記者発表

配位高分子で実現する新奇な超伝導状態を発見

投稿日:2021/03/18
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東京大学

東北大学

発表のポイント

◆二次元カゴメ格子をもつ配位高分子において新奇な超伝導状態を発見した。

◆カゴメ格子上に配列した銅イオンが有機分子と高密度に連結することで、銅酸化物高温超伝導体や鉄系高温超伝導体に類似した非従来型超伝導が実現していることを明らかにした。

◆配位高分子材料において、超伝導をはじめとするさまざまな電子物性を探索するきっかけとなることが期待される。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の竹中崇了大学院生(研究当時、現在NTT物性科学基礎研究所)、石原滉大大学院生、水上雄太助教、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、渡邉峻一郎准教授、竹谷純一教授、同物性研究所の山下穣准教授、上床美也教授らは、東北大学金属材料研究所の佐々木孝彦教授、中国科学院と共同で、二次元カゴメ格子をもつ配位高分子(注1)において、新奇な超伝導状態を発見しました。ナノメートルサイズの細孔をもつ配位高分子材料は、金属有機構造体(Metal organic framework: MOF)と呼ばれ、エネルギー貯蔵や触媒材料としての応用が期待されています。これまでMOF材料は、化学分野においては精力的に研究されてきましたが、電気を流さない絶縁体であるため、電子物性の研究はほとんど行われてきませんでした。本研究により、MOF材料においても、電気をよく流す金属状態が実現し、さらに低温で銅酸化物高温超伝導体や鉄系高温超伝導と類似した非従来型超伝導(注2)を示すことが明らかとなり、今後、MOF材料がもつデザイン性の高さを有効活用することで、固体物理学の分野において、MOF材料による新規な電子物性の探索が加速することが期待されます。

本研究成果は2021年3月17日付けで、米国科学誌 Science Advances にオンライン掲載されました。

本研究は科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎教授)[JP19H05824]、学術変革領域研究(A)「高密度共役の科学」(領域代表者:関修平教授)[JP20H05869]等の助成を受けて行われました。

発表内容

研究の背景と経緯

金属イオンが有機配位子と呼ばれる有機分子と連結した配位高分子はデザイン性が高く、さまざまな形状のネットワーク構造を構築することが可能です。なかでも、ナノメートルサイズの細孔をもつ多孔性配位高分子は、金属有機構造体(Metal organic framework: MOF)と呼ばれ、エネルギー貯蔵や触媒材料としての応用が期待され、化学分野において精力的に研究されています。しかしながら、ほぼ全ての配位高分子材料が電気を流さない絶縁体であるため、電子物性の研究はこれまでほとんど行われてきませんでした。

ところが最近になって、銅イオンがベンゼンヘキサチオール(BHT)と呼ばれる有機配位子と高密度に連結することでカゴメ状の二次元ネットワークを形成した [Cu3(C6S6)]n(Cu-BHT)という配位高分子(図1)において、伝導性が飛躍的に向上し、金属的な伝導を示すことが明らかになりました。さらに結晶性を向上させることで、配位高分子において初めて、電気抵抗がゼロになる超伝導状態(転移温度0.2ケルビン)が実現することが報告されました。しかしながら、なぜCu-BHTにおいて超伝導状態が実現するのかは明らかになっていませんでした。

研究成果の内容と意義

本研究では、Cu-BHTの超伝導発現機構を明らかにするために、超伝導特性などを詳細に調べました。まず初めに、Cu-BHTにおいて本当に金属状態が実現しているのかを調べました。一般的に金属材料は金属光沢をもっており波長の長い光をほぼ100%反射することが知られています。そこで、赤外領域の光を用いて反射率測定を行い、金属で期待される反射率がCu-BHTにおいても確かに観測されることを明らかにしました。

次に「電気抵抗ゼロ」と並び、超伝導体において最も基本的な性質の一つである「完全反磁性(マイスナー効果)」(注3)に関連した実験を行いました。超伝導体では、弱い磁場を試料に印加するとその磁場を排斥することが知られていますが、試料表面付近ではわずかに磁場が侵入しています。この磁場が侵入する長さスケールは「磁場侵入長」と呼ばれ、超伝導電子密度(注4)を反映することが知られています。そこで超伝導電子密度の温度変化を測定したところ、銅酸化物高温超伝導体などの非従来型の超伝導体と同様の温度依存性を示すことが分かりました。さらにさまざまな超伝導体の超伝導転移温度と超伝導電子密度の関係を調べたところ、Cu-BHTは銅酸化物高温超伝導体や鉄系高温超伝導体と同様に電子間に強いクーロン斥力が働く強相関電子系(注5)の超伝導であることが分かりました(図2)。

ある金属物質が超伝導状態を示すためには、2つの電子の間に何らかの引力相互作用が働き超伝導電子ペアが形成される必要があります。本研究成果は、Cu-BHTにおいては、カゴメ格子上の銅イオンがもつ電子スピン間に働く磁気的な相互作用が、カゴメ格子の幾何学的なフラストレーション効果(注6)により引力相互作用として働くようになり、非従来型の超伝導状態が実現している可能性を示唆しています。本研究を契機として、今後、MOF材料がもつデザイン性の高さを有効活用することで、固体物理学の分野において、MOF材料による超伝導などの新規な電子物性の探索が加速することが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:米国科学誌 Science Advances(2021年3月17日付け)

