硬くて丈夫なゲル電解質―フレキシブル電池の耐久性向上に期待―
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東京大学
日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
高エネルギー加速器研究機構
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
◆世界最高水準の強靭(じん)性と弾性率を示す、硬いのに丈夫でフレキシブルなゲル電解質を開発しました。
◆従来のゲル電解質では硬さと強靭性にはトレードオフの関係がありましたが、本研究では、(i)ナノ相分離による高弾性率化、(ii)伸長下での高分子結晶化による強靭化によって、硬さと強靭性の両立に成功しました。
◆本材料は充電池の短絡を防ぐために十分な硬さを有し、繰り返し変形に耐えられる強靭性も併せ持っていることから、フレキシブル電池の耐久性向上につながります。耐久性、柔軟性に優れた電池が実現すれば、肌や服に貼り付け可能なフレキシブルデバイスへの応用が期待されます。
硬さと丈夫さを兼ね備えたゲル電解質
発表概要
東京大学物性研究所の橋本慧特任助教(研究当時)と眞弓皓一准教授、同大学大学院新領域創成科学研究科の伊藤耕三教授らは、「硬くて丈夫な電池用ゲル電解質」を開発しました。
フレキシブル電池に適用可能なゲル電解質(注1)には、イオン伝導性に加えて、短絡の原因となる充放電時に生じる金属結晶の成長(注2)を防ぐための硬さが必要です。また、繰り返しの曲げ変形に耐えられる強靭性も兼ね備える必要があります。従来材料では、硬さと靭性にはトレードオフの関係があり、この両立は難しいと考えられてきました。
本材料では、材料内部にミクロ相分離構造(注3)を形成させることで、金属結晶の成長を防ぐのに十分な硬さを実現しました(図1左)。さらに、曲げ伸ばしで大きな負荷がかかると、高分子鎖が結晶化して硬くなることで、固体・半固体・有機無機複合ゲル電解質の中でも世界最高水準の高い強靭性を達成しました(図1右)。硬さと強靭性を併せ持つゲル電解質を電解質膜として用いることで、フレキシブル電池の耐久性向上につながることが期待されます。
本成果は、米国の科学雑誌「Science Advances」オンライン版2023年11月24日(現地時間)に掲載されました。
図1. 相分離構造による高弾性率化と伸長誘起結晶化による強靭化を同時に達成したゲル電解質の模式図と写真
発表内容
<研究の背景>
ゲル電解質は、長いひも状の高分子鎖を連結して作られる網目にイオン伝導性の液体を閉じ込めた材料です。高分子由来の柔らかさと安全性から、肌や服に貼り付け可能な次世代の「曲げられる」フレキシブル電池の電解質材料として注目されています。このような材料は、充放電に伴う金属結晶の成長が引き起こす電池の短絡を防ぐため、高い弾性率(注4)を持つ必要があります。これまでの研究で、10 MPa以上の弾性率を持った電解質では、リチウムの金属結晶の形成を抑制する効果があることが報告されています。また、繰り返しの曲げによる亀裂の進展を防ぐ必要があり、高い破壊エネルギー(注5)を示す材料である必要があります。
従来材料では、硬さを担保するのに高分子の結晶化を利用していました。しかし、硬いゲル電解質は脆(もろ)くなりやすく、硬さと丈夫さの両立は難しいと考えられてきました。2010年頃からさまざまな高強度なゲル電解質が開発されてきましたが、高い弾性率と破壊エネルギーを両立したゲル電解質は少なく、特に金属結晶の成長を防ぐことが可能な10 MPa以上の弾性率を有するゲル電解質において、破壊エネルギーが高いものは開発されていませんでした。フレキシブルデバイスの外装として用いられるポリジメチルシロキサン(PDMS)ゴムの破壊エネルギーは1 MJ/m3程であり、変形による破壊を防ぐには、それよりも十分大きな破壊エネルギー(10 MJ/m3)を示すことが望ましいと言えます。
<研究内容>
