有機半導体温度/振動センサを用いた 長寿命リユース型無線物流トレースフィルムの開発 ~温度、衝撃が感知可能な新しいセンシング技術による安全・安心な物流システムの構築へ~
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発表のポイント
◆有機半導体温度/振動センサの長期安定性を実現し、印刷法による低コストフィルム基板上に低消費電力回路と共に実装した長寿命リユース型物流トレース電子タグを開発しました。
◆30枚規模の試作デバイスを用いた、低温物流実験を実施し、有用性を実証しました。
◆2020年度中に、新たに発足した産学連携コンソーシアムにおいて、柏の葉スマートシティでの医薬品物流と鮮魚物流に関するさらに大規模の実証実験を実施し、安全・安心な物流サービスを提供する事業体制を構築します。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科(所在地:千葉県柏市)、同マテリアルイノベーション研究センター、パイクリスタル株式会社(注1)(本社:千葉県柏市)、三井不動産株式会社(本社:東京都中央区)、株式会社日立物流(本社:東京都中央区)の共同研究グループは、長期安定な有機半導体温度/振動センサを開発し、低消費電力回路と組み合わせた長寿命リユース型物流トレース電子タグの実証実験に成功しました。
近年、医薬品物流や食品物流において、安全で安心な商品を消費者に届けるニーズが高まっています。一方、低温の輸送において、温度管理を継続的に実施するサービスは、コストや使い勝手の問題により、導入が十分に進んでいません。実際、温度などの情報を輸送中に継続して記録する機能を有し、無線接続可能で、パッケージの際に邪魔にならない薄型フィルム状のデバイス用いた低コストのサービスが望まれていました。
有機半導体を用いた温度センサ素子及び振動センサ素子は、低い消費電力と低コスト化が可能な優位性がありましたが、素子の耐久性に課題がありました。今回開発したセンサ素子は、柔軟な低コストの封止材料を用いることによって、長期安定動作を実現しました(図1)。また、パイクリスタル社では、低消費電力のデータ処理回路と無線通信回路をすべてスクリーン印刷により作製した低コストの印刷基板上に実装する生産技術を確立し(注2)、センサデバイスとしての低コスト化と1年程度のバッテリー寿命を実現しました(図2)。実際に、30枚規模の試作デバイスを用いて、柏の葉スマートシティでの鮮魚物流及び、東京―大阪間で低温物流実験を実施し、有用性を実証しました(図3)。さらに、2020年度中に、日立物流による実ルートでの医薬品物流と三井不動産による鮮魚物流に関する、生産者から小売店に至る一貫した商流における実証実験を実施します。また、本実験にかかわるメンバーらが構成するスマートフィルムデバイスコンソーシアム(仮)(図4、注3)では、安全・安心な物流サービスを提供する事業の手法や体制を検討します。
[実証実験について]
◆実施済み実証実験
�@エリア内鮮魚物流の実証実験
・期間:2020年6月12日、2020年10月30日
・場所:柏魚市場株式会社→柏の葉スマートシティ内レストラン及びスーパーマーケット
・概要:三井不動産が開発を手掛ける柏の葉スマートシティ周辺で、イノベーションフィールド柏の葉(注4)の枠組みを利用して、市場から小売店に至る商流において、保冷箱内の温度データを継続的に取得しました。2回の実証実験の過程で、センサの小型化、温度分解能性能および温度測定機能の向上を実現しています。(図5)
�A一般冷蔵品物流の実証実験
・期間:2021年1月20日~2月20日
・場所:大阪~柏
・概要:一般の冷蔵品物流を利用して、パイクリスタル社大阪拠点から発送した荷物を、千葉県柏拠点で受け取り、冷蔵車内外での温度データを継続的に取得しました。
�B医薬品物流の実証実験
・期間:2021年2月24日
・場所:埼玉県内日立物流拠点→岩手県内仲卸拠点
・概要:実際の医薬品物流ルートにおいて、本温度・振動センサを医薬品パッケージに内蔵したはじめての実証実験を実施し、冷蔵車内外での温度データを継続的に取得しました。
◆今後実施予定の実証実験
�@長距離鮮魚物流の実証実験
・期間:2021年3月~4月(予定)
・場所:連携先漁港→柏魚市場株式会社→柏の葉スマートシティ内レストラン及びスーパー
・概要:連携先漁港から柏の葉スマートシティ内の小売店に至る一貫した商流において、インベーションフィールド柏の葉(注4)の枠組みを利用し、保冷箱内の温度データを継続的に取得する実証実験を予定しております。この実証実験の中では、20枚程度の温度センサを準備し、函ごとの温度モニタリングを実施するとともに、衝撃センサ付きタグや記録したデータのクラウドへのアップロードに関しても検証を予定しております。(図6)
発表内容
[研究の背景]
最近のウイルスワクチンの輸送において温度管理の重要性が取り沙汰されているように、医薬品物流や食品物流において、安全で安心な商品を消費者に届けるニーズが高まっており、食品に関する危害分析重要管理点(HACCP)対応を求める法整備も進んできています。一方、低温の輸送において、温度管理を継続的に実施するサービスは、センサデバイスのコストや、かさばるデバイスを梱包に入れにくいなど、使い勝手の問題もあり、導入が十分に進んでいません。そのほか、精密部品や鮮魚などの柔らかい生鮮品では、運送中に大きなショックが加わったかどうかも記録するニーズも高まっています。従って、温度などの情報を輸送中に継続して記録する機能を有し、無線接続可能で、パッケージの際に邪魔にならず、生鮮品を傷つけない、ソフトな薄型形状を特徴とするフィルムセンサデバイス(注5)を用いた低コストのサービスが望まれていました。
