多彩なスピン構造の間のトポロジカル数スイッチングに成功―超高密度な新しい情報担体としての活用に期待―
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東京大学
理化学研究所
北海道大学
J-PARCセンター
高エネルギー加速器研究機構
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
◆希土類合金(GdRu2Ge2)において、直径2.7ナノメートルの極小サイズの磁気スキルミオン(粒子性を有する渦状の電子スピン構造)を発見しました。
◆外部磁場の強さによって、「楕円形スキルミオン」や「メロン-アンチメロン分子」、「円形スキルミオン」という多彩なスピン構造が発現することを明らかにしました。
◆極小サイズのスキルミオンに関する新たな物質設計指針を提示するとともに、外部磁場による多値メモリ動作といった新しい応用につながる可能性を秘めています。
本研究で発見した希土類合金GdRu2Ge2で実現する多彩なスピン構造の概念図
発表概要
東京大学大学院工学系研究科の吉持遥人 大学院生、高木里奈 助教(研究当時)、関真一郎 准教授らの研究グループは、同大学物性研究所の中島多朗 准教授、北海道大学大学院理学研究院の速水賢 准教授らとの共同研究を通じて、GdRu2Ge2(注1)という希土類合金において、外部磁場の大きさを変化させることで、「楕円形スキルミオン」や「メロン-アンチメロン分子(注2)」、「円形スキルミオン」といった多彩なスピン構造を観測することに成功しました。
磁性体で見られる電子スピン(注3)の渦構造である磁気スキルミオン(注4)は、トポロジー(注5)に保護された安定な粒子として振る舞うことから、次世代の情報担体(注6)の候補として注目を集めています。スキルミオンは従来、対称性の低い結晶構造を有する物質のみで発現すると考えられてきました。しかしながら、近年では新しい形成機構によって、対称性の高い物質において直径数ナノメートル(nm、1 nmは10億分の1メートル)の極小サイズのスキルミオンが報告されています。
そこで本研究では、希土類合金GdRu2Ge2を対象として研究を行った結果、本物質では直径2.7ナノメートルの極小サイズのスキルミオンが実現しており、さらに外部磁場の大きさに応じて複数の多彩なスピン構造が発現することを明らかにしました。本成果は、極小サイズのスキルミオンにまつわる新しい物質設計指針を与える結果であることに加え、本物質で見られるスキルミオンとメロン-アンチメロン分子は異なるトポロジカル数(注5)によって特徴付けられることから(図1)、外部磁場による多値メモリ動作といった新たな応用展開につながる可能性を秘めています。
本研究成果は2024年4月1日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Physics」オンライン版に掲載されました。
図1:さまざまなトポロジカル数によって特徴付けられる、多彩なスピン構造の概念図
スキルミオン(a)およびアンチスキルミオン(b)は、構成されるスピンを球面に貼り合わせた際に、球面をちょうど1周覆うため(e、f)、整数値のトポロジカル数Nskによって特徴付けられる。メロンとアンチメロン(c、d)は、球面をちょうど半分覆うため(g、h)、半整数値のトポロジカル数Nskによって特徴付けられる。矢印は物質内のスピンの方向を表しており、スピンが下向きの場合を青色、上向きの場合を赤色として示している。
発表内容
〈研究の背景〉
近年、電子スピンの渦巻き構造である磁気スキルミオンが、次世代磁気メモリの情報担体の候補として脚光を浴びています。スキルミオンの直径は数〜数百ナノメートルと非常に小さい上、トポロジーによって保護された粒子として振る舞う性質を有しています。これらの性質に加え、スキルミオンの粒子性に由来して、一般の磁気メモリに用いられる磁壁(注7)と比べて10万分の1程度の小さなしきい値電流によって駆動できるという特徴を持つことから、次世代の磁気記憶・演算素子のための超高密度・超低消費電力な情報担体としての応用が期待されています。
従来、スキルミオンの安定化には空間反転対称性(注8)の破れた特殊な結晶構造の下で生じる、ジャロシンスキー・守谷相互作用(注9)が必要であると考えられてきました。一方で、近年では空間反転対称性の保たれた結晶構造の物質において、従来よりも直径の小さなスキルミオンの観測が報告されています。こうした物質においては、遍歴電子(物質中を動き回る電子)に媒介される相互作用が、スキルミオンの安定化に重要な寄与を果たしていると考えられています。しかしながら、こうした新しい機構によるスキルミオンが報告されている物質はごくわずかであり、また外部磁場によって異なるトポロジーに特徴付けられるスピン構造を制御できるかどうかは、これまで明らかになっていませんでした。
