熱帯夜による睡眠障害の被害は熱中症に匹敵することが判明
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東京大学
岡山大学
関西福祉科学大学
発表のポイント
◆毎日の睡眠の質を計測する自記式質問票を開発し、日本の夏の都市部における住民の睡眠の質を調査しました。その結果、日最低気温が25℃を上回ると睡眠は悪化し、睡眠障害の被害(健康ロス)は、熱中症の死亡(死亡ロス)に匹敵することがわかりました。
◆死亡ロスと健康ロスを一つの指標で扱える障害調整生存年(DALY)で、熱帯夜による睡眠障害を定量化したのは、世界で初めてです。
◆死亡数や救急搬送数といった統計が存在しない熱帯夜による睡眠障害の被害が定量化され、熱中症の死亡ロスに匹敵することが明らかになったことで、夜の暑さについても対策の必要性が認識されることが期待されます。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の井原智彦准教授、岡山大学の鳴海大典教授、関西福祉科学大学の福田早苗教授、産業技術総合研究所の近藤裕昭客員研究員、玄地裕研究部門長の研究グループは、障害調整生存年(disability-weighted life year:DALY)での評価が可能となるような、毎日の睡眠の質を計測する自記式質問票と回答結果の解析手法を開発しました。その上で、夏の名古屋市民の睡眠を調査・解析したところ、日最低気温が25℃を上回ると睡眠は悪化し、その被害は熱中症の死亡に匹敵することがわかりました。
熱帯夜による睡眠の悪化は、さまざまな方法で明らかにされてきましたが、熱中症のような他の被害と比較できない指標で評価されていたため、健康被害としての実態がわかっていませんでした。
今回開発した質問票と解析手法を用いることにより、熱帯夜による睡眠障害(注1)の実態の把握が進むとともに、夜の暑さについても対策の導入が進むことが期待されます。将来的には、世界の睡眠障害の実態の把握や、対策の導入効果の分析などにも応用する予定です。
本研究成果は、日本睡眠学会英文論文誌「Sleep and Biological Rhythms」(2022年9月24日)に掲載されました。
本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:23360437)」、「基盤研究(B)(課題番号:20H03949)」、「国際共同研究強化(B)(課題番号18KK0123)」、文部科学省気候変動適応研究プログラム、環境再生保全機構環境研究・技術開発基金(S-14)の支援により実施されました。
発表内容
研究の背景・先行研究における問題点
気候変動により気温は上昇し続けており、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書では、将来、さらに気温が上昇し極端な暑さが増加することが予測されています[1]。気温の上昇は、デング熱やマラリアなどの病気だけではなく、直接の熱曝露(注2)を通じて熱中症や睡眠障害を引き起こします。世界保健機関(WHO)は、直接の熱曝露による健康被害は、デング熱やマラリアなどの病気よりも大きくなると推定しています[2]。しかし、睡眠障害は、WHOの直接の熱曝露の影響に含まれていません。これまで、さまざまな研究が気温と睡眠の関係を評価してきましたが、その際、広く用いられる健康被害の指標(たとえば死亡数)を用いていなかったためです。
研究内容(具体的な手法など詳細)
睡眠障害は、直接的には死亡には至らないため、死亡数では評価できません。そこで本研究では、世界銀行が開発した障害調整生存年(DALY)を用いて、睡眠障害の被害の評価に取り組みました。DALYとは死亡ロスと健康ロスを1つの指標で扱えるようにしたもので、80歳まで生きるべき人が50歳で死ぬと30年のロスと計算する一方、重さが0.3の病に10年間罹ると3年のロスと計算するものです。
その上で、医者による診断と良く一致する、1か月の睡眠の質を評価する自記式質問票であるピッツバーグ睡眠質問票(PSQI、注3)をもとに、前日の睡眠の質を評価する自記式質問票である毎日の睡眠の質のための睡眠質問票の改訂版(SQIDS2、注4)を開発しました。
質問票PSQIとSQIDS2を用いて、2011と2012年の夏に、名古屋市の住民それぞれ550名以上の1か月および毎日の睡眠の質を計測しました。SQIDS2で得られた毎日の睡眠の質を観測された気温と比較し、その結果をPSQIで得られた1か月の睡眠の質で補正することにより、日最低気温とDALYで評価可能な睡眠障害の関係を得ました(図1)。その結果、日最低気温が25℃を超えると、暑さによる睡眠障害が増加することがわかりました。
図1:日最低気温と睡眠障害に罹っている人々の割合(PSQIによる補正後)の関係
名古屋市では暑さによらず3割強の人が睡眠障害に罹っているが、日最低気温が24.8℃以上になると睡眠障害に罹る人々の割合が増加し、4割に達する。網掛けが熱帯夜による睡眠障害を示す。
また、この関係と過去の観測気温を用いて、名古屋市の5年間にわたる睡眠障害による被害を評価したところ、名古屋市で発生している熱中症の被害とほぼ同じであり、DALYを用いると毎年約100年~200年の被害が出ていることがわかりました(図2)。
図2:2010~2014年の名古屋市における熱帯夜による睡眠障害と熱中症の健康被害の比較
5年間にわたって、名古屋市の観測気温より、熱帯夜による睡眠障害の被害を推定した結果を示す。5年間の熱中症の被害とほぼ同等である。
社会的意義・今後の予定
