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細胞培養用の液滴カプセルの超高速分取技術を開発  ―大規模1細胞解析による精密医療、創薬、ウイルス検査、スマートセル産業に貢献―

投稿日:2020/05/30
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発表のポイント

◆細胞を活き活きとした状態で培養できる大きさの微小液滴カプセルを、従来技術よりも20倍のスピードで分取する新規の手法を開発した。

◆本技術が得意とする大きさの液滴内において、細胞の生存率と抗体産生量が上がることを示した。さらに、本技術を用いて増殖スピードの遅い微生物の単離が可能であることを示した。

◆本技術により、液滴に封入されている細胞に関する情報の解析と分取を大規模に行うことが可能となり、精密医療、ウイルス検査、創薬、スマートセル産業などへの展開が期待される。

 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科化学専攻の磯崎瑛宏特任助教、合田圭介教授らは、細胞を活き活きとした状態で培養できる100pLから1nL程度の大きさの微小液滴カプセルを、超高速に操作する手法「逐次駆動誘電泳動力(注1)配列アレイ(Sequentially addressable dielectrophoretic array; SADA)」の開発に成功しました。さらに本技術を用いて、増殖スピードの遅い微生物を単離する原理実証を行い、本技術の有用性や汎用性を確認しました。本研究成果により、微小液滴内で培養した細胞から多くの情報を引き出して標的細胞を含む液滴を分取することが大規模にできるようになり、微生物学、免疫学、遺伝学などの基礎科学における新たな発見や、精密医療、ウイルス検査、創薬、バイオ燃料開発、スマートセル(注2)産業などにおける効率化技術の開発といった、さまざまな応用展開が期待されます(図1)。

 

本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)、同戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)、日本学術振興会(JSPS)の研究拠点形成事業、同科学研究費助成事業、科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)、神奈川県立産業技術総合研究所、ホワイトロック財団、村田学術振興財団の支援を受けて実施されました。

本研究成果は、2020年5月29日(米国夏時間)にScience Advancesのオンライン版で公開されました。

 

発表内容

1)研究の背景と経緯

近年、生物学・薬学の分野において単一細胞をマイクロサイズの微小液滴内に封入し、細胞の分泌物や増殖スピードなどを解析する技術(液滴マイクロ流体工学(注3)技術)が1細胞解析(注4)の重要なツールとして注目されています。単一の細胞を液滴内で培養することにより、例えば、細胞からの分泌物を1細胞レベルで計測することが可能になります。さらに、液滴はマイクロ流路中に流して超高速に操作することが可能なので、これらの解析を短時間で大規模に行い、かつ有用な細胞を分取することが可能になります。しかしながら従来の技術では、液滴の大きさと、1秒間に分取可能な液滴数がトレードオフの関係となっており、液滴マイクロ流体工学技術の応用範囲は制限されていました。すなわち、超高速で分取できる小さな液滴では液滴中の栄養分が十分ではないため、細胞を活き活きとした状態で培養することができず、調べたい細胞が液滴内ですぐに死んでしまったり、分泌物を十分に分泌できなかったりするといった問題がありました。一方で、液滴が大きくなると表面張力(注5)の影響が小さくなり壊れやすくなるため、高速で液滴を分取することができませんでした。

2)研究の内容

本研究では、大きな液滴の分取を従来とは桁違いに高速にできる技術「逐次駆動誘電泳動力配列(Sequentially addressable dielectrophoretic array; SADA)」を開発しました(図2)。本技術では、液滴に加える力のタイミングと位置を巧みに制御することにより、壊れやすい大きな液滴を、優しくかつ超高速に操作することが可能です。具体的には、電極配列のそれぞれの電極を、標的液滴の流れてくるスピードに合わせて順次駆動することにより、電極への引力を標的液滴に追随するように加えることができるので、瞬間的な大きい力を加えることなく超高速操作することが可能になります。さらに、発生する力が局所的な力となるように電極が設計されているので、標的液滴のすぐ隣を流れる非標的液滴には力が加わらずに、標的液滴のみを分取することが可能となります。従来の技術では、高速操作のために瞬間的な大きい力を加える必要があり、大きな液滴を壊さずに操作することは困難でしたが、本技術を用いることにより、その難しさを克服し、20倍の高速分取を実現しました(図3)。さらに、iPS細胞、がん細胞、藻類細胞などの大きな細胞や、凝集性を示す細胞を液滴に封入して分取することが可能であることも実証しました(図3の右図)。また、本技術が得意とする100pL以上の大きさの液滴内において、藻類細胞が自由に運動できること(動画1、動画2)、その藻類細胞や白血病細胞の生存率が上がること、ハイブリドーマ細胞(注6)の抗体産生量が上がることを示しました(図4)。さらに本技術を用いて、母集団の約2%程度しか存在しない増殖スピードの遅い微生物を単離する原理実証を行い、本技術の有用性や汎用性を確認しました(図5)。

