河野 重行(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 教授)
大田 修平(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 特任助教)
リンを高蓄積するクロレラ ―地上から失われつつあるリンの水中での回収に期待―
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発表者
発表のポイント
◆クロレラの細胞は硫黄源欠乏ストレスを受けると、細胞内にリンが加速的に蓄積されることを明らかにしました。
◆取り込んだリン酸はポリリン酸として液胞の中に蓄積されることを発見しました。
◆藻類を使った生物肥料やリンのバイオリファイナリーに応用され、この分野の発展に寄与することが期待されます。
発表概要
リンは、さまざまな局面で人間の生活と環境に密接に関連する元素の一つで、リン鉱石の枯渇による化学肥料の高騰やリンによる湖沼の富栄養化など大きな問題になっています。クロレラなどの微細藻類には細胞内にリンを蓄積できるものがいることが知られていましたが、その蓄積の動態や場所についてはよくわかっていませんでした。東京大学大学院新領域創成科学研究科の河野重行教授らの研究グループは、東京大学オーミクス情報センターの服部教授、株式会社日立ハイテクノロジーズの許斐博士とチェコ科学アカデミー微生物学研究所のザッハレーダー博士らと協力して、クロレラの一種パラクロレラが硫黄を除いて培養するストレス条件では、リンの過剰な取り込みが加速され、通常の4.3倍ものリンを急激に細胞内に蓄積することを発見しました。また、エネルギー分散型X線分析法(注1)により、電子密度(注2)の高い部分にポリリン酸(注3)としてリンが蓄積していることも明らかにしました。藻体内で蓄積されたリンは生物由来のリンとして利用することが可能であり、今後はリンに関するバイオレメディエーションやバイオリファイナリー(注4)に応用され、この分野の発展に寄与することが期待されます。この成果は、2016年5月16日付でオープンアクセス誌「サイエンティフィックリポーツ」オンライン版に掲載されました。
発表内容
<背景>
リンは地球上の全ての生命にとって不可欠な元素です。近年、リン鉱石の枯渇が問題化し、実際に肥料などの価格が上昇しています。再生可能資源と目されるバイオ燃料もリン資源に依存しており、実際にリンがなければ生産できません。リンの枯渇問題は食料問題にも直結することから、環境中のリンを生物学的に回収する研究を加速させる必要があります。
主に水圏に生息する単細胞の光合成生物を微細藻類と呼びます。微細藻類のなかでも緑色のものが緑藻類で、その中にはトレボウクシア藻類(注5)と呼ばれるグループがあります。健康食品で知られるクロレラなどはトレボウクシア藻類の仲間です。東京大学の河野教授らのグループとチェコ科学アカデミー微生物学研究所のザッハレーダー博士らのグループは長年、パラクロレラ(Parachlorella kessleri)と呼ばれるクロレラの一種に着目して、オイルやデンプンの蓄積を研究してきました。パラクロレラは硫黄飢餓にするとデンプンやオイルの蓄積が加速されることが明らかになっています。最近はパラクロレラの全ゲノム配列の解読も成功しています(プレスリリース:/info/entry/22_entry452/)。
下水汚泥やバイオマス焼却灰等、リン含有未利用資源からリンを回収し再利用する技術(リファイナリー)の開発が進んでいます。生物学的リン除去は実際に下水処理施設等で使われている方法ですが、多くの場合、バクテリア(リン蓄積細菌)が用いられています。しかし、クロレラを含む真核生物はバクテリアと比べると細胞の体積が格段に大きく、そのためバイオマス収穫量も大きいことから、将来的に光合成をする光を安価に供給できるようになるなどの条件が揃えば、バイオレメディエーションに使われる可能性があります。また、藻類を飼料や肥料として使おうとするバイオリファイナリーも盛んに研究されています。クロレラなどの微細藻類はリンを蓄積することが知られていましたが、ストレス応答としてリンの蓄積動態がどのように変化するか、また細胞のどこに蓄積するかはよくわかっていませんでした。本研究では、硫黄欠乏ストレス条件に着目して、リンの蓄積動態や蓄積場所に関する研究を実施しました。
