記者発表

白亜紀の草食恐竜はどんな植物を食べていたのか?―歯の微細な傷が解き明かす食性の時代変化―

投稿日:2023/12/01 更新日:2023/12/01
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東京大学

発表のポイント

◆白亜紀(約1億5000万年前から6600万年前)に生息していた草食恐竜である鳥脚類の歯の微細な傷(マイクロウェア)を分析し、時代と共に歯の磨耗を促進させる植物を食べるような変化があったことを明らかにしました。
◆マイクロウェアが深くなる変化は、鳥脚類恐竜が被子植物をより多く食べるようになったことを示唆します。
◆今後、同様の手法を鳥脚類以外の草食恐竜にも適用することで、恐竜と被子植物がどのように関係しながら進化してきたのかを明らかにできると期待されます。

     

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の久保麦野講師と久保泰客員連携研究員(沖縄科学技術大学院大学スタッフサイエンティスト)、英国リンカーン大学の坂本学上級講師らを中心とした国際共同研究グループは、後期ジュラ紀から白亜紀までの12種の鳥脚類(注1)と呼ばれる草食恐竜のグループについて、歯に残された微細な傷(マイクロウェア)を三次元的に解析することで、後期白亜紀の鳥脚類恐竜が、それ以前の鳥脚類恐竜に比べてマイクロウェアの深さが平均的に深く、そのばらつきも大きいことを明らかにしました。
ニホンジカ等の現在の大型草食動物のマイクロウェアの深さは、餌となる植物中に含まれるプラントオパール(注2)の多寡を反映することが知られています。白亜紀に出現し大放散を遂げた被子植物は、裸子植物よりも多くのプラントオパールを含んでいたと考えられるため、鳥脚類恐竜のマイクロウェアの変化は、彼らが時代と共に被子植物の摂食量を増やしていったことを示唆しています(図1)。

図1鳥脚類恐竜の系統関係と推定されたマイクロウェアの深さの変化.jpg
図1:本研究で分析した鳥脚類恐竜の系統関係と推定されたマイクロウェアの深さの変化
歯化石(スケールバー1cm)とシルエットは上から、ディサロトサウルス、イクゥイジュブス、エドモントサウルス。

     

三次元マイクロウェア分析による恐竜の食性解明は本研究グループが世界に先駆けて取り組んでいるもので、今回世界で初めて、白亜紀の生態系で重要なメンバーであった鳥脚類恐竜の食性変化を明らかにしました。今後は、より広範囲かつ多様な白亜紀の草食恐竜のマイクロウェアを調べることで、恐竜の分類群による被子植物食への適応度合いの違いや、それぞれの分類群で被子植物食への適応パターン(ある時期に急激に進んだのか、あるいは白亜紀を通じて徐々に進んでいったのか等)も明らかにされると期待されます。
本研究のデータ収集は海外渡航が難しいコロナ禍下にも行われ、福井県立恐竜博物館、国立科学博物館、岡山理科大学で展示されている実物標本が研究に活用されました。

この成果は、2023年12月1日に古生物学の学術誌であるPalaeontologyに掲載されました。

     

発表内容

〈研究の背景〉
現在の植物種の約9割を占める被子植物(花をつける植物)は、前期白亜紀に現れ白亜紀末には植物種の5割以上を占めるようになりました。被子植物の多様化は、動物を含めた陸上生態系全体の多様化を促しましたが、当時唯一の大型草食動物であった恐竜が被子植物の多様化にどのように応答したかはわかっていませんでした。
白亜紀に繁栄した草食恐竜の中には、歯の数が増えたり歯列が巨大化するといった、磨耗への適応と考えられる進化を遂げたものがいます。このことは何らかの食性変化があったことを示唆しています。被子植物は裸子植物などよりも一般的にプラントオパールを多く含むため、これらの草食恐竜は被子植物を食べる適応を遂げ、それに対抗して被子植物もプラントオパールを増やした、という共進化仮説が植物学者によって提唱されていました。しかし、恐竜が被子植物を食べていたかどうかを化石から直接調べる手法がなく、検証が困難でした。

     