本研究では、相分離現象と伸長誘起結晶化(注6)を組み合わせることで、10 MPaを超える高い弾性率と100 MJm3程度の高い強靭性を両立したゲル電解質の開発に世界で初めて成功しました。
曲げなどの変形で高分子が引き伸ばされると、内部の高分子鎖が伸び切り、互いに集まることで結晶化し(伸長誘起結晶化)、材料の力学強度が向上することがわかっています(2021年発表プレスリリース[1])。本研究では、この原理をゲル電解質に適用し、伸長誘起結晶化を起こす環動ゲル電解質の開発に成功しました。
伸長誘起結晶化には、電解質内部の高分子鎖を均一に変形させることが重要になりますが、そのために高分子鎖を環状分子によって連結した環動網目(注7)を用いました。環動網目構造を適切に制御することで、電解質中においても高分子鎖の変形を均一化できることを見出し、伸長誘起結晶化による強靭化(破壊エネルギー:約100 MJ/m3)を実現しました(図1)。
実際に、本研究によって開発したゲル電解質は曲げても元の形状に戻る柔軟性を有しつつ、亀裂に対して高い抵抗性を示します(図2)。また、電解質中において環動網目の環状分子が凝集して硬い連続相を形成することがわかり、その結果、高い弾性率(70 MPa)を達成しました。
図2.本研究で開発したゲル電解質の高い柔軟性と亀裂進展抵抗性
(a)本研究で開発した硬くて丈夫なゲル電解質は曲げても元の形状に戻る柔軟性を有する。
(b)ゲル電解質のシートに切れ込みを入れて伸長しても、亀裂は進展せず、伸長誘起結晶化による高い亀裂進展抵抗性が確認された。
<社会的な意義・今後の予定>
世界最高水準の強靭性と高い弾性率を両立した自己補強ゲル電解質は、高い安全性と耐久性が必要とされるフレキシブル電池の電解質としての応用が期待されます。
本研究ではリチウム塩を利用したため、イオン伝導率は10-5~10-6 S/cmという値を示しました。これは同じ溶媒を用いた他の電解質の報告と同等の値です。しかしリチウム塩だけに限らず、溶媒として振舞っている塩の種類を変更しても自己補強効果は有効であると考えられます。イオン液体(注8)などのよりイオン伝導性の高い溶媒を利用することで、センサーやキャパシタなど、他のフレキシブル電気化学デバイスに適した電解質の開発にもつながる可能性があります。
〇関連情報:
[1]プレスリリース:「引っ張ると頑丈になる自己補強ゲル ~繰り返し負荷に耐えられる人工靭帯などへの応用に期待~」(2021/6/4)
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=13376
<研究助成>
本研究は、科学技術振興機構(JST)「戦略的創造研究推進事業 CREST(No. JPMJCR1992)」、「創発的研究支援事業 FOREST(No. JPMJFR2120)」、「未来社会創造事業(No. JPMJMI18A2)」、科研費「若手研究(課題番号:21K14679)」の支援により実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学
物性研究所附属中性子科学研究施設
橋本 慧 研究当時:特任助教/現:岐阜大学工学部化学・生命工学科 助教
眞弓 皓一 准教授
大学院新領域創成科学研究科
伊藤 耕三 教授
横山 英明 研究当時:准教授
工学部
塩飽 透 研究当時:学部生/現:大学院新領域創成科学研究科 修士課程
日本原子力研究開発機構J-PARCセンター/高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
青木 裕之 研究主幹/特別教授
論文情報
雑誌名:Science Advances
題 名:Strain-Induced Crystallization and Phase-Separation Used for Fabricating a Tough and Stiff Slide-Ring Solid Polymer Electrolyte