論文タイトル:Strongly correlated superconductivity in a copper-based metal-organic framework with a perfect kagome lattice

著者:T. Takenaka?, K. Ishihara?, M. Roppongi, Y. Miao, Y. Mizukami, T. Makita, J. Tsurumi, S. Watanabe, J. Takeya, M. Yamashita, K. Torizuka, Y. Uwatoko, T. Sasaki, X. Huang, W. Xu, D. Zhu, N. Su, J.-G. Cheng, T. Shibauchi, and K. Hashimoto (?equal contribution)

DOI番号:10.1126/sciadv.abf3996

発表者

竹中 崇了(研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 博士課程)

石原 滉大(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 博士課程1年)

水上 雄太(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 助教)

橋本 顕一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 准教授)

芝内 孝禎(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)

渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 准教授)

竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)

山下 穣(東京大学物性研究所 凝縮系物性研究部門 准教授)

上床 美也(東京大学物性研究所 附属物質設計評価施設 教授)

佐々木 孝彦(東北大学金属材料研究所 教授)

用語解説

(注1)配位高分子

金属イオンと有機配位子からなる連続体構造をもつ金属錯体を配位高分子と呼ぶ。特にナノメートルサイズの細孔をもつ配位高分子を金属有機構造体(Metal organic framework: MOF)と呼び、エネルギー貯蔵や触媒材料としての応用が期待されている。

(注2)非従来型超伝導

一般的な超伝導体は、バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人によって1957年に発表されたBCS理論によって説明される。BCS理論では、電子と格子振動の間の相互作用によって2つの電子の間に引力が働き、超伝導電子ペアを形成することによって超伝導状態が実現する。一方、1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体や2008年に発見された鉄系高温超伝導体などの強相関電子系と呼ばれる物質群では、反強磁性秩序近傍で超伝導が発現することが多く、磁気的な揺らぎを介して超伝導電子ペアが形成されることから、非従来型超伝導体と呼ばれる。

(注3)完全反磁性(マイスナー効果)

超伝導体に磁場を印加すると、その磁場を打ち消すように超伝導体のエッジ部分に超伝導遮蔽電流が流れ、超伝導体内部の正味の磁束密度がゼロになる。この現象を完全反磁性(マイスナー効果)と呼び、超伝導体の最も基本的な性質の一つである。完全反磁性状態では、超伝導体内部では完全に磁場が排除されているものの、超伝導体表面から数十~数千ナノメートルのごく限られた領域では、磁場がわずかに侵入しており、この長さスケールを磁場侵入長と呼ぶ。

(注4)超伝導電子密度

超伝導状態において、超伝導電子ペアを形成している電子の単位体積当たりの数を超伝導電子密度という。超伝導転移温度以上ではゼロ、超伝導転移温度以下でゼロから有限の値を取るようになり、温度低下に伴い増大する。超伝導電子密度の温度変化は超伝導発現機構により異なるため、超伝導電子密度の温度変化を測定すれば、超伝導発現機構を議論することができる。

(注5)強相関電子系

通常の金属や半導体中の電子はお互いに相関することなく自由に振る舞うのに対して、電子同士の間に強いクーロン相互作用が働く系では、量子多体効果によりさまざまな創発物性が期待される。このような物質群のことを強相関電子系と呼ぶ。銅酸化物高温超伝導体や鉄系超伝導体は、強相関電子系の代表的な物質群である。

(注6)幾何学的フラストレーション効果

カゴメ格子上に電子スピンが配置された磁性絶縁体の場合、カゴメ格子の幾何学的なフラストレーション効果により、スピンの配置が一意に定まらず絶対零度まで揺らぎ続ける「量子スピン液体」状態が実現すると言われている。この量子スピン液体状態が伝導性をもつと非従来型の新奇な超伝導状態が実現すると言われている。

添付資料

2055fig1.jpg

図1:(左上)c軸方向から見たCu-BHTの結晶構造。銅Cu(青色)と硫黄S(黄色)と炭素C(赤色)が二次元シートを構成しており、銅イオンは歪みのない完全なカゴメ格子(緑色の実線)を形成している。炭素と硫黄からなる有機配位子であるべンゼンヘキサチオール(BHT)は銅原子と高密度に結合しており、高い伝導性を獲得している。

(左下)面間方向の結晶構造。二次元シートが面間方向に積層していることが分かる。(右)操作型透過電子顕微鏡(STEM)によるCu-BHTの原子像。右上の挿入図は白枠部分(中央下)の拡大図を示している。

2055fig2.jpg

図2:磁場侵入長測定から求めたCu-BHTの超伝導電子密度と超伝導転移温度の関係。通常のBCS型超伝導体はグラフ右側(青色部分)に位置するのに対して、強相関電子系物質で発現する非従来型超伝導体はグラフ左側(赤色部分)に位置することが知られている。Cu-BHTも赤色の領域に位置しており、強相関電子系の非従来型超伝導が実現していることを強く示唆している。

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