3)今後の展開

液滴分取スピードの超高速化により、これまで見つけられなかったような希少な細胞を発見・単離できる可能性が大幅に向上します。これにより、微生物学、免疫学、遺伝学などの基礎科学における新たな発見や、精密医療、ウイルス検査、創薬、バイオ燃料開発、スマートセル産業などにおける効率化技術の開発といった、さまざまな応用展開が期待されます(図1)。

 

本研究チームは、磯崎瑛宏(東京大学大学院理学系研究科化学専攻特任助教/神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、中川悠太(研究当時:東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程学生)、?文康(東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程学生)、芝田悠大(研究当時:東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程学生)、田中直樹(研究当時:東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程学生)、Dwi Larasati Setyaningrum(研究当時:東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程学生)、朴智雄(研究当時:東京大学大学院理学系研究科化学専攻特任研究員)、白崎善隆(研究当時:東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻特任助教)、三上秀治(東京大学大学院理学系研究科化学専攻助教)、黄惇厚(研究当時:東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程学生)、蔡凱侖(研究当時:東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程学生)、Carson Tae Riche(カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部バイオエンジニアリング学科博士研究員)、太田忠孝(東京大学大学院理学系研究科化学専攻技術補佐員)、三輪宏海(研究当時:東京大学大学院理学系研究科化学専攻技術補佐員)、神田優子(東京大学大学院理学系研究科化学専攻技術補佐員)、伊藤卓朗(研究当時:東京大学大学院理学系研究科化学専攻客員研究員/研究当時:JSTプログラムマネージャー補佐)、山田康嗣(株式会社ユーグレナ研究企画開発課研究員)、岩田修(株式会社ユーグレナ研究企画開発課課長)、鈴木健吾(株式会社ユーグレナ執行役員研究開発担当)、大貫慎輔(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻特任助教)、大矢禎一(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻教授/産業技術総合研究所産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ客員研究員)、加藤悠一(研究当時:神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科学術研究員)、蓮沼誠久(神戸大学先端バイオ工学研究センター長/神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科教授)、松阪諭(筑波大学医学医療系教授)、山岸舞(研究当時:東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻客員共同研究員)、矢澤真幸(コロンビア大学メディカルセンターリハビリテーション・再生医療学科アシスタントプロフェッサー)、上村想太郎(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授)、永澤和道(研究当時:東京大学医科学研究所特任研究員)、渡会浩志(研究当時:東京大学医科学研究所特任准教授/金沢大学医薬保健研究域医学系教授)、Dino Di Carlo(カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部バイオエンジニアリング学科教授/東京大学大学院理学系研究科化学専攻客員教授)、合田圭介(東京大学大学院理学系研究科化学専攻教授/カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部バイオエンジニアリング学科非常勤教授/武漢大学工業科学研究院非常勤教授/研究当時:JSTプログラムマネージャー)で構成されています。

 

発表雑誌

雑誌名:Science Advances

論文タイトル:Sequentially addressable dielectrophoretic array for high-throughput sorting of large-volume biological compartments

著者:

Akihiro Isozaki*, Yuta Nakagawa, Mun Hong Loo, Yudai Shibata, Naoki Tanaka, Dwi Larasati Setyaningrum, Jee-Woong Park, Yoshitaka Shirasaki, Hideharu Mikami, Dunhou Huang, Hoilun Tsoi, Carson Tae Riche, Tadataka Ota, Hiromi Miwa, Yuko Kanda, Takuro Ito, Koji Yamada, Osamu Iwata, Kengo Suzuki, Shinsuke Ohnuki, Yoshikazu Ohya, Yuichi Kato, Tomohisa Hasunuma, Satoshi Matsusaka, Mai Yamagishi, Masayuki Yazawa, Sotaro Uemura, Kazumichi Nagasawa, Hiroshi Watarai, Dino Di Carlo, and Keisuke Goda*

 

発表者

磯崎 瑛宏(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任助教/地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所 常勤研究員)

合田 圭介(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授/カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部バイオエンジニアリング学科 非常勤教授/武漢大学工業科学研究院 非常勤教授)

 