<結果>
東京大学大学院新領域創成科学研究科の河野重行教授らの研究グループは、東京大学オーミクス情報センターの服部教授、株式会社日立ハイテクノロジーズの許斐博士とチェコ科学アカデミー微生物学研究所のザッハレーダー博士らと協力して、パラクロレラが硫黄欠乏ストレスを受けるとオイルを高蓄積すると同時に、リンの過剰な取り込みが加速されることを発見しました。さらに細胞に取り込まれたリンはポリリン酸として蓄積されることが明らかにしました(図1)。本研究ではリンの蓄積場所も調べました。透過型電子顕微鏡(走査透過像観察機能付き)に搭載したエネルギー分散型X線分析法により、液胞(注6)内の電子密度の高い部分にポリリン酸として蓄積していることを明らかにしました(図2、3)。さらに、透過型電子顕微鏡の結果を詳しく検討した結果、ポリリン酸の量によって高電子密度顆粒の微細構造に変化が生じることがわかりました。
さらにパラクロレラのゲノムとトランスクリプトームデータ(注7)を解析することで、ポリリン酸を合成する酵素としてアクチン様タンパク質(Arp、注8)が用いられていることがわかりました。このことは、クロレラには陸上植物やトレボウクシア藻類以外の緑藻類が使っているポリリン酸合成酵素(ポリリン酸キナーゼ:PPK)とは別のポリリン酸合成経路をもつことを意味しており、進化的にも興味深い点です。
<今後と社会的意義>
クロレラを含むトレボウクシア藻類はリンの代謝に関して陸上植物を含む系統とは異なっており、緑色葉緑体をもったグループの中では独自に進化したことを裏付けている可能性があります。今後はこのポリリン酸代謝経路がトレボウクシア藻類全体に共通しているか調べ、高効率でリンを蓄積するクロレラの探索に努める必要があります。クロレラを用いたリンのバイオレメディエーションやバイオリファイナリーには、地上から失われつつあるリンの水中での回収に役立つことが期待されています。
<謝辞>
本研究は、東京大学大学院新領域創成科学研究科、株式会社日立ハイテクノロジーズとチェコ科学アカデミー微生物学研究所との共同研究によるものです
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」の一環として実施されました。
発表雑誌
雑誌名:サイエンティフィックリポーツ(Scientific Reports)
出版日:2016年5月16日
論文タイトル:Deciphering the relationship among phosphate dynamics, electron-dense body and lipid accumulation in the green alga Parachlorella kessleri
著者:大田修平、吉原真衣、山_誠和、竹下毅、平田愛子、許斐麻美、大島健志朗、服部正平、カテリーナ・ビィソバ、ヴィレム・ザッハレーダー、河野重行*(*責任著者)
DOI番号:doi: 10.1038/srep25731
問い合わせ先
(取材に関する問い合わせ)
東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻
教授 河野重行
TEL: 04-7136-3673 FAX: 04-7136-3674 e-mail: kawano@k.u-tokyo.ac.jp
(リリース文内容問い合わせ)
東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻
特任助教 大田修平
TEL: 04-7136-3679 FAX: 04-7136-3674 e-mail: ota_shuhei@ib.k.u-tokyo.ac.jp
(JST事業に関する問い合わせ)
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ライフイノベーショングループ
川口哲
TEL:03-3512-3524 FAX:03-3222-2064 e-mail:crest@jst.go.jp
用語解説
(注1)エネルギー分散型X線分析法: X線などを物体に照射した際に発生する特性X線・蛍光X線を検出し、そのエネルギーと強度から、物体を構成する元素と濃度を調べる元素分析手法。
