環境中のRNAが細菌の棲家として利用される仕組みを解明
~RNAを標的とした難治性細菌感染症の予防や治療法の開発に期待~
- 記者発表
東京慈恵会医科大学
東京大学
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
◆黄色ブドウ球菌(注1)の周囲にRNA(通常は遺伝情報の伝達やタンパク質の合成を行う物質)が存在し、そのRNAが薬剤や免疫の働きを阻害するバイオフィルムの形成に利用されていることを発見しました。
◆細胞の内側で機能するものとされていたRNAが、細胞の外側でも機能していることが新たに判明しました。
◆環境中のRNAのバイオフィルムへの取り込みに、黄色ブドウ球菌が菌の外側に産生している多糖類(注2)が重要な役割を果たす仕組みを明らかにしました。
◆難治性細菌感染症に対する新しい治療法の開発につながると期待できます。
発表概要
自然界やヒトの体内などに存在する細菌は、バイオフィルムと呼ばれる細菌が集まった棲家のような生物膜をつくりますが、この棲家の建築に使われる材料は菌体外マトリクス(細胞と細胞の間、あるいは細胞集団と細胞集団の間のすきまを満たす物質)と呼ばれています。細菌周辺がバイオフィルムで覆われると抗菌薬や免疫系の働きを阻害するため、病原細菌がヒトの体内でバイオフィルムを形成することは治療を困難にし、感染症の難治化・慢性化を引き起こします。このため、病原細菌がバイオフィルムを作るのに用いる材料やバイオフィルムが作られる仕組みを解明することは、難治性細菌感染症に対する新しい治療法の開発につながると期待できます。
東京慈恵会医科大学 細菌学講座(主任教授 金城 雄樹)の千葉 明生 助教、杉本 真也 准教授らの研究グループは、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 の鈴木 穣 教授らと共同で、病原細菌である黄色ブドウ球菌が周囲のRNAをバイオフィルムの構成要素として利用していることを明らかにしました。また、黄色ブドウ球菌の菌体外マトリクスの成分である多糖類がRNAのバイオフィルムへの取り込みに重要な役割を果たす仕組みを明らかにしました。これにより、バイオフィルムへのRNAの取り込みを阻害する薬剤やバイオフィルムに含まれるRNAを特異的に分解する酵素製剤などの、RNAを標的とした難治性細菌感染症の予防法や治療法の開発が期待されます。
本研究成果は、2022年4月4日(月)午後6時(日本時間)に、国際学術誌「npj Biofilms and Microbiomes」に公開されました。
発表内容
<研究の背景>
細菌の大多数は、"バイオフィルム"と呼ばれる集合体の形で存在するといわれています。バイオフィルムは細菌が固体表面に接着し、菌体外マトリクスとよばれる物質に覆われながら形成されます。いわばバイオフィルムは細菌の"棲家"であり、その構成成分である菌体外マトリクスは"建築材料"ということになります。バイオフィルムの形成は、抗菌薬や免疫機能の効果を妨げるため、細菌感染症の難治化・慢性化の原因として問題となっています。また、細菌は同じ"種"であっても、"株"(注3)の違いによって菌体外マトリクスの成分が大きく異なるため、バイオフィルムの性質には多様性があります。そこで、菌体外マトリクスを解析することで、バイオフィルムの新しい構成成分の実態を解明することができれば、その成分を標的とするような新しい感染症の予防法や治療法を開発することが可能となります。
これまでの研究で、菌体外マトリクスにはタンパク質・多糖類・核酸(注4)などが含まれており、なかでも核酸であるDNA(注5)については、様々な細菌のバイオフィルムにおいて重要な成分であることがわかっています。しかし、DNAと同じ核酸の一種であるRNAについては、菌体外マトリクスに含まれる可能性が示唆されていましたが、どのような塩基配列のRNAが存在し、どのようなメカニズムでバイオフィルムに取り込まれるのか、といった点については全くわかっていませんでした。
<研究内容と成果>
これまでに本研究グループは、院内感染症を引き起こす重要な原因でもある黄色ブドウ球菌が形成するバイオフィルムの菌体外マトリクスの抽出・解析法を開発しました(引用1)。この方法を用いて、黄色ブドウ球菌臨床分離株の一部のバイオフィルムにはRNAが豊富に存在することを発見しました。この結果より、RNAはバイオフィルム内部の細菌の一部が死滅し、細菌細胞から外部に放出されたRNAが速やかにその周囲の菌体外マトリクスに結合し、バイオフィルムの構成成分として取り込まれていると予想しました。この仮説を明らかにするために、菌体外マトリクスからRNAを精製し、次世代シーケンサー(注6)を用いてその配列を網羅的に解析しました。その結果、予想に反し、菌体外マトリクスには黄色ブドウ球菌由来のRNAがほとんど存在していませんでした。このことから、実は、菌体外マトリクスに含まれたRNAは、細菌の周囲の環境から取り込まれたものであると考えられました。そこで、細菌にとっての外環境である"培地"(注7)を詳しく調べたところ、多量のRNAが含まれており、それらの配列の多くはバイオフィルム内に取り込まれたRNAと一致していました。
(引用文献)
1. Chiba A, Sugimoto S, Sato F, Hori S, Mizunoe Y. A refined technique for extraction of extracellular matrices from bacterial biofilms and its applicability. Microb Biotechnol 2015; 8: 392-403.