〈研究の内容〉
そこで本研究では、空間反転対称性の保たれた正方格子構造を有する希土類合金GdRu2Ge2に着目しました。図2aに示すように、本物質では磁性を担うGd(ガドリニウム)の3価イオンによる二次元的な正方格子の層と、電気伝導を担うRu(ルテニウム)とGe(ゲルマニウム)による層が、それぞれ交互に積層する構造を有しています。図2b、cに示すように、本物質に対して磁化測定および電気輸送測定を行い、磁化・縦抵抗率およびホール抵抗率(注10)の磁場依存性を測定しました。図2bの磁気相図に示すように、本物質の積層方向に外部磁場をかけていくと多段階に磁気構造が相転移していき、その中でも図2cの色付きで示すIIとIVの2種類の磁気相においては、ホール抵抗率に増大が生じることを明らかにしました。一般に、スキルミオン上を電子が運動するとき、スキルミオンの特異なトポロジーを反映して、電子が仮想的な磁場を感じてその進行方向が曲げられる、トポロジカルホール効果(注11)が生じることが分かっています。本物質で見られたホール抵抗率の増大は、このようなトポロジカルホール効果によるものであると考えられ、本物質において複数のスキルミオン相が生じていることを示唆する結果です。
図2:希土類合金GdRu2Ge2における結晶構造(a)、温度磁場相図(b)、および磁化、縦抵抗率とホール抵抗率の磁場依存性(c)。色付きで示すIIとIVの2種類の磁気相において、ホール抵抗率に増大が見てとれる。
そこで、ミクロなスピン配列を直接的に観測するため、大強度陽子加速器施設J-PARC(注12)物質・生命科学実験施設(MLF)のビームライン12に設置された高分解能チョッパー分光器(HRC)において中性子散乱実験(注13)を、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所のフォトンファクトリービームライン3Aにおいて共鳴X線散乱実験(注14)をそれぞれ行いました。その結果、IIおよびIVの磁気相においては、直径2.7ナノメートルのスキルミオンが格子を組んだ状態で安定化していることが分かりました(図3)。その上、本物質では外部磁場に応じて多段階の磁気構造相転移が生じており、特にII、III、IVの磁気相では、「楕円形スキルミオン」や「メロン-アンチメロン分子」、「円形スキルミオン」といった多彩なトポロジカルスピン構造が発現することを明らかにしました。
加えて、遍歴電子が媒介する相互作用に基づく磁気構造の理論計算を行うことで、実験結果で得られた一連の磁気構造を非常に高い精度で再現することに成功しました。その結果、本物質GdRu2Ge2で観測された多彩な磁気構造を安定化させるための微視的な起源として、遍歴電子が媒介する相互作用を特徴付ける磁気感受率における複数ピークの競合が重大な寄与を果たしていることが明らかになりました。すなわち、遍歴電子が媒介する相互作用における一種のフラストレーション(注15)が、多彩なトポロジカルスピン構造発現の鍵であることを突き止めました。
図3:希土類合金GdRu2Ge2の各磁気相における磁気構造(a-e)および、それぞれのスピン構造についての概念図(f-j)
背景色は電子が持つ磁気モーメントの紙面面直成分を表しており、矢印が面内スピン成分を示している。外部磁場を大きくしていくことで、楕円形スキルミオン、メロン-アンチメロン分子、円形スキルミオンなどの異なるトポロジカル数によって特徴付けられる多彩なスピン構造が発現する。
〈今後の展望〉
本研究は、遍歴電子が媒介する相互作用の一種のフラストレーションの機構に基づく、極小サイズの多彩なトポロジカルスピン構造を実現するための新しい物質設計指針を確立するものであると言えます。本物質で実証した、外部磁場による異なるトポロジカル数によって特徴付けられるスピン構造の切り替え、すなわち多彩なトポロジカルスピン構造間のスイッチングは、多値メモリ素子などの新しい応用可能性を秘めています。つまり、外部磁場によってこれらのスピン構造を選択的に制御し、それぞれに例えば"0"、"1"、"2"、"3"を対応させれば多ビットを表現することができるため、スキルミオンを情報媒体とする多値メモリ素子への活用が期待できます。また、本研究で明らかにした物質設計指針をもとに、今後さらなる物質探索が進むことで、超高密度・超低消費電力な次世代素子への応用に貢献することが期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース① 新機構が生み出す過去最小の磁気渦粒子を発見――超高密度な次世代情報担体としての活用に期待――」(2020/05/19)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_202005190901563548026362.html
