記者発表

宇宙線測位の世界記録を大幅に更新

投稿日:2023/11/24 更新日:2023/11/25
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東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構
東京大学生産技術研究所
東京大学大学院新領域創成科学研究科

発表のポイント

◆GPSが使えない屋内等におけるセンチメートルナビゲーションに成功。
◆GPSが使えない屋内等における無線高精度時刻同期範囲を1桁以上向上。
◆宇宙線測位の実用化に向けて大きく前進。

ミュー粒子によるナビゲーション.png
ミュー粒子によるナビゲーション
© 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix

     

発表概要

東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構は、同大学生産技術研究所、同大学大学院新領域創成科学研究科、国際ミュオグラフィ研究所と共同でGPSが使えない地下空間等におけるナビゲーション技術(muPS)を2桁以上高精度化することに成功した。これまで、無線muPS技術(MuWNS: muometric wireless navigation system)のナビゲーション精度は、数メートルから十数メートルと悪く、応用範囲が極めて限られていた。今回、次世代システム「MuWNS-V」の実証に成功したことで、muPSによるナビゲーション精度がセンチメートルレベルへと大きく躍進した。加えて、従来の宇宙線による無線時刻同期技術「Cosmic Time Synchronizer(CTS)」の同期可能範囲を1桁以上向上させた。muPSでは、宇宙線ミュー粒子(注1)の強い透過力(注2)と物質によらない飛行速度の普遍性(注3)から受信機と地上局との間を隔てる物質に依らず、受信機の位置を高い時空間精度で決定できる。

     

発表内容

<muPSについて>
宇宙線ミュー粒子は、銀河系における超新星爆発などの高エネルギーイベントによって加速される宇宙線と、地球大気が反応してできる素粒子の一つである。宇宙線ミュー粒子は、透過力が強く、あらゆる人工構造物をほぼ真空中の光速度で直線的に貫通できる。そのため、基準検出器と受信検出器の間に物体があっても、その間の宇宙線ミュー粒子飛行時間を測定することで、その間の距離を正確に決定できる。開発当初は、飛行時間測定を行うために、基準検出器と受信検出器との間をケーブルで繋ぎ時刻同期を保証していたが、ケーブルの存在は、ナビゲーションの自由度を大きく制限していた。そのため、受信検出器に高精度クロックを実装することで、基準検出器と受信検出器との間の時刻同期をケーブルレスで実現する前世代(第2世代)システム「MuWNS」を開発した。ところが、現代技術では、クロックを何ヶ月間にもわたって1ナノ秒以下の精度で安定的に運用することは、ほぼ不可能であったため、この方法を使って、センチメートルレベルの測位精度を得ることはできなかった(ミュー粒子は1ナノ秒で30 cm進む)。
今回、ミュー粒子の正確な方向ベクトル(注4)とベクトルの始点を超高角度分解能基準検出器で決定することで、ミュー粒子の飛跡と受信検出器の交点の位置を高精度に推測する第3世代システム「MuWNS-V」を開発した。更に、「MuWNS-V」を用いて、従来のナビゲーション精度2 m〜14 mを一気に3.9 cmに向上させることに成功した。表1にMuWNS-Vの最新ナビゲーション精度とMuWNSによる従来のナビゲーション精度と、地表におけるGPS/GNSS単独測位(注5)精度とを比較する。

     

表1:MuWNSの最新ナビゲーション精度  © 2023 Hiroyuki Tanaka/Muographix
MuWNS-Vによる最新ナビゲーション精度、MuWNSによる従来のナビゲーション誤差と都内、およびカルガリー市街地で測定されたGPS/GNSS測位誤差とを比較する。

Technique 1 SD error (m)
(N-S/E-W)  
 Max (m) 
(N-S/E-W)
MuWNS-V
Horizontal 0.039 0.3-0.8
MuWNS
Horizontal 2.3-14.07 6.0-24.21
Vertical 6.6-9.62 8.0-15.0
GPS/GNSS
Horizontal 9.4-47.9 54.8-290.7
Vertical 7.5-115.4 41.1-409.7

     

<CTSについて>
加えて、従来の宇宙線による無線時刻同期技術「Cosmic Time Synchronizer(CTS)」の同期可能範囲を一桁以上向上させた。CTSは、多重ミュー粒子の地表への光速度での同時到来性を利用する技術であるため、CTSサーバとCTSクライエントの間で時刻情報を交換する必要がなく、セキュリティに優れているが、試作機の無線時刻同期可能距離、及びオペレーション可能時間は、それぞれ50 m、20分と短く、応用範囲が限られていた。
この度、(A)メモリ、バッテリー容量等を強化した実機の製作、(B)外部インターネットサーバを介したCTSサーバとCTSクライエントの常時リモートモニタリングシステムの開発を行い、CTSサーバから180 mはなれた建物に設置したCTSクライエントとの長距離時刻同期・長時間運用試験を実施した。その結果、180 m離れた時計を3日間、100ナノ秒レベルで安定的に運用可能であることを実証した。これにより、CTSの同期可能範囲が7500平米から10万平米へと一桁以上向上した。表2にCTSによる最新時刻同期精度及び同期可能距離と従来のGPS、Wi-Fiによる時刻同期精度及び同期可能距離とを比較する。

