バイオマス増加をもたらすF1雑種における代謝物の変化を解明
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筑波大学
横浜市立大学
東京大学大学院新領域創成科学研究科
理化学研究所
発表のポイント
多数のシロイヌナズナの系統について、交配によって両親よりも優れた形質を持つ「雑種強勢」の表現型発現レベルごとにグループ分けを行いました。
これらの代謝物を比較し、雑種強勢の発現レベルに応じて、TCAサイクル(炭素代謝回路)における中間代謝物の産生量が変化することを明らかにしました。
発表概要
雑種強勢は、異なる種あるいは系統を掛け合わせてできたF1雑種が、その両親よりも旺盛な生育を示す生命現象です。今現在流通している多くの農作物においても、これを利用したF1品種が栽培されています。しかしながら、雑種強勢という現象は100年以上前から知られているものの、未だにそのメカニズムについての全容解明には至っていません。
本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナ202系統を材料に、開花時期、種子サイズ、種子発芽時期、発芽後15日目の生重量に関する表現型解析に基づいて、雑種強勢の表現型発現レベルごとにグループ分けをしました。雑種強勢の発現レベルが高い交配組み合わせと低い交配組み合わせを比較解析した結果、高いレベルの雑種強勢を示す交配組み合わせにおいては、特異的にTCAサイクル(ミトコンドリア内での炭素代謝回路)の中間代謝物の産生量が変化することを明らかにしました。
雑種強勢の分子メカニズムを解明することで、効率的なF1育種法の確立や高バイオマス作物の開発等に貢献することが期待されます。
発表内容
<研究の背景>
雑種強勢(注1)は、異なる種あるいは系統を掛け合わせてできたF1雑種が、その両親よりも旺盛な生育を示す生命現象です。この現象は100年以上前から知られており、今現在流通している多くの農作物においてもこれを利用したF1品種が栽培されています。しかしながら、雑種強勢がどのような分子メカニズムによって引き起こされているのか、その全容解明には至っていません。生物が形作られる過程を考えると、DNAからRNA、そしてタンパク質が合成され、さらにこのタンパク質が酵素などの機能分子として働くことで、最終的に生物の表現型は決定されます。従って、品種間でバイオマス増加のような形態的な変化が生じるためには、RNAや代謝物の段階においても何らかの変化が生じていることが予測されます。これまでにも、網羅的な転写産物の解析や代謝物の解析が行われた報告は存在しましたが、それぞれの実験条件の違いや、実験に使用した材料が限られていることなどから、複数の品種、組み合わせに対して共通した変化・傾向を議論することはできていませんでした。
<研究内容と成果>
本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナを材料に、多数の系統組み合わせに対する表現型解析および代謝物解析を行い、栄養生長期における葉の増大や生重量の増加に関連した代謝物の変化を明らかにしました。世界のさまざまな地域から採取されたシロイヌナズナ202系統の中から、標準系統であるCol-0を基準として、開花時期や種子サイズがほぼ同一な24系統を選抜しました。24系統間で交配を行いF1雑種種子を作成し、このF1雑種および両親系統について、過去に本研究グループが構築した安定的な栽培方法を用いて、種子サイズ、種子発芽時期、発芽後15日における生重量をそれぞれの両親系統と比較しました。これらの交配の組み合わせでは、種子サイズや発芽時期に大きな差はないものの、発芽後15日間の育成の間にF1雑種のバイオマスの増加が親と比べて10%以上のもの(High-heterosis)、有意に増加するが10%未満のもの(low-heterosis)、有意なバイオマス増加を示さないもの(no-heterosis)等に分類しました。High-heterosisおよびlow-heterosisに分類されたグループから2つの組み合わせを選び代謝物を測定したところ、High-heterosisに分類されたグループにおいてTCAサイクル(注2)の中間代謝物αケトグルタル酸(2-OG)の減少を検出しました(図1)。
