向にある。その原因として湖沼の貧栄養化(注2)と、オオクチバスやブルーギルなど、魚を主食とする外来魚の増加が指摘されてきた。しかしながら、日本の主な湖沼では、有機物の量はほぼ横ばいで、明確に貧栄養化している湖沼はない。また、日本の湖沼でも特に漁獲量が多いのは淡水と海水が混合した汽水湖であるが、汽水湖(注3)には淡水性のオオクチバスやブルーギルなどは生息できず、実態に即した漁獲量減少の原因解明は行われていなかった。

 

研究の経緯

産総研はかつて、島根県の宍道湖を対象に、「富栄養化(注4)湖沼における食物連鎖を利用した水質浄化技術に関する研究」(環境庁国立機関等公害防止等試験研究、1994~1998年度)を行った。この研究では、食物連鎖を通じた物質循環を、炭素や窒素などの元素量として定量的に示すことで、食物連鎖のどこで何が滞っているために、植物プランクトンだけが異常繁茂(はんも)してしまうのかを検討した。その結果、宍道湖で全国一漁獲されていたヤマトシジミという二枚貝を通じて、植物プランクトン起源の有機物が除去され、富栄養化の進行を防いでいることを明らかにした。その際、富栄養化以前の1950年代と同じ漁網で同じ方法でウナギやワカサギなどの魚を採ったところ、富栄養化した1990年代の方がはるかに少ない漁獲量になったが、その原因は解明できなかった。

その研究から20年後、宍道湖では、魚類だけでなくシジミの漁獲量も激減したため、国土交通省中国地方整備局出雲河川事務所からの助成(河川技術研究開発制度地域課題分野(河川生態))を受け、漁獲対象生物を含む多様な動物の長期的な変動と環境との関係について、地球化学をベースに総合的に検討することとなった(「人との相互作用によって持続する汽水湖生態系の構築」(2012~2017年度))。

 

研究の内容

日本の主な湖沼において、水質調査の段階では貧栄養化が起きているという証拠は得られなかった。一方、魚の多くが湖底に生息する底生動物(注5)を餌としていることから、水質そのものではなく、湖底堆積物が貧栄養化している可能性を検証することとした。底生動物の餌と密接に関わる、湖底堆積物の有機物濃度の経年変化を解析したところ、宍道湖では1980 年代から1990 年代では有機物濃度が減少したものの、以後は増加しており、水質のみならず湖底堆積物でも貧栄養化は起きていなかったことが分かった(図1、図2)。

図1 有機物濃度の比較を行った宍道湖の堆積物採取地点

図2 各採取地点での1982年、1997年および2016年の有機物濃度(棒グラフ)と測定時の水深(折れ線グラフ)

 

餌となる有機物が減少していないにも関わらず、1980 年代と比較して、この調査で検討対象にしていないシジミを除く宍道湖の大型底生動物の生息密度は、顕著に減少していた。特に節足動物の減少が著しく、例えばオオユスリカ幼虫は、1982 年には1 m2当たり100 個体以上生息していたが、2016 年には全く採集されなかった(表1)。

表1 1982 年夏に宍道湖で多く生息していた底生動物の1982 年夏と2016 年夏の1 m2 当たりの平均個体数の比較

 

オオユスリカは、かつて霞ヶ浦や諏訪湖など多くの富栄養化湖沼で大量に羽化し、迷惑害虫とみなされていた。このため1990 年代までの宍道湖では、出雲河川事務所による宍道湖湖心での底生動物定期調査に加え、1990~1992 年にはユスリカに特化した調査を行っていた。また1993 年以降は湖心を含む5 地点で底生動物調査を行っていた。これらの調査結果から、今回の調査で全く採取されなかったオオユスリカが、いつから生息が見られなくなったのか検討した。その結果、宍道湖では1992 年までは住民から苦情が出るほどオオユスリカが生息していたが、1993 年以降、突然生息しなくなったことが分かった。

また、宍道湖の動物プランクトンの大部分をしめるキスイヒゲナガミジンコについても生息数の推移を検討した結果、1993年5月に激減していたことが分かった(図3)。

図3 宍道湖湖心で毎月調査されたキスイヒゲナガミジンコ現存量の推移

宍道湖でオオユスリカ幼虫や動物プランクトンのキスイヒゲナガミジンコの激減が生じた1993 年の前年、1992 年に、日本で「イミダクロプリド」がネオニコチノイド系殺虫剤として初めて登録されていた。従って、このネオニコチノイド系殺虫剤が日本で初めて使用されたのは、田植えが一斉に行われる1993年5月頃だったと考えられる(表2)。

表2 日本で使用されている主なネオニコチノイド系殺虫剤とその登録年

 

ネオニコチノイド系殺虫剤は水溶性で、昆虫に対して選択的に毒性を発揮するため、有機リン系殺虫剤と比べ、人を含む哺乳類や、鳥類・爬虫類への安全性は高いとされる。また、植物体への浸透移行性(注6)を持ち、効果の持続性にも長けていることから、害虫予防や殺虫剤の散布回数削減が期待される。

しかし、効果の持続性に長けているということは、環境に流出してから分解・消滅するまでに時間がかかるということでもある。この特性からネオニコチノイド系殺虫剤の使用が、宍道湖で顕著に見られた魚類の餌となる動物の減少と、それによる漁獲対象であるウナギやワカサギの漁獲量の激減を間接的にもたらしたものと推察される。また、ワカサギやウナギは動物だけを餌にする一方、シラウオは生活史の初期には植物プランクトンを餌にするため、シラウオの漁獲量は激減しなかったと結論した。

 

今後の予定

汽水湖である宍道湖で顕著に、ネオニコチノイド系殺虫剤により二次消費者(注7)が減少した可能性を指摘した。これまでの毒性物質の影響評価は、大部分が淡水生物を用いて行われてきた。しかし、淡水よりはるかに種の多様性が高いのが海水域であり、その海水の沿岸域での動物の成育を養ってきたのが汽水域であるといえる。今後はこのような汽水域の特性に着目し、これまで淡水域に偏重して行われてきた毒性検査が妥当かどうかの基礎データを提供する予定である。

 

用語の説明

(注1)ネオニコチノイド系殺虫剤
昆虫の神経系に特異的に作用する殺虫剤。

(注2)貧栄養化
水域において、植物プランクトンなどの光合成による有機物の生産量が減少傾向にある状態。

(注3)汽水湖
淡水と海水が混合した水に満たされている湖。宍道湖を始め、網走湖、小川原湖、十三湖、浜名湖など。八郎湖や霞ヶ浦もかつては汽水湖で、海岸沿いの大きな湖沼は汽水湖であることが多い。

(注4)富栄養化
水域において、植物プランクトンなどの光合成による有機物の生産量が増加傾向にある状態。

(注5)底生動物
水域において、底土の表面や中に生息する動物。

(注6)浸透移行性
殺虫剤などが植物の根や葉から吸収され、植物体内を移行する性質。これにより、葉自体が殺虫効果を持ち、その葉を加害した害虫を退治できる。

(注7)二次消費者
一般に地球では、光合成を行って有機物を生産する植物が、「一次生産者」とされる。それを食べる動物が「一次消費者」とされ、本研究では動物プランクトンなどが一次消費者にあたる。その一次消費者を食べる魚などが「二次消費者」。