次に、RNAがどのようにしてバイオフィルムに取り込まれているのかというメカニズムを詳しく調べました。RNAをバイオフィルム内に含む株は、菌体外マトリクスの成分の一つである多糖類を多量に産生していました。このことから、バイオフィルムへのRNAの取り込みには多糖類が重要な役割を果たしていると予想しました。そこで、多糖類とRNAを蛍光色素で標識し、共焦点レーザー顕微鏡(注8)を用いて、バイオフィルムの観察を行いました。その結果、多糖類とRNAが同じ部位に存在することがわかりました(図1)。また、バイオフィルムから精製した多糖類が培地から精製したRNAと直接的に結合することを明らかにしました。さらに、ヒトの血液から精製したRNAがバイオフィルムの形成量を増加させる機能をもつことを見出しました。このことは、ヒトの体内に侵入した黄色ブドウ球菌が血液などに含まれるRNAを使用してバイオフィルムの形成を増強させることを示唆しており、感染症の難治化との関連が疑われます。
以上の結果より、黄色ブドウ球菌が自身の産生する多糖類を使って環境中のRNAをバイオフィルムの内部に取り込み、バイオフィルムという自分の棲家の建築材料として利用する仕組みを明らかにしました(図2)。本成果は、従来のRNAの生理機能やバイオフィルム形成のメカニズムに関する概念を拡充するものです。
<今後の展望>
本研究により、黄色ブドウ球菌が菌体外に産生する多糖類を介して環境中のRNAがバイオフィルムに取り込まれ、その建築材料として利用されることを明らかにしました。一方、バイオフィルムに取り込まれ、バイオフィルムの形成を増加させるRNAとそうではないRNAが存在することがわかりました。つまり、バイオフィルムの形成に重要なRNAには塩基配列に特異性があると考えられます。しかし、どのようなメカニズムでRNAがバイオフィルムの形成を増加させるのかはよくわかっていません。また、黄色ブドウ球菌以外の細菌でも多糖類をバイオフィルムの構成成分とするものが多く存在しますので、様々な細菌がRNAをバイオフィルムの形成に利用する可能性が十分に考えられます。今後、これらの課題を解明することで、様々な病原細菌のバイオフィルムを制御する方法や従来の抗菌薬では対処できないような難治性細菌感染症の予防法や治療法の開発につなげていきたいと考えています。
<付記>
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(A)(15H05619)、基盤研究(B)(20H02904)、若手研究(20K16057)、新学術領域研究 ゲノム支援(221S0002)、新学術領域研究 先進ゲノム支援(16H06279(PAGS))、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「野村集団微生物制御プロジェクト」(JPMJER1502)などの一環として行われました。
参考図
図1.バイオフィルム内部では、多糖類とRNAが同じ部位に存在している
野生株では多糖類が網目構造を形成し、その部分に一致してRNAが存在しています(白矢頭)。一方、多糖類の産生能を欠損した株では、網目構造が無くなり、RNAが取り込まれなくなっています。DNAの局在は細菌内の染色体の位置、つまり細菌の位置を示しています。白線は10 µm。
図2.黄色ブドウ球菌のバイオフィルムのモデル図
黄色ブドウ球菌の菌体外マトリクスには、DNA、多糖類、タンパク質などの既知の構成要素に加え、RNAが含まれていることを発見しました。バイオフィルム内のRNAの主な供給源は周囲の環境であり、黄色ブドウ球菌の細胞に由来するものはごく一部でした。細菌の細胞外に存在するRNAは細菌の棲家であるバイオフィルム中の多糖類に捕捉され、バイオフィルム構造の建築材料として利用されていることが明らかになりました。
論文情報
論文名:Staphylococcus aureus utilizes environmental RNA as a building material in specific polysaccharide-dependent biofilms
