白血病を引き起こすタンパク質がゲノムに作用するメカニズムを解明
- ヘッドライン
- 記者発表
公益財団法人 庄内地域産業振興センター
東京大学大学院新領域創成科学研究科
国立研究開発法人国立がん研究センター
研究成果のポイント
◆白血病を引き起こすNUP98-JADE2タンパク質が働くメカニズムを解明しました。
◆JADEタンパク質がPZPドメインという構造を介してゲノム上のDNAやヒストンと結合することを明らかにしました。
◆PZPドメインがヒストンと結合するメカニズムを立体構造レベルで明らかにしました。
◆NUP98-JADE2タンパク質上のPZPドメインを欠失させると、白血病を発症する働きが弱まることを示しました。
◆本研究の成果によりJADE複合体を標的とした分子標的薬の開発が進み、白血病治療が発展することが期待されます。
発表概要
公益財団法人庄内地域産業振興センター(理事長:皆川 治、鶴岡市末広町)/国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点がんメタボロミクス研究室(横山 明彦チームリーダー)、東京大学大学院新領域創成科学研究科(金井 昭教特任准教授)、米国のコロラド大学(Tatiana Kutateladze教授)及びカナダのラヴァル大学(Jacques Côté教授)の研究グループは、白血病を引き起こすNUP98-JADE2タンパク質が働くメカニズムの一端を解明しました。ゲノムとは多様な遺伝子を含むDNAを収納する場所であり、ゲノム上の特定の場所に存在する遺伝子が活性化されたり、不活性化されたりすることで細胞は様々な機能を発揮することができます。ゲノムには遺伝子の配列情報を含むDNAだけでなく、ヒストン(*1)というタンパク質が多量に存在しています。いくつかのタンパク質は、このヒストンに付けられた様々な目印を頼りに、ゲノム上の特定の場所にたどり着き、その場所の遺伝子を活性化するために必要な新たな目印をつけることができます。これまでに、私たちはJADEと呼ばれるタンパク質が、HBO1やING5などの別のタンパク質と会合し、ING5を介して特定の目印を認識する機能や、HBO1を介してヒストンに特定の目印を付加する機能を獲得することを見出してきました。今回私たちはJADEタンパク質がPZPドメイン(*2)という特別な構造を使ってDNAやヒストンの特定の目印を認識し、それによって新たな目印を選択的に特定のヒストン上に付加する仕組みを明らかにしました。また、JADEタンパク質の一つであるJADE2のコード遺伝子は、遺伝子変異によってNUP98-JADE2と呼ばれる発がんドライバー(*3)遺伝子になり、白血病を引き起こすことが知られていましたが、NUP98-JADE2が白血病を引き起こす上で、JADE2タンパク質に含まれるPZPドメイン構造が重要な働きをしていることを見出しました。
本研究は、米国のコロラド大学及びカナダのラヴァル大学、そして日本の国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区)及び東京大学大学院新領域創成科学研究科(研究科長:徳永朋祥、千葉県柏市)による国際共同研究であり、2024年3月6日に国際学術誌「Nature Structural & Molecular Biology」に掲載されました。
発表内容
【背景】
白血病は若年層で最も多く見られるがんであり、現行の治療法では治癒をもたらすことが難しい予後不良のタイプがあります。遺伝子異常の一種である「染色体転座」によって生み出されるNUP98とHBO1タンパク質複合体の構成因子であるHBO1やJADE2との融合タンパク質(*4)は非常に強い発がんドライバーとして機能し、予後不良の白血病を引き起こします。しかし、HBO1やJADE2ががん化にどのように関与しているかはよく分かっていませんでした。
図1 HBO1/JADE1複合体によってアセチル化される基質がヒストンのメチル化状態によって変化する
A. JADEタンパク質はHBO1ヒストンアセチル化酵素やING4/5, MEAF6と複合体を形成する。
B. リコンビナントタンパク質で構成されたJADE1複合体による試験管内でのヒストンアセチル化反応。
C. PZPドメインが制御する基質選択モデル。ヌクレオソームに含まれる二つのヒストン H3の4番目のリジンが両方ともメチル化されていると、アセチル化される基質が、ヒストン H4からヒストンH3に変化する。JADEタンパク質のPZPドメインがヒストン H3と結合することで、ヒストン H3がマスクされ、アセチル化されなくなる。代わりにヒストン H4がアセチル化される。
【研究成果】
米国のコロラド大学のKutateladze、カナダのラヴァル大学のCôté、国立がん研究センターの横山、東京大学の金井らの研究グループはJADEタンパク質に含まれるPZPという構造に着目し、その機能を調べました。PZPドメインは数あるヒストンの中でもヒストン H3というタンパク質の一部分と結合し、その部分がさらなる目印をつけないように働きます。しかし、そのヒストン H3の4番目のリジンというアミノ酸にあらかじめメチル化という目印が付加されていると、PZPドメインはヒストン H3と結合できなくなり、その結果自由になったヒストン H3は新たな目印を受け入れるようになります。JADEタンパク質に結合するHBO1には、アセチル化と呼ばれる目印を付加する働きがあります。ヒストン H3がメチル化という目印を持っていない時にはPZPドメインがヒストン H3と結合することで目印が付加される部分を隠しているため、HBO1は別のヒストンであるヒストン H4にアセチル化の目印を付加します。しかし、あらかじめヒストン H3にメチル化の目印があり、JADE中のPZPドメインがヒストン H3に結合できなくなると、自由になっているヒストン H3の方にHBO1はアセチル化という目印をつけるようになりました(図1)。このような状況依存的な目印の付け替えは、ゲノムの中でも信号機のような働きをし、私たちの細胞の中で、ゲノムの適切な場所の遺伝子が適切なタイミングで活性化されるために重要であると考えられます。また、私たちはPZPドメインがDNAとも非特異的に結合することも見出しました。PZPドメインを失ったJADEタンパク質は、ゲノムにあまり結合できなくなっており、その結果ゲノム上の標的となる場所に効率よく結合することができなくなることがわかりました(図2)。これは、JADEタンパク質がゲノムをスキャンして特定の標的領域を見つける上でもPZPドメインとヒストンやDNAとの結合が重要な働きをしている事を示しました。一方で、遺伝子変異によって生まれた変異型のNUP98-JADE2融合タンパク質は、適切ではないタイミングで特定の遺伝子を活性化することで、白血病を引き起こします。白血病を引き起こすNUP98-JADE2融合タンパク質は、PZPドメインを失うと白血病を引き起こす働きが著しく弱まったことから(図3)、PZPドメインが創薬の標的となりうることを示しました。
