ベイズ推定でメスバウアースペクトル自動解析に成功 -プロの技術を全ての人に -
- 研究成果
東京大学大学院新領域創成科学研究科
東京大学大学院理学系研究科
高輝度光科学研究センター
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科、高輝度光科学研究センター(JASRI)は、物質・材料研究機構と共同で、鉄を含む化合物や合金の物性評価に広く用いられているメスバウアー分光(注1)のスペクトルにおいて、価数や配位状態などの化学状態や磁性を評価するパラメータを自動的に推定できる新しい解析方法の基本原理に開発に成功しました。
この手法の開発により、メスバウアー分光の経験の浅い研究者・技術者でもスペクトルの解析ができるようになります。また、核磁気共鳴や摂動核相関法のスペクトル解析においても、自動化に向けた道を拓くことができました。
発表内容
メスバウアー分光法は、原子核の状態分析を通じて特定元素位置での化学状態や磁性に関する知見を得ることができます。メスバウアー分光で得られるメスバウアースペクトルからは、原子核と電子の超微細相互作用である異性体シフト(注2)、四極子分裂(注3)、ゼーマン分裂(注4)の3種類が観測されます。このスペクトルの解析を通じて化学状態や磁性に関するパラメータを抽出するためには、十分な知識や経験が必要と認識されてきました。
本研究では、数値的に模した典型的な形状のメスバウアースペクトルに対してベイズ推定(注5)を適用し、パラメータを自動推定する解析方法の基本原理の開発に成功しました。この基本原理を用いれば、事前情報として結晶構造や帯磁率などのメスバウアー分光以外の実験結果を必要としてきたスペクトルの場合でも、事前情報なしでパラメータとその確からしさを評価することができます。さらに、この解析の原理はメスバウアー分光だけではなく、スペクトル形状を決定するパラメータが共通である核磁気共鳴(注6)や摂動核相関法(注7)など、超微細相互作用を観測する分光法にも適応できる画期的な手法です。
今回の研究成果は、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の森口椋太氏(修士課程2年生)、同大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻の片上舜助教、岡田真人教授(同大学院理学系研究科物理学専攻 兼担)、高輝度光科学研究センターの筒井智嗣コーディネーター、水牧仁一朗コーディネーター、物質・材料研究機構の永田賢二主任研究員らの共同研究によるもので、2022年9月7日付けで日本物理学会英文誌 「Journal of Physical Society of Japan」のオンライン版に掲載されました。
図:メスバウアースペクトルとベイズ推定を用いた自動解析の結果
論文情報
発表雑誌:日本物理学会英文誌 「Journal of Physical Society of Japan」(9月7日付けオンライン版)
論文タイトル:"Bayesian Inference on Hamiltonian Selections for Mössbauer Spectroscopy"
著者:Ryota Moriguchi, Satoshi Tsutsui, Shun Katakami, Kenji Nagata, Masaichiro Mizumaki, Masato Okada*
DOI番号:https://doi.org/10.7566/JPSJ.91.104002
用語解説
(注1)メスバウアー分光
原子核の共鳴現象であるメスバウアー効果を利用した分光法。本研究で対象として57Fe以外に、約40元素、約80核種で測定が可能。放射性同位体を光源としたスペクトル測定のほか、放射光源を用いてもスペクトルの測定が可能である。
(注2)異性体シフト
メスバウアー分光で得られるパラメータの一つ。原子核位置での電子密度の変化を観測することで、計測に用いた原子核位置の元素における価数を知ることができる。
(注3)四極子分裂
メスバウアー分光で得られるパラメータの一つ。原子核位置に生じた電場の勾配の変化を観測することで、計測に用いた原子核位置の元素における局所的な対称性について議論することができる。
(注4)ゼーマン分裂
メスバウアー分光で得られるパラメータの一つ。原子核位置に電子が作る磁場を観測することで、計測に用いた原子核位置での磁気的性質を知ることができる。
(注5)ベイズ推定
ベイズ確率の考え方に基づき、観測事象から、推定したい事柄を確率的な意味で推論することを指す。
(注6)核磁気共鳴
メスバウアー分光とともに、電子が原子核位置に作る磁場や電場勾配を観測することで、原子核の状態を通じて電子状態について知ることができる。医療などに利用されるMRIは核磁気共鳴の原理を利用した画像診断法。
(注7)摂動核相関法
メスバウアー分光とともに、電子が原子核位置に作る磁場や電場勾配を観測することで、原子核の状態を通じて電子状態について知ることができる。メスバウアー分光と同様、放射性同位体を利用した計測法と、放射光を利用した計測法がある。