(黄色ブドウ球菌は環境中のRNAを多糖類依存性バイオフィルムの建築材料として利用する)
雑誌名:npj Biofilms and Microbiomes
著者:Akio Chiba, Masahide Seki, Yutaka Suzuki, Yuki Kinjo, Yoshimitsu Mizunoe, and Shinya Sugimoto
DOI: 10.1038/s41522-022-00278-z
用語解説
(注1)黄色ブドウ球菌
基本的には、一部の健康な人にも存在する常在菌です。しかし、バイオフィルムを形成しやすく、時に致死的な感染症を起こす病原細菌にもなります。特に、抗菌薬に耐性を有するメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)がしばしば院内感染を引き起こし、問題となっています。
(注2)多糖類
ブドウ糖や果糖などの単糖と呼ばれる物質が結合して形成された化合物です。黄色ブドウ球菌では、N-アセチルグルコサミンという糖が複数結合したポリN-アセチルグルコサミンがバイオフィルム形成に重要な代表的な多糖類です。細菌細胞同士を結合させる働きがあります。
(注3)種と株
"種"は生物を分類するときの基本単位です。"種"として同じ特徴を有していながら、一部の性質のみが異なるものを分類するときには、"株"という単位を用います。例えば、黄色ブドウ球菌という同じ"種"の細菌であっても、MRSAのように抗菌薬に耐性がある"株"とメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)のように耐性が無い"株"が存在します。
(注4)核酸
塩基と糖とリン酸からなるヌクレオチドを基本単位とし、それらが多数つながった高分子化合物です。デオキシリボ核酸(DNA)とリボ核酸(RNA)が存在します。DNAはA(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)、RNAはA(アデニン)、U(ウラシル)、C(チミン)、G(グアニン)の4種の基本塩基をもったヌクレオチドが連結しています。連なる配列は塩基配列と呼ばれ、遺伝情報を担っています。生物の生命活動において、DNAは主に遺伝子として、RNAはDNAの情報を元にタンパク質を合成する際の中間物質として機能します。DNAとRNAの構造は類似していますが、一般的にRNAの方が容易に分解されます。
(注5)バイオフィルムに存在するDNA
細菌の内部には、DNAで構成された染色体と呼ばれる構造があります。増殖している細菌集団の一部は自然に死滅し、溶菌します。細菌が溶菌によって崩壊する際、細胞内部にあるDNAが細胞外に放出されます。このようなDNAは菌体外マトリクスの構成要素としてバイオフィルムの形成に重要な役割を果たします。
(注6)次世代シーケンサー
従来、異なる塩基配列をもった核酸が多数存在している場合、それら全て配列を解析することは困難でした。近年、数千から数百万もの核酸の塩基配列を同時に決定することのできる技術として、次世代シーケンサーが開発されました。それにより、異なる塩基配列をもった核酸が多数存在している場合でも、それらの配列を解析することが可能になりました。
(注7)培地
細菌を含む微生物などを増殖させるために用いられる、人工的に作った液体ないし固形の物質です。増殖させる生物の栄養素の供給源となります。細菌の種類に合わせて様々な培地が存在し、RNAを含む培地だけでなく含まない培地もあります。
(注8)共焦点レーザー顕微鏡
小さく絞ったレーザー光を走査して画像を取得する走査型蛍光顕微鏡の1種です。蛍光シグナルを検出する際、焦点位置以外の光は点光源(ピンホール)で除去されるため、深さ方向に分解能が生じ、光学的断層像を得ることができます。そのため、光を全面に照射する一般の顕微鏡と違って厚い試料でもピントを合わせた蛍光像を得ることが可能です。