昆虫の体の最終的な形ができあがる過程を解明 ―パルテノン神殿様構造の形成と解消による昆虫肢の形づくり―
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東京大学
発表のポイント
◆ライブ・イメージング技術により、蛹(さなぎ)の中で成虫の肢(あし)が形づくられる過程を調べました。
◆上皮細胞が特殊な構造(パルテノン神殿様構造と名付けました)を一次的に形成することなど、これまで知られていなかったダイナミックな細胞動態を介して成虫肢の最終的な形がつくられることを明らかにしました。
◆発生過程において細胞の運命がどのように決まるのかについての理解が著しく進む一方で、運命の決定された細胞群がどのようにして最終的な形をつくるのかについてはほとんど分かっていません。本研究の成果は、そうした形づくりのメカニズムの解明に大きく貢献すると期待されます。
パルテノン神殿様構造の形成と解消によるショウジョウバエ成虫肢の形づくり
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の小嶋徹也准教授および平岩祥太朗特任研究員と千葉大学大学院理学研究院の田尻怜子准教授らによる研究グループは、ショウジョウバエの成虫の肢の最終的な形が蛹の中でつくられる際のダイナミックな細胞動態を明らかにしました。
本研究では、共焦点顕微鏡(注1)を用いたライブ・イメージング技術(注2)により、蛹の中で成虫肢が形づくられる際の細胞形態の変化を世界で初めて連続的に観察することに成功しました。その結果、発生途上の肢の形が大きく変化する際に、パルテノン神殿様構造と本研究グループが名付けた特殊な構造が一過的に形成されることを明らかにしました。
パルテノン神殿様構造はショウジョウバエの肢以外の組織やショウジョウバエ以外の昆虫でもみられることから、この構造の一過的な形成は昆虫が体の最終的な形をつくる上で普遍的で重要な過程だと考えられ、本研究成果は昆虫の体の最終的な形をつくるメカニズムの解明に大きく貢献すると期待されます。
発表内容
生物は、その姿・形を実に多様に進化させて周りの環境に適応しています。これまでの様々な研究から、"形"がつくられていく発生過程における、それぞれの細胞の運命が決定されるメカニズムについては、かなり理解が進んできました。しかし、運命が決定された細胞がどのように最終的な形をつくるのかについては、ほとんど分かっていません。
ショウジョウバエは完全変態昆虫であり、蛹の中で約4日間にわたって成虫の形がつくられます。ショウジョウバエの成虫肢の発生過程においても、細胞運命を決定するメカニズムは詳細に研究されてきましたが、蛹の中で成虫肢の最終的な形ができるメカニズムについては、分かっていませんでした。
本研究では、共焦点顕微鏡を用いた長時間ライブ・イメージング技術によって、蛹期の間に成虫肢の跗節(ふせつ)と呼ばれる先端部分の分節の最終的な形がつくられる過程で起こる細胞の形態変化を連続的に観察しました。
本研究グループは、蛹の中での肢の発生過程を、図1の様に5つの段階に分けました(動画1)。その中で特にStage IIIで興味深い現象を発見しました。
図1:蛹期の跗節の形の変化
発生途上の跗節は、Stage IIで一旦、太くて長い袋を膨らませたような形となりますが、Stage IIIに入ると、急速に細くなります。この変化に合わせて、図2の様な上皮細胞の特殊な構造が一過的に形成されることが分かりました(動画2)。
この構造では、細胞質の大部分と細胞核が組織の輪郭に沿って並び、そこから組織内側に向かって各細胞が細長い柱状の構造を伸ばしており、細胞の基底側で薄く平面的に広がっていました。細胞の柱と柱の間には空間があります。この構造はまるで屋根と床を柱で支えているように見え、パルテノン神殿を彷彿とさせることから、本研究グループはこの構造をパルテノン神殿様構造と名付けました(図2および図3)。
図2:パルテノン神殿様構造
細胞(緑)が細長い柱上に足(細胞プロセス)を延ばして、核(マゼンタ)を含む細胞体と広がっている基底膜側の部分がつながった構造をつくる。柱と柱の間には空間があり、マクロファージ様細胞が往来している。
図3:Stage IIIでのパルテノン神殿様構造の形成と消失
細長い細胞の柱が徐々に伸びてパルテノン神殿様構造が形成されたのち(A-B')、再び柱が縮んで(C、C')、最終的にはパルテノン神殿様構造は認められなくなる(D-D')。A'、B'、C'、D'は、それぞれA、B、C、Dの点線で囲った部分の拡大。緑:細胞質、マゼンタ:核。
また、パルテノン神殿様構造の形成時には、基底膜(注3)の構造は網目状であり、パルテノン神殿様構造が消失する過程で、網目が小さくなり、膜状の構造となることも分かりました(動画3)。このことは、発生途上の跗節が細くなることと関連していると考えられます。
さらに、マクロファージ様細胞がパルテノン神殿様構造の柱と柱の間の空間に容易に出入りし、細胞死を起こした上皮細胞を貪食している瞬間も観察することができました(動画4)。発生途上の跗節の太さが急速に変化する時期と、パルテノン神殿様構造の形成と消失の時期や基底膜が網目状から膜状へ変化する時期がよく一致していることから、これらの現象が太さの急速な変化に重要な役割を果たしていると考えられます。
パルテノン神殿様構造は、頭部や背中など、肢以外の組織でも観察することができたことや、他の昆虫の論文においても同様の構造がみられる(しかし、それらの論文の著者はそれについては言及していていない)ことから、この構造の一過的な形成は昆虫の体の最終的な形をつくる上で普遍的かつ重要な過程だと考えられます。パルテノン神殿様構造に注目することで、生物の形づくりのメカニズムの理解が一層深まっていくことが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻
小嶋 徹也 准教授
平岩 祥太朗 特任研究員
竹下 峻平 修士課程(研究当時)
寺野 天掌 修士課程(研究当時)
鈴木 耀 修士課程(研究当時)
林 竜平 修士課程(研究当時)
千葉大学 大学院理学研究院
田尻 怜子 准教授
論文情報
雑誌名:Development Genes and Evolution
題 名:Unveiling the cell dynamics during the final shape formation of the tarsus in Drosophila adult leg by live imaging
著者名:Shotaro Hiraiwa, Shumpei Takeshita, Tensho Terano, Ryuhei Hayashi, Koyo Suzuki, Reiko Tajiri, Tetsuya Kojima*
DOI: 10.1007/s00427-024-00719-z
URL: https://doi.org/10.1007/s00427-024-00719-z
研究助成
本研究は、科学研究費補助金(課題番号:20H05945、21H05773、23H04303)、日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:21J20256)、武田科学振興財団ライフサイエンス研究助成(課題番号:2022034459)、サントリーSunRiSE生命科学研究者支援プログラム、東レ科学技術研究助成(課題番号:22-6305)、創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR224W)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)共焦点顕微鏡
レーザーを光源に用い、組織を物理的に切ることなく、組織の表面から内部までの連続した断面像を取得できる顕微鏡。取得した断面像のセットから、組織の立体像を構築することができる。
(注2)ライブ・イメージング
切片を作製したり固定操作をしたりすることなく、生きたままの状態で組織を観察する技術。
(注3)基底膜
コラーゲンなどの一連のタンパク質から構成される細胞の基底側に存在する細胞外基質。