平井 大悟郎 (東京大学物性研究所 助教)
矢島 健 (東京大学物性研究所 助教)
浜根 大輔 (東京大学物性研究所 技術専門職員)
金 昌秀 (東京大学物性研究所 研究員)
秋山 英文 (東京大学物性研究所 教授)
河村 光晶 (東京大学物性研究所 特任研究員)
三澤 貴宏 (東京大学物性研究所 特任研究員)
阿部 伸行 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 助教)
有馬 孝尚 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
廣井 善二 (東京大学物性研究所 教授)
見る方向や光の偏光によって三色に変化する物質を発見
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発表者
発表のポイント
◆ 見る方向や光の偏光方向によって、色が劇的に変化する、レニウムを含む新物質の合成に成功した。
◆ 光の偏光方向によって、吸収する光が異なることで、色が変化する機構を解明。
◆「多色性」と呼ばれるこの物質の性質は、5d電子(注1)をもつ元素に特有の性質であり、同様の光学特性をもつ物質の開発指針を与える。
発表概要
東京大学物性研究所の平井大悟郎助教、廣井善二教授らの研究グループは、5d電子をもつ元素のレニウム(Re)を含む新物質Ca3ReO5Cl2の合成に成功しました。この物質は、見る方向によって色が緑からオレンジに変化し、さらに光の偏光により、赤・黄・緑の3つの全く異なる色を示すことを発見しました(図1)。
本物質では、含まれるレニウムのd電子(注1)がエネルギーのより高い状態に励起されるときに、光を吸収することで色を示します。光学測定や理論計算を行った結果、入射する光の偏光によって吸収されるエネルギー(光の色)が異なるため、色の変化が起こることを明らかにしました。また、この性質は、5d電子をもつ元素であるレニウムを含むことと、レニウムのまわりに酸化物イオンと塩化物イオンという2種類の陰イオンが存在するため現れることがわかりました。今回発見された新物質の特異な光学特性は、5d電子を含む物質の新たな可能性を示し、今後同じような光学材料を開発する際に指針を与える成果です。
本研究成果はアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に7月17日にオンライン公開されました。
発表内容
�@研究背景
私たちの身の回りにある物質はさまざまな理由で色をもちます。なかでも宝石のような無機化合物のほとんどのは、電子がエネルギーのより高い軌道に励起されるときに特定のエネルギーをもつ光を吸収し、発色します。例えば、ルビーは、コランダムという透明な鉱物の中に遷移金属元素のクロムが微量に含まれたものであり、クロムの3d電子(注1)が光によって励起される際に、緑色の光を吸収するため、緑の補色である赤色になります。3d遷移金属化合物は非常に種類が多く、多彩な色を示す無機材料として顔料などに使用されています。
一方、原子番号のより大きな4d遷移金属元素や5d遷移金属元素の化合物は、研究例が少なく、その機能性は未開拓のままです。近年、スピントロニクス(注2)の分野やトポロジカル絶縁体(注3)の分野でこうした元素に注目が集まっており、特に5d電子系において物質開発や機能性の探索が盛んに行われています。さらに、これまでの物質探索は酸化物を中心に行われてきましたが、2種類以上の陰イオンを含む複合陰イオン化合物において新たな機能性が発現する事が示唆され、この観点からも新物質の探索が行われています。
�A研究内容
本研究では、5d電子をもつ元素としてレニウムを、陰イオンとして酸素(O)と塩素(Cl)を含む新物質Ca3ReO5Cl2の合成に成功しました。この物質の色は見る方向によって緑から茶色に変化し、さらに入射光の偏光により、赤・黄・緑の3つの全く異なる色を示すことを発見しました(図2)。光学特性を詳しく調べたところ、レニウムの5d軌道に1つだけ存在する電子が、エネルギーの高い空の5d軌道へ励起されるときに可視光を吸収することがわかりました。レニウムの軌道状態を計算すると、軌道の対称性と光の偏光方向の関係によって光の吸収が選択的に起こるため、偏光方向によって全く違う色を示すことが明らかになりました(図3)。
以上のことから、多色性という特殊な性質を示すための条件の1つとして、レニウムの周りの酸素がピラミッド型に結合し、その反対側に塩素イオンがあることが重要であることがわかりました。この上下で非対称なピラミッド型の結合により、偏光方向と吸収する光に選択性が生じます。また、可視光で吸収が起こるためには、5d電子状態が適当なエネルギー分裂をもつことも重要であることが明らかになりました。さらに、カルシウムという第4の元素がレニウムと酸素が作る多数のピラミッドの間に入っており、ピラミッド間の距離を保つ役割を果たすことで美しい発色を助けています。