著者名:Kei Hashimoto*, Toru Shiwaku, Hiroyuki Aoki, Hideaki Yokoyama, Koichi Mayumi, Kohzo Ito
DOI: 10.1126/sciadv.adi8505
URL: https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adi8505
用語解説
(注1)ゲル電解質:
ひも状の高分子鎖同士を連結したネットワーク構造にイオン伝導性の液体を閉じ込めたものをゲル電解質と呼びます。ゲル電解質は、電池の電極間に挟み込む電解質膜として用いられており、電極同士が直接触れて短絡することを防いで、充電・放電の際にイオンを輸送する役割を担います。本材料はその中でも高分子固体電解質と呼ばれるものに分類され、溶媒としてリチウム塩などの常温で固体の金属塩を用いています。高分子の鎖と相互作用することでリチウムイオンなどのプラスのイオンが引き付けられて電離し、あたかも液体であるかのように振舞うようになり、イオンの伝導が起こるようになります。
(注2)金属結晶の成長:
電池の充電・放電を繰り返す際に、電池の中で金属がそのまま析出し、樹状・針状の鋭い結晶を作ることがあります。これが電解質を突き破ると短絡(正極と負極が直接触れること)が起こり、発火や爆発の危険性があります。特にリチウム金属を負極に用いた場合に顕著に起こりますが、電極に挟まれた電解質膜の硬さによって金属結晶の成長を抑制できることが知られています。10 MPa以上の弾性率を持った電解質膜で、リチウム樹状・針状結晶の形成を抑制する効果があることが報告されています。
(注3)ミクロ相分離構造:
相溶性の差によって二つの成分が分離することを相分離と呼びます。これがナノスケールの小さな領域で起こる場合、ミクロ相分離と呼称します。本研究では、溶媒であるリチウム塩に対して、環状の架橋点であるシクロデキストリンの相溶性が低く、ゲル電解質中でシクロデキストリンが硬い連続相を形成していることが分かりました。このミクロ相分離構造が、本材料の硬さの向上につながっています。
(注4)弾性率:
材料を変形させた際の、変形初期における応力の立ち上がりの傾きから定義される値です(単位はPa)。材料の変形しにくさ、硬さを表す指標です。
(注5)破壊エネルギー:
ここでは、材料を伸長して破断するまでに必要な単位体積当たりのエネルギーとして破壊エネルギーを定義しています(単位はJ/m3)。材料の強靭性を表す指標です。
(注6)伸長誘起結晶化:
伸長誘起結晶化は、1925年にKatzが天然ゴムにおいて発見した現象です。天然ゴムは、主成分であるポリイソプレンが互いに架橋されたネットワーク構造を有しています。天然ゴムを伸長すると、伸長方向に引き延ばされた高分子鎖が互いに寄り集まって結晶を形成します。この現象を伸長誘起結晶化と呼びます。伸長誘起結晶化によって天然ゴムは極めて優れた強靭性を示すことが知られており、いまだに力学強度において天然ゴムをしのぐ合成ゴムは開発されていません。当研究グループは水を高分子の網目に閉じ込めた高分子ゲルでもこの伸長誘起結晶化が起こることを世界に先駆けて報告しています。
(注7)環動網目:
高分子鎖を環状分子で連結した網目を環動網目、環動網目に溶媒を閉じ込めた高分子ゲルを環動ゲルと呼びます。環動ゲルを変形させると、環状分子からなる架橋点がナノスケールの滑車のように振舞うことで、高分子鎖にかかる張力が均一に分散されます。その結果、環動ゲルは変形による応力集中を回避することができ、通常の高分子ゲルに比べて優れた強靭性を示すことが知られています。その際、環動ゲルの構造を適切に調整することで、引き伸ばされた高分子鎖が寄り集まって伸張誘起結晶化を起こすことがわかっています。
(注8)イオン液体:
塩のうち融点が低く室温で液体になるものを呼びます。不揮発性で安全性が高いという特性と高いイオン伝導性を持った溶媒です。
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