研究成果

原子一個の電気陰性度の測定に成功! ―化学結合の本質に迫る―

投稿日:2017/04/27
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発表者

小野田 穣(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任研究員(当時 日本学術振興会 特別研究員))
杉本 宜昭(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)
 

発表のポイント

○原子間力顕微鏡を用いて、固体表面上の原子一つひとつに対して電気陰性度を測定することに成功した。
○同一の元素でも、周囲の化学環境(どの元素とどのように結合しているか)が異なる場合は、電気陰性度が変化することを実証した。
○本手法によって、応用上重要なさまざまな触媒表面や反応性分子の化学活性度を原子スケールで調べられるようになった。

発表概要

 東京大学大学院新領域創成科学研究科の小野田穣特任研究員と杉本宜昭准教授らの研究グループは、固体表面上の個々の原子の電気陰性度を測定する新しい手法を発見しました。物質のなかでは共有結合、イオン結合、水素結合などさまざまな結合様式がありますが、電気陰性度はこれらの化学結合の様子を決める上で最も重要な量となります。これまでは周期表の各元素に対して1つの電気陰性度が与えられていましたが、今回、原子を一つひとつ観察することが可能な原子間力顕微鏡(AFM、注1)を用いることで、個々の原子の電気陰性度を定量化することに初めて成功しました。これにより、例えば同一のシリコン原子であっても、そのシリコン原子が周囲とどのように結合しているか、また、どの元素と結合しているかによって電気陰性度も変化することが実証されました。本手法によって、周期表上の電気陰性度とは異なる、さまざまな化学環境下に置かれた元素の電気陰性度を測定することができるため、触媒表面上の原子や反応性の高い分子などの化学活性度への理解が進み、酸化チタンなどの機能性材料の更なる開発につながることが期待できます。

 

 

発表内容

 二つの原子が化学結合を形成する際、電子を互いに均等に共有する場合は「共有結合」、片方の原子からもう片方の原子へ完全に電子が移行する場合は「イオン結合」となります。一般的には、酸化物などのほとんどの物質はこれらの中間である「極性共有結合」(図1)をとります。例えば、シリコン-シリコン原子間では共有結合となりますが、シリコン-酸素原子間では電子が酸素側に大きく偏るため非常に強い極性共有結合となります(図1)。このような極性共有結合において、どの元素がどれだけ電子を引き寄せるかの強さの尺度は「電気陰性度」で表されます。電気陰性度は1932年にポーリング(注2)によって初めて具体的な式が与えられました。これまで電気陰性度は主にガスの反応熱のデータをもとに周期表の各元素に対して実験的に1つの値が定められています。高校化学の教科書に登場する電気陰性度もこの値です。しかし、これら反応熱のデータは多数の原子の集団平均的な量であり、また、ガス状の軽い分子など熱化学的手法が適用できる試料しか取り扱いができませんでした。

  一方、AFMは、鋭い針を観察対象に近づけて、針先端の原子と表面の原子との間に働く化学結合力を測定することで、表面を観察することができます。AFMでは、針に取り付けられた板バネのたわみを検出することによって、個々の原子上での化学結合力や結合エネルギーを定量化できます(図2a)。近年のAFMの発展は目覚ましく、困難とされていた原子スケールでの元素識別や、化学の教科書でしか見たことがなかった有機分子のベンゼン環の可視化に成功しており、化学の分野に大きな貢献をしてきました。

 本研究では、化学の重要な基本概念である電気陰性度をAFMによって原子スケールで測定できることを発見しました。測定対象として、まずは酸素原子を選びました(図2b)。酸素を吸着させたシリコン表面で測定を行った結果、対象原子のうち酸素原子上では大きな結合エネルギーが働くことが分かりました(図2c)。針の材質はシリコンであるため、針先端のシリコン原子と表面の酸素原子のあいだにシリコン-酸素間の極性共有結合が形成されたことが示唆されます。同様の測定を表面のシリコン原子上で行うと、シリコン-シリコン間に形成する共有結合エネルギーを見積もることができます(図2c)。このような二種類の結合エネルギーの関係を系統的に調べた結果、これらのエネルギーの関係はポーリングの式によって説明できることが分かりました。更に、ポーリングの式は原子間の電気陰性度差と結び付けられているため、個々の原子の電気陰性度を見積もることが可能であることも分かりました。本研究では酸素だけでなく、ゲルマニウム、スズ、アルミニウムといった他の元素の電気陰性度も測定することができました(図3a)。単一の原子の状態で各元素の電気陰性度を評価したのは世界初の成果となります。

