記者発表

フェロアキシャル結晶を用いて電場誘起磁気キラル二色性を実現―電場でも磁場でも光の吸収を制御することが可能に―

投稿日:2023/08/21 更新日:2023/08/21
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東京大学

発表のポイント

◆回転歪みに特徴付けられる構造を内包する結晶(フェロアキシャル結晶)に特有な磁気光学現象を提案しました。
◆電場でも磁場でも光の吸収を制御することを可能とする非相反磁気光学現象(電場誘起磁気キラル二色性)を実証しました。
◆フェロアキシャル結晶におけるキラリティの電場制御を利用した新規な光学素子などの開発が期待されます。

     

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の研究グループは、電場によって結晶のキラリティ(注1)を制御し、キラリティを内包する物質に特有な磁気光学現象である磁気キラル二色性を電場によって制御できることを実証しました。

結晶構造に内在する原子配置の回転歪みで特徴づけられる秩序はフェロアキシャル秩序(注2)と呼ばれ、そのような秩序を有する物質はフェロアキシャル物質と呼ばれています。左右2つの回転状態を識別・制御することで強磁性体(注3)や強誘電体(注4)などのようにメモリや光学素子といった応用への可能性が期待できることから、近年、フェロアキシャル物質の研究が急速な進展を見せています。

本研究では、フェロアキシャル物質に電場を印加することによりキラリティを誘起し、キラル結晶に特有な磁気光学現象として知られる磁気キラル二色性(注5)を電場で誘起、さらには制御することに初めて成功しました。この現象を用いることにより、電場でも磁場でも光の吸収を制御することが可能となります。フェロアキシャル結晶を用いて、キラリティ関連物性としての磁気光学現象を電場で制御できる手法が確立されたことにより、新たな物性としてのフェロアキシャルに関する研究が加速し、さらにはフェロアキシャル物質を用いた新規な光学素子などの開発につながることが期待されます。

     

発表内容

<研究の背景>
右手と左手の関係のように、三次元にある物質がその鏡像と重ね合わすことができない性質を「キラリティ(chirality)」と呼び、この性質を持つキラル物質(例えばブドウ糖や水晶など)に直線偏光の光を入射すると、光の偏光面が回転するといった自然旋光性(注6)と呼ばれる特徴的な光学現象を引き起こすことはよく知られています。また、このようなキラル物質に磁場を印加するなどして磁化を誘起すると、磁化と同じ向きに進む光と磁化と逆向きに進む光では、その吸収の大きさが異なる「磁気キラル二色性」と呼ばれる非相反な磁気光学現象が発現することが1997年に発見されました。それ以来、磁気キラル二色性は、基礎科学と実用化の両方の観点からキラリティを有する様々な物質を対象として研究されており、生命のホモキラリティ(注7)の潜在的な起源であるといった提案もされています。

キラリティと類似した、フェロアキシャル(ferroaxial)と呼ばれる性質が近年、注目されています。図1中央図に示すような電気双極子(注8)が渦状に配列した秩序状態のことをフェロアキシャルと呼び、結晶内の原子配置の回転歪みによって特徴づけられます。その秩序変数は、軸性ベクトルであるフェロアキシャル・モーメントで与えられ、その符号は回転の向き(時計回り、反時計回り)に対応します。この軸性ベクトルの方向に電場を印加すると電気双極子が電場方向に傾くことにより、すべての鏡映対称性が消失し、キラリティが発現します(図1右及び左図)。
すなわちフェロアキシャル物質に対して電場を印加することによりキラリティを誘起、さらには電場反転によりキラリティの符号を反転させるといったキラリティの電場制御が可能となります。実際に、キラル物質に特有な旋光性が電場によって誘起されるという「電場誘起旋光効果」という現象が、いくつかのフェロアキシャル物質で観測されています。しかし一方で、もう一つのキラル物質特有の光学現象である磁気キラル二色性を電場で誘起・制御するといった報告はこれまでありませんでした。

     

図1電気双極子の渦状配置からなるフェロアキシャル秩序の概念図.png
図1.電気双極子の渦状配置からなるフェロアキシャル秩序の概念図
赤い環状矢印は軸性ベクトルであるフェロアキシャル・モーメントを表している。中央のパネルは印加電場なしのときの配置。左と右のパネルは、それぞれ正と負の電場を印加することで電気双極子が電場方向に傾き、キラリティが誘起された構造に変化したことを示す。正電場と負電場の印加でキラリティの符号が反転する。

     

<研究の内容>
本研究グループは、これまで観測されたことのない電場印加によって誘起される磁気キラル二色性(電場誘起磁気キラル二色性)の実証をねらい、代表的なフェロアキシャル物質であるニッケルとチタンを含む酸化物NiTiO3に着目しました。図2に電場誘起磁気キラル二色性の概念図を示します。本研究グループの過去の研究によりNiTiO3が電場誘起の旋光性を示すことが明らかにされており、本研究の対象として最適な物質であると言えます。同物質の単結晶試料を合成し、磁場および電場印加中での透過率測定を行い、電場と磁場の印加下で得られた吸収係数と、電場と磁場なしの状態で得られた吸収係数の差を取ることにより、電場誘起磁気二色性の観測を試みました。
その結果、Ni d-d 遷移(注9)に相当する短波長赤外線領域のエネルギー(0.79 〜 0.84 eV)において、顕著な電場誘起磁気キラル二色性が観測されました。図3上図に示すように電場誘起磁気二色性のスペクトルが光の進行方向を反転させると反転し、さらに図3下図に示すように印加磁場の符号を反転させてもスペクトルは同様に反転しました。さらに電場誘起磁気二色性の大きさが印加磁場および電場に比例することも明らかとなり、これらの結果から、観測された現象が電場誘起磁気二色性に相違ないことが確認されました。
この結果は、フェロアキシャル結晶を用いて、電場によって誘起される磁気キラル二色性を初めて観測した結果と位置付けられ、この現象を用いることにより、電場でも磁場でも光の吸収を制御することが可能となります。