さらに、High-heterosisに分類されたグループでは、過去にバイオマスとの関連性が示唆されていたフマル酸/リンゴ酸比が増加していることが明らかになりました。このことは、雑種強勢時に見られるバイオマス増加は、異なる種内系統組み合わせの間でも共通する代謝変動によるものであると考えれられます。また、2-OGは窒素代謝サイクル(GS-GOGATサイクル)における化学反応の基質としても重要であることが知られており、高い雑種強勢レベルを示した交配組み合わせにおいては、エネルギー生産に重要な炭素代謝のみならず、植物の生長に欠かせない窒素代謝も含めた協調的な代謝の亢進によってバイオマス増加を示していることが示唆されました(図2)。
図1 本研究の概要
シロイヌナズナ202系統の中から選抜した24系統間で交配を行いF1雑種種子を作成し、種子サイズ、種子発芽時期、発芽後15日における生重量によって、雑種強勢のレベルが高い組み合わせと低い組み合わせに分類した。それぞれの代謝物を測定(メタボローム解析)すると、雑種強勢のレベルが高い交配組み合わせに特異的な変動としてTCAサイクルの中間代謝物産生量の変化が検出された。
図2 TCAサイクルの中間代謝物の変化から示唆されるバイオマス増加モデル
本研究において、高い雑種強勢レベルを示した交配組み合わせでは、TCAサイクルにおいて、フマル酸/リンゴ酸比の増加や、中間代謝物であり、窒素代謝サイクル(GS-GOGATサイクル)における化学反応の基質としても重要な、αケトグルタル酸(2-OG)の減少が検出された。
<今後の展開>
雑種強勢時を示すF1雑種と親系統の比較解析は、これまで、特定の組み合わせで起こる事象にとどまっていましたが、本研究により、雑種強勢時に見られるバイオマス増加において、少なくとも2種類の組み合わせで共通して起こる代謝物の変化が明らかになりました。今後、このような代謝物の変化が引き起こされる分子メカニズムを解明することにより、基礎生物学としての転写・翻訳・代謝制御機構が明らかになるとともに、効率的なF1育種法の確立や高バイオマス作物の開発等につながると期待されます。
<研究助成>
本研究は、科研費(22K05928)、TIA連携プログラム「かけはし」(TK18-07、TK19-062)、最先端・次世代研究開発支援プログラム(GS018)、国立大学法人運営費交付事業「フードセキュリティー実現のための循環型研究拠点の構築」の一環として実施されました。また筆頭著者のQuynh Thi Ngoc Le博士(現ベトナム国Thuyloi大学講師)は、文部科学省2016年度国費外国人留学生制度(研究留学生)の支援を受けています。
<研究代表者>
筑波大学 生命環境系
柴 博史 教授
横浜市立大学 木原生物学研究所
杉 直也 特任助教
筑波大学 生命環境系/理化学研究所環境資源科学研究センター
草野 都 教授
東京大学 大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻
鈴木 穣 教授
用語解説
注1) 雑種強勢(Heterosis, Hybrid Vigor)
異なる種あるいは系統を掛け合わせてできたF1雑種がその両親よりも旺盛な生育を示す生命現象。動植物を問わず、さまざまな生物種において報告されている。
注2) TCAサイクル(TCA cycle)
細胞のミトコンドリア内でエネルギーを作るシステムで、クエン酸回路とも呼ばれる環状の代謝回路。
論文情報
【題 名】 Morphological and metabolomics profiling of intraspecific Arabidopsis hybrids in relation to biomass heterosis.
(バイオマス増加に関連したシロイヌナズナ種内雑種の表現型および代謝プロファイリング)
【著者名】 Quynh Thi Ngoc Le, Naoya Sugi, Masaaki Yamaguchi, Touko Hirayama, Makoto Kobayashi, Yutaka Suzuki, Miyako Kusano and Hiroshi Shiba
【掲載誌】 Scientific reports
【掲載日】 2023年6月12日
【DOI】 10.1038/s41598-023-36618-y
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