用語解説

注1)誘電泳動力

不均一な電場中に置かれた粒子に加わる力。本技術では、この力が液滴に対して引力として作用することを利用して、液滴を操作している。

注2)スマートセル

遺伝子改変や培養条件を最適化することで、従来の化学工業的な手法では合成できない複雑な化合物を生合成できるように改変された細胞。の突然変異と目的物質を生産する細胞選別を繰り返し行う指向性進化法(年ノーベル化学賞)を用いることでさまざまな物質を生産する細胞をデザインできる。

注3)液滴マイクロ流体工学

Droplet Microfluidicsとして知られる分野。マイクロサイズの流路を用いて生成された均一な液滴内で、細胞培養や、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)、結晶成長などを行うことができる。一度に大量に、かつ、非常に少ない液量で行うことができる点が特徴。

注4)1細胞解析

細胞をひとつひとつ観察し、解析する手法。従来の手法ではたくさんの細胞をまとめて解析し、平均値を細胞の特性として理解していた。それに対して細胞解析では、ひとつひとつの細胞を個別に解析するので、細胞の多様性を理解することができる。

注5)表面張力

液体表面に働く力で、表面積をできるだけ小さくする方向に働く。同一体積で最も表面積の小さい形状は球形であるため、液滴は球形になろうとする力が働く。

注6)ハイブリドーマ細胞

抗体産生能力を持つ細胞とミエローマ(骨髄腫)細胞を細胞融合した、抗体産生能力と自己増殖能を共に有した細胞。目的とする抗体を産生する細胞を用いてハイブリドーマ細胞を作製して増殖させることで、抗体を大量に産生することができるため、創薬や免疫学において重用されている。

 

添付資料

図1. 本研究の概念図

今回、細胞培養に適した大きさの液滴の高速操作が可能となる技術を開発したことで、液滴マイクロ流体工学技術の適用範囲を大幅に広げる可能性があり、基礎科学における新たな発見や、さまざまな生命工学分野における応用展開が期待される。

 

図2. 本研究で開発した高速液滴分取「逐次駆動誘電泳動力配列(SADA)」の概略

A. 開発技術の模式図。電極アレイのそれぞれの電極を、標的液滴の流れてくるスピードに合わせて順次オンにすることにより、標的液滴に追随するように誘電泳動力を加えることができ、瞬間的な大きな力を加えることなく高速操作することが可能になる。さらに、発生する誘電泳動力は局所的な力となるように電極が設計されているので、すぐ隣に流れる非標的液滴には力が加わらずに分取することが可能となる。

B. 開発したシステムの模式図。システムは、開発技術が含まれるマイクロ流路、光学系、電気系から成る。

C. マイクロ流体チップの写真。

 

図3. 本研究の開発技術と従来の研究の性能比較

液滴の体積と1秒間に分取できる液滴の数(分取スループット)はトレードオフの関係にある。本技術により、従来のトレードオフの壁を突破し液滴分取装置の性能を飛躍的に向上させることに成功した。また、大きな液滴を用いることで、iPS細胞、がん細胞、藻類細胞など、大きな細胞や凝集性を示す細胞などを封入することができる(右図)。

動画1. 液滴内の藻類細胞

ひとつひとつの液滴に藻類が封入されていることが分かる。また、自由に運動を行うことができる液滴の大きさが確保できていることも確認できる。

動画2. 液滴内の藻類細胞

動画1を高倍率レンズで観察したもの。ひとつひとつの液滴に封入された藻類が、自由に伸縮運動を行うことができていることが確認できる。

 

図4. 本技術が得意とする大きさの液滴の培養能力評価

A. 藻類細胞のひとつであるユーグレナ細胞を液滴内で培養し、大きな液滴(110 pL)では2週間以上培養できることを確認した。

B. 白血病細胞とハイブリドーマ細胞も大きな液滴では小さな液滴に比べて生存率が高いことが分かる。

C. 大きな液滴内で培養したハイブリドーマ細胞の抗体産生量は、小さな液滴内のものに比べて、抗体産生量が多くなっていることが分かる。

図5. 増殖スピードの遅い微生物(酵母細胞)の分取

A. 酵母細胞分取の概略図。

B. 増殖スピードの遅い細胞を含む液滴を集めた写真。

C. 増殖スピードの速い細胞を含む液滴を集めた写真。

D. これらの液滴内の細胞の占める体積を計算したヒストグラム。1.5 μm3を増殖スピードの速いか遅いかの閾値であると仮定すると、93%の精度で分取することができたと言える。