[研究の内容と成果]
東京大学とパイクリスタルのグループは、大面積有機半導単結晶を用いた高感度の歪みセンサを開発するなど(S. Watanabe, H. Nozawa, J. Takeya et al., Advanced Science 2020; DOI番号:10.1002/advs.202002065)、有機半導体を用いた低コストかつ低消費電力の極薄フィルムセンサの研究を進めています。今回の有機半導体温度センサ素子及び振動センサ素子も、消費電力がわずか10 mW程度で、溶液を塗布するプロセスで簡便に製作できる低コストプロセスで製作できる優位性を有します。これに加えて、有機/無機ハイブリッド材料による封止材料を用いることによって、柔軟かつ低コストの素子において、これまでの課題であった長期安定動作を実現しました(図1)。さらに、パイクリスタル株式会社は、低消費電力のデータ処理回路と無線通信回路をすべてスクリーン印刷により作製した低コストのフィルム基板上に実装する生産技術を確立し、センサデバイスとしての低コスト化と1年程度のバッテリー寿命を実現しました(図2)。
東京―大阪間で30枚規模の試作デバイスを用いた低温物流実験を実施し、出荷から配達までの温度データをクラウド管理するシステムを構築し、センサデバイスを回収、データ消去後にリユースする実証実験にも成功しました(図3)。2020年度内に、フィルムエレクトロニクスコンソーシアムにおいて、日立物流社による医薬品物流と三井不動産による鮮魚物流に関する、同様の実証実験をより大規模に実施し、センサデバイスを何度でも用いる低コストかつエコフレンドリーの、安全・安心な物流サービスを提供する事業体制を構築します。
[今後の展望]
パイクリスタル社では、今後センサデバイスの量産体制を整え、コンソーシアムメンバーをはじめとする事業連携体制を構築します。そうして、低コストかつエコフレンドリーの、安全・安心な物流サービスを関係事業者とともに進めていく計画です(図7)。ウイルスワクチンを含む医療分野や薬品輸送、鮮魚などのHACCPへの対応を求められる生鮮品、化学品や海外物流など、ニーズの高い分野を皮切りに、安全・安心な物流サービスが社会導入されることが期待されます。
発表者
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/マテリアルイノベーション研究センター(MIRC) 特任教授 兼務/パイクリスタル株式会社 CTO)
平井 成尚(パイクリスタル株式会社 代表取締役 社長)
用語解説
(注1)パイクリスタル株式会社:
高性能有機半導体材料およびCMOS集積回路の独自技術をベースに、大学発ベンチャーとして2013年に創業。2021年M&Aにより株式会社ダイセルのグループ会社となり、フィルムデバイスの量産及び事業化を進める。NEDO戦略的省エネルギープロジェクトにおいて、トッパン・フォームズ、東大などとの共同開発によるHF帯温度センサフィルムの研究実績をベースとして、UHF帯低コストの物流用RFIDデバイスの普及を進める。
(注2) 印刷基板上に実装する生産技術:
大面積フィルム基板上に多層の配線パターンを印刷して、有機半導体及び無機半導体集積回路を高精度かつ高速に実装する手法を開発した。高強度かつ高い耐久性を有するため、パイクリスタル社が低コストのフィルム電子デバイスを生産するための基盤技術となる。
(注3)スマートフィルムデバイスコンソーシアム(仮):
物流管理用センサフィルムデバイスなど、薄型及び大面積フィルムデバイスをベースとしたシステム構築とサービスの社会実装を目指すコンソーシアム。2019年11月、千葉県柏市柏の葉にて、三井不動産、日立物流、パイクリスタル、東京大学、東京理科大学などの産学連携組織として発足し、体制作りを進める。
(注4)イノベーションフィールド柏の葉:
「イノベーションフィールド柏の葉」は、柏の葉アーバンデザインセンター<UDCK>(事務局)、柏市、三井不動産らを中心として運営している、「公・民・学」が連携した街の実証プラットフォームです。AI・IoT およびライフサイエンス・メディカルの2分野に特化し、柏の葉の街を舞台にした民間企業の実証プロジ
ェクトを一括して受入れ、新たな製品・サービスを共に生み出していきます。プロジェクト応募は通年で受付け、プロジェクト数にも限定はありません。
https://innovation-field-kashiwanoha.jp/
(注5)フィルムセンサデバイス:
フィルム上に温度や衝撃などを計測するセンサと情報を記録し、無線通信する機能を搭載したデバイス。薄型でソフトであり、パッケージの際に邪魔にならず、生鮮品を傷つけないことを特徴とする。
添付資料
図1 有機半導体を用いた温度・振動センサ素子の構造と、耐久性。
図2 今回の実証実験に用いた温度・振動センサデバイスフィルム。フレキシブルでソフトな材質で作成されている。
図3 実証実験の結果。大阪から東京への低温物流において、一部を除いて、温度が維持されている。
図4 スマートフィルムデバイスコンソーシアムにおいて構想する、薄型及び大面積フィルムデバイスをベースとして、大量の情報通信とエレクトロニクス機能の壁面インフラ化を特徴とする未来社会。
図5 2020年10月に実施した柏の葉スマートシティ周辺での鮮魚物流の温度モニタリングの実証実験の概要
図6 2021年3月以降に実施予定の長距離鮮魚物流における温度モニタリング実証実験のイメージ
図7 有機半導体温度/振動センサを用いた長寿命リユース型無線物流トレースフィルムの実証実験を実施した、エコフレンドリーかつ低コストのリユース型物流トレースシステム。