〈研究の内容〉
本研究グループは、食性の異なる様々なニホンジカなどの野生草食動物を調べ、食物中にプラントオパールが多く含まれるほどマイクロウェアが深くなることを明らかにしました。また近年、海外の研究グループも、多様な大型有蹄類の給餌実験から植物中のプラントオパールがマイクロウェアの主形成要因であるという研究結果を報告していました。
そこで、本研究ではまだ被子植物が多くなかった後期ジュラ紀および前期白亜紀の鳥脚類恐竜と、被子植物の割合が増えた後期白亜紀の鳥脚類恐竜のマイクロウェアを比較しました。後期ジュラ紀や前期白亜紀の試料は、コロナ禍前にドイツや中国の博物館で歯型を収集しました。その後にコロナ禍で海外渡航が不可能になったため、後期白亜紀の恐竜の歯型は、福井県立恐竜博物館、国立科学博物館、岡山理科大学の展示場や収蔵庫の実物標本から採取しました(図2)。日本では恐竜の人気が高く、各地の施設に実物標本が展示されています。この研究はそのような日本の博物館環境が可能にしたとも言えます。

     

図2展示標本から歯型を採取する様子 (1).jpg

図2:福井県立恐竜博物館の展示標本から歯型を採取する様子

     

収集した歯型を共焦点レーザー顕微鏡(注3)でスキャンし、歯の表面のマイクロウェアの三次元解析を行った結果、後期白亜紀の種はそれより前の時代の種よりも平均的にマイクロウェアが深いことがわかりました。一方で、後期白亜紀のグリポサウルスはマイクロウェアが浅く、後期白亜紀の種のマイクロウェアの形状は多様性も高いことがわかりました(図3)。

今回の研究結果は、被子植物の放散に応じて、鳥脚類恐竜が被子植物の摂食量を増やしていったことを示唆しています。ただ、グリポサウルスの例や、後期白亜紀の草食恐竜の糞化石には多様な植物の花粉が含まれることなどから考えると、鳥脚類恐竜は好んで被子植物を食べたというよりは、植物を選択せずに食べていた可能性が高いと考えられます。

図3線状のマイクロウェアが見られる鳥脚類恐竜の歯の微小領域の三次元形状.jpg
図3:線状のマイクロウェアが見られる鳥脚類恐竜の歯の微小領域(100μm x 140μm)の三次元形状
後期白亜紀の種のマイクロウェアは前期白亜紀の種のマイクロウェアよりも深い傾向がある。

     

〈今後の展望〉
草食恐竜には、歯や顎の形態が白亜紀に大きく変化した鳥脚類や角竜類と、大きな変化がなかった竜脚類や鎧竜類など、様々な分類群がいます。マイクロウェアの三次元解析を様々な草食恐竜に広げていくことで、異なる分類群で被子植物の摂食量に違いがあったのか、形態から予想される食性とマイクロウェア解析の結果が一致するのかを明らかにできると期待されます。
また、今後は分析数を増やすことで白亜紀の中でもより広範囲な時期をカバーし、時間軸にそって草食恐竜の被子植物の摂食量はどのように変化してきたのかを明らかにできると期待されます。

     

発表者

東京大学大学院新領域創成科学研究科
    久保 麦野 講師
    久保 泰 客員連携研究員 兼:沖縄科学技術大学院大学 スタッフサイエンティスト

     

論文情報

〈雑誌〉    Palaeontology
〈題名〉    Dental microwear texture analysis revealed the temporal dietary shift within Cretaceous ornithopod dinosaurs.
〈著者〉      Tai Kubo*, Mugino O. Kubo  , Manabu Sakamoto, Daniela E. Winkler, Masateru Shibata, Wenjie Zheng, Xingsheng Jin, and Hai-Lu You*
〈DOI〉    10.1111/pala.12681
〈URL〉    https://doi.org/10.1111/pala.12681

     

用語解説

(注1)鳥脚類
ジュラ紀から白亜紀まで繁栄した二足歩行の草食恐竜のグループ。鳥脚類に含まれるハドロサウルス類は、後期白亜紀の北米などで最も多く発見される恐竜である。

(注2)プラントオパール
植物珪酸体とも言われる。植物の葉や茎などの細胞に珪酸が集積してガラス質になったもの。ササやススキといったイネ科植物に特に多く含まれており、こうした植物で手を切る原因でもある。

(注3)共焦点レーザー顕微鏡
工業分野で表面粗さを測定するために利用される顕微鏡。表面粗さとは、材料表面の微細な凹凸(ツルツル、ザラザラといった表面の特性)のことで、これを数値に表すことで工業製品の品質管理に役立てられてきた。表面粗さを測定できる機械には、探針で表面の凸凹を評価する接触式と、非接触式の粗さ測定器がある。後者の非接触式の測定器はレーザー光や可視光を用いて、光源から物体表面までの距離を測量しており、高い分解能とサンプルへのダメージがないことから、近年普及しつつある。歯の表面に形成されるマイクロウェアが、工業製品の表面粗さと同じ原理で定量的に評価できることが2000年代初頭に古人類学・古生物学で示され、「三次元マイクロウェア形状分析」が発展した。

     

関連研究室

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