図2フェロアキシャル結晶における電場誘起磁気キラル二色性の概念図.png
図2.フェロアキシャル結晶における電場誘起磁気キラル二色性の概念図
円柱は無偏光の入射光と透過光を示している。各円柱の直径は、入射光と透過光の強度を表している。マゼンタと青の矢印は、それぞれ電場と磁場を表している。電場の印加によって誘起されるキラリティは、電場の方向を反転することによってスイッチされている(環状の赤矢印)。光の進行方向、電場方向、磁場方向の関係によって、光の吸収量が変化する。

     

図3電場誘起磁気キラル二色性スペクトル.png

図3.NiTiO3フェロアキシャル結晶における電場誘起磁気キラル二色性スペクトル
(上)光の進行方向および(下)磁場方向依存性。

今回観測された電場によって誘起される磁気キラル二色性の大きさは驚くほど大きく、類似の元素および構造を持つキラル物質Ni3TeO6の磁気キラル二色性に匹敵しています。また、得られたスペクトルは、エネルギー状態の擬シュタルク効果(注10)に関する磁気キラル二色性の理論を適用することによってよく説明されることが明らかとなりました。

     

<今後の展望>
今回の結果から、磁化されたフェロアキシャル物質の電場誘起磁気キラル二色性により、電場や磁場を用いた光透過の制御が可能になることが実証されました。これは、キラリティ関連現象の電気的制御を達成するための舞台としてのフェロアキシャル物質の可能性を提示する結果と言え、同物質を用いた新規なメモリや光学素子などといった応用への展開が期待されます。キラリティという性質は、物理学、化学、生物学を含むさまざまな科学分野で研究されているため、キラリティを電場で自在に制御することが可能な「フェロアキシャル」という新しいタイプの秩序物性・機能の研究がさらに盛んになることが予想されます。

     

<研究助成>
本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究「量子液晶の物性科学」(JP19H05823)、科学研究費補助金(JP19H01847, JP21H04436, JP21H04988, and JP22J11247)、文部科学省科学技術人材育成費補助金(卓越研究員事業)の助成のもと行われました。

     

発表者

東京大学大学院新領域創成科学研究科
 林田 健志(博士課程)
 木村 健太(助教)<研究当時、現:大阪公立大学 准教授>
 木村  剛(教授)<研究当時、現:東京大学大学院工学系研究科 教授>

     

論文情報

〈雑誌〉    Proceedings of the National Academy of SciencesPNAS
〈題名〉    Electric-field-induced magnetochiral dichroism in a ferroaxial crystal
〈著者〉    T. Hayashida, K. Kimura, and T. Kimura
〈DOI〉    10.1073/pnas.2303251120
〈URL〉    https://doi.org/10.1073/pnas.2303251120

     

用語解説

(注1)キラリティ
右手と左手のように鏡に映した対称的な構造を持っており、鏡像同士を重ね合わせることができない性質。
結晶のミクロ構造(原子の配置)には、鏡に映したときに元の構造と重ねることができない構造となるものがあり、そのような結晶をキラル結晶という。

(注2)フェロアキシャル秩序
結晶構造に内在する原子配置の回転歪みで特徴付けられる秩序状態。
強磁性や強誘電性といった既存の強的秩序物性に加わる結晶固体における新たな秩序状態として提案されている。

(注3)強磁性体
物質中の磁性に関与する原子または電子の磁気モーメントが同じ方向に配列し、自発磁化を形成する磁性を強磁性といい、強磁性を示す物質を強磁性体という。

(注4)強誘電体
電場が印加されていない状態でも電気分極を持ち、かつ外部電場の向きに応じて電気分極の向きを可逆的に反転できる性質のことを強誘電性といい、強誘電性を示す物質を強誘電体という。

(注5)磁気キラル二色性
キラルな物質に特有な磁気光学現象で、磁場を印加するなどして磁化されたキラル物質に光を入射したときに、磁化と同じ向きに進む光と、磁化と逆向きに進む光で光の吸収の大きさが異なる現象。1997年にキラルな金属錯体において初めて報告された。

(注6)自然旋光性
物質中を直線偏光した光が通過するとき、その偏光面を右または左に回転させる性質。不斉な分子の溶液やキラルな結晶などで起こる。

(注7)生命のホモキラリティ
アミノ酸にはD体およびL体の鏡像異性体が存在するが、生物を構成するアミノ酸は片方の鏡像異性体のL体のみしかなく、一方、糖の場合にはD体のみで生物は構成されている。このことを生命のホモキラリティと呼ぶ。

(注8)電気双極子
ある距離を隔てて存在している絶対値が等しい正電荷と負電荷の対を電気双極子という。

(注9)Ni d-d 遷移
光の吸収に伴う、Niの電子軌道(d軌道)間の電子遷移。

(注10)シュタルク効果
ドイツの物理学者ヨハネス・シュタルクが1913年に水素原子で発見した現象で、縮退しているエネルギー準位が電場により複数の準位に分裂する現象。

     

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