「プレスリリース② 超高密度な磁気渦を示すシンプルな二元合金物質を発見――次世代磁気メモリへの応用に期待――」(2022/03/30)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2022-03-30-003
〈研究助成〉
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CRESTの「未踏探索空間における革新的物質の開発」研究領域(No. JPMJCR23O4)および「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」研究領域(No. JPMJCR1874)、同戦略的創造研究推進事業さきがけの「トポロジカル材料科学と革新的機能創出」研究領域(No. JPMJPR18L5、JPMJPR20L8)および「情報担体とその集積のための材料・デバイス・システム」研究領域(No. JPMJPR20B4)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究S(No. JP21H04990、JP22H04965)、同基盤研究A(No. JP18H03685、JP20H00349、JP21H04440)、同挑戦的研究(萌芽)(No. JP21K18595)、同若手研究(No. JP21K13876、JP23K13069)、同新学術領域研究(研究領域提案型)(No. JP22H04468)、同学術変革領域研究(A)(No. JP23H04869)、同特別研究員奨励費(No. JP22KJ1061)、旭硝子財団、村田学術振興財団、東京大学克研究奨励賞、UTEC-UTokyo FSI Research Grant Program の助成を受けて行われました。中性子散乱実験はJ-PARC物質・生命科学実験施設の利用研究課題(2020S01)として、共鳴X線散乱実験は高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 フォトンファクトリーの研究課題(2020G665)としてそれぞれ行われました。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科 物理工学専攻
吉持 遥人 博士課程
周 芝苑 研究当時:修士課程
附属総合研究機構
高木 里奈 研究当時:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 助教
現:東京大学物性研究所 准教授、科学技術振興機構 さきがけ研究者
関 真一郎 准教授
兼:東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授
研究当時:科学技術振興機構 さきがけ研究者
物性研究所 附属中性子科学研究施設
齋藤 開 助教
中島 多朗 准教授
大学院新領域創成科学研究科
有馬 孝尚 教授
北海道大学大学院 理学研究院
速水 賢 准教授
理化学研究所
創発物性科学研究センター
十倉 好紀 センター長
兼:東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ)
強相関物質研究グループ
Nguyen Duy Khanh 研究当時:研究員
現:東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任助教
高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所
佐賀山 基 准教授
中尾 裕則 准教授
伊藤 晋一 教授
論文情報
雑誌名:Nature Physics
題 名:Multistep topological transitions among meron and skyrmion crystals in a centrosymmetric magnet
