鈴木 宏二郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端エネルギー工学専攻 教授)
今村 宰 (日本大学生産工学部環境安全工学科 准教授)
山田 和彦(宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 准教授)
展開型エアロシェル実験超小型衛星(EGG)の大気圏突入
- 研究成果
- 記者発表
発表のポイント
◆ガス充填で展開するエアロシェル(注1)を有する超小型衛星(衛星名:EGG・読み:エッグ、重さ約4kg)を開発し、
宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」からの超小型衛星放出機会提供(注2)を利用して軌道降下、大気圏突入の飛行実証を行いました。
◆イリジウム衛星通信サービスを用いた衛星運用、展開型エアロシェルを持つ超小型衛星の大 気圏突入、について飛行実証に成功しました。
◆本実験の成功は、通信ネットワークを利用した地上アンテナ不要の低コスト衛星運用、超小型衛星が宇宙から ものを持ち帰る新サービス、
超小型着陸機による低コスト惑星探査の実現につながるものです。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木宏二郎教授、日本大学生産工学部の今村宰准教授、JAXA宇宙科学研究所の山田和彦准教授らは、ガス充填で展開するエアロシェルを有する超小型衛星(衛星名:EGG、展開前の大きさ約11cm×11cm×34cm、展開後のエアロシェル直径約80cm、重さ約4kg)を開発し、宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」(高度約400km)からの超小型衛星放出機会提供を用い、軌道降下、大気圏突入の飛行実験に成功しました。衛星は2017年1月16日に放出され、2月11日のエアロシェル展開成功の後、発生する空気抵抗により降下を始めました。5月15日5時32分(JST)、太平洋上の高度95km(推定)での通信を最後として、大気圏突入の空力加熱(注3)により、衛星は予定通り焼失、ミッションは完了しました。約118日間に及ぶ飛行中に:1)約6800回に達する宇宙でのイリジウムSBD通信(注4)による世界初の衛星運用実証、2)ガス充填方式によるエアロシェル展開、3)軌道降下データの取得、4)大気圏突入開始飛行データ取得、を行いました。EGG衛星は極小サイズの衛星でありますが、その成果は、イリジウム衛星通信ネットワークを用いた地上アンテナ不要の低コスト衛星運用、宇宙からものを持ち帰る超小型衛星サービス、超小型着陸機による低コスト惑星探査など、人工衛星の新しい技術への道を拓いたと言えます。
発表内容
�@研究の背景・先行研究における問題点
大気は、地球をはじめ大気ある惑星において、地上が宇宙に向けて開けている唯一の窓であり、宇宙空間から地上へ物資や人員を輸送する際の大気圏突入飛行技術の成熟なしに宇宙活動の隆盛はあり得ません。大気圏突入において、最も厳しいハードルのひとつは、空力加熱による火の玉対策です。これまでは、予測(いかに精度よく予測するか)と防御法(いかに高温まで耐えられるか)に関する研究に重点が置かれてきました。しかし、それとは別に、空力加熱そのものを低下させる方法を探る努力も重要です。
弾道係数(注5)を下げると、軽くて空気抵抗が大きい機体が実現されるため、大気圏突入時の空気ブレーキの効きが大変良くなります。大気密度の薄い高高度で効率的に空気ブレーキがかかれば、密度の高い低高度を高速で飛行する必要がなくなり、空力加熱を弱くすることができます(図1)。このことは、耐熱性および強度に優れた膜面材料を用いて軽量大面積のエアロシェルを作ることで実現可能となります。展開型エアロシェルは、地球だけでなく火星のような低密度大気での効率的な減速に威力を発揮し、また、使用前はたたんで収納できるため、小さな衛星でも搭載可能となります。東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木宏二郎教授、日本大学生産工学部の今村宰准教授、JAXA宇宙科学研究所の山田和彦准教授らの研究グループは、この方式に着目し、2000年頃より研究開発と実験機による飛行実証を行ってきました(図2)。
�A研究内容(具体的な手法など詳細)
展開型エアロシェル技術の宇宙実証を目的とした超小型衛星(EGG)を、国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」放出超小型衛星の放出機会提供に提案し、2014年9月に採択されました。EGGとは、re-Entry satellite with Gossamer aeroshell and GPS/Iridium(超軽量エアロシェルとGPS/イリジウム通信を搭載した大気圏再突入衛星)の略称です。開発したEGG衛星(図3)はガス充填で展開する浮き輪型のフレームで保持されるエアロシェルを有しており、展開前の衛星の大きさは約11cm×11cm×34cm、重さは約4kg、展開後のエアロシェル直径は約80cmです。EGG衛星の目的は
・宇宙でのGPSを利用した位置情報取得とイリジウムSBD通信による衛星運用実証
・軌道上でのガス充填方式によるエアロシェル展開実証
・低弾道係数化による軌道高度降下データの取得 です。安全のため、衛星は高度約90kmで空力加熱により焼失するように設計されていますが、焼失までに ・将来の大気圏突入システムにむけた突入初期飛行データ取得 もエキストラな目的として設定されています。(図4:EGG衛星ミッションのシナリオ)