図2 PZPドメインを欠失したJADEタンパク質はゲノム上の標的領域に効率よく結合することができない
A. 正常なJADE3とPZPドメインを欠失したJADE3(DPZP)のゲノム上での結合パターン。JADEタンパク質をHEK293T細胞に発現させ、ChIP-seq法(*5)にてゲノム上でのタンパク質の局在を調べた。
B. PZPドメインを欠いた変異体はメチル化されたH3K4とは結合できるため、遺伝子のプロモーター(*6)を認識することはできるが、効率的にゲノムをスキャンすることができないため、プロモーターへの平均的な結合量が正常型に比べて低下している。
図3 NUP98-JADE2はPZPドメインを失うと、白血病発症が低下する
A. 正常なマウスから採取した造血細胞にNUP98-JADE2融合タンパク質のような発がんドライバーを発現させ、培養すると細胞が不死化され、継続的に細胞塊(コロニー)を形成するようになり、長期培養できるようになる。
B. コロニーの写真
C. NUP98-JADE2融合タンパク質の構造
D. それぞれのNUP98-JADE融合タンパク質によるコロニー形成能。PZPドメインを欠失したNUP98-JADE2融合タンパク質は形成するコロニーの数がPZPドメインを持つ本来のNUP98-JADE融合タンパク質に比べて顕著に低下していた。
【展望】
研究グループはNUP98-JADE2融合タンパク質が白血病を引き起こすメカニズムの一端を明らかにしました。特に、JADE/HBO1複合体が特定のヒストン修飾を認識して、新たに修飾するヒストンの部位を選択しているという知見は、細胞内の遺伝子発現制御がタンパク質複合体によって制御される精緻なメカニズムの一端の解明に寄与しました。このような分子メカニズムの理解は新たな分子標的の発見、分子標的薬の開発につながると期待されます。
発表論文
雑誌名: Nature Structural & Molecular Biology
タイトル:Guiding the HBO1 complex function through the JADE subunit
著者:#Gaurav N, #Kanai A, #Lachance C, Cox KL, Liu J, Grzybowski AT, Saksouk N, Klein BJ, Komata Y, Asada S, Ruthenburg AJ, Poirier MG, *Côté J, *Yokoyama A, and *Kutateladze TG. . #co-first author, *co-corresponding author
DOI:10.1038/s41594-024-01245-2
URL:https://www.nature.com/articles/s41594-024-01245-2
掲載日:2024年3月6日
用語解説
*1 ヒストン:細胞核の中に存在する塩基性のタンパク質であり、DNAと結合してヌクレオソームと呼ばれるDNA・タンパク質複合体を形成し、ゲノムを形作るクロマチンの主要な構成成分となる。
*2 ドメイン:タンパク質におけるドメインとは、アミノ酸配列からなる一次構造のうち、特定の機能を持った領域のことを指す。
*3 発がんドライバー:遺伝子の変異の内でがんの発症に関与する変異。
*4 融合タンパク質:染色体は放射線などの影響で分断されると細胞内の修復メカニズムによって再結合するが、間違って元の染色体と異なる染色体断片同士が結合することで、遺伝子が再配列された染色体が生み出される現象を染色体転座という。その結果、二つの異なる遺伝子が結びついた融合遺伝子が形成される。この遺伝子から発現されるタンパク質を融合タンパク質と呼ぶ。
*5 ChIP-seq法:クロマチン免疫沈降法と呼ばれる手法で特定のタンパク質が結合するゲノムDNA断片を回収し他のち、DNAを次世代シーケンサーによって解析する事で、あるタンパク質がゲノム上に結合する領域を網羅的に同定する手法。
*6 プロモーター:RNAをコードする遺伝子の先端部分のゲノム領域であり、その遺伝子の転写の起点となる。
研究費
がんメタボローム研究推進支援事業費補助金(山形県、鶴岡市)、横山 明彦(代表)
ENL変異型小児腎腫瘍の分子メカニズムの解明及び分子標的療法の開発 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))、横山明彦(代表)、金井昭教(分担)、R4-8年度、日本学術振興会
AF10転座白血病における分子病態の解明及び新規治療法の開発、科学研究費助成事業 基盤研究(B)、横山明彦(代表)、金井昭教(分担)、R4-6年度、日本学術振興会
【国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点がんメタボロミクス研究室について】
国立がん研究センターのがんのメタボローム研究分野の研究拠点として、山形県鶴岡市に2017年4月に設置。鶴岡連携研究拠点では、学校法人慶応義塾、慶應義塾大学先端生命科学研究所と連携して、メタボローム解析を活用した、がんの診断薬などの開発等に向けた研究を実施している。また企業との共同研究をより積極的に推進することにより、がんの分子基盤に基づいた新しい診断・治療法開発を進めている。
関連研究室