著者名:H. Yoshimochi*, R. Takagi, J. Ju, N. D. Khanh, H. Saito, H. Sagayama, H. Nakao, S. Itoh, Y. Tokura, T. Arima, S. Hayami, T. Nakajima, S. Seki*
DOI:10.1038/s41567-024-02445-9
URL:https://www.nature.com/articles/s41567-024-02445-9
用語解説
(注1)GdRu2Ge2
本研究で対象とした希土類合金です。原子番号64の希土類元素であるガドリニウム(元素記号:Gd)と、原子番号44の貴金属であるルテニウム(元素記号:Ru)と、原子番号32の半導体であるゲルマニウム(元素記号:Ge)によって構成された物質です。これらの元素が1:2:2の割合で混ざることで、本研究で対象としたGdRu2Ge2が合成されます。本物質では磁性を担うGd(ガドリニウム)の3価イオンによる二次元的な正方格子の層と、電気伝導を担うRu(ルテニウム)とGe(ゲルマニウム)による層が、それぞれ交互に積層する構造を有しています。
(注2)メロン、アンチメロン、メロン-アンチメロン分子
メロンとは、電子スピンで構成される構造の1つです。スキルミオンとは異なり、メロンを構成するスピンを球面に貼り合わせると、球面をちょうど半分覆う性質を持つことが知られています。そのため、スピンを球面に貼り合わせた際に球面を何回覆うかを表すトポロジカル数が、メロンの場合は-1/2という値を取ります。一方で、トポロジカル数が+1/2という値をとるような電子スピンの構造を、アンチメロンと言います。
本研究で発見したメロン-アンチメロン分子とは、これらのメロンとアンチメロンが対を成したようなスピン構造のことをいいます。メロン-アンチメロン分子は、メロンの-1/2のトポロジカル数と、アンチメロンの+1/2のトポロジカル数が打ち消し合うため、トポロジカル数は0となります。
(注3)電子スピン
電子は、電荷とスピンの2つの自由度を持つ粒子であることが知られています。このうち、スピンの自由度は、電子の自転が生み出す角運動量に由来しています。スピンは原子サイズの棒磁石のような性質(磁気モーメント)を持っており、磁性体の中ではこのスピンが一定の規則に従って整列した状態が実現しています。
(注4)磁気スキルミオン
磁気スキルミオンとは、磁性体中で見られる電子スピンの渦構造のことです。電子スピンの方向が一方向に揃って整列した状態が通常の磁石ですが、さまざまな相互作用の影響によって電子スピンが渦状に配列し、スキルミオン構造が安定化されることがあります。元々スキルミオンは、1960年代にTony Skyrme博士によって素粒子物理の分野で提唱された概念でした。2000年代以降、磁性体や液晶といった物質中で現れる渦状構造も、スキルミオンと同等の特徴を持つことが明らかになり、こうした構造は連続変形によって取り除くことができないため、ノイズや不純物の影響を受けにくく、安定した粒子としての性質を持つことが分かっています。特に、スキルミオンはトポロジーによる保護によって、物質中に電流を流すことでスキルミオンを壊すことなく動かせることが分かっています。スキルミオンの有無によって"0"と"1"の2種類の状態を区別できることから、スキルミオンを情報担体として活用した次世代の磁気メモリへの応用が期待されています。スキルミオンを磁気メモリに応用することを目指す上で、スキルミオンの小型化はそのまま情報密度の向上につながるため、重要な研究テーマとなっています。
(注5)トポロジー、トポロジカル数
トポロジーとは位相幾何学のことであり、連続的な変形を行っても保たれる不変量に基づいて、物体の形を分類する数学の分野です。不変量の例としては、穴の数やひもの結び目の数といったものが挙げられ、こうした穴や結び目は連続変形では取り除けないことから、トポロジーに由来した特別な安定性を持つことが知られています。
磁気スキルミオンの場合は、スキルミオンを構成するスピンを球面に貼り合わせた際に球面を何回覆うかを表すトポロジカル数によって特徴付けられています。磁気スキルミオンはトポロジーによって保護されているため、連続変形によって変化しない、すなわち多少のノイズや不純物が加わっても、スキルミオンの性質が変わらないということを意味しています。
(注6)情報担体