死亡数や救急搬送数といった統計が存在しない熱帯夜による睡眠障害の被害が定量化され、熱中症に匹敵することが明らかになったことで、夜の暑さについても対策の必要性が認識されることが期待されます。
今後、本研究で開発された質問票と解析手法を用い、世界のさまざまな都市の睡眠障害の評価を進めていくことにより、睡眠障害の実態を把握していく予定です。一方で、エアコンの普及率が95%超と高い名古屋市で、熱帯夜による睡眠障害が多く発生していることは、エアコンが適切に使用されていないことが理由として考えられます。エアコンの適切な使い方に関する研究も必要かもしれません。
※本プレスリリースの図1と図2は原論文「Loss of disability-adjusted life years due to sleep disturbance caused by climate change」の図を引用・改変したものを使用しています。
謝辞
本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:23360437)」、「基盤研究(B)(課題番号:20H03949)」、「国際共同研究強化(B)(課題番号18KK0123)」、文部科学省気候変動適応研究プログラム、環境再生保全機構環境研究・技術開発基金(S-14)の支援により実施されました。
[1] Intergovernmental Panel on Climate Change. Summary for Policymakers. In Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. 2021.
[2] World Health Organization. Quantitative risk assessment of the effects of climate change on selected causes of death, 2030s and 2050s. 2014.
発表雑誌
雑誌名:「Sleep and Biological Rhythms」(オンライン版:9月24日)
論文タイトル:Loss of disability-adjusted life years due to sleep disturbance caused by climate change
著者:Tomohiko Ihara*, Daisuke Narumi, Sanae Fukuda, Hiroaki Kondo, Yutaka Genchi
DOI番号:https://doi.org/10.1007/s41105-022-00419-z
アブストラクトURL:https://link.springer.com/article/10.1007/s41105-022-00419-z
発表者
井原 智彦(東京大学大学院新領域創成科学研究科環境システム学専攻 准教授)
鳴海 大典(岡山大学学術研究院環境生命科学学域 教授)
福田 早苗(関西福祉科学大学健康福祉学部健康科学科 教授)
近藤 裕昭(産業技術総合研究所環境創生研究部門 客員研究員)
玄地 裕 (産業技術総合研究所安全科学研究部門 研究部門長)
用語解説
(注1)睡眠障害
睡眠障害は医学的に診断される疾病であるため、本研究で評価したのは正しくは睡眠困難であるが、ここではわかりやすさのために睡眠障害と説明している。
(注2)熱曝露
人体は高温に曝されると熱中症になる。また、周囲の温度が睡眠に適さない場合、睡眠が乱される。ここでは、このような直接的な熱の人体への影響を熱曝露と呼んでいる。
(注3)ピッツバーグ睡眠質問票(Pittsburgh Sleep Quality Index:PSQI)
1989年にピッツバーグ大学のDaniel J Buysseアシスタントプロフェッサーらによって開発された過去1か月の睡眠の質を問う質問票[3]。10個の質問(得点に影響するのは9個)から構成され、回答結果をもとに睡眠に関する7つの項目を採点(各0-3点)、合計し、計21点満点で評価する(点数が大きいほど睡眠の質が悪い)。5点より大きいと睡眠障害であると見なせる。1998年に国立公衆衛生院の土井由利子主任研究官らによって日本語版が開発された[4]。
[3] Buysse, D. J., Reynolds III, C. F., Monk, T. H., Berman, S. R., & Kupfer, D. J. The Pittsburgh Sleep Quality Index: a new instrument for psychiatric practice and research. Psychiatry Research, 28(2), 193-213, 1989.
[4] 土井由利子, 簑輪真澄, 内山真, 大川匡. ピッツバーグ睡眠質問票日本語版の作成. 精神科治療学, 13, 755-769, 1998.
(注4)毎日の睡眠を評価するための睡眠質問票改訂版(Revised Sleep Quality Index for Daily Sleep, SQIDS2)
SQIDSは、2008年にPSQIを参考に発表者らによって開発された質問票。本研究では、SQIDSを改良し、SQIDS2を開発した[5]。SQIDS2は9個の質問から構成され、回答結果をもとに睡眠に関する7つの項目を採点(各0-3点)、合計し、計21点満点で評価する(点数が大きいほど睡眠の質が悪い)。
[5] 岡野泰久, 井原智彦, 玄地裕. インターネット調査を用いた夜間のヒートアイランド現象による睡眠障害の影響評価. 日本ヒートアイランド学会論文集, 3, 22-33, 2008.