     

表2:CTSの最新時刻同期精度及び同期可能距離© 2023 Hiroyuki Tanaka/Muographix
CTSによる最新時刻同期精度及び同期可能距離と従来のGPS、Wi-Fiによる時刻同期精度及び同期可能距離とを比較する。

Technique Range (m) Precision (ns)
CTS
Outdoor 50-180 30-148.8
Indoor 50-180 30-148.8
GPS-DO
Outdoor global 30-100
Indoor 0 -
Wi-Fi
Outdoor 90 (typical value) 100,000
Indoor 45 (typical value) 100,000

     

<今後の展望>
muPSについて
今回センチメートルレベルのナビゲーション精度を達成したことで、屋内や地下の高精度自律移動ロボットへの実装が可能となった。これまで、屋内や地下空間において絶対座標をこの精度で与える技術が存在しなかったので、自律移動ロボットの移動経路の詳細なプログラム化が不可能であった。MuWNS-Vによる自律移動ロボットは、屋内、地下、海中等の環境下で複雑な任務の効率的な遂行を可能とする。家庭、病院、オフィス、工場、鉱山、海洋調査、港湾、災害現場等において、緊急対応、セキュリティなど様々なサービスの自動化を含む広範囲にわたる応用の可能性を秘めている。次のステップは、MuWNS-Vを搭載した自律移動ロボットのデモンストレーションである。

CTSについて
MiFID II (注6)では、高頻度取引(注7)(HFT) 注文のタイムスタンプは、1マイクロ秒以下の正確度を有することを要求している。この時刻精度のUTC(注8)無線配信技術は現在、GPS技術に限られているが、GPS信号は、脆弱でなりすましが可能であるため、HFTに利用するにはリスクが伴う。今後、CTSの導入が進むにつれUTC、配信技術を高いセキュリティで無線化することが可能である。例えば、我が国の証券会社全体の1割以上が集中する日本橋兜町の面積は103,496㎡であり、1台のCTSサーバで街全体をカバーできる。

     

発表者

東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構
東京大学生産技術研究所
東京大学大学院新領域創成科学研究科
国際ミュオグラフィ研究所

     

論文情報

<雑誌名> Nature Reviews Methods Primers 
<論文>  Muography
<著者>   Hiroyuki K. M. Tanaka, Cristiano Bozza, Alan Bross, Elena Cantoni, Osvaldo Catalano, Giancarlo Cerretto, Andrea Giammanco, Jon Gluyas, Ivan Gnesi, Marko Holma, Tadahiro Kin, Ignacio Lázaro Roche, Giovanni Leone, Zhiyi Liu, Domenico Lo Presti, Jacques Marteau, Jun Matsushima, László Oláh, Natalia Polukhina, Surireddi S.V.S. Ramakrishna, Marco Sellone, Armando Hideki Shinohara, Sara Steigerwald, Kenji Sumiya, Lee Thompson, Valeri Tioukov, Yusuke Yokota, Dezső Varga
<DOI>    10.1038/s43586-023-00270-7

     

用語解説

(注1)宇宙線ミュー粒子
主に超新星などの銀河系の高エネルギーイベントによって光速まで加速される宇宙線と呼ばれる粒子が地球に到達すると、大気を構成する窒素や酸素の原子核と反応して高エネルギーの2次粒子生成する。その一つがミュオンと呼ばれる素粒子である。

(注2)強い透過力
宇宙線ミュー粒子はエネルギーが高く、キロメートルに及ぶ岩盤を透過することができ、火山やピラミッドなどの透視撮影にも利用されている。

(注3)飛行速度の普遍性
宇宙線ミュー粒子の飛行速度は、地球上いかなる物体中においても、その運動エネルギーが自身の質量エネルギーを超えている限り、ほぼ真空中の光速度である。

(注4)方向ベクトル
 直線状のミュー粒子の飛跡が延びている方向を指し示すベクトルのことを方向ベクトルという。ベクトルとは向きを持った量で空間内の矢印として幾何学的にイメージされる。

(注5)GPS/GNSS単独測位
1台のGPS/GNSS受信機によって測位を行う方法。カーナビやスマホ等に実装されているが測位精度としてはそれほど高くない。

(注6)MiFID II
金融銘柄やその銘柄が取引される場所に関係しているクライアントにサービスを提供している会社を規制する欧州連合の法律。法律には、新しい規則と取引記録の義務が含まれていて、2018年1月3日より有効となっている。

(注7)高頻度取引
高頻度取引や高速取引とは、1秒に満たないミリ秒単位のような極めて短い時間の間に、コンピューターでの自動的な株価のやり取り戦略を実施するシステムのこと。

(注8)UTC
協定世界時とも呼ばれ、国際原子時に由来する原子時系の時刻で、UT1世界時に同調するべく調整された基準時刻を指す。

     

関連研究室

エネルギー・資源システム学分野 松島研究室

     

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

     

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