 さらに、本手法によって、同一元素が異なる化学環境下に置かれた場合、電気陰性度がどのように変化するのかも分かりました。図3bに示すように、表面のシリコン原子の下に酸素原子が2個潜り込んだ局所的なシリコン酸化物を本手法によって調べました。その結果、未反応のシリコン原子に比べて、酸化後のシリコン原子の方が電気陰性度はより大きくなることが明らかとなりました。すなわち、酸化物上のシリコンは、特定の反応物に対してより化学的に活性になったといえます。このような情報に従来の方法でアクセスすることは非常に困難であるため、AFMによる電気陰性度測定は固体表面の化学活性度を調べる上で非常に強力な手法となります。

 今回初めてAFMによって個々の原子の電気陰性度を評価することができるようになったため、触媒研究に用いられる遷移金属(チタンや鉄など)のセラミックス(酸化物や窒化物など)表面の各原子や、表面に吸着した単一有機分子の官能基の化学活性度も調べられる可能性があります。また、従来のAFMによる元素識別法は主に第4族の元素に限られていましたが、本手法を応用することでより多くの種類の元素を識別できることも分かりました。従って、電気陰性度測定によって触媒表面や有機分子の化学活性度を評価し、AFM観察によって化学反応を追跡し、そして、反応によって生じた最終生成物の分子や原子を元素識別できる可能性があります。このように、今後もAFMは原子スケールの化学や材料科学を基礎と応用の面から発展させていくことが期待できます。

 

 

図1 化学結合の分類。同種(上図左:シリコン(Si))原子間の結合で電子が対等に共有される場合は共有結合、異種(上図左:ナトリウム(Na)と塩素(Cl))原子間の結合で電子が片方の原子に完全に移行する場合はイオン結合となる。異種(上図中央:Siと酸素(O))原子間の結合で電子が共有されつつ部分的に片方の原子に偏っている場合は極性共有結合となる。2つの元素間の電気陰性度差が大きくなるほどイオン性は大きくなる。

 

 

図2 a:原子間力顕微鏡(AFM)の模式図。b:AFMにより観察した酸素吸着後のSi表面の凹凸像。周期的に並んでいる輝点が清浄なSi原子、最も明るい輝点は表面から突出しているO原子、そして、次に明るい輝点が酸化物(SiO2)となり少し高くなったSi原子をあらわす。c:結合エネルギーの針-試料間距離に対するカーブ。

 

 

 

図3 a: 各元素の電気陰性度を示した周期表の一部。上段がポーリングの値、下段が本研究で測定した値となる。Siを参照値として、O、ゲルマニウム(Ge)、スズ(Sn)、アルミニウム(Al)の電気陰性度を決定した。b::矢印で示されたSi原子の電気陰性度(χ)が周囲の化学環境によって値が変わることを示した図。SiO2上のSi原子の方がより大きな電気陰性度を示すことが本研究で分かった。

 

発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(4月26日付け 第8巻 (2017年)15155頁)

論文タイトル:Electronegativity determination of individual surface atoms by atomic force microscopy

著者: Jo Onoda*, Martin Ondra?ek, Pavel Jelinek, and Yoshiaki Sugimoto

DOI番号:10.1038/NCOMMS15155

問い合わせ先

東京大学大学院新領域創成科学研究科

特任研究員 小野田 穣(おのだ じょう)

TEL:04-7136-3997

E-mail:jonoda@afm.k.u-tokyo.ac.jp

 

東京大学大学院新領域創成科学研究科

准教授 杉本 宜昭(すぎもと よしあき)

TEL:04-7136-4058

E-mail:ysugimoto@k.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)原子間力顕微鏡 (AFM)

鋭い針(探針)を観察対象(試料)に近づけて、探針先端の原子と試料表面の原子との間に働く力を測定することで試料表面を観察する顕微鏡。探針を取り付けた板バネのたわみを検出することによって、探針先端の原子と試料表面の原子の間の微小な力やエネルギーを測定することができる。

 

(注2)ライナス・ポーリング(Linus Pauling)

ポーリングは20世紀で最も重要な化学者の一人である。化学結合の本性を著した教科書「化学結合論(The Nature of the Chemical Bond)」は古典的名著であり、化学界への多大な貢献によって1954年にノーベル化学賞を受賞した。また、核兵器に対する反対運動によって1962年にノーベル平和賞も受賞しており、単独でノーベル賞を2度受賞した数少ない人物の一人である。