情報担体とは、メモリにおいて情報の保持、書き込みや読み出しが可能な構造のことを指します。スキルミオンの有無は電気的に判別することが可能であり、1ビットの情報量に対応します。特に、スキルミオンはトポロジーによって保護された粒子として振る舞う性質から、超高密度・超低消費電力な情報担体としての応用が期待されています。
(注7)磁壁
一般的に用いられている磁気メモリにおいては、強磁性体の上向きスピン領域と下向きスピン領域をそれぞれ"0"と"1"の2種類の状態として活用し、ビット情報の記憶を行っています。ここで、上向きスピン領域と下向きスピン領域の間の境界を「磁壁」といいます。一般に磁壁は電流を流すことで動かすことができるため、これによってメモリへの書き込みや情報伝送を行うことができます。
(注8)空間反転対称性
三次元系において、空間座標を原点に対して対称な点に移すような操作を行った際に、元の状態と変わらない場合を「空間反転対称性がある」といい、元の状態と同じにならない場合を「空間反転対称性が破れている」といいます。
(注9)ジャロシンスキー・守谷相互作用
磁性体で見られる隣接するスピンの間の相互作用の1つです。空間反転対称性の破れた系においては、隣接するスピンの方向を直交させようとする力が働き、これをジャロシンスキー・守谷相互作用といいます。
(注10)縦抵抗率、ホール抵抗率
通常、電子は電場の方向に真っ直ぐに運動しますが、磁場や磁化(物質内部の磁気モーメントの総和)が存在する環境下では、電場と直交した方向に起電力が生じることが知られており、これをホール効果と言います。このときに生じる起電力のことを、ホール電圧と言います。物質に磁場をかけた際に、電流と磁場にともに垂直な方向に生じるホール電圧に対応する電場を、電流で割ることでホール抵抗率を測定することができます。また、電流に平行な方向に生じる電圧に対応する電場を、電流で割ることで縦抵抗率を測定することができます。
(注11)トポロジカルホール効果
近年では、一般的に磁場に比例する正常ホール効果や磁化(物質内部の磁気モーメントの総和)に比例する異常ホール効果の他に、トポロジカルホール効果と呼ばれる現象が生じることが明らかとなっています。トポロジカルホール効果とは、スキルミオンのような特異なトポロジーによって特徴付けられるスピン構造の上を電子が通過する際に、電子が仮想的な磁場を感じて軌道が曲げられる現象のことをいいます。
(注12)大強度陽子加速器施設J-PARC
高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われています。J-PARC内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度のミュオンおよび中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっています。
(注13)中性子散乱実験
中性子とは、原子核に存在しており、陽子とほぼ同じ質量を持ち電荷を持たない粒子のことです。中性子はスピンを持っているために、物質に入射した際に物質内のスピンに散乱されます。ここで、散乱された中性子を検出することによって、物質内のスピン構造に関する情報を実験的に観測することができます。
(注14)共鳴X線散乱実験
例えば物質内でスピンが規則正しい周期構造を作って整列している際に、そこに電子の占有状態と非占有状態のエネルギー差に対応するエネルギーのX線を入射すると、スピン構造に関する情報を実験的に観測することができます。
(注15)フラストレーション
物質中では、スピンの間の相互作用が複数存在するとき、それらを同時に安定化させるようなスピン構造が存在せず、複雑なスピン構造が実現することがあります。例として、正三角形の3つの頂点にそれぞれスピンが存在しており、それらの間に隣り合うスピンを反平行に揃えようとする相互作用が働いている場合を考えます。この場合、初めの2つのスピンの方向を反並行に揃えると、残るスピンの方向を上と下のどちらの方向に向けたとしても、初めの2つのスピンと同時に反平行になるようにはスピンを置くことができない状況となります。このような格子の幾何学的な性質に由来した、スピン間相互作用の競合を幾何学的フラストレーションと呼び、広くスピン間の相互作用に生じる競合をフラストレーションと言います。
本研究では、遍歴電子(動き回る電子)によるスピン間の相互作用が一種のフラストレーションを引き起こすことで、楕円形スキルミオンやメロン-アンチメロン分子、円形スキルミオンのような複雑で多彩なスピン構造が安定化されることが明らかとなりました。
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