(注2)電子密度:単位体積あたりの電子の存在確率。透過型電子顕微鏡で試料を観察すると、白黒の濃淡で観察されるが、電子密度の高い部分は黒く、逆に電子密度の低い部分は白く見える。
(注3)ポリリン酸:数十から数百の無機リン酸(オルトリン酸)が重合したポリマーで、細胞内に貯蔵される。ポリリン酸の生物学的役割は、エネルギーの貯蔵の他、多岐に渡る。
(注4)バイオレメディエーション、バイオリファイナリー:バイオレメディエーションは、生物学的環境修復のことを指し、生物がもつ環境浄化能力を利用して汚染環境を浄化すること。バイオリファイナリーは、再生可能資源であるバイオマスを燃料、エネルギー、熱、高付加価値化学物質などに転換する技術。
(注5)トレボウクシア藻類:緑藻植物門に含まれる藻類のうち、単細胞性で、生活環に鞭毛をもたない不動性の球形細胞をもつグループ。トレボウクシア藻類の中ではクロレラがよく知られており、増殖能が良いことから、バイオ燃料や高付加価値物質を産生する藻類として注目されている。
(注6)液胞:細胞の内部に存在し、特定の機能を分担している構造体(細胞小器官)のひとつ。植物、藻類、菌類に特有の細胞小器官で、一重の液胞膜で囲まれた構造体。内腔に水、無機塩、酵素、二次代謝産物などが含まれる。
(注7)トランスクリプトーム:ゲノム(DNA)にある遺伝子情報は、RNAに転写され、タンパク質に翻訳される。転写されたものを転写産物あるいはトランスクリプトと呼び、細胞内の全転写産物(全RNA)の種類と量を網羅的に解析することをトランスクリプトーム解析と呼ぶ。
(注8)アクチン関連タンパク質(Actin-related protein: Arp):アクチンは真核細胞の細胞骨格を構成するタンパク質で、例えば、筋細胞ではミオシンと共に筋収縮を担うことが知られている。アクチン関連タンパク質はアクチンに20?50%相同性をもつタンパク質群を指す。
チェコ科学アカデミー微生物学研究所:英文表記はInstitute of Microbiology of the Czech Academy of Sciences、チェコ語表記はMikrobiologicky ustav (MBU) Akademie v?d ?eske republiky
添付資料
図1 細胞に蓄積する全リン量とポリリン酸量の経時的変化
(A)は細胞に蓄積された全リン量の経時的変化、(B)は細胞に蓄積したポリリン酸量の経時的変化を示します。硫黄飢餓ストレス条件(赤)では、栄養飢餓を与えていない条件(栄養塩ストレス無し)と比べて、細胞当たりのリンの蓄積量が2日目で4.3倍に達しました。硫黄飢餓ストレスでは、培養の前半(1?3日目)にポリリン酸としてリンが蓄えられていることがわかりました。
図2 電顕3Dによって解析したオイルとリンを含む高電子密度顆粒の体積変化
2次元の透過型電子顕微鏡画像を断層写真のように積み上げ、細胞全体の3次元立体構築をしました。(A?C)は、細胞にストレスがかからない状態で培養した細胞、(D?F)は細胞にストレスをかけ、デンプンが蓄積した細胞、(G?I)はオイルが蓄積した細胞を示しています。A, D, Gの数値は電顕3Dデータから計算した葉緑体の体積(立方マイクロメートル)を示し、さらにカッコの中に細胞に占める葉緑体の体積をパーセントで示しています。同様に、B, E, Hの数値はオイルボディーの体積、C, F, Iは高電子密度顆粒の体積を示しています。コントロール期では、細胞にオイルは蓄積せず、リンを含む高電子密度顆粒も細胞全体積あたり1.1%ですが、ストレスを与え、デンプンが蓄積し始めると、リンを含む高電子密度顆粒の体積が増し(8.1%)、さらにオイルが細胞の約半分まで蓄積する段階になると、リンを含む高電子密度顆粒の体積は12.4%に達しました。スケールバーは5マイクロメートル(0.005ミリメートル)を示します。
図3 電顕3Dによって捉えられたリンとオイルの蓄積によって起こる急激な細胞変化
リンを含む高電子密度顆粒(濃い灰色)がよく見える位置で、立体構築した細胞を割ってリンの蓄積順に示しました。(A)コントロール期の細胞、(B)デンプン蓄積期の細胞、(C)オイル蓄積期の細胞を示します。培養齢が進むにつれリンを含む高電子密度顆粒(濃い灰色)部分が多くなっていることがわかります。
*立体構築画像に関してはムービーを用意してあります。必要な場合は、問い合わせ先までご連絡下さい。