衛星は2016年12月9日にHTV6号機に搭載されて打上げられ、その後、「きぼう」内での待機を経て、2017年1月16日にJAXAの小型衛星放出機構(J-SSOD)によって、高度約400kmより放出されました。1月17日にイリジウム通信サービスを経由した衛星からのデータ受信に成功し、イリジウム衛星通信システムのみによって衛星を運用する世界初の人工衛星となりました。
2月11日にエアロシェル展開のコマンドを衛星に送信し、その後に衛星から送られたガス圧データのモニターと搭載カメラによる映像で展開が行われたことを確認しました。エアロシェルに発生する空気抵抗により衛星は降下を始め(図5)、5月14日20時06分(JST)に搭載GPSの高度が200km以下となって、大気圏再突入に入りました。5月15日 5:32(JST)に太平洋上の高度95km(推定)で最後の通信(ただし不完全)が送られ、その後、衛星は空力加熱により、予定通り焼失したと考えられます。衛星は焼失の直前まで、総計約6800回におよぶイリジウムSBD通信を行い、エアロシェル画像(図6)を含む大量の貴重なデータが得られました。
�B社会的意義・今後の予定など
EGG衛星で得られた成果と、その意義と今後の展望を以下にまとめます。
1)宇宙でのGPSを利用した位置情報取得とイリジウムSBD通信による衛星運用実証
→地上アンテナ等専用地上設備不要の既存通信ネットワークインフラを利用した
低コスト衛星運用が可能に。
2)軌道上でのガス充填方式によるエアロシェル展開
3)低弾道係数化による軌道崩壊データの取得
4)将来の大気圏突入システムにむけた突入初期飛行データ取得
→超小型低コスト大気圏突入システムの開発。超小型衛星が宇宙からものを持ち帰る
新サービスへの展開。超小型着陸機による低コスト惑星探査*の実現へ。 * 展開型エアロシェルは近年、そのメリットが認められ海外でも研究開発が行われています。最も力をいれているのはアメリカ(NASA)で、HIAD計画とよばれる飛行実証プログラムが進められています。ただし、これは、将来の超大型火星着陸探査機では、必要となるエアロシェルが大型化し、打上げロケットへの搭載が困難になることへの対策であり、EGG衛星のような超小型軽量システムを指向したものではありません。 EGG衛星は姿勢や軌道を制御するエンジンを持たない衛星でした。実用衛星として運用上の利便性を考えると、超小型エンジンを搭載し、自律性を有するシステムとして発展させることが必要です。現在、このEGG衛星システムと同じ大きさで機能を強化させたスーパーEGG衛星を検討中です。
学会発表
第31回宇宙技術および科学の国際シンポジウム(The 31st International Symposium on Space Technology and Science)
(2017年6月3日~9日、愛媛県松山市)
http://www.ists.or.jp/にて結果速報を発表(2017年6月7日):
「Re-entry Nano-Satellite with Gossamer Aeroshell and GPS/Iridium deployed from ISS」
発表者:山田和彦
問い合わせ先
東京大学大学院新領域創成科学研究科先端エネルギー工学専攻
教授 鈴木 宏二郎(すずき こうじろう)
電話:080-3380-6721 E-mail: kjsuzuki@k.u-tokyo.ac.jp
用語解説
(注1)エアロシェル:人工衛星が大気圏に突入する際に、機体を空力加熱や風圧から守り、かつ、空気抵抗を発生させて減速させるための構造体のことです。表面全体が熱防御材料でできており、大半は衛星本体をその内部に搭載するカプセル型です(例:はやぶさサンプルリターンカプセル)。
(注2)超小型衛星放出機会提供:JAXAが提供しているCubeSat規格衛星(1?3U、1Uサイズ=約10cm×10cm×10cm)および50kg級の超小型衛星を、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」から放出機構(J-SSOD)で打ち出す機会のことです。 http://iss.jaxa.jp/user/opp/jssod/
(注3)空力加熱:大気圏に突入した飛行体表面では、ぶつかってきた大気分子が静止させられて運動エネルギーを解放して高温となります。そのため、飛行体は高温の気体に包まれて(火の玉状態)、表面は高温気体から加熱(空力加熱)を受けることになります。
(注4)イリジウムSBD通信:アメリカ・イリジウム社が提供するグローバルな通信サービスのことです(日本ではKDDI社が窓口)。SBD(ショートバーストデータ)は、小容量パケットデータサービスで、メールの添付ファイルのイメージでデータ通信を行うことができます。イリジウム衛星ネットワークとイリジウム地球局を介して、インターネット接続されたユーザーと通信機器(ここではEGG衛星)間の通信が可能となります。地上では通信インフラとして確立されていますが、宇宙空間でのグローバル通信としての有効性については、これまで明らかになっていませんでした。
(注5)弾道係数:人工衛星の質量をその面積と空力抵抗係数(これに動圧(風圧のこと)と面積をかけると空気抵抗力になる)の積で割ったものになります。弾道係数が小さいと、軽くて空気抵抗が大きい、すなわち、空気抵抗によるブレーキが効きやすいことになります。軽量大面積の低弾道係数機体では、大気圏突入の火の玉状態が厳しくなる前に減速してしまうため、空力加熱が大幅に緩和されます。