�B今後の展望
本研究で得られた知見は、今後より強い色の変化や、異なる色の変化を示す物質を開発するための指針を与える成果です。また、本物質のもつ5d電子は磁性を示す(注4)ので、磁場による色の制御などの展開も期待されます。
本研究は、科学研究費(15K17695)日本学術振興会(Core-to-Core Program for Advanced Research Networks)、科学技術振興機構(先端計測分析技術・機器開発プログラム)、産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ、APSA、 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の助成を受けて行われました。
図1.多色性を示すCa3ReO5Cl2の結晶
図2(a)Ca3ReO5Cl2の結晶構造と入射光の偏光方向。5つの酸素がピラミッド型にレニウムと結合している。(b)本研究で合成した新物質Ca3ReO5Cl2の結晶を様々な方向から観察した写真と、その可視光領域での透過率。bc面は低エネルギーの光だけを透過するため、茶色をしているが、ab面とac面は緑色の光に対応する2.4電子ボルト付近の光を透過するため緑色に見える。(c)結晶を偏光板を通して観察した時の写真とその吸光度スペクトル。入射光の偏光方向は、それぞれ結晶のa、b、c軸方向に向いている。1から2.5電子ボルトのエネルギーに存在する光吸収のピークは、レニウムのd電子の励起に対応している。
図3.レニウムの5d軌道の配列と光吸収の模式図。光の偏光方向と軌道の対称性によって、吸収される光のエネルギーが変化する。
発表雑誌
雑誌名:「Journal of the American Chemical Society」(米国時間7月17日オンライン公開)
論文タイトル:“Visible” 5d orbital states in a pleochroic oxychloride
DOI: 10.1021/jacs.7b05128
URL: http://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.7b05128
著者: Daigorou Hirai, Takeshi Yajima, Daisuke Nishio-Hamane, Changsu Kim,
Hidefumi Akiyama, Mitsuaki Kawamura, Takahiro Misawa, Nobuyuki Abe,
Taka-hisa Arima, and Zenji Hiroi
お問い合わせ
【研究に関すること】
東京大学物性研究所 助教
平井 大悟郎(ひらい だいごろう)
TEL: 04-7136-3447
E-mail: dhirai@issp.u-tokyo.ac.jp
【報道に関すること】
東京大学物性研究所 広報室
TEL: 04-7136-3207
E-mail: press@issp.u-tokyo.ac.jp
用語解説
(注1)d / 3d / 4d / 5d電子
原子核のまわりを回っている電子は、それぞれ特定の電子軌道に入り、電子軌道はその性質の違いから、s軌道、p軌道、d軌道などの名前がついています。このうち、d軌道に入る電子をd電子と呼びます。遷移金属とよばれる鉄や銅などの、周期表で第3族から11族に属する元素はd電子をもちます。電子の数が増えると、より外側の電子軌道に電子が入り3d、4d、5d軌道と区別されます。鉄や銅など第4周期の元素は3d電子を、銀など第5周期の元素は4d電子を、白金や本研究で扱ったレニウムなどの第6周期の元素は5d電子をそれぞれもちます。
(注2)スピントロニクス
従来のエレクトロニクス素子では、電子が持つマイナスの電気が蓄積されたり流れたりすることを利用している。電子は磁石としての性質も持つため、これも利用することでより高機能の素子ができる可能性がある。このような素子の開発に関連する学問・技術分野をスピントロニクスと呼ぶ。
(注3)トポロジカル絶縁体
電気を流さない絶縁体の構成元素の原子番号が大きくなると、表面だけ電子が流れるようになることがある。このような絶縁体をトポロジカル絶縁体と呼ぶ。トポロジカル絶縁体では、表面を流れる電子の運動方向とその電子の持つ磁石の向きの間には規則性があり、スピントロニクス素子への応用も期待されている。
(注4)5d電子の磁性
すべての電子は小さな磁石であることが分かっている。しかし、ほとんどの電子は逆向きの磁石として働く別の電子と対になっていて、対としては磁石としての性質を失う。今回開発した物質では、レニウム原子の5d軌道に一つだけ電子が入っているため、このような対を組む相手となる電子がない。このため、小さな磁石としての性質が失われることなく、外部から磁場を与えるとそれに応答してエネルギーが変化する。