島に生息する哺乳類の長寿化の過程を解明―恐竜研究の手法を応用―
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東京大学
岡山理科大学
発表のポイント
◆捕食者がいない島に長期間隔離されるほど、大人になるまでの期間が長くなり、長寿になることが明らかになりました。
◆400年という生物の進化から考えると短期間の隔離でも成長・性成熟期の遅延は起きることが示され、成長の遅延が起きる島嶼動物は、外部から捕食者が侵入すると絶滅する可能性が高いことが分かりました。
◆恐竜研究の手法を用いることで、生態観察が難しい野生動物でも骨から成長様式や寿命が解析できると期待されます。
長寿化への変化
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の久保麦野講師と岡山理科大学生物地球学部の林昭次准教授を中心とした日本とスイスの研究チームは、日本各地の野生および絶滅したシカ類の成長や死亡年齢を比較することで、捕食者がいない島に生息した期間に応じて、陸上動物の成長様式がどのように変化し、長生きしたかについて、世界で初めて明らかにしました。
これまで、野外での生態調査だけでは、寿命が長い動物の一生を観察し続けることや多くの個体を観察することへの限界がありました。本研究では、恐竜研究で用いられているボーンヒストロジーという、骨を切断し、骨の組織から成長様式を推定する手法を適用することで、博物館に収蔵されている野生動物の死亡個体標本からも成長様式を推定することができました。
今後、島に生息する小型哺乳類についても同様の分析を行うことで、島での進化の一般性について明らかにできると期待できます。
この成果は、日本時間で5月22日23時にFrontiers in Earth Scienceに掲載されました。
発表内容
〈研究の背景〉
島嶼では、大きい動物が小型化し、小さい動物が大型化するという「島のルール」(島嶼化、注1)と呼ばれる進化の法則が知られています。沖縄や屋久島などの離島に生息する大型哺乳類も、体が小型化しています。また体の大きさ以外にも、本土や大陸の同じ種類の集団にない独自の特徴を持っていることも分かっています。これらの変化は、食べ物が限られる、天敵がいないなど、島特有の環境が影響していると考えられています。しかし、島に住むすべての動物たちがこのような変化を起こすわけではなく、変化の過程や期間などは明らかではありませんでした。
〈研究手法〉
恐竜研究の手法を野生動物の生態解明に応用
本研究チームは、本土から離島までの複数の島に生息する日本の現生・絶滅シカ類を対象に、その成長様式と寿命を比較しました。
本研究では、ケラマジカなど天然記念物に指定されている希少な野生動物も対象に研究を行いました。従来の研究の問題点として、野外での生態調査だけでは、寿命が長い動物の一生を観察し続けることや多くの個体を観察することへの限界がありました。そこで、本研究では恐竜研究で用いられているボーンヒストロジーという、骨を切断し、骨の組織から成長様式を推定する手法を適用しました。これにより、博物館に収蔵されている野生動物の死亡個体標本からも成長様式を推定することが可能となり、化石・野生種の生活史推定をより多くの個体で行うことができました。
〈研究結果〉
隔離期間が長いほど、成長が遅延・長寿化
離島域と本土域に生息するニホンジカとその近縁種の生活史を比較した結果、離島域である沖縄本島に長期間(150万年以上)隔離された絶滅種のリュウキュウジカは、本州や大陸のシカと比較して繁殖・成熟時期が5~10年以上遅いことがわかりました。また、比較的短い隔離期間を経たケラマジカ(約400年)やヤクシカ(約2万~10万年)は、大人になるまでの期間が2~3年遅れていることがわかりました。生存率についても、若い時期に死亡率が高い本土のシカと比較して、長期間隔離された離島では老齢期まで多くの個体が生き延びる長寿化が起こっていることが明らかになりました。
生物には、早く成長して一度に多くの子を残し寿命も短いという「早いライフスタイル」を持つ種と、ゆっくり成長して少数の子を確実に育て長く生きる「遅いライフスタイル」を持つ種がいます。ネズミなどは前者、ゾウやチンパンジーなどは後者のタイプです。今回の研究により、島で隔離された大型哺乳類は「遅いライフスタイル」を進化させることが明らかになりました。このタイプの種は、子を残せるまでに時間がかかるため、人為的影響により個体数が減るとなかなか回復できず、絶滅の恐れがあります。リュウキュウジカも、先史時代人の沖縄への渡来と時を同じくして絶滅したと考えられており(注2)、彼らが島で進化させた「遅いライフスタイル」が絶滅の要因となった可能性が示唆されました。
〈今後の展望〉
日本には本土や大陸との隔離期間が異なるさまざまな島々が存在し、そこには同種あるいは近縁な動物が生息しています。これらの動物や化石種を対象とすることで、数百万年から数年のスケールで、島の中で動物がどのように生態を変化させ適応するかについて、解明が期待できます。島固有の独特の進化は、哺乳類だけでなく、恐竜類などの絶滅種でも知られているため、日本の動物を対象とした研究は、哺乳類以外の絶滅した島嶼性動物の生態を解明することにも寄与できると考えられます。
また、本研究で使用したボーンヒストロジーでは、野生哺乳類の部分的な骨標本でも齢査定や成長様式について解析できることが明らかになりました。これにより、生態観察を行うことが困難な希少哺乳類の生態データについての知見を大幅に増やすことができ、その知見はさまざまな動物の保全研究にも役立つと考えられます。今回は、島に隔離して小型化した大型動物を対象に分析しましたが、同様の手法を用いればアマミノクロウサギやケナガネズミといった希少性が高い島嶼の小型種でも生活史の変化を明らかにすることができます。これらが「遅いライフスタイル」を進化されているかを明らかにできれば、島での生活史の進化についての一般性が示されるとともに、絶滅リスクを評価する上でも重要な知見となるでしょう。
発表者
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 久保 麦野(講師)
岡山理科大学 生物地球学部 生物地球学科 林 昭次 (准教授)
論文情報
〈雑誌〉 Frontiers in Earth Science
〈題名〉 Variation and process of life history evolution in insular dwarfism as revealed by a natural experiment.
〈著者〉 Shoji Hayashi, Mugino O. Kubo, Marcelo R. Sanchez-Villagra, Hiroyuki Taruno, Masako Izawa, Tsunehiro Shiroma, Takayoshi Nakano and Masaki Fujita
〈DOI〉 10.3389/feart.2023.1095903
用語解説
(注1)島嶼化(とうしょか)
海洋によって本土から隔離された島に移入した動物が、島特有の環境のもと、形態や生態を特異に進化させる現象のこと。
島嶼化の程度は、島の大きさ、隔離の長さ、捕食者や競合他種の存在などのさまざまな要因により変化するが、捕食者のいない小さな島に長く隔離されるほど、より極端な島嶼化が生じるとされる。
(注2)島嶼動物の絶滅リスク
島に生息する哺乳類のうち、体のサイズを大きく変化させた種ほど絶滅しやすいことが、明らかにされている。
Rozzi et al., Dwarfism and gigantism drive human-mediated extinctions on islands. Science, 379: 1054-1059
2023年3月10日東京大学プレスリリース「島に棲む哺乳類は体サイズが極端に変化すると絶滅しやすいことが明らかに-島にヒトが到来すると絶滅率は10倍以上に増加-」
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/10107.html
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