研究成果

指で曲げるだけで電流が倍になる有機物半導体を開発 - 従来比15倍の歪感度により低コスト・高感度の応力・振動センサ応用へ -

投稿日:2016/04/04
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発表者

竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授)

発表のポイント

◆手の力だけで電気伝導率が約2倍になる、低コスト・高感度の応力センシング材料を開発した。
◆本研究グループが開発した、柔らかくて印刷できる低コストの単結晶高移動度有機物半導体薄膜(注1)を用いており、従来の金属薄膜歪センサより、15倍も高い歪感度(注2)を実現した。
◆心拍センサなどのヘルスケアデバイス、介護用ロボットの入力に必要な人体動作センシングなどに展開されるとともに、IoT (The Internet of Things)社会の基盤になる低コストセンサへの適用が期待される。

発表概要

 東京大学大学院新領域創成科学研究科竹谷純一教授らは、東京工業大学宍戸厚准教授らと共同で、指の力を加えるだけで電気伝導率が約2倍になる、新しい半導体材料を開発しました。本研究グループが開発した、柔らかくて印刷できる単結晶高移動度有機物半導体薄膜を用いることにより、低コストで1桁以上高感度の応力応答デバイスが可能となります。印刷による簡便な方法で、一般的なプラスティック材料上にも簡単に製作できます。今後、心拍センサなどのヘルスケアデバイス、介護用ロボットの入力に必要な人体動作センシングなどへの応用に展開されるとともに、橋や道路などの構造物の劣化診断に用いる歪センサを大量に供給するなど、IoT社会の基盤になる低コストセンサへの適用が期待されます。
 本研究グループは、こうした巨大な応答を実現するメカニズムが、分子の熱振動を抑制するという新しい応力応答の効果によることを突き止めました。通常は、電圧入力に対する電流出力の応答が速い高性能の有機デバイスを開発するために、新規化合物の合成に頼りますが、本研究グループは、指の力で曲げるだけで、大幅な高速化を実現できることを示しました。実際、半導体の性能指標である移動度(注3)は、現状最高レベルである10 cm2/Vsから17 cm2/Vsに向上し、これに比例して電流応答のスピードが1.7倍速くなることを示しました。この結果は、基板からの応力などによって、熱振動を抑制すると、移動度効果が大きいことを示しているため、今後の新規半導体材料の開発方針の新機軸にもなることが期待されます。
 一連の成果は、Nature Groupの学術誌Nature Communicationsに掲載されます。また、Nature Asia Materialsに関連論文が掲載されます。

発表内容

【背景】
 有機半導体は、現在主に用いられているシリコンなどの無機半導体と比ベて機械的に柔軟であり、印刷による簡便な方法で低コスト生産をすることができる特長があります。これまで、電気伝導特性や電界効果特性などのさまざまな物性が調べられてきましたが、応力による歪を加える効果については、有機半導体の機械的柔軟性に直結するにも関わらず、あまり詳しく研究されていませんでした。シリコンなどの無機半導体においては、強く共有結合している原子間の距離が小さくなることによる電気伝導度の増加が知られていますが、有機半導体では、弱い分子間力で結びついていて、しかも室温で各分子が激しく振動していることが圧力によってどのように変化して、電気伝導がどのような影響を受けるかは、興味深い研究対象でした。新しいメカニズムにより、従来の金属薄膜歪センサよりも高い歪感度が実現すれば、微小振動のセンシングデバイスなど、広く社会的な用途が期待されます。

【手法と成果】
(1) 応力歪の効果を再現性よく電流応答に変換する高移動度単結晶有機トランジスタの開発
 通常の有機半導体トランジスタでは、結晶軸方向がランダムな結晶粒の集合である多結晶であるため、応力による歪の効果が結晶粒間の電流に影響し、応答の大きさが制御不能なのに対し、本研究グループが開発したデバイスは、単結晶の有機半導体を用いるため、応力に対する電流の応答が物理的に対応するセンサ機能を有する特長があります。さらに、本研究グループが開発した高移動度の有機半導体材料であるC10-DNBDT(注4)を、50 nm(注5)以下の厚さの薄膜結晶化する独自の溶液塗布による製膜方法を用いることによって、高い感度を実現する構造を構築しました。インク溶液から液中成分の結晶を成長させる手法を用いることにより、将来印刷による簡便な方法で低コストのデバイス製作が可能になります。

(2) 応力歪を精密に再現性よく加える装置の開発
 本研究グループは、プラスティックフィルム上に作製した単結晶有機半導体トランジスタに加える応力を制御して、信頼度の高い電気伝導度測定を可能にする応力歪導入装置を開発しました(図1)。単結晶の有機半導体トランジスタに、本装置によって応力歪を正確に導入することに成功し、精密な応力効果測定を可能にしました。

(3) 高移動度単結晶有機トランジスタの巨大な歪応答の発見
 プラスティックフィルム上に作製した単結晶有機半導体トランジスタに、指でも可能な程度の小さい応力を加えたところ、3%もの歪が得られる柔軟性を示し、かつ伝導度が約2倍にもなる巨大な応力歪応答を見出しました(図2)。これは、従来の金属薄膜歪センサより、15倍も高い歪感度が実現していることを意味します。このように、ひずみ感度が良い上に、きわめて柔らかいセンサが構成できることは、生体動作のセンシングなどさまざまな応用において、優位性があります。
 また、通常は、電圧入力に対する電流出力の応答が速い高性能の有機デバイスを開発するために、新規化合物の合成に頼りますが、本研究グループは、歪効果によって、大幅な性能向上を実現できることも示しています。実際、半導体の性能指標である移動度は、現状最高レベルである10 cm2/Vsから17 cm2/Vsに向上し、電流応答のスピードが1.7倍に向上できることを示しました。
 さらに、応力下での結晶構造解析と琉球大学柳沢将准教授らによる理論計算によって、こうした巨大な応答を実現するメカニズムが、分子の熱振動を抑制する新しい応力の効果によることを突き止めました。

【今後の期待】
 単結晶高移動度有機物半導体薄膜は、印刷による簡便な方法で低コストの量産が可能であるため、今後、心拍センサなどのヘルスケアデバイス、介護用ロボットの入力に必要な人体動作センシングなどへの展開が期待されます。また、橋や道路などの構造物の劣化診断用の歪センサや、物流過程でのショック検出など、IoT社会の基盤になるさまざまな低コストセンサへの適用が期待されます。本研究グループは、パイクリスタル株式会社(注6)と共同で、デバイス開発を進めるとともに、社会実装への取り組みを行います。

発表雑誌

雑誌名: Nature Communications
論文タイトル:Suppressing molecular vibrations in organic semiconductors by inducing strain
著者:T. Kubo, R. Hausermann, J. Tsurumi, J. Soeda, Y. Okada, Y. Yamashita, N. Akamatsu, A. Shishido*, C. Mitsui, T. Okamoto, S. Yanagisawa, H. Matsui*, and J. Takeya*

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
教授 竹谷純一
Tel:04-7136-3790
E-Mail:takeya@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) 単結晶高移動度有機物半導体薄膜:本研究グループが開発した、溶液を乾燥させながら結晶化するプロセスによって、50 nm以下の膜厚で分子を規則正しく配列させた高性能の有機半導体薄膜。トランジスタを構成した際に、移動度が10 cm2/Vsを超える極めて高いデバイス性能が得られることを特長とする。

(注2) 歪感度:電気抵抗の変化によって歪量をセンシングする歪センサの性能指標。電気抵抗の変化量のセンシング材料の長さ変化に対する比で定義される通常の金属薄膜歪ゲージでは、2程度であるのに対して、本研究グループのデバイスでは30以上になる。
(注3)移動度:移動度は半導体の中に注入された電子キャリアの動きやすさを表し、トランジスタの性能指標となる。

(注4) C10-DNBDT:正式名称は、3,11-didecyldinaphto[2,3-d:2’,3’-d’]benzo[1,2-b:4,5-b’]dithiophene。本研究グループがはじめて合成に成功した、高移動度の有機半導体化合物の略称。溶液からの単結晶薄膜化により、移動度が10 cm2/Vsを超える極めて高性能の有機トランジスタが得られる。

(注5)nm(ナノメートル): 1mの10億分の1

(注6) パイクリスタル株式会社:2013年設立(本社:大阪市)。本研究グループの印刷できる高性能の有機トランジスタ技術を社会実装することを目的とする企業。大型フレキシブルディスプレイ、印刷できる論理回路(printed LSI)、及びセンサ機能つき低コスト電子タグの実用化を目指す。

添付資料

図1 プラスティックフィルム状の単結晶高移動度有機物半導体薄膜トランジスタに歪を導入し、電気伝導特性の変化を測定する実験装置。

図2 プラスティックフィルム状の単結晶高移動度有機物半導体薄膜トランジスタに歪を導入し、2.9%の歪サイズ(初期の長さに対する応力印加後の長さ変化量の比)で電気伝導度が2倍になる効果を示す。横軸は、キャリアを導入するために、トランジスタデバイスに加えるゲート電圧。