世界初、ミュオグラフィによる気象津波の観測
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東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構
東京大学生産技術研究所
東京大学大学院新領域創成科学研究科
東京大学大気海洋研究所
九州大学
日本電気株式会社
シェフィールド大学
ダラム大学
英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設
イタリア原子核物理学研究所
サレルノ大学
カターニャ大学
ウィグナー物理学研究センター
アタカマ大学
オウル大学Kerttu Saalasti研究所
発表のポイント
◆HKMSDDと呼ばれる海底ミュオグラフィセンサーアレイ(注1)を用いて2021年台風16号通過に伴う、東京湾における気象津波(注2)の観測に世界で初めて成功した。
◆ミュオグラフィ(注3)が海洋現象の観測に用いられたのは、今回が初めてである。
◆HKMSDDを世界各国の海底トンネルに実装することにより、グローバルな気象津波の理解につながると期待される。
発表概要
東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構は、同大学生産技術研究所、大気海洋研究所、大学院新領域創成科学研究科、および九州大学、日本電気株式会社、英国シェフィールド大学、英国ダラム大学、英国科学技術施設会議ボルビー地下実験施設、イタリア原子核物理学研究所、イタリアサレルノ大学、イタリアカターニャ大学、ハンガリーウィグナー物理学研究センター、チリアタカマ大学、フィンランドオウル大学Kerttu Saalasti研究所と共同で、世界初となる海底ミュオグラフィセンサーアレイ(HKMSDD:Hyper KiloMetric Submarine Deep Detector)の一部を東京湾アクアライン海底トンネル内部に設置し、この東京湾海底(Tokyo-Bay Seafloor)HKMSDD(TS-HKMSDD)を用いて、東京湾の連続ミュオグラフィ観測を進めている。この度、2021年台風16号通過に伴う、東京湾における気象津波の観測に世界で初めて成功した。
ミュオグラフィは、宇宙に由来する高エネルギー素粒子ミュオン(注4)を用いて巨大物体を透視する技術である。これまで火山、原発、ピラミッドなどの透視に成果を上げているが、海洋現象の観測に用いられたのは、今回が初めてである。
気象津波のメカニズムは完全には解明されておらず、将来、ミュオグラフィセンサーアレイを世界各国の海底トンネルに実装することにより、検潮所以外での津波データを取得できるようになり、今後一層のメカニズム解明が期待される。
発表内容
<気象津波の観測について>
ミュオンは銀河系における超新星爆発などの高エネルギーイベントによって加速される宇宙線と地球大気が反応してできる素粒子の一つである。ミュオンは透過力が強く、東京湾の海水を通り抜けた後、更に海底の岩盤を貫通し、TS-HKMSDDに設置してあるセンサー(図1)に到達する。このミュオンの到達数を時間毎に計数することで、海水の厚み、即ち海水準の変動を測定することが可能である。
この度、このTS-HKMSDDを用いて2021年台風16号通過に伴う、気象津波のミュオグラフィ観測に世界で初めて成功した。気象津波のメカニズムは完全には解明されていないが、従来研究により、津波の伝搬速度と大気擾乱に伴うパルスの移動速度が一致するときに大気のエネルギーが効果的に海水に与えられ、振動を励起されることが示唆されている。
図2には台風16号の経路図と伊豆半島南端の石廊崎、横浜、水戸の3箇所における気圧の時系列変化を示す(これら3箇所はほぼ、120 kmの等間隔で台風16号の移動経路と平行な南西-北東ライン上一直線に並ぶ)。台風16号通過に伴う気圧の低下が南西から北東に向けて移動していることが確認され、その平均速度は伊豆半島南端の石廊崎から横浜までは時速40 km、横浜から水戸までは時速60 kmであることがわかった。一方、東京湾の深さが15〜20mであることを考慮すると、津波の伝搬速度を理論的に計算することが可能であり、その速度は時速44〜50 kmである。すなわち、台風16号の通過に伴う気圧パルスの移動速度と津波の伝搬速度はほぼ等しかったことがわかる。従って、上述した従来研究による示唆から東京湾で気象津波が励起された可能性が高い。
図3には、TS-HKMSDDがとらえた振動を示す。周期約3時間の減衰振動であることが測定された。東京湾は浅く、深度がより大きな湖沼、例えばレマン湖などと比べて早く振動が減衰することが先行研究で報告されている。本研究で得られた振動の時系列変化を見てもレマン湖(緑線)と比べて東京湾(オレンジ線)の振動は、早く減衰することを確認した。
図1:東京湾アクアラインの写真並びに今回設置したTS-HKMSDDの位置
© 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix
Muと示された部分がTS-HKMSDDの一部が設置された場所を示す。
図2:台風16号経路図並びに気圧の時系列変化
© 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix
(A)は台風16号の経路、(B)は、伊豆半島南端の石廊崎(オレンジ線)、横浜(青線)、水戸(グレー線)における気圧の時系列変化
図3:TS-HKMSDDがとらえた気象津波
© 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix
オレンジ線、緑線はそれぞれ先行研究で得られている東京湾並びにレマン湖における減衰曲線を示している。
<今後の展望>
気象津波は、世界中どこでも起こりうる現象であり、これまでは地震や火山による津波のリスクが検討されてこなかった地域においてもリスクを増加させる要因となる。更に、地震火山活動が活発な地域においては、気象津波は地震や火山による津波に新たなリスクを追加するものとなる。これまでに、英国海峡やフィンランド湾でも気象津波は報告されており、今後英仏海峡トンネルやフィンランド湾トンネルにおけるUK-HKMSDDやFI-HKMSDDの配備は、よりグローバルな気象津波の理解につながると期待される。
発表雑誌
雑誌名:Scientific Reports(4月12日付)
論文タイトル:Periodic sea-level oscillation in Tokyo Bay detected with the Tokyo-Bay Seafloor Hyper-Kilometric Submarine Deep Detector (TS-HKMSDD)
著者:Hiroyuki K. M.Tanaka*, Masaatsu Aichi, Szabolcs József Balogh, Cristiano Bozza, Rosa Coniglione, Jon Gluyas, Naoto Hayashi, Marko Holma, Jari Joutsenvaara, Osamu Kamoshida, Yasuhiro Kato, Tadahiro Kin, Pasi Kuusiniemi, Giovanni Leone, Domenico Lo Presti, Jun Matsushima, Hideaki Miyamoto, Hirohisa Mori, Yukihiro Nomura, Naoya Okamoto, László Oláh, Sara Steigerwald, Kenji Shimazoe, Kenji Sumiya, Hiroyuki Takahashi, Lee F. Thompson, Tomochika Tokunaga, YusukeYokota, Sean Paling & Dezső Varga
DOI番号:10.1038/s41598-022-10078-2
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41598-022-10078-2
用語解説
(注1)海底ミュオグラフィセンサーアレイ(HKMSDD)
素粒子ミュオン(注4)を検知できるミュオグラフィセンサーモジュールを一定の間隔に配置したもの。ミュオンが検知されるたびHKMSDDの中央に位置するデータ収集センターに信号が集められ、記録される。今回、東京湾アクアライン海底トンネル内部の100 mにわたり設置されたが、今後さらなる拡張や北海、英仏海峡、フィンランド湾など東京湾以外における設置が計画されている。
(注2)気象津波
気象津波、あるいはメテオ津波と呼ばれる現象は本質的には地震活動に伴う津波と同じであるが、その成因を大気擾乱とするところが異なり、その振動周期は数分から数時間まで様々である。気象津波は半分閉じた湾や完全に閉じた湖などで発生することが多いが、英仏海峡など海の狭窄部でもその発生が報告されている。気象津波は前線や台風の通過に伴い、発生することが多いが、今年1月に発生したトンガ噴火では、気象津波の影響により想定より早く我が国に津波が到来した。この際、空振が気象津波を引き起こしたとされている。
(注3)ミュオグラフィ
ミュオン(注4)の強い貫通力(岩盤で1km以上)を用いるレントゲン写真撮影法。医用のレントゲン写真ではX線を利用するが、これはX線の透過力が人体程度であることを利用している。ミュオンの透過力が海洋の深さ程度のオーダーであることからミュオグラフィを利用して海のレントゲン写真を撮影可能である。
(注4)ミュオン
主に超新星などの銀河系の高エネルギーイベントによって光速まで加速される宇宙線と呼ばれる粒子が地球に到達すると、大気を構成する窒素や酸素の原子核と反応して高エネルギーの二次粒子生成する。その一つがミュオンと呼ばれる素粒子であり、貫通力が強い